いよいよ妻との別居にあたり、家を出るまであと1週間ほどとなった。今日は1日引っ越しの準備である。と言っても男1人であり、それほど荷物があるわけではない。よくよく考えてみると、家の中のものは大半が妻のものか共有のものである。共有とは、テーブルやソファやテレビや冷蔵庫などのものである。よって私の持ち物として実家に持って行くものは、机と本棚(とその中の本)、パソコンと愛用の枕とエアーウィーブのマットレス等々である。1人で運べないのは机だけで、車で2〜3往復すれば済んでしまう。
と言ってもすべて持っていくのは困難である。それは労力というより受入側、すなわち実家の事情である。37年前に就職して実家を出た時には家族4人で住んでいたのであるが、今は両親だけなのに私の帰るスペースがない。そこを占拠しているのは、布団や母の服やその他諸々のもの。我が母は典型的な「捨てられない症候群」であり、とにかく捨てないので、この37年間に溜まったものが家の中に溢れかえっているのである。「ゴミ屋敷」というほどではないが、言ってみれば「モノ屋敷」なのである。
当然ながら母に片付けを促したが、なかなか腰が重い。ならばと手伝おうとするが、それには真っ向から反対する。捨てようと思うと強固に反対する。「私がやるからいい(と言ってやらない)」と言うのである。明らかに着ない服も「着る時がある」と言うし、使わない物も「誰かにあげる」と言うし、それでここのところ毎週帰るたびに口論となっていた。そしてとうとう「捨てるのは切ない」という事になった。こうなると私ももう強くは言えない。
母は自分でもよく分かっているが、モノのない時代に育ったため、モノを大切にしないといけないと心に染み付いている。私も本当なら気楽な一人暮らしがしたいのであるが、生活もままならなくなってきた老齢の両親を放置できずの同居である。一応、「住まわせてもらう」立場であり、偉そうなことは言えない。よってなるべく持ち込むモノを少なくしないといけない。というわけでの断捨離である。少ないといえども、片付け(捨てるものの選別)を始めるとかなりある。
一つ一つ考えていると捨てられなくなる。それぞれに思い出があり、手に取るとその思い出が蘇ってくる。そうすると、「もう少し取っておこうかな」と思うのである。それではいけないので、「原則捨てる」と決めてゴミ袋に突っ込んでいく。古いPCや本は無料の引き取り、買い取りを併用する。学生時代から使っている辞書も捨てる。今やネットで代用できる。フロッピーディスクはもう見たくても見る方法がない。ビデオテープも同様。本もいつかもう一度読みたいと思って本棚に入れておいたが、どうしてもとあれば図書館で借りればいいと割り切って捨てる。
次々に手放していくのは、腹を決めれば簡単。しかし、一つ一つの思い出を手放すのは、身を剥がれるような気分になる。簡単に家を出ると決めたが、そもそも初めて自分で建てた家である(建てたのは大工さんだが)。毎日、仕事帰りに遠回りして家が建ち上がっていくのを見たものである。子供たちの成長の場であり、いい思い出がたくさんある。今更ながら家を出るのは切ない思いがする(とは言え、妻とはもうこれ以上一緒に暮らすのには耐えられないので仕方がない)。
そうして1日、身を剥がしていったら、心が疲れてしまった。まだまだ残りはある。1日では終わらない。実家に戻ったら、もうモノを増やさないようにしようと思う。それにしても一つ一つのモノを手に取ると、忘れていた思い出が不思議と蘇ってくる。人間の脳みそには限界があり、すべてを記憶して置くことは不可能である。だから一部はモノに託して外部保存するのだろう。そうしてそのモノを手にした時にその記憶が蘇るのである。という事は、モノ屋敷に溢れかえっているモノはみんな母の外付けハードディスクみたいなものなのかもしれない。
父は先日、長年愛用したステレオを手放した。50年前に買った時は中古で35万円したそうである。たぶん、大きな決断だったのだろうと思う。そして買ってから、いろいろとレコードを聴いて気分転換したのだろう。父のそんな姿を想像する。私もそのステレオで父のレコードを聴いたりRCサクセションのレコードを聴いたものである。大きな場所を取っていたため、引き取ってもらってスッキリした。わずか500円で引き取られていったが、私の方が切ない気がした。
断捨離も確かに大事であるが、モノにはその持ち主の外部記憶装置として機能がある。もはや単なるモノではなく、その人の記憶保管装置だとしたら、それを簡単には捨てられないだろう。建前上は実家に「戻らせてもらう」立場であり、そこはわきまえないといけないと思う。当面は狭いスペースでの不自由な暮らしを強いられるが、溢れかえったモノは母の外付けハードディスクだと思ってスペースを譲りたいと思うのである・・・
![]() |
Michal JarmolukによるPixabayからの画像 |




0 件のコメント:
コメントを投稿