2012年3月29日木曜日

3Dの世界

最近3D映画が当たり前のようになってきた。
3Dと言えば、かつてはディズニーランドのアトラクションに代表されるように、「飛び出す映像」という、出しモノ的なものだった。その技術はかなり古くからあったと思う。それが普通の映画に取り入れられるようになるとは、正直考えてもいなかった。

初めて観た普通の映画の3D版は「アバター」だった。映画館に入り、お馴染みの3Dメガネを渡された時は、正直言って「失敗したかも」と思った。しかし嬉しい事に、それは杞憂に終わった。「飛び出す」イメージとは違い、遠近感が強調され、映像の雰囲気がまるで違ったのである。巨大な宇宙船の広い船内、未知の惑星の遠くまで広がる光景、目の前を通り過ぎる巨大な車両・・・
そのリアリティ溢れる雰囲気にすっかり圧倒されてしまった。

その後、雨後のタケノコのように3D映画が登場。中には、「こんな映画まで」と思えるものも3Dだったりして、呆れたものだ。3Dにはふさわしい映画があると考えていたのだ。それは、昔で言う「特撮」分野だ。だから「アバター」のようなSF映画が適しているだろうと勝手に思っていた。

そんなわけだから、人情ドラマである「ALWAYS 三丁目の夕日'64」までもが3Dで上映されていても、わざわざ観る気にはなれず(まあ人目を避けて深夜に行ったからどちらにしても3Dは観られなかったが)、2D版で観たのである。そんな、「人間ドラマには3Dは適さない」という思い込みは、先日の「ヒューゴの不思議な発明」でひっくり返されてしまった。

わざわざ3Dで観ようとも思わなかったのだが、娘が一緒だったし、3Dならそれだけで喜ぶかもしれないと考えて、観たのだ。この映画は特撮モノではなく、人間ドラマだ。3DどころかCGだって、(周りの時代背景以外は)ほとんど出番もなさそうなくらいだ。ところが、これがまた違う。孤児のヒューゴが一人暮らす駅。行き交う人々の雑踏にカメラが踏み入ると、モノの見事に中を実際に歩いているような感覚になる。駅の時計台から見下ろす街中の遠景は当然の迫力だが、駅舎に入ってきたヒューゴの向こう側に広がる外の景色も見事。

さらには人の表情。公安官の顔がドアップになる。セリフはなくても、目の前の顔は実際に相対している感覚。それにラスト近くで舞台にたったベン・キングスレーの、感激を包み隠した表情。平板なスクリーンとはまるで違う雰囲気が伝わってきた。3Dはもはや飛び出す映像でも、特撮専用の技術でもなく、普通の映画の一部になりつつあるのを感じたのである。

ただ難を言えばメガネだろう。私のようにメガネをかけている人間からすると、どうも具合がよくない。もっとしっくりとくるようなモノに改良してもらわないと、いただけない。それに「ヒューゴの不思議な発明」の劇場では、ドアの外で係員が待ち構えていてメガネを回収していたが、まるで隙を見せたら持っていかれるとでも思っているような感じで興ざめだった。

この頃はビックカメラなどに行くと、3Dテレビを販売しているが、あれはどうなのだろう。いずれすべての家庭に行きわたるのだろうとは思うが、まだ買うようなものではない気がする。「ALWAYS 三丁目の夕日'64」でも、カラーテレビを買ったはいいが、まだ白黒放送が多く、せっかくのカラーテレビの持ち味が発揮しきれていない様子が描かれていた。
3Dもまだそうだろう。

日本人の事だから、世界でも真っ先にメガネの問題を解消して、普通に3D映像が楽しめるテレビを作ってくれそうな気がする。今から30年くらいしたら、孫と一緒に3Dのアニメかなんかを自宅のテレビで観ているかもしれない。その時は、ちょうど3D映画が流行り始めた今の時代を懐かしく語っているかもしれない。

いずれにせよ、映画の世界では一足早く映像の改革が始っている。
これからは偏見を持たずに、3D映画を楽しみたいと思うのである・・・

【本日の読書】

日本の未来について話そう -日本再生への提言- - マッキンゼー・アンド・カンパニー  あんぽん 孫正義伝 (小学館文庫) - 佐野眞一





2012年3月25日日曜日

捨てないよ

子供たちもいよいよ春休みとなった。
恒例となった大阪への里帰りの前に、妻から段ボール箱とともに娘に出された指令は、「使わなくなるものを処分する事」。教科書なども含めてひとまとめにして処分せよということらしい。妻自身も子供の頃からそうしていたという。曰く、「学年末が(きれいに処分できるから)楽しみだった」らしい。

少し前から世の中は、「断捨離」という言葉がもてはやされていて、「整理ブーム」であるが、妻から言わせると、「何を今さら」らしい。一方、私はと言えば、何につけても「大事に取っておく派」だ。「捨てられない」のではない。「捨てない」のだ。バンバン「捨てる派」の妻とは、当然真っ向から対立する。

新婚当初の事だった。捨てるように頼まれたごみの中に、気がつくと一本のナイフがあった。私が独身時代に使っていた果物ナイフだ。実家を出るにあたって、両親(どっちだったか忘れた)が独身の頃から使っていたという年季モノをもらって使っていたものだ。こっそり“救出”したのは言うまでもない(今でも机の奥底に“避難”させてある)。

独身の頃から新居に持ち込んだ私のもので、こうして処分されたものはかなりある。
もちろん、初めは事前に了解を求められていたわけであるが、何だかんだと言い訳をして“抵抗”していた私に呆れたのだろう、そのうち了解が指示になり、やがてそれもなくなった。
気がついたらない、という事にさすがに鈍感な私も気づいて愕然としたものだった。

とっておいてもどうするというものではない。よく、「1年使わないものは結局とっておいても無駄だ」という事が言われる。私もそれはその通りだと思う。しかし、それらはそれらなりに取っておく理由というものがある。使うとか使わないとかではない。例えればそれは、1年使わないからと言って、辞書を捨てるだろうかという事と同じだ(まあ最近はネットで代用できるではないかというような議論ではない)。「とっておきたい」という気持ち以外にとっておく理由などない。

そうは言っても、さすがの私も何でもすべてとっておくというわけではない。
年末の大掃除の際など、あれこれ選び出しては、「もういいだろう」と捨てるものもかなり多い。それは当然スペースの限界もある。家の中で妻に比べれば、私の所有物が占めるスペースなどささやかなものなのだが、それでもプレッシャーは大きい。私の中で、納得したものから順番に処分していく事になる。

それでもたぶん死ぬまで捨てられないだろうというものはある。
それらはたぶん妻からすればゴミと見なされるだろう。
昔映画館に行くたびに買っていた映画のパンフレット。
史上最高傑作と信じて疑わない漫画「コブラ」。
とっておこうと本棚に並べてある大半の書籍。
だいたいが、その時その時の思いが一緒になって残っているものばかりだ。
人から見ればゴミであっても、私にとってはそうではない。

それはそれで良いと思う。捨てるばかりが能ではない。捨てないでとっておく事のメリットが多いなら、とっておけばいい。「そこにあるという安心感」だって立派なモノの価値だと言える。いつまでというのではなく、いずれこの世を去る時まで、その安心感は大切にしておきたい。まあそれも、子供たちが遺品整理に困らない程度にはしておこうという気持ちくらいはあるのである・・・
 

【本日の読書】
マネー・ボール〔完全版〕 - マイケル ルイス, 中山 宥




2012年3月24日土曜日

イチゴ狩り2012

先日の春分の日。
この日我が家では2年振りのイチゴ狩りに出かけた。
毎年の恒例行事だったのだが、去年は震災直後となり見送った経緯がある。
ガソリンスタンドに車が列をなす時に、余計なガソリンを使う事もないと判断したのだ。
今年は晴れて恒例行事復活。
やはり平穏無事な世の中が一番だ。

向かったのは2年前と同じ佐野観光農園。
味覚狩りの欠点は何と言っても短時間で終わってしまう事。
従って、それ以外の周辺行事も考えていかないといけない。
その点、佐野はアウトレットあり、佐野ラーメンありと奥様のご機嫌を満たす要素が満載。
家庭平和を影で支える私としては、大事な要素だ。

今年は渋滞もなく、我が家から佐野観光農園へは東北道を通って2時間弱。
天気も良く、さっそくイチゴ狩りに取り掛かる。
ビニールハウスの中には、とちおとめが早く食べてくれと待っている。
子供たちも待ち切れずに挑みかかる。

いつもだと、5分くらいオーバーしても大丈夫だろうなんて食べ続けるのだが、今回に限っては子供たちが早々にギブアップ。なんと妻までも制限時間(30分)を待たずしてギブアップ。そう言う私もギブアップ。考えてみると、値段(@1,400円/人)を考えたら、市販のイチゴの方がずっとコストパーフォーマンスは良い。まあ楽しい体験を買うと言ったところなのだろう。

満腹のお腹を抱えてアウトレットへ向かう。
妻は、子供たちに「パパとレゴのお店にでも行ってきたら」と言い残し、嬉々としていずこかへ消えていく。レゴも考えてみればただのブロックなのだが、子供たちの支持を取り付けているのは、どうやらキャラクターモノらしい。

動物園を始めとして、スターウォーズやハリーポッターなどの映画を取り入れたもの、女の子向けのセットなどいかにも楽しげな種類が豊富。
息子は「ニンジャゴー」というキャラクターものが気に入っているようだ。
こうした商品開発力で、ただのブロックとは一線を画しているのがわかる。

やがてなにやら買い物袋を数袋抱えて戻ってきた妻と合流。
次なる本場の佐野ラーメンへと向かう。
今回は「とかの」という店に行く。
(選んだのはもちろん妻であるのは言うまでもない)
ここのラーメンは実にシンプルで、麺も多め。
2時頃には売り切れ御免で、ギリギリに滑り込んだ。
やっぱりおいしいラーメンを食べる一時は、至福の時間である。


さらに妻はいもフライマップなるものを用意。
前回味をしめ、今回は食べ比べると鼻息も荒い。
全部で3カ所を回って食べ比べをした。
確かに美味しいとは思う。
しかし3本も(妻は一人だけ4本だ)食べるほどか、と思うもそんな言葉はぐっと飲み込む。
どんな形でも家族の幸せが自分の幸せ・・・

近所のこどもの国なる公園で子供たちと体を動かして遊び、帰路につく。帰りは少々渋滞したが、苦になるほどではない。お風呂で何が一番楽しかったかと子供たちに尋ねたら、「イチゴ狩り!」と答えが返ってきた。まあ一番高かったし、そうであってもらわないと困る。

いずれそのうち娘がアウトレットでお買い物に目覚めるのかもしれない。
その時はしっかり財布をガードして、息子と二人でどこか避難する場所を決めておかないといけないかもしれない。いずれにせよ、今年は平和に味覚狩りがスタートできた。
この事を素直に喜びたいと思った次第である・・・


【本日の読書】

新装版 私が野球から学んだ人生で最も大切な101のこと - 野村克也  マネー・ボール〔完全版〕 - マイケル ルイス, 中山 宥





2012年3月18日日曜日

親父として

昨日は息子の卒園式。
そして今日は謝恩会。
妻は息子と二人で出掛けて行く。
娘と二人、何をして過ごそうかと思っていたら、本人は映画を観たいという。
そこで、「ヒューゴの不思議な発明」を観に行った。
娘にとっては、念願の字幕デビューであり、そしてあわせて3Dデビューでもある。

映画はともかくとして、今日は娘と二人っきりでいろいろと話をしてみたかった。
気になっている学校のこと、本や映画の魅力、勉強のこと、そして子供に伝えたいこと。
そんな事を、じっくり1対1で語るにはいいチャンスだと思った。
そして、実際その通りであった。

以前、【わが子を強運にする51の言葉 ビジネスの成功者が娘に遺した人生の極意】という本を読んだ事がある。某上場企業を創業した父から教えられた言葉を、著者である娘が一冊の本にまとめたものである。いつか自分の経験して学んだ事を、子供たちに教えたいと考えている私にとっては、こんな風に子供に残る事を教えられたらと思わされる本だ。
とは言え、こんな本になるような立派な事は、とても残せない事は自覚している。
だからせめて身の丈にあった事を、との思いがあるのである。


学校で受けている嫌がらせの事は相変わらずのようだ。
言葉少なめで、明らかに話したくなさそうだったので、あまり根掘り葉掘りは聞かなかった。
妻も聞いているし、もしかしたらあまり親には言いたくない事なのかもしれない。
ただ自分は全面的にお前の味方だよという事は伝えて、この件は打ち切った。

一方で、映画の感想は、やっぱり話がはずむ。
映画は、第一次世界大戦からしばらくあとの時代のフランスが舞台。
映画の背景を理解するにはいろいろな知識が必要だ。
いずれ学校で歴史の授業はあるだろうから、そうした歴史を学ぶ楽しさを、この映画を例にして語ってみたりした。受験のためではなく、歴史を学ぶ楽しさを知ってもらえたら、と思う。

子供の頃、親父に「学校の勉強がちょっとぐらいできたって、こういう事がわからないとダメなんだぞ」とよく怒られた。人としての常識などの事だ。その都度、「じゃあそういう事さえわかれば勉強しなくてもいいんだな」と内心反発したものである。一方で勉強をしろと言いつつ、肝心な事は教えもしないで都合のいい時だけ、都合のいい怒り方をするなよと思ったものだ。まあ親父も若かったし、私も子供だったのだ。そんな事もあって、娘には「勉強とあわせて人との接し方を覚えないといけないよ」と語ってみた。
    
娘は真面目で正義感が強い。
例えば学校での掃除も、きちんと決められた事を真面目にやる。
しかし中には、そうでない子も当然いるが、娘はそういう子に「先生に言いつけるよ」と注意するらしい。言っている事は正しいが、問題は言い方だ。
言い方一つで正しい事も相手には伝わらないものだ。

妻には言いたくても言えない事だが(言っても馬耳東風だろう)、子供には言える。
注意するのではなく、「(あとはやるから)ここだけやって」と言ってみたらと提案してみた。そうかなぁという顔をしつつ、「でも(良い子)ブリっ子って言われちゃうよ」と反論を受けた。なるほど、それはそうかもしれない。ただ気持ちだけはそういう気持ちを持ちなさいと諭したら、「うん」と答えてくれた。

まぁすべて伝わるとは思わないし、娘には娘の感性というものがあるだろう。
自分の言う事が正解かどうかもわからない。
ただこれが自分の考え方だという事を、少なくとも子供には言いたいと思う。
受け入れるにせよ批判するにせよ、親とこんな話をした、こんな事を言われた、そういう体験を与えたいと思うのである。果たしていつまで耳を傾けてくれるだろうか。

「また説教か」とならないように、苦労して身につけたはずの「人との接し方」を実践しながら、これからも子供たちとはサシでいろいろと話をしたいと思うのである・・・

【本日の読書】

マネー・ボール〔完全版〕 - マイケル ルイス, 中山 宥






2012年3月15日木曜日

いじめ

子供たちが寝静まったあと、一緒にコーヒーを飲んでいると「実はね」と妻が話しかけてきた。さり気なく娘に学校の様子を聞いたところ、どうもはっきりしない返事が返ってきたという。そしてやんわりと聞き出していったところ、どうも娘はクラスでのけ者にされているらしいと分かったという。同じクラスの女子の中にボスの女の子がいて、どうやらその子に嫌われて無視や嫌がらせなどを度々受けているらしい。
なかなか心穏やかには聞けない話だ。

実はそのボスの女の子は、1年の時から話題になっていたらしい。5年になってその子が娘と同じクラスになった時、娘を良く知るよそのお母さんから「気をつけた方がいいわよ」と警告されていたようである。娘もどうやら1対1ではその子に負けていない様子。度々言い返したりしていたという話も周りから伝わってきている。しかし如何せん、その子は組織力があるようで、そこで大きな差がついてしまっているようである。5人の直属の子と7人を影響下に治めているようで、同じクラスの19人の女の子のうち実に13人に影響力を行使している。娘を含む残り6人は、バラバラの“無所属”で、多勢に無勢、個人対組織で勝負にならないようである。

男の子の場合は、すぐに腕力を行使する形になるのだろうが、女の子はそうなる事はなく、聞くも細かい嫌がらせの数々が繰り返されているらしい。それもやり方が実に巧妙で、たぶん担任の先生も知らないだろうと言う事である。娘も変わっていて、学校では無視されているのに、塾では対立するグループ直属メンバーの女の子に気軽に話しかけたりして、疎まれているようである。言ってみれば一種のいじめなのだろう。

子供の頃を思い起こしてみると、私にはいじめられたという経験はない。ただ対立はあった。
他のクラスとの野球の試合で、気に入らないヤツを仲間外れにして入れなかった事もあった。
(面白い事に次の試合では逆に仕返しで仲間外れにされてしまったのだ)
今よりもはるかに気が弱く、口喧嘩までは威勢がいいのだが、いざ腕力勝負となると怯んで逃げていたのである(怯まなくなったのは高校でラグビーをはじめて以降だ)。中学の頃も、つっぱりグループとは目を合わさないようにしていたものだ。

娘も徒党を組むのを良しとしないところがあるようだ。
私の性格を受け継いでいるのかもしれない。
だから1対1ではともかく、組織力のある相手に対しては分が悪いのだろう。
幸い近所のママ友がこの状況を知って、同じクラスの息子に言い聞かせてくれていて、おかげで塾の帰り道は表面上穏やかにみんなで帰ってくるらしい。

さてどうしたものかと、親としては悩ましい。
担任の先生に事実を伝えるのは良いと思うが、「何とかしてくれ」と言うのは何だか違う気がする。それで解決するとも思えない。
さりとて放置はできない。
自分の事なら簡単なのだが、娘の事となると難しい。

それでもこうして事実をキャッチできたのは良かった。妻のお手柄なのだが、まあ子供にはしっかりと感心を払っている証拠だと思えば、私に関心を払わないのもしょうがないと思わないといけないのかもしれない。とは言え、娘も妻のようにきついモノの言い方を、外でしているのではないかと心密かに案じている。あのモノの言い方はかなり人を凹ませるものがある。それが対立の原因だとすると、お手柄どころではない。

人生には何かと試練が付きまとう。
これがその一つだと思えば、良い経験だとも言える。
世の中は人間関係だ。
娘にとって、これがその最初の試練なのかもしれない。
父親としても、娘とのコミュニケーションを密にして、よくサポートしたいと思うのである・・・


【本日の読書】

スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン - カーマイン ガロ, 井口 耕二, 外村仁(解説)  おじいちゃん戦争のことを教えて(小学館文庫) (小学館文庫 R な- 10-1) - 中條 高徳




2012年3月11日日曜日

スキー in セントレジャー舞子

昨日は、今シーズン2回目の、そして残念ながら最後の家族スキーだった。1月に湯沢に行って以来、何かと週末に用事が入ってしまい、とうとうここまで来てしまったのである(うち1日は私の個人的用事だったのだが、それが妻の顰蹙を買ったのは言うまでもない)。

前回より少し遅く、5時半前に出発。いつもの関越道を北進。東京は雨。しかし途中から雪に変わる。安全対策としては仕方ないのだろうが、途中タイヤチェックのための渋滞に巻きこまれたのには閉口。今はほとんどの車がスタッドレスタイヤを履いている。金属チェーンは関越トンネルでは走れないようだし、みんなけっこう飛ばすからチェーンを履いてトロトロ走っているのは顰蹙モノという雰囲気である。もはやスタッドレスが当然という雰囲気ではあるが、個人的には本当に大丈夫なんだろうかという疑いは拭いきれない。

9時過ぎに今回の目的地
セントレジャー舞子スノーリゾートに到着。
ここは前々から妻が目をつけていたらしい。
日帰りセンターというものが堂々とあって、塩沢石打インターから5分もかからない。
まさに日帰り専用と気が利いた施設だと言える。

山頂までゴンドラがあって、子供たちもゴンドラは初体験。
しかもそこから初心者向けの林間コースを降りてこられるので、6歳の息子でも平気。
ゲレンデもいろいろあって、なかなか飽きない。
これで天気が良ければ言う事なしであったが、まあこればっかりは仕方ない。
それでも小雪が舞い、一面霧のような状態で視界が悪かったくらいだから良しとしないといけないのかもしれない。

子供たちもさすがに上達してきた。
娘はボーゲンから卒業し、今は「パラレルで滑りたい」と練習に余念がない。
初心者コースも練習用にはちょうど良かったようである。
息子はと言えば、ひたすらボーゲンで誰かれ憚るところなく滑降。スピードもある。
狭い林間コース、ところどころボーダーのにいちゃんねえちゃんたちがたむろしていて、危なっかしかったが、そんな心配どこ吹く風で、すいすい滑走。
将来的には楽しみな感じである。

ただ営業的にはどうなのかと感じる。
ゴンドラは3時半でストップだし、周辺のリフトもそれに合わせて4時半、5時で終了。
日帰りセンターのお風呂も6時で終了。
何だか公務員が、自分達が時間通りに帰るために都合がいいように仕事をしているように感じてしまった。

5時まで滑っていた人がひと風呂浴びて帰ろうと思っても、6時に終了ではなんだかんだで30分くらいしか時間がないという事になる。これでは利用しようという気になるはずもない。渋滞に備えて夕食を食べてしまおうという人や、時間帯を遅らせて帰ろうとする人たちにサービスを提供する施設があればと思うのだが、それもない。コストとの兼ね合いになるだろうが、もう少し利用者の立場に立つと、便利な施設になると思うのだが・・・

幸い帰りの関越も、途中で故障したと思しきバスが黒い煙を吐き出しながら路肩を徐行していたくらいで、大した渋滞もなくスムーズ。
嵐山のサービスエリアで夕食を取って9時過ぎに帰宅。
このくらいの日帰りなら親も楽というもの。
今シーズンは2回しか楽しめなかったが、来年娘の受験が終わったらまた行きたいと思うところである・・・


【本日の読書】
おじいちゃん戦争のことを教えて(小学館文庫) (小学館文庫 R な- 10-1) - 中條 高徳





2012年3月6日火曜日

娘と映画

 娘がしばらく前からなぜか映画「ペントハウス」を観たいと言い出した。映画好きの私ではあるが、わざわざ劇場まで足を運んで観たいと思うほどの映画でもなく、なんとなく気のりしないでいた。ところがやっぱり観たいと言うので、一緒に行く事にした。せっかく興味を持った事だし、それを大事にしたいと思ったのだ。

 この映画は字幕だと教えたのだが、それでも良いと言う。そう言えば私の字幕映画デヴューは小学校6年の時の「ジョーズ」だった。娘も春から小学校6年。本人もその気だし、まあちょうどいいだろうと思ったのである。さっそく出掛けて行ったのは、地元にある映画館。もう公開も終わり間際だったが、事前に調べたらまだやっていた。ところが行ってみると、もう公開は終わっていた。がっかりする娘・・・

 さてどうするか。他のを観るか諦めて帰るか。上映作品を眺めていた娘の出した結論は、「『麒麟の翼』が観たい」であった。そう言えば原作も読みたいと言っていたので、それにつながる「赤い指」を読ませたところだったから、ちょうど良かったところもある。かくして娘と二人で初めて大人の映画を観る事となった。


 そもそも私が映画好きとなったのは、まぎれもなく親父の影響だ。親父は、昔家でよく水曜ロードショーやら日曜洋画劇場やらの映画番組を観ていた。大抵ナイターからの流れでそのまま観る形だ。一緒になって観ていた私も必然的に、野球好き、映画好きになったのだ。淀川長治さんや水野晴郎さんなどの名物解説者がいて、あの時代はあれで結構良かった。親父と二人で映画を観に行った事はなかったが、一緒にテレビで観ていたからこそ、私も映画が好きになったのである。

 今はというと、ほとんど家でテレビを観る事のない私は、子供たちにそういう影響を与える事はできない。本は読ませているので、たぶん本好きにはなるだろう。だが、チャンネル権を持たない私が、好きな映画の録画を観るのは、たいていみんなが寝静まった週末の深夜だし、長男はまだ怪獣モノ・戦隊モノのドラマから抜けだせないし、一緒に観るという機会がこれまで持てずにいた。そういう意味では、今回の「映画デート」はなかなか良い機会だったと言える。

 肝心の映画の感想はと尋ねたら、「面白かった」という返事だった。映画に出てくる「労災隠し」やら「警視庁捜査一課と所轄の関係」など、明らかに理解できていないところもあったようだが、特段問題はなかったようである。まあこういう映画で、学校では教わらない事を覚えるという事もあるだろう。
 
 「また行きたい」と無邪気に言う娘。「次は字幕が良い」と言う。せっかく興味を持ってきている事だし、英語に対する興味も深まるかもしれないし、何より将来映画について語り合う事もあるかもしれない。親父とは違ったアプローチで、子供を映画好きにさせる事ができるかもしれないと思う。

さて、次は何が良いだろう。
「いやぁ、映画ってホントにいいですね」
かつて水野さんが言っていたセリフが、蘇ってきたのである・・・


【本日の読書】
スティーブ・ジョブズ II - ウォルター・アイザックソン, 井口耕二  経営者・平清盛の失敗 会計士が書いた歴史と経済の教科書 - 山田 真哉





2012年3月2日金曜日

会議にて

もう5年くらいになるが、母校(高校)のOB組織の幹事に名を連ねている。
半年に一度、常任幹事が集まって会議をしている。
その半年に一度の会議があった。
今回はそこで私が2つほど制度改革の提案をした。

毎回予算を中心に常任幹事で骨格を決めているのだが、過去5年ほど同じような内容に終始している。「昨日も今日も明日も同じ」というのは個人的に好きではない。
そこで少しばかり変えてみようと、提案に踏み切ったわけである。

こういうボランティア組織だと何もしなくても文句は言われない。
敢えて何かをするという事は、面倒な事でもある。
それでもやってみようと思ったのは、昨日と同じ今日を送るのがなんとなく嫌だったからに他ならない。自分がそこにいた証というものがあってもいいなと常に思っているからでもある。

それまでのやり方を変え、会議の前にあらかじめメールで資料を配布した。
当日はそれに基づいてプレゼンテーションを行った。
始めから好意的な反応が返ってきた。
途中で議論の輪から外れて議論の輪を眺めてみる。
私の提案の要点をきちんととらえて議論を展開させる人、上辺だけとらえて本質から外れた議論をする人、発言のタイミングを計りかねているように見える人・・・

そう言えば私自身、こうして大勢の人に何かをプレゼンするという機会は普段持つ事もない。
あるとすれば仕事の場くらいだが、こういうチャンスはほとんどない。
先日引き受けた研修の講師くらいだろうか。
それゆえに、考えてみれば実は良い機会だったわけである。

本当はもっとしっかり事前準備すべきであった。
今読んでいる『スティーブ・ジョブズ II』によると、スティーブ・ジョブズはもの凄くプレゼンの準備に余念がなかったという。それだからこそ、もはや伝説的と言われる名プレゼンになったのだろう。私はと言えば、例によって「その場で適当になんとかなる」で済ませてしまった。それで結論が変わったとも思えないが、もうちょっと充実した気分を味わえたかもしれない。

さてその提案であるが、議論があちこちと交わされる間、どういう結末になるのだろうと、頭の片隅で考えていた。なんとなく全員賛成なのか、多数決なのか、議論をまとめる人がなくうやむやに終わるのか。
自分で結論まで持っていくのか、お任せでどうなるのか放置してみるのか。誰がリーダーシップをとって結論へと導くのか・・・

結果は長老の鶴の一声で終わり。
否決とはならなかったが、まだ他にもやる事あるとの事で持ち越しとなったのである。
せっかくやったのに、残念と言えば残念。
ただ粘ろうと思えば粘れたし、もっと押そうと思えば押せた。
ただ「この辺でいいや」と思ったのも事実だ。

人の考え方、感じ方はそれぞれだ。
同じ映画を観ても、賛否が分かれる事は多々ある。
自分の考え方は、その他大勢の中の一つでしかない。
自分の考え方に執着し過ぎるのもよくない。

それにしても思いがけず、面白い体験だったのは事実だ。
また何か考えてみても面白いし、もういいかなという気持ちもある。
あまり熱くなり過ぎてもいけない。いずれにせよ周りとの温度差だけは意識していたいものである。周りとの適度な温度差を保ちながら、楽しめるうちは楽しみたいと思うのである・・・

【本日の読書】

スティーブ・ジョブズ II - ウォルター・アイザックソン, 井口耕二  経営者・平清盛の失敗 会計士が書いた歴史と経済の教科書 - 山田 真哉