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2025年9月3日水曜日

1人旅

 夏休みは結局、家族と行動を共にする事はなく、1人で自由に過ごした。子供も大きくなると親とは遊びたがらなくなる。不仲の妻とはなおさらであり、これから迎える老後もおひとり様を前提に考えていく事になる(まぁ、離婚後に新たなパートナーを見つけるかもしれないが)。子供が小さい頃は、沖縄やグアムといったところをはじめとして毎年国内外にいろいろと家族旅行に行っていたが、それ以外にも週末は近所のプールへ行ったりとよく子供たちと過ごした。いま改めて思い返してみれば、そういう時間を持てて良かったと思う。結果はともかく、結婚して良かったと思えるところである。

 それはそれとして、今後のおひとり様の生活であるが、1人で過ごすのはまったく苦にならない性分なので、悲観はしていない。むしろ楽しみでもある。やってみたい事の1つは、やはり旅である。独身時代は何度か海外へ1人旅をした。香港、シンガポール、フィリピンであるが、いずれも現地に友人、先輩がいたので、それを訪ねて行ったのである。しかし、彼らも日中は仕事があるので、むしろ夜合流しただけで、日中は1人で見知らぬ土地を1人で歩き回ったのだが、なかなかいい経験であった。寂しいという感覚はなく、むしろ誰かと一緒だと行動が制限される部分もあるから、1人は自由で気楽であるのがいいと思っている。

 今年の夏休みは母と叔母を連れて恒例の万座温泉に行ったが、ふと見れば温泉宿に1人で来ている人を何人か見かけた。食堂では部屋単位でテーブルにつくため、1人だけで座っている人はそれとわかるのである。母もいつまでも連れていけるわけではない。いずれは1人で来るのもいいなと、見ていて思ったのである。湯治と称して4〜5日逗留してもいいかもしれない。それは何とも贅沢に思える(それで贅沢に思えるのだから庶民的であると改めて思う)。考えてみれば、1泊なら普段の週末でも行けるわけであり、これからはそういう自由もあるのだと改めて思う。

 海外旅行にもまた行きたいと思う。とりあえずのターゲットは2027年のオーストラリアだろう。ラグビーのワールドカップがあるので、それにかこつけて行くのもいい。おそらく知り合いも何人かは行くだろうから現地で一緒に観戦すれば、ラグビー談義に花を咲かせ、その後はまた1人で楽しむという過ごし方がいいだろう。もちろん、現地集合、現地解散のパターンである。オーストラリアには大学の卒業旅行で行って以来である。また行くとなると、いまからワクワクする。

 他の人はどうなんだろうかと考えてみる。何となくであるが、あまり1人で過ごすのを好む人は少ないように思う。旅行に行くにも友人を誘ってというパターンが多い気がする。見知らぬ土地で観光をしたり、地元のおいしいものを食べたり、そういう体験を共有して楽しむために誰かと一緒の方がいいとみんな思うのだろう。それを否定するつもりはないし、私も子供が小さい頃は家族で行くのが一番だと考えていた。それは今でも変わりない。ただ、できないのであればセカンドベストを追及するのが筋であり、それが私にとっては1人旅なのである。

 旅先は海外に限るわけではなく、国内も然り。また旅とは言わなくとも近距離でも同じである。この夏は群馬県立自然史博物館に行ってきたが、途中で予定を変更し、昼食も臨機応変。予定外に買い物までしてしまったが、一々同行者の意見を聞く必要もなく行って帰ってきた。1人の自由を改めて実感したところである。そう言えばシンガポールに行った時も、インド人街に行き、入った飲食店で日本人だと名乗ると珍しがられた。ガイドブックにも載っていないところで、地図を見ていてふらりと行ってみたくなったのである。おそらく同行者がいたら行けなかっただろう。

 同行者がいる旅行もそれなりにいいとは思う。独身の友人は何人もいるし、そういう友人と旅行に行くというのもあるかもしれない。ただ、海外へ行ったなら、ホテルで朝食を食べるよりもふらりと街中に出て行ってローカルの人たちが行くようなところでその中に混じって食べてみたいと思う。香港に行った時は毎朝泊まっていた先輩の家の近所の町中華?で地元の人に混じって飲茶した。夕食も然り。ガイドブックに頼らず、今だったら現地のSNSで調べたところに行ってみるとかしたら面白そうな気がする。いずれそういう旅をしようと思う。

 結婚した時に漠然と想像した老後の生活とはだいぶ違ったものになるが、それはそれでいいように思う。とは言え、両親の現在の姿を見ていると80代後半になるともう1人旅は無理かもしれないと思う。健康と体力次第だろうか。猛烈な勢いで減っている気がする「残り時間」であるが、それを意識して自由気ままな1人旅を楽しみたいと思うのである・・・

Joshua WoronieckiによるPixabayからの画像

【本日の読書】
 監督の財産 (SYNCHRONOUS BOOKS) - 栗山英樹  土と生命の46億年史 土と進化の謎に迫る (ブルーバックス) - 藤井一至  モンゴル人の物語 第一巻:チンギス・カン - 百田 尚樹






2025年7月16日水曜日

何のために働くのか

 現在、『手紙屋〜僕の就職活動を変えた十通の手紙〜』という本を読んでいる。kindleで無料で読めるためスマホで読んでいるのだが(それを「本」と言えるのかという気持ちはある)、そこで主人公は「何のために働くのか」という事を考えさせられる。それを読みながらいろいろと考えた。自分は何のために働いているのか。人は何のために働くのか。究極的に言えば、働くのは「食う(=お金)のため」である。それが労働の本質であり、それを否定できるのは「お金はいりません」と言える人だけであろう。この本質は大事だと思う。

 ラグビーを始めた高校生の頃、練習の指導に来てくれていた先輩に「ラグビーは格闘技だ」と言われたのを覚えている。激しくぶつかり合うスポーツだし、その時はそうなんだろうと思っていた。しかし、その後「本質」を意識した時、その考えは変わった。ラグビーの勝敗はどうやって決まるのかと言えば、ボールを相手陣地につけた事(=トライ)である。野球やサッカーと同じボールゲームであり、より多く点数を取った方が勝つのである。この点、相手を倒す事で勝利する格闘技とは異なる。つまり、「ラグビーは格闘技ではない」のである。

 「何のために働くのか」の本質は「お金のため」である。大半の人がそうであるだろう。その昔、スティーブ・ジョブズが請われてアップルのCEOに返り咲いた時、報酬は1ドルだったという。そういう人こそ、「働くのはお金以外のため」と胸を張って言えるのである。しかし、「お金のために働く」と言うとどうも露骨すぎて具合が悪いのか、人は「家族のため」とか(家族が食べていくためというならイコールお金のためとも言える)、「世の中の役に立ちたい」とか言うのである。ではそれはきれい事かと言えばそうとも言い切れない。

 銀行を辞めて初めて転職した時、2か月ほどブランクがあった。プラプラしているのも何だしと思ってアルバイトをした。工場での簡単な梱包作業であったが、定職に就いたらアルバイトなどできないだろうし、世の中体験という意味と暇つぶしという意味が大きかった。決してお金のためではなかったが、ではタダでもやったかと言うとそれはない。それは私の貴重な労働力をタダで売り渡したいとは思わなかったからである。お金のためではあるが、食うためではない。この「お金のためではあるが、食うためではない」というのも真実である。

 原始社会あるいは遅れた社会では何より「食うため」が働く目的の第一だろう。しかし、世の中が発展して食う事がそれほど難しい事でなくなってくると、お金以外に働く目的が選べるようになる。考えてみれば「何のために働くのか」という議論は、この段階ではじめて問われる事だろうと思う。終戦直後の日本では、そんな悠長な事は言ってられなかっただろう。そういう意味では、「何のために働くのか」などという議論ができるのは豊かな社会という事になる。そうした豊かな社会では、「お金に加えて」働く目的を追及するという「贅沢」が認められるという事である。

 4年前、2度目の転職活動をした際、最終的に2つの候補が残った。A社は給料が高いが通勤に不便。B社は規模がA社より若干大きく通勤に便利。2つの選択肢を前に私はB社を選んだ(妻に教えたらA社を選べと言われただろう)。給料も大事だが、B社の方が規模的に仕事が面白そうだと思ったのである(大きいと言っても100人規模なので決して「安定」ではない)。実際、求められていた財務に加えて人事の仕事にも手を出し、今も仕事は面白い。結果的に給料も大きく上がったし、選択は正解であったと思っている。

 今の世の中、職業選択の自由は大いに保障されているし、仕事も多岐にわたっている。それであれば「食うためだけ」の仕事をする必要はない。「+α」で働く理由を求める事ができる。その「+α」こそが「何のために働くのか」という問いに対する回答になるのだろうと思う。「お金を稼ぎつつ世の中に貢献できる」とか、「お金を稼ぎつつ海外で働ける」とか人それぞれにその理由は見出せることになる。したがって、「何のために働くのか」と問われて「お金のために決まっているじゃないか」という人は、その「+α」がない人という事になる。それはちょっと寂しい。

 私はと言えば、今のシステム開発会社に入ったのは仕事が面白そうだと考えた事による。頼まれた財務の仕事はもちろんきっちりやっているが、頼まれてはいなかったが人事の充実も課題だと考えて手を出す事にした。忙しいが人事の仕事は面白くやりがいを感じている。もともと面白そうな仕事を探してやるよりも、仕事の中に面白さを見出していく方が性に合っているので、自分の力で会社が良くなっていくのは非常に快感ですらある。お金のためだけに働いているのではないと断言できる。

 息子も大学を卒業すれば就職である。自分なりの好みはあるだろうが、「何のために働くのか」という事もしっかり考えるようにアドバイスしたいと思う。しっかりした「+α」を持って社会で活躍してほしいと思うのである・・・


FirmbeeによるPixabayからの画像

【本日の読書】

 手紙屋~僕の就職活動を変えた十通の手紙~ - 喜多川泰  監督の財産 (SYNCHRONOUS BOOKS) - 栗山英樹  日本人にどうしても伝えたい 教養としての国際政治 戦争というリスクを見通す力をつける 豊島 晋作 単行本 O  イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫) - トルストイ, 望月 哲男




2025年6月22日日曜日

神様の話

 神様はいるのだろうかと子どもの頃疑問に思った事がある。今では「神は信じるものである」と考えている。「いるかいないか」ではなく、「信じるか信じないか」である。日本人は無宗教とよく言われるが、毎年大勢の人が初詣に出かけていることを考えると、日本人は立派に神を信じていることになる。心の中でどう思おうと、神社に行って手を合わせる行為自体は立派な信仰行為である。日本の神道にはキリスト教やイスラム教のような教義が何もない。「やらなければならない義務」は何もない。よって初詣に行くだけで、立派な信徒である。

 神は信じるものであり、それで十分であるが、では存在するのかどうかはどうであろうか。ないものを証明するというのは、悪魔の証明とも言われているが、それでも昔から神の存在証明というものがいろいろと行われてきている。その中でも共感できるのは、「宇宙論的証明」と「目的論的証明」と呼ばれるものである。「宇宙論的証明」とは、宇宙はビッグバンによって始ったとされるが、その原因が何かはわかっていない。しかし、わかっていなくとも「何か」があるはずであり、その「何か」を「神」と名付けるというもの。キリスト教でイメージする人間の姿をした神を想像するよりも現実的である。

 一方、「目的論的証明」とは、宇宙や生命には精巧なデザインや目的が見られるため、それらを設計した知的な存在がいるというもの。それを「神」と名付けるもの。以前、『神の方程式 「万物の理論」を求めて』という本を読んだが、この本の主張がまさにそれであった。理論物理学の教授である著者の意見がそれかと思ったが、そうとでも考えないと理解できない生命の不思議の数々は確かにある。ミツバチや蝶が受粉を媒介する仕組みなど、どうして知性のない自然の中でそのような仕組みができたのか実に不思議である。

 我々は、例えば「ある数を4倍して3を足したら23になった。ある数は何か?」と聞かれたら、通常未知数xを使って、「4x+3=23」という方程式を使い簡単に解ける。それと同様、原因がわからないものに「x」を当てはめて説明しているのが今の科学である。その「x」を「神」とすればいいのではないかと思う。そうするとxは至る所にある。道端に生える雑草が受け継ぐ生命の仕組み。我が家も家の横に何もしていないのにいつの間にか雑草が生えており、それを抜くことをしばしば妻から命じられているが、なんの意思もないのに雑草は生えてくるわけで、道端の雑草にも神は宿っていると言える。これは八百万の神々を説く神道の考え方に他ならない。

 また、そんな神道の「神」は人間に「汝、殺すことなかれ」というような義務を課すこともない。教会に通うことも要求しないし、異教徒を改宗させることも成敗することも要求しない。もちろん、都合が悪くなって神頼みをしてもそんな要求に応えることもない。明日、どうしても晴れてほしいが、降水確率100%で絶望的な気持ちで神頼みしたところ、奇跡的に晴れたとしても、それはさまざまな要因が絡み合って天気図が変わったもので、それは「神の御技」ではあっても、人間の願いを聞き入れたわけではない。「神の御技」というただの偶然である。もちろん、熱心に祈ってもお守りを何個も集めても希望の学校に合格できるかどうかはあくまでも学力次第である。

 友人に会社の社長をやっている者がいる。就職した会社の関連会社の社長で、サラリーマン社長ではあるが、社長は社長である。本人にはそれを誇らしく思う気持ちがあるのだろう、それが何気ない言動に現れている。それを批難するつもりはないが、やはり本当にすごいと思わされる経営者はみな謙虚である。人間は自分がトップになるとどうしても傲慢になりがちである(ちなみに友人は傲慢にはなっていない)。自慢したくなる気持ちはよくわかるが、尊敬を集めるのは謙虚な態度だ。自分より優れたものがいる(=神)と素直に首を垂れる事ができる人間は態度も立派になる。そういう意味で、人間にとって神は必要な存在だと思う。

 この世に神は存在する。それはキリスト教やイスラム教のような神の御名において人殺しを正当化したり、「左の頬を叩かれたのなら」という神の教えに従わなくても良かったりする都合の良い一神教の神ではなく、ありとあらゆる所に存在し、一神教の神さえ受け入れる包容力の高い神道の説く神である。日本に神社は8万社以上あるそうである。それはコンビニの5万6千店をはるかに凌駕する。さらに小さな祠のようなものを加えれば数知れないと思う。それだけたくさんの神を祀っている我が国は、実に信心深い国なのだと思う。神道の神を信じることはおかしなことではなく、我々日本人が胸を張るべきことであるとさえ思う。

 「あなたは神を信じますか?」と聞かれたら、堂々と「信じます」と答えたいと思うのである・・・

Fedra VinczeによるPixabayからの画像

【今週の読書】
 存在と思惟 中世哲学論集 (講談社学術文庫) - クラウス・リーゼンフーバー, 村井則夫, 矢玉俊彦, 山本芳久 監督の財産/栗山英樹【3000円以上送料無料】 - bookfan 1号店 楽天市場店  【中古】 語りえぬものを語る 講談社学術文庫/野矢茂樹(著者) - ブックオフ 楽天市場店  新古事記 [ 村田 喜代子 ] - 楽天ブックス






2025年6月18日水曜日

霊魂は存在するのか

 今、通勤電車の中で読んでいる『語りえぬものを語る』という本の中で、「霊魂は存在するのか」という話があった。別に真面目に霊魂の存在を議論したものではなかったが、自分の中で引っ掛かったので改めて考えてみた。霊魂とは、ちょっと調べてみると、「肉体とは別に精神的実体として存在すると考えられるもの。肉体から離れたり、死後も存続することが可能と考えられ、体とは別にそれだけで一つの実体をもつとされる、非物質的な存在。人間が生きている間はその体内にあって、生命や精神の原動力となっている存在、個人の肉体や精神をつかさどる人格的・非物質的な存在、感覚による認識を超えた永遠の存在と考えられている」とある。これをそっくりそのまま信じるのは難しいだろう。

 昔からいわゆる「幽霊」と言われるものも、この霊魂とイコールなのだと思う。死してなお存在する人(の名残?)であるが、人間は生物であり、心臓が止まればその生存は終わる。思考も生命活動の一環であり、脳への血流が止まり生命活動が終われば思考も消滅する。すべてがそこで終わって無に帰るわけであり、「死後も存続する」ことはないと考えるのが自然であろう。もしも死後も存在するのであれば、認知症になった人はどうなるのかと思う。当然、認知症のままの霊魂が残る事になる。幽霊=霊魂の存在を信じる人がいるとしたら、この点はどう思うのだろうかを聞いてみたいと興味深く思う。

 とは言え、同じ生物として活動していてもその思考内容は人によってまったく違う。人間であれば心臓の働きも脳の働きもみな同じであろうが、脳の働きの結果としての思考については千差万別である。この点は実に不思議だと思う(当たり前だと思う人の方が多いかもしれないが)。「同じ生命活動でありながら思考が人によって違う」という事ゆえに、生物としての肉体以外に何かがあるとすれば、それが霊魂と名付けられるものなのかもしれないとは思う。ただし、それは肉体を離れて存在するものではなく、肉体とともにあって「生命や精神の原動力となっている存在」というものである。

 同じDNAを持血、同じ親の下で育っても兄弟で性格が違うというのも当たり前にある。同じ学校に通い、同じ担任に教わってもそれぞれ当たり前に違う。自分中心の考え方をする者もいれば、周りの人に配慮できる人もいる。同じ映画を観ても、同じ本を読んでもそこから受ける影響はみな違う。人から面白いと言われて勧められた映画を観てさほど面白いとは思わなかったという経験はザラだし、本もまた然り。逆に自分がめちゃくちゃ感激した映画をせっかく勧めたのに観もしなかったという事も同様。なぜ同じように感じないのだろうか。同じものに触れてもそこから何かを感じる感性というようなものもまた人によって違う。

 そうした感性は、思考の違いも同様、おそらく細胞レベルで研究してもわからないだろう。「病は気から」という言葉がある通り、人間の精神状態は肉体にも影響を及ぼす。そうなると、やはり「生命や精神の原動力となっている存在」というものがあると言ってもおかしくはない。ただ、それを「霊魂」と称するのには抵抗感がある。それは「霊」という言葉に引っ張られているのかもしれない。「霊」はどうしても「幽霊」に通じてしまい、「ありもしないもの」というイメージがしてしまう。基本的に「霊魂」が存在するとしてもそれは生きているものであろう。死んで生命活動が終われば霊魂も消滅する。

 一方で生きている者にはやはり目に見えない「生命や精神の原動力となっている存在」というものがあるように思う。原子レベルのものは目に見る事はできないが存在する。それと同様、今は十分に解明できていないだけで、そういうものがあるのかもしれない。それはそれとして、その人を形作る思考の元になっている何かがあって、それは血管を流れる血液なのかニューロンを伝わる電気信号なのか、何らかの活動によって生み出されているものであろう。それを「霊魂」と名付けるのであれば霊魂は存在する。ただ、個人的には「霊魂」というより「魂」と言った方がしっくりくる。

 こういう「魂」は大事だと思う。「魂を込めて」作ったものには何か普通のものとは異なる霊力のようなものを感じたりする。野球に例えるなら、魂を込めて作ったバットと普通に作ったバットのどちらかを選べと言われたら、たいがい魂を込めて作ったバットを選ぶだろう。たとえ材質はまったく同じだったとしても、そこに目に見えない力を感じて期待して選ぶだろう。その場合、その人は作り手の「魂」の存在を信じているという事になる。目に見えているものがすべてではない。特に人間の精神のようなものは一見、存在を軽視されそうであるが、「魂」は確実に存在すると信じられる。

 ラグビーでは「魂のこもったタックル」と言えば、気迫あるプレーで仲間の気持ちを鼓舞するものである。そういうタックルをする者は何より仲間の信頼を得る。魂が震える芸術作品というものもある(同じ作品を見ても魂が震えない者も当然いる)。現に信じる信じないは別として、我々は魂を前提として考えているのは事実である。「霊魂」という言葉に引きずられることなく、「魂」と考えればその存在は十分に考えられる。魂のこもったタックルはしたいし、ここぞという時には魂のこもった行動を取りたいと思う。

 「霊魂」は存在しないが「魂」は存在する。そんな風に思うのである・・・


Stefan KellerによるPixabayからの画像

【本日の読書】

 存在と思惟 中世哲学論集 (講談社学術文庫) - クラウス・リーゼンフーバー, 村井則夫, 矢玉俊彦, 山本芳久  【中古】 語りえぬものを語る 講談社学術文庫/野矢茂樹(著者) - ブックオフ 楽天市場店  新古事記 [ 村田 喜代子 ] - 楽天ブックス

2025年5月30日金曜日

日本男児の敵

 先日、部下の女性社員と面談していて家族の話になった。曰く、「(ちょっと頼りない)若手社員に息子が似ている」と。母親であるその女性社員が言うには、「何を言っても馬耳東風」、「夜中にいつまでもゲームをやっていて朝起こすのが大変」等々堰を切ったように息子に対する不満を述べ立てる。それを聞いた私はいちいち息子の気持ちがよくわかってしまった。息子にとって母親は口うるさいものである。そもそも母親は(男と比較して)細かいところに気がつくがゆえに指摘も一々細かいし、説教をすれば長いし、くどい。防衛策として馬耳東風は必然なのである(私も妻の小言に対してそうしている)。

 そこで(妻には言えない)持論をその女性社員にぶつけた。「朝、起こしても起きないなら起こさなければいい。遅刻して困るならそれは自分だし、痛い目に遭えば次から自分で起きる工夫をするだろう」と。しかし、やっぱり母親というのはそうもいかないようで、「そうは言っても・・・」と納得しかねる様子。母親としてはどうしても息子の一挙手一投足が気になり、「ちゃんとやっているか」が気になるのだろう。小学校の時も、掃除をちゃんとやるのは女の子で、男の子はいいかげんかサボるかどちらかであったが、そういう男と女の違いが表れるのかもしれない。

 そもそもであるが、「男をダメにするのは母親である」というのが私の信条である。父親にとっては娘がかわいいのと同様、母親にとっては息子がかわいいようで、問題はそのかわいがり方である。女の感覚で育てればそれは女のようになってしまうだろう。私などは娘も息子も高校の卒業式から行かなかったし、大学はなおさらである。もう一々親がついて行くものでもないとの考えである。まぁ、子育ての卒業という意味で、自分のために行くのは良いと思うが「ついて行かないと心配」などという理由ではダメである。

 その昔、私が大学受験をした際、どこかの学生服を着た男が母親と待合室で座っていた。「ママと一緒に受験に来るのかよ」と腹の中でバカにしたが、そういう時に父親は来ないだろう。仕事だからという事もあるが、仕事がなくてもこないだろう。大学のラグビー部の試合を観に行くと最近は父母の観戦が目につく。父親よりも圧倒的に母親が多い。キャーキャー歓声を挙げて応援している。社会人になっても病欠の連絡を親がしてくるという事も耳にするが、それはたいがい母親だろう。そして母親はそれに違和感を覚えない。

 母親の息子離れが遅れればそれだけ息子の乳離れも遅くなる。それはやがて大人となって大人の女性と付き合うようになった時、「マザコン」という形で表れる。そんな男と女性は付き合い、結婚したいと思うだろうか。まず思わないであろう。しかし、間違いなくマザコン男を育て上げるのは100%母親である。子供がかわいいのは当然であるが、高校生くらいになったらもう手取り足取り面倒を見るのはやめるべきなのだ。我が家の妻も大学生の息子のスケジュールを確認して朝起こしている。「いいかげんにしたら」と心の中でつぶやいている。

 母親が子離れするのはいつぐらいがいいだろうかと考えてみると、だいたい高校生になったら始めるべきだろう。大学生なら自立を学ばなければいけない。もう母親が積極的に世話を焼くのはやめるべきである。ましてや社会人になったらなおさらである。ところがいつまで経っても子離れできないと、息子はマザコンになるか、そうではなくても母親を突き放せなくなる。息子が独身のうちはいいが、結婚すれば厄介な事になる。妻は息子のように夫の世話をしない。すると母親はそれに不満を持つ。嫁姑戦争の火種になる。

 「嫁姑」と「婿舅」では圧倒的に「嫁姑」にきな臭さが満ちている。男は互いに干渉しないが、嫁姑は息子を巡って対立する。今まで自分が全力を傾けて世話してきた息子を嫁は適当にあしらう。「夫は子供ではない」から当然であるが、それを母親は理解できない。我が家もこれで嫁姑関係が断裂した。私は高校生の時から親にこずかいをもらわなかったくらい親からは自立していたが、冷たくされても息子は息子であり、自分の代わりに(自分の思う通りに)尽くさない嫁に不満を抱いていたのだろう。

 将来、息子が(結婚したなら)嫁姑戦争勃発の可能性は高いと私は見ている。私は何もできないが、せめて息子に警告はしたいと思っている。私と違って息子はまだ母親に甘えているところがある。そこは大いに不安があるところである。娘には料理を手伝わせるが、息子には手伝わせない。今や女性の社会進出が当たり前で、共働きも普通だが、結婚していきなり家事をやれと言われてもろくにできないだろう。それでいいのか日本の女性たち。夫が家事を手伝わないと不満を言うなら、そういう夫にならないように息子を育てなければならない。そういう意識を持っている母親がどのくらいいるだろうか。

 今のままでは我が息子もそうであるが、日本男児の行く末も大丈夫であろうかと心配になる。愚かな母親たちによって日本の息子たちがダメ男にならないようにと思うのである・・・

Christine SponchiaによるPixabayからの画像


【本日の読書】
 若い読者に贈る美しい生物学講義――感動する生命のはなし - 更科 功  百年の孤独 - G. ガルシア=マルケス, Garc´ia M´arques,Gabriel, 直, 鼓





2025年5月21日水曜日

認知症

 先日、認知症の生涯リスクが60歳以上で55%だというネット記事を読んだ。米国の調査では75歳以上で4%、80歳以上で20%が認知症になると言う。年を取れば取るほどその比率は高まるのであろう。楽観的な私としてはどこまでも他人事であり、自分が認知症になるなんて思ってもいない。しかし、そんな事は誰もがそう思っているように思う。少なくとも認知症になりたいなんて思っている者は1人もいないであろう。しかし、人間の脳細胞も年齢とともに劣化していくのは間違いない。自分で意識しようとしまいと、細胞が劣化すれば必然的にそうなっていくのは自然の摂理であるようにも思う。

 我が両親は2人とも今年で88歳である。2人ともやはり認知能力は衰えてきている。特に短期記憶に関する衰えは顕著である。先日、四万温泉に行ったが、父は参加しなかった。はじめ、父の認知能力の衰えもあり、心配した母が「父を1人残しては行けない」と言うので、私は3人分で宿を予約した。あまり早く言ってもと思い、1週間前に父に意思確認したところ、「行く」という。念のため父が毎日見る引き出しにその旨のメモを書いて貼り付けておいた。「来週温泉に行く」と。そして前日、電話で意思確認した。その時点でも「わかった」との事であった。そして当日、迎えに行くと、「聞いていない」、「突然言われても困る」、「行きたくない」である。

 旅行の用意をしていた母は一生懸命説得を試みる。「私も行くとは思わなくて言わなかったのは悪かったけど・・・」。いやいや、「1人で置いていけない」って言ったのは誰?駄々っ子のように行かないと言い張る父。「もっと早く言ってもらわないとこっちにも都合がある!」とのたまう。やむなく諦めて父を残して温泉に向かう。一泊の温泉旅行であり、腰の悪い母は歩き回れないので車で少し周辺を回る程度で帰ってくるのに、母は3日分くらいの荷物を用意し、飲み薬に至っては10日分を鞄に入れている。宿に着けば30分以上鞄の中身を出したり入れたりしている。母は複雑な宿の中では自力で部屋へ帰る事ができず、私がすべて付き添う。

 そのうち私が誰だかわからなくなったりするのだろうかと思う。父は最近、物がなくなり、近所の人が盗んだと言い始めている。父は現役時代、印刷工場を経営していて、実家には今も当時の倉庫が残っている。その倉庫にしまっておいたものがなくなるそうなのである。財布を無くしたというので、銀行のキャッシュカードやクレジットカードの再発行手続きを代行した。免許証も入っていたと言うが、それはもう必要ないので仕方がないとした。ところが、しばらくして行ってみると、免許証を持っていてクレジットカードも同じものが2枚ある。どうやらどこかから出てきたらしい。問い詰めると財布をなくした事実はないと言う。

 細かく挙げればきりがない。そんな両親に対しては、もう腹を立てずに温かい心で接するしかない。幾度か銀行に行って手続きをするのを手伝ったら、窓口の行員さんに顔を覚えられてしまった。そして先日、またキャッシュカードをなくしたと父が銀行に行ったところ、「息子さんに相談してくれ」と言われて追い返されたと憤慨していた。もちろん、そのキャッシュカードはその後ちゃんとどこかから出てきた。いずれ自分もそうなるのだろうか。どうしたら防げるのであろうか。両親ともそれぞれの祖父なり祖母なりが認知症になった姿を見ている。自分が同じようになりたいとは思っていない。

 自分が自分でなくなるというのは、実に怖い事である。たとえ手足が不自由になろうと、病気になろうと、意識だけは最後まで自分自身でいたいと思う。しかしながら、最近仕事でも部下に物忘れを指摘される事がしばしばある。同じ話を2度したり、同じ事象に対して違う指示をしたり。今は半分笑って済まされているが、そうなると自分は大丈夫と根拠のない楽観はできないように思う。以前はよく読んでいた本も、父は覚えられなくて読むのをやめてしまっている。自分もそうなるのだろうかと考えると恐ろしくなる。最後は病院のベッドであっても、本を手元に置き、タブレットで映画を観続けられるなら、構わないのであるが・・・

 「頭を使っていれば大丈夫」という話を聞き、脳トレなんかもいいという話がある。しかし、イギリスのサッチャー元首相も認知症になったと聞くと、大丈夫とも言えないと思う(レーガン元大統領が認知症になったのにはあまりショックを受けないが・・・)。敬愛する祖父は89歳で亡くなるまで頭はしっかりしていた。いつまでも元気でいられるのが一番であるが、そうでなくてもせめて頭と目だけは最後までしっかり維持していたいと心から思う。「抜け殻」となってしまうことは避けたい。両親にも長生きしてほしいと思うが、抜け殻になってまでとは思わない。

 祖父のように最後まで自分自身でいられるであろうか。医学の進歩に期待するだけではなく、自分自身も面倒がらずにできる事があるならやろうと思う。このブログも何かの役に立つのであれば続けよう。願わくば最後の日まで雑感をつぶやきたいと思うのである・・・

PexelsによるPixabayからの画像

【本日の読書】
 存在と思惟 中世哲学論集 (講談社学術文庫) - クラウス・リーゼンフーバー, 村井則夫, 矢玉俊彦, 山本芳久 日本とユダヤの古代史&世界史 - 縄文・神話から続く日本建国の真実 - - 田中 英道, 茂木 誠 ブラック・ショーマンと覚醒する女たち - 東野 圭吾





2025年5月15日木曜日

プレゼントの意味するもの

 先週末、四万温泉に母を連れて行ってきたが、時節柄それを母の日のプレゼントとした。プレゼントは昔から苦手であり、苦労している分野である。ましてや我が母は私を上回る天邪鬼なところがあり、「何か欲しいものがあるか?」と聞くと「ない」と言い、それではと勝手に選ぶと文句を言うという難しいところがある。かつて結婚当初、お中元、お歳暮と両親に送ったが、ビールを送れば「お父さんは最近あまり飲まない」と言われ、コーヒーを送ると「このところ胃の調子が悪くて飲めない」と言われるという事が続いた。新婚の妻からは「何をやっているの」と責められたものである。

 それに対して父は希望も文句も言わない。いつからか父の日と誕生日には梅酒かワインを送るようにしているが、単純に感謝してくれる。送るものが決まっていると実に楽である。妻と付き合い始めて面食らった事の一つは、「プレゼントして欲しいものを事前に聞く」という事である。「気に入らないものをもらうよりも欲しいものをもらった方が嬉しい」という合理的な考え方で、いわゆるサプライズ的な要素はない。それが良いか悪いかは個人の好みであるが、プレゼントで悩んだ結果、失敗することが多い私としてはいいのかもしれないと思ってみる。それでも失敗したとしても、サプライズ的な方がいいような気がするのは素直な気持ちである。

 プレゼントは、相手の事を思いながら何が喜ばれるだろうと想像しながら選ぶものであるというイメージが私にはある。私の場合、失敗する事が多いから偉そうな事は言えないが、相手のために悩んで選ぶ時間が相手に対する気持ちそのもので、そういうものであるからこそ、私は自分がもらう立場の場合、それがどんなものであろうと感謝して受け取る事にしている。プレゼントそのものよりも、プレゼントしてくれた相手の気持ちが嬉しいと思う。それゆえに、「相手に事前に欲しいものを聞いて、それをプレゼントする」という事にはどうしても抵抗を感じるのである。

 我が母はそんな事と対極にある。あろう事かプレゼントにケチをつけるのである。相手を嫌な気持ちにさせるというのはもっとも最悪な対応である。しかし、母の気持ちの根底には喜びがあるのではないかと思う。一種の照れ隠しである。ただ、たとえ照れ隠しであろうと、やはりケチをつけるというのは最悪であるとしか言いようがない。勝手に選んでプレゼントすれば文句を言われ、「何か欲しいものがある?」と聞くと「いらない」と言う。自分の母親でなければ絶縁するところであるが、そういうわけにもいかない。サプライズであげたものが母の心にヒットしないと難しい。そう言えば実家には私が高校生の時にプレゼントしたアジサイがいまだに季節になると咲いている。それは数少ない成功事例である。

 一方、父には年に2回、プレゼントを贈っているが、母と違ってすなおにお礼を言ってくれる。ただ、その場限りのお礼で、嬉しいのかどうなのかイマイチよくわからないところがある。梅酒もワインも味が気になるところで、次に行った時に「どうだった?」と聞いても「おいしかった」というだけである。それはそれで何となく物足りないところがある。本当に気に入ったのか、それともそうではないが、とりあえずこちらに合わせてくれているのか。そう考えてみると、贈る方としては、実は「喜んでもらいたい」のだと思う。相手の事を考えて贈るのは、相手に喜んでもらいたいのだと。

 当たり前と言えば当たり前。人はなぜプレゼントをするのかというと、それは相手を喜ばせたいからと言える。それが純粋なものであろうと、そうでないもの(例えば下心付きの女性へのプレゼントなど)であろうと、そこは変わらない。ただ、それは贈る者の勝手であり、相手に何かを要求するものではない。たとえ相手が喜ばなくても、それで不満を言うのは正しくない。相手の反応が気に入らないのであれば、次回からやめればいいだけである。そして受け取る方も、相手の勝手なプレゼントにどう反応しようが自由である。ただ、大事な事は、相手の気持ちにどう反応するか、であろう。

 「プレゼントには感想という情報のお返しが一番相手に喜ばれる」という言葉がある。それはそうだと思い、以来私も心掛けている。プレゼント以外にも本や映画などを紹介された時にも当てはまるので、必ず心掛けている。やはり、相手を喜ばせたいという気持ちが根底にある以上、その気持ちに応えるにはやはり相手を喜ばせる事を考えないといけない。それにはたとえもらったものが気に入らなくても、気に入ったように振る舞うのがいいと思う。それは相手を偽る事ではなく、自分を喜ばせようとしてくれた相手の気持ちに応えるものである。そこには感想も添えたいところである。

 プレゼントというと、どうしても「モノ」に目が行く。しかし、本当は「相手の気持ち」なのであり、そこに目を向けたい。わざわざ自分に何かを贈ってくれるのであり、もらった「モノ」がどうこうではなく、贈ってくれた「相手の気持ち」に対して応えたいと思う。天邪鬼な我が母にモノを贈って喜ばせるのは難事であるが、温泉に連れて行くのは確実に喜ばれる。喜んでいる顔を見るのはこちらも嬉しいし、そういう意味ではプレゼントは贈る相手だけでなく、自分自身をも喜ばせるものなのかもしれない。

 プレゼントを贈る相手がいるというのも考えてみればありがたいもの。プレゼントはどんな角度から見ても嬉しいものであると思うのである・・・


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【本日の読書】

 ガダルカナル[新書版] - 辻政信  風に立つ - 柚月裕子  存在と思惟 中世哲学論集 (講談社学術文庫) - クラウス・リーゼンフーバー, 村井則夫, 矢玉俊彦, 山本芳久




2025年3月2日日曜日

結局は「意識」の違いなのだろう

 人はみなそれぞれの考え方をもっていて、それに従って行動する。必ずしも同じように行動するのではなく、同じ現象を前にしても人によって違う。当たり前ではあるが、自分では当然のようにやる行動を同じ立場の人ができない、やらないと違和感を禁じ得ない。どうしてそうなのか。人によって考え方や行動が違うのは当たり前ではあるが、なぜそうなのかとよくよく考えてみれば不思議である。部下に仕事をやらせるにしても、同僚のTとはそのやり方が私とは違う。

 業務でとある社員の残業時間が月の上限の45時間を超過した。会社は従業員といわゆる「三六協定」を結んでいて、月間の上限を45時間としている。もちろん、一か月だけ超えたからといって直ちに問題となるわけではない。ただ、それが続くと問題になりうるものであり、管理者としては現状を把握し、場合によっては対策を指示しなければならない。Tがその対応について社長に問われていた。Tの答えは「部下(の管理職)に任せてある(のですぐには答えられない)」というものであった。

 当然、社長としてはその答えに納得はできない。当然ながらすぐに確認しろという事になった。私であればそもそも社長に言われる前に確認していただろう。一応、総務担当役員として全社員の残業については確認しているが、総務でなくても自分の部署の社員については確認するのが当然であり、言われなくてもやるのが当然な事である。認識が甘いと言えばその通り。おそらく、「サービス残業が当たり前」の「社会人昭和デビュー世代」の感覚が邪魔をしているのかもしれない。

 考え方の基には興味・関心の違いもあるのかもしれない。本業の責任者であるがゆえに業績推進の方に関心が行っていて、残業管理に対する関心が薄いのかもしれない(それではいけないのだけれど)。役員ともなれば幅広く目を向けなければならないわけであり、それは言われてやるものではなく、自ら関心を持ってやるものである。ただ、Tにはそこまで考えが及ばないのであろう。そういう関心の有る無しはどこからくるのだろうかと思うも、それはなかなかわかりにくいものである。

 週末、私はシニアのラグビーチームで汗を流している。練習時間は基本的に2時間であるが、私はたいてい、その前後30分くらいを自主練に当てている。本当はもっとやりたいのであるが、借りているグラウンドの時間の都合上の制約があってそれくらいしかできない。ただ、そういう自主練をやっているのはほぼ私1人で、みんなは全体練習だけである。自主練は個人的に強化したいところをやるのであるが、私の感覚では「もっと上手くなりたい」と思えば自然とそういう行動に出ると思うのだが、みんなにはそこまでの気持ちはないのだろう。

 趣味でさえそうなのだから、仕事となればもっと関心が低くなるのもやむを得ないのかもしれない。結局のところ、「どこまで気がつくか」の問題であり、それは興味関心の領域に入るものであり、それはとどのつまり、その事に関して「どれだけ気持ちが入っているか」になるのではないかと思う。学校の勉強ができなくても、ゲームなら得意という子供は五万といるだろう。それは学校の勉強よりもゲームの方が面白いからであり、「気持ちが入る」からのめり込む(だから得意になる)。

 この週末、『BLUE GIANT』という映画を観た。主人公は世界一のサックス奏者になる事を夢見る高校生。ジャズに魅せられ、自らサックスをやりたいと思い、毎日毎日地元仙台の河原で練習する。「一念岩をも通す」という諺があるが、人間そこまで入れ込んで夢中になると、自然と実力もついてくる。それは一般的に「才能」と呼ばれるものの正体であるが、そこまでやると、他の人には見えないものも見えてくるのかもしれない。「好きこそ物の上手なれ」という諺も同様である。

 人の事はとやかくいうものではないが、同僚のTを見ていると、一方で自分のやる事も見えてくる。Tは私にとって「他山の石」的な存在とも言える。住宅ローンを払い終え、年金をもらい始める70歳までは今の地位と給料を維持したい(と言うよりもっと上げたい)と思うが、それには実績も示さないといけない。人はともかく、自分は頑張らないといけない。仕事も趣味もやるならきっちりとやりたい。そういう心意気を維持したいと思うのである・・・

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【本日の読書】
「悩まない人」の考え方 ── 1日1つインストールする一生悩まない最強スキル30 - 木下勝寿 傲慢と善良 (朝日文庫) - 辻村 深月







2025年2月21日金曜日

どうしたらできるだろうか

「どうしたらできるだろうか」という発想は、何かを成し遂げようとする場合にとても大事だと思う。私は仕事でもスポーツでも事を成すには「意識」「熱意」「創意工夫」の3つが必要だという信念を持っている。このうちの「創意工夫」にあたるのが、「どうしたらできるだろうか」という発想である。実に簡単であると思うが、できない人にはとことん難しい事のようである。そもそも「無理」と考える「意識」の問題もあるかもしれない。だから何よりもまず「意識」がないとダメなのであるが、意識だけでもダメである。「創意工夫」とそれを支える「熱意」がないと難しい。

初めてこの言葉を使うようになったのは、銀行員時代に初めて部下を持った時である。銀行員とは結構忙しい種族で、当時当たり前のように山のような仕事を抱えていた。私の部下はそれを目の前にし、「こんなにできるわけありません」と言い、毎日のように「人を増やさないとできるわけありません」と訴えてきた。それに対し、私は毎回「どうしたらできるかを考えろ」と答えていたのである。結局、新米上司の私に部下の行動を変えられるわけがなく、しびれを切らした支店長が優秀な男(しかもその部下の同期)を連れてきて交代させてしまった(そして仕事はスムーズに回るようになった)。

考えてみれば、私も「どうしたら部下の考え方を変えられるか」を考えれば良かったのであるが、そこまではできなかったのである。それ以来、「どうしたらできるだろうか」と考えるのは私にとって当たり前の思考になっていったのであるが、誰もがそう考えられるわけではないのだという事をその後も幾度も経験している。「どうしたらできるだろうか」と考える以前に「無理だ」「できない」という意識が働くのであろうか、考える以前で止まってしまうようなのである(だから「意識」がまたしても大事なのである)。

先日の事、とある案件の入札があった。私としては是非取りたいと思い、現場の担当者に相談を持ちかけた。もちろん、現場担当取締役にもである。ところが、しばらく検討してもらって出てきた回答が「リスクが高い」「採算が合わない」という否定的な意見であった。採算なら合うようにすればいいと私は考えるが、説明を聞いて感じたのは、「否定から入っている」という感覚であった。たぶん、「無理してまでやりたくない」という意識があったのだろう。私と現場との間では温度差があったのは間違いない。

否定から入っているから「できない理由」を探す。あるいはちょっとでも不安な要素を探す、目につく。今の仕事で充分だから何も無理して手間暇のかかる入札などに手を出す必要などないではないかという意識がおそらく働いている。しかし、経営の観点からすれば、今の仕事だけで満足していては、いずれ環境変化の中で淘汰されるかもしれず、事業の幅を広げておきたいという考えがある。そういう中での一つのチャンスであり、積極的にチャレンジしたいところである。リスクを無視しろというつもりはないが、「リスクがあるからやめる」ではなく、「取れるリスクは取る」というスタンスで臨みたいところである。

そこで必要なのが、「どうしたらできるか」という考えである。人の手配であれば、自社だけでなく外部の協力企業に頼む手もあるし、それは直接だけではなく他のプロジェクトから抜くのであればそこへの補充という間接的な方法もある。難しい仕事でなければ他の業務から抜いても影響の少ない新人を抜いて充てるという方法もある。コストは抑える考えも大事だが、相手からの要望にプラスアルファの提案を加えて価格に転嫁するという発想もある。それでも最終的にできないとなるなら、その理由は何なのか、どうしたらその理由を(次回は)克服できるのかを考えたい。

結局のところ、「創意工夫」は「意識」と「熱意」があってはじめて出てくるものなのかもしれない。一方、「どうしたらできるだろうか」という「創意工夫」の発想があって、そこから「意識」と「熱意」につながるものなのかもしれない。どうしても結論としてその「三位一体」があるかないかになってしまうのであるが、その「三位一体」も私の場合は「創意工夫」の考え方から辿り着いたように思う。まずは何事も「できない」と結論づけるまえに「どうしたらできるだろうか」と考えてみたいものである。

「断ったらプロではない」という言葉が好きであるが、「どうしたらできるだろうか」と常に考え続けたいと思うのである・・・


MarijanaによるPixabayからの画像

【本日の読書】
イスラエル戦争の嘘 第三次世界大戦を回避せよ (中公新書ラクレ) - 手嶋龍一, 佐藤優  トヨトミの世襲~小説・巨大自動車企業~ - 梶山三郎




2025年1月27日月曜日

批判する人

どこにでも他人を批判する人というのはいる。我が社にもご意見番的立場の方がいるが、やはり常に人を批判している。その批判は間違っているとは思わないが、いつもいつも批判ばかりだと聞かされる方は辟易してくる。間違っているとは思わないが、正しいとも思わない。それは、ご意見番の批判を聞いて批判の対象となっている人に事実確認をしてみると、そこには止むを得ない事情があったりするのである。物事は一面的に見ても正しくは見えない。円柱も上から見れば円だし、横から見れば長方形だ。だが、円柱の形を円だとか長方形だとか言っても(間違ってはいないが)正しくはない。それと同じである。

私が尊敬する福川先輩が、常々「複眼的思考」ということを仰っていた。物事を多角的に見るという事で、一つの見方だけではなく、いろいろな人の意見を聞き、自分の知らなかった面を含めて総合的に物事を捉える事によって、偏りのないものの見方をしようという事である。我が社のご意見番の意見を聞いていると、本当に複眼的思考の重要性に気付かされる。ただ、役に立たないかというとそうではない。ご意見番の批判はそのままでは受け取れないが、「問題の存在」に気づかさせてくれるという意味では大いに大事だと考えている。問題がある事すらわからない事から比べたら、よほどマシであるからである。

そうした問題についてどうするか。できればご意見番には批判だけではなく、「どうしたらその批判対象を正せるか」まで考えて行動してくれるとありがたいのであるが、そこまではしてくれない。「あいつはダメだ」で終わってしまう。そこまでやってくれたらもう拝むしかなくなるのであるが、そうではないところがご意見番の限界なのかもしれない。そこまでやる方であれば、今頃副社長くらいにはなっていたかもしれない。私も貴重な「ご意見」を聞いた以上、聞き流すわけにはいかない。密かに本人に意見を聞き、改善に動くようにしている。

「批判する人」ほ「批判する」だけでは自分も同じ穴のムジナになってしまう。「批判」それ自体は悪いことではない。ただ、そこに「改善提案」があった方がいい。そしてビジネスの現場では、実際に自分で改善に動かないなら批判すらするべきではないと思う。なぜなら「批判だけの批判」は害にしかないからである。ご意見番の批判を毎日横で聞かされていて、私の精神的健康が害されているように、それは誰かに悪影響を与えるかもしれないからである。

私の友人にも常に自分の職場の同僚や上司を常に批判する者がいる。毎回会うたびに他人批判を聞かされるので、私も会うのが億劫になって(最近はほとんど会っていない)しまったが、人によってはそういう反応を招いてしまうだろう。他人を批判したくなる気持ちはよくわかる。ただ、私も人を批判して批判だけで終わるようにしないようにしたいと思う。特にビジネスの現場では下の人たちからの視線もある。そこは「人の振り見て我が振り直」したいと思う。

考えてみれば、他人批判をする人を見れば自分のなすべき事がわかる。その良くない所が自分がなすべき事になる。そういう意味で、「批判する人」は自分の反面教師になってくれているとも言える。モノは考え方一つという部分もある。他人批判から自分も大いに学んで自分の改善に役立てたいと思うのである・・・


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【本日の読書】
「戦後」を読み直す 同時代史の試み (中公選書) - 有馬学  戦略文化 脅威と社会の鏡像としての軍 (日本経済新聞出版) - 坂口大作





2025年1月16日木曜日

言葉について

人間は言葉によって互いに意思疎通を図る事ができる。しかし、ほんのささいな言葉遣いによって誤解を招く事は日常茶飯事である。いったい我々は言葉をうまく使いこなしているのだろうかと考えてみる。その前にそもそも言葉は世界を十分に表現できるのだろうか。きちんと伝えられないのは、その人のボキャブラリーや表現力によるせいだろうか、それとも言葉自体のせいであろうか。言葉自体に限界がある事も事実だと思う。それが証拠に、我々は「体験」を伝える事ができない。

たとえば「匂い」。バラの香りと言われればわかるが、それはバラの香りを嗅いだ経験があるからで、「体験」を伝えたわけではない。たとえば世界最大の花であるラフレシアの臭いと言われても普通の人にはわからない。それはほとんどの人にラフレシアの臭いを嗅いだ経験がないからである。その臭いは「動物の死骸が腐った臭い、トイレの悪臭のような臭い」だそうで、そう言われれば何となく想像はつく(もっともトイレの悪臭なら想像はつくが、動物の死骸が腐った臭いは経験していないとわからない)。ただ、それは厳密に「体験」を伝えたわけではない。

「頭が痛い」と言われた場合、人はたいてい、過去の自分の体験を元に想像するのであるが、厳密に目の前の人が経験している頭痛がそれと同じかどうかはわからない。もしかしたら、自分が想像している以上のものかもしれないし、以下かもしれない。生まれた時から目が見えない人に「赤」と言ってもわからないだろう。「ランナーズハイ」という言葉があるが、長距離走が嫌いな私にとって、多分一生わからない感覚だろうと思う。

最近は「推し」という言葉が使われているが、娘が夢中になっているSUPER EIGHTの魅力だが、娘がいくらそれを言葉で私に伝えようとしても伝える事はできない。同じファン同士なら可能だろうと思うが、それは「体験」を共有しているからである。だからトラキチの気持ちはわからないし、私がいかにラグビーが面白いかと力説しても、すべての人にそれを伝える事は困難である。「面白いと思う気持ち」を伝える事はできないのである。

言葉もいろいろあって、世界には7,000もの言語があるらしいが、そうなると通訳がいないと互いに意思疎通はできない。しかし、その通訳が正しいかという問題もある。その昔、夏目漱石は“I love you”を「月がきれいですね」と訳したと言う。“I love you”は一般的には「愛してる」であるが、夏目漱石は「月がきれいですね」と訳している。それは時代背景や状況もあるのだろう。明治の日本では「愛している」などと面と向かって言うのは憚られたのだろうし、そういう環境下では適訳だったのだろう。

文字通りに解釈すると、「月がきれいですね」という言葉のどこにも「愛している」という意味はない。しかし、男女2人で夜空の月を見上げながらのシチュエーションを想像すると、明治の日本人的には十分「愛している」という意味として適切であるように思えてくる。これに対して、「2人で見ているからではないですか」と返せば、それは“Me、too”なんて表現よりもはるかに味わいのあるやり取りのように思える。

そう考えてみると、言葉では伝えられないものもあれば、言葉によってさらに伝わるものもあるのかもしれない。私の好きな名言・格言の類もそうと言える。過去の人が経験した考え方を伝えるのはどうしても言葉によらなければならない。ただ、それも表現によっては伝わり具合が違うのも当然だろう。小説を読んで感動するのも、人の心にそういう感動を呼び起こすからであり、それが言葉の効能である。100%伝えられないものもあれば、120%伝わるものもあるというところかもしれない。

ビジネスの現場では、やはり「月がきれいですね」では通じない場合が多いだろう。ビジネスの現場では「体験」よりも「考え方」を伝える事の方が多いだろうし、そのためには言葉も有効なはずである。相手にいかに自分の考えを伝え、自分と同じ考え方に立ってもらえるか。なかなか簡単ではないが、効果的なのは「たとえ」かもしれない。「トイレの悪臭のような臭い」のようなものである。これによって言葉は多くのものを伝えられ、理解も促進されうると思う。言葉自体の伝える力もそうだが、たとえによってこれを補うというのも有効である。

何はさておき、ビジネスでは伝わらなければ始まらない。言葉に限界はあるにしても、伝わらないと嘆くのではなく、たとえを駆使してでも伝える努力をしないといけないと思う。そう思いつつも、最近悩ましいのが言葉が出てこない現実。どうしても「あれ」とか「それ」とかが多くなってきている。悲しいかな年齢による「言葉が出てこない」である。これがさらにコミュニケーションに支障をもたらさないようにしないといけない。もっとも、最近それを先回りして部下も優しく接してくれる。やっぱりコミュニケーションは言葉の前に気持ちかもしれないと思うのである・・・


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【本日の読書】

わが投資術 市場は誰に微笑むか - 清原達郎  春の雪 (新潮文庫) - 三島 由紀夫






2025年1月13日月曜日

言葉のキャッチボール

先日、テレビで津軽弁がまったくわからないという事をやっていた。現地で高齢の方にインタビューするのだが、その答えを聞いても確かに何を喋っているのかわからない。同じ地元の若い人にそれを聞いてもらい、解説してもらってようやく理解できた。聞いただけでは日本語なのかすらわからなかったが、解説を聞けば確かに日本語だった。世界には7,000もの言語があるという(『昨日までの世界』読書日記№377)。俄には信じ難いが、日本語でも方言によってこれほど違う事を考えると、確かにあまり交流のない地域ではその地域独自に言語が発展し、違う言語のようになるのだろう。

しかし、同じ標準語でも言葉が通じないかのように言いたい事が伝わらないという事がある。あるいは何を言っているかわからないという事がある。哲学などは普通の人が読んでも理解が難しいことからよくわかる。同じ言葉のキャッチボールなのに相手の投げたボールが取れない。キャッチボールの基本は相手の胸を目がけて投げるのが基本である。相手が取れる様に投げるものである。暴投なら当然取れない。中には運動神経が良くて取れる人もいる。哲学で言えばそれなりの勉強をした人だろう。

いつも思うのであるが、カントやヘーゲルなど難解な哲学でも、研究者による解説書でわかる場合がある。カントが投げた難解なボールを研究者がジャンピングキャッチし、それを取りやすく投げてくれるので一般の人にも理解できる様になる。研究者にできる事がなぜ、大哲学者にはできないのであろうかといつも不思議に思う。考える事とそれを表現する事はまた別の事と言えるのであろうか。あるいは哲学者にとっては取りにくいボールを投げているという自覚がないのかもしれない。

ボールはきちんと投げたが、相手が落球するという事もある。きちんと伝わらないという事である。それは投げた方が拙いという事もあるし、受け取る方が理解できないという事もあるし、その両方である事もある。コミュニケーション不足は日常でよくある。「そんなつもりはなかった」という類である。また、日本人は割と直接モノを言い難い、言わないという傾向がある。間接的な表現で気づいてもらおうというのは、相手に対する心遣いであるが、一方で伝わらなければ言葉のキャッチボールができていないという事になる。

『エレガントな毒の吐き方 脳科学と京都人に学ぶ「言いにくいことを賢く伝える」技術』(読書日記№1516) によれば、京都人は相手に直接批判的な事は言わないらしい。ピアノがうるさい場合は、「ピアノが上手にならはって」などと遠回しに言うそうである。鈍感な私には絶対その意図に気づかない自信がある。それが故に、私は相手にとって耳が痛い事でも直接言う主義である。それで嫌われたなら仕方ないと腹を括っている。ただし、言い方には気をつけている。豪速球を投げ込むのではなく、取ることを意識した緩やかなボールである。

最近、我が社の取締役の同僚にもそのような感じで意見を言った。彼の行動が社長以下、他の取締役の考え方からズレているのである。もうずっと間接的に言ってきたが、埒開かず、直接言う事にしたのである。「こういうケースではこうした方がいい」と。ただ、「私にはそう思えるのですが、どう思いますか?」というマイルドな表現にした。それが良かったのか、彼も何とかして社長の信頼を得たいともがいているところだったからか、私の意見は素直に受け取ってもらえた様である。

人類は言葉という武器を使って発展してきた。ただ、その使い方は人によって巧拙がある。野球のキャッチボールと同様、言葉のキャッチボールも相手が「キャッチできるか」が重要である。独りよがりは良くない。「適切に伝わったか」を常に意識していたいと思う。そして伝わっていない時は、ボールを取れない相手の責任ではなく、「取れるボールを投げられない」自分の責任である。ビジネスの成果に直結する言葉のキャッチボール。より上手くできるように意識したいと思うのである・・・


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【先週の読書】
こころの処方箋(新潮文庫) - 河合 隼雄  三体2 黒暗森林 下 (ハヤカワ文庫SF) - 劉 慈欣, 大森 望, 立原 透耶, 上原 かおり, 泊 功  春の雪 (新潮文庫) - 三島 由紀夫




2024年12月26日木曜日

怪我

ラグビーをやっていると怪我はつきものである。大きいものから小さいものまで常にどこか痛い場所があると言っても過言ではない。還暦を過ぎた今もラグビーをし続けているが、怖いのはやはり怪我である。それも仕事に支障のあるような大きな怪我である。それでもやっているのは、「楽しいから」という気持ちが怪我に対する恐怖心を上回っているからであるが、安易に「自分は大丈夫」と根拠なく思い込んでいるだけではなく、一応気をつけてはいる。平日も仕事から帰ってきて筋トレをしたり、走ったり。毎週の練習は欠かさず出席したり。来年は一層年代別の試合に出場することを徹底しようと思う。

高校時代はまだ土の(というより砂利に近い)グラウンドであった。なのでひじやひざ、ボールに飛び込んだ時に大腿部の横にできる通称「ハンバーグ」という擦り傷が絶えた事がなかった。かさぶたができてもすぐ練習で取れて血が滲む。そんな事を繰り返したせいか、今でも傷跡があちこちに残っている。ただ、それは「怪我」のうちには入らなかった。今は芝生のグラウンドも一般的になってきているので、さすがにそういう擦り傷は激減している。何となくそれだけでも現代のラグビー環境はありがたいと思う。

そんな小さな怪我ばかりであればいいが、生活に支障の出る大きな怪我もなくはない。大学の後輩も2人ほどそういう大きな怪我をしてしまっている。障害者手帳をもらうような大きな怪我はさすがに怖いと思う。経験のあるいい選手だっただけに、「下手だから」怪我をするわけでもない。有名大学の有名選手も大きな怪我でラグビー人生を絶たれたりしている。その時々のタイミングなのだろう。運が悪かったとしか言いようがないのかもしれないが、なるべく怪我をしないように、せめて練習を欠かさぬようにしようという思いでやっている。

私自身はと言うと、幸いにして比較的大きな怪我は1度だけである。大学4年の公式戦開幕戦で、左肩を脱臼して救急車で運ばれた事である。脱臼するとあんなに痛いものだとは思いもよらなかったが、その後公式戦を何試合か欠場しなければならなかったのがもっと痛かった。ラグビーは痛いところがあってもテーピングをしたりしてごまかしながらやるのが当たり前であるが、さすがに満足に肩を上げられない状態だとみんなの足を引っ張るだけなので欠場を選択したが、最後のシーズンだっただけに実に悔しい思いをしたのである。

大学を卒業し、社会人になってもラグビーは続けた。社会人ともなると、下手に怪我をして仕事に支障をきたすと非難される事になる。「自己管理がなっていない」という事である。「怪我をするような事を社会人になってもやっているのか」というプレッシャーは常にあった。せめてもの救いは勤務先の銀行のラグビー部でやっていれば、万が一に怪我をしても「会社が認めた活動」という言い訳が多少できるくらいであった。それでも仕事のために怪我を恐れてラグビーをやめるという「良い子」になるつもりは微塵もなかった。

社会人になって、実は左足の靭帯を切る怪我をしたことがある。幸いな事に「後十字靭帯」だったので、手術不要で一定期間の固定だけであった(初めてギブスをした)。どうしてもびっこを引くことになるが、支店の同僚に見つからないようにわざわざ駅から支店まで人通りの少ない裏道を遠回りして通った。支店内では「打撲」でごまかした。考えてみればそのくらいしかない。怪我をする人は頻繁に怪我をしているし、入院して手術が必要な怪我をしている人もいる。そういう人から比べると、私は怪我をしにくいタイプなのかもしれない。

シニアとなった現在も怪我の回復が極端に遅くなっているのを自覚しており、無理はしないように心掛けている。ともすれば多少痛くても試合には支障がないと考えてしまう自分がいる。「三つ子の魂百までも」ではないが、試合を休むことに妙な抵抗感があって、このくらいの怪我なら出られると考える自分がいるのである。休んでもいい怪我とそうでない怪我という基準が自分の中にあって、気持ち的には「出られる」と思っても、今はもう無理せず欠場を選択してするようにしている。

そんな感覚があるからなのかもしれないが、ちょっと具合が悪いからと仕事を休む人に対しても違和感を感じてしまう。私は小学校から高校まで無欠席であったし、大学も病欠の記憶はない。仕事も早退は何回かあったが、やはり病欠はない。多少具合が悪くても「休む」という感覚がない。まぁ、インフルエンザのように他の人にうつす危険性がある場合はこの限りではないが(そのインフルエンザも罹った記憶はない)、多少具合がわるくても休もうと思わないのは、怪我で試合を休まない感覚に近いかもしれない。もっとも、休みたくなるほど具合が悪くなった経験が少ないという事もあるかもしれない。

それでもこれからは意図的に考え方を変えていこうと思う。還暦も過ぎれば細胞レベルで体も劣化しているだろうし、若い意識での過信は禁物だと思う。これからはラグビーでも仕事でも「体優先」で行きたいと思う。精神論だけではなく、「いたわり」も必要であろう。「己の体に優しく」を大事にしていきたいと思うのである・・・


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【本日の読書】
運 ドン・キホーテ創業者「最強の遺言」 (文春新書) - 安田 隆夫   三体2 黒暗森林 下 (ハヤカワ文庫SF) - 劉 慈欣, 大森 望, 立原 透耶, 上原 かおり, 泊 功




2024年12月8日日曜日

リスク管理

 最近、「リスク管理」という点で、意識の違いを認識させられる事が会社であった。とあるプロジェクトなのであるが、様々な事情で「火を吹いている」状態であり、社員も疲弊している。プレッシャーで精神的に参ってしまい、リーダー的な立場の者が休職に追い込まれている。少しずつ改善は試みているものの、メンバーの疲弊度も大きい。納期もある中での事であり、何とかもう少し状況を改善できないものかと協力会社とも相談をしている。その中で、1人の若手社員に黄色信号が点っている。

 私からはその者の負担を軽減して残業を制限するようにと申し入れた。しかし、現場の責任者でもある役員の反応は鈍い。1人の負担軽減は他の者の負担増につながる。ではどうするか。私はやはりその若手社員の負担を軽減して残業を制限するよう申し入れた。考えるべきパターンはいくつかあるが、私は「その若手社員が明日にでも精神科へ駆け込んで適応障害の診断書をもらってきたら」というパターンを想定したのである。それが考慮すべき最大のリスクだと判断したのである。

 もちろん、その若手社員の負担軽減によって他の者の負担増となり、今度はそちらの社員が倒れるという可能性もなくはない。ただ、耐久性からするとそのリスクはより低いと判断したのである。それを指摘すると、さすがの現場責任者も同じ考えに至り同意してくれた。交代要員もいない中で、その若手社員が倒れるリスクが何より大きい事に気づいてくれたというわけである。現場の人間でもない私が気づくリスクにどうして気がつかないのかと思うも、「灯台下暗し」的なところもあったのかもしれない。

 ただ、そこは日頃からの考え方にもよる。「Aであったら」というベストシナリオだけを思い描くのではなく、「Aでなかったら」というリスクシナリオを想定するのがリスク管理である。「その場合、Bという手を打つ」、「それがうまくいかなければCという方法を取る」といくつかのパターンを想定しておかないといけない。我が社の場合、「Aでなかった」場合、そこで初めて「どうしよう」となる事がしばしあるのである。「問題が起こってから対処する」というのがもっとも後手に回るものである。

 弟が詐欺被害に遭ったのもリスク管理という考え方ができなかった事から被害を拡大させている。「投資したフィリピンのリゾート地が売れたら返す」と約束して友人たちにお金を借りた事が被害を拡大させてしまったのである。「売れたら」という楽観パターンのみを考え、「売れなかったら」と考えなかったのである。私も過去に株式投資で失敗した事がある。かなり借金を背負って苦しんだが、私の場合は「うまくいかなかったら」という想定をしていたため、損失はギリギリ(自力でカバーできる範囲)のところで抑えられた。

 当たり前のようであるが、金を借りる人はうまく行く前提でしか考えない。うまくいかない場合は、考えられないのか考えたくないのかわからないが、どちらにせよ考えない。しかし、そここそがもっとも大事なところなのである。リスクが高まった状態であれば、常にいろいろなパターンを想定する事が大事である。丁寧に考えていけばそれほど難しいことではないし、誰もが困難に直面した時こそいろいろなリスクパターンを考えないといけない。

 「楽観パターンがうまくいかなかったら」。それを前提に対策を練っておけば、いざうまくいかなかった時は「想定通り」なわけで、あらかじめ準備していた手を打てば良い。私も公私に関わらず、これからも気を抜かずにリスクには敏感にアンテナを張れるようにしたいと思うのである・・・

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【本日の読書】
避けられた戦争 --一九二〇年代・日本の選択 (ちくま新書) - 油井 大三郎 あなたが誰かを殺した 東野圭吾