2009年10月21日水曜日

コーヒーを飲むひととき

 同じようにして過ぎていく毎日。楽しいイベントがそう毎日のようにあるわけでもなく、人生の大半がこうした同じような日常生活の連続である。そんな日常生活の中でもささやかな至福のひと時というものがある。私にとっては食後にコーヒーを飲むひと時がそれだ。

 コーヒーをいつの頃から飲むようになったかは定かではない。実家にいる時はインスタント・コーヒーのみだった。両親もそんなに好きではなかったし、時代的に言っても家で豆を挽いて飲むなんて少数派だったと思う。小学生の時だっただろうか、ともだちに「コーヒーはやっぱりブラックだよな」と言われて、「そうだよな」と同意した事がある。実はこの時、「ブラックで飲む」という意味がわからなかったのだが・・・

 「ブラックで飲む」という意味を知って、さっそく飲んでみたが、美味しくはなかった。インスタントだったし、ビールだって最初はまずかったし、当たり前だろう。幼少時にはだかの王様を読んで、自分は素直に生きようと思ったせいもあるが、まずいものを背伸びして飲むことはしなかった。だからコーヒーにはずっとミルクと砂糖を入れて飲んでいた。

 本格的に飲むようになったのは、社会人になってからだ。当時独身寮で同室だった先輩が毎晩豆を挽いて飲んでいたのだが、同室の私もそのたびにお相伴にあずかったのである。一人になってもその時培われた習慣は抜けず、コーヒーメーカーを買ってきて飲むようになった。以来、食後のコーヒーは欠かせない。

 ご多分にもれず、メタボが気になりだしてから砂糖はやめた。やめてみて気がついたが、なくても美味しい。その代わりミルクは欠かさない。外で飲むときは、ポーションタイプのミルクをやむなく使っているが、家では牛乳だ。外国に行ってコーヒーを飲んだときに牛乳だったのだが、これがけっこう気に入ったのだ。

 世の中には吉祥寺の「もか」(今はもうない)のような名店があちこちにあって、一杯1,000円とかの気合の入った美味しいコーヒーを飲ませてくれるところもあるようである。
しかし、私もそこまで通ではない。豆から挽いて適度に美味しければそれで満足するタイプだ。

 朝は残念ながらのんびりコーヒーを飲んではいられないが、昼と夜はゆっくりと楽しめる。特に夜はわずかな時間とはいえ、一日の仕事を終えてリラックスしているからこそよけいにそのひと時をゆっくりと楽しむ事ができる。そのひと時のために働いたといえば大げさかもしれないが、そのくらいの至福のひと時である。

 こういうささやかなひと時をたくさん作って楽しめたら、日常生活も充実するだろう。そんなひと時を少しずつ作っていきたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「東京裁判を読む」半藤一利/保阪正康/井上亮
     

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