2010年5月29日土曜日

すっぱいぶどう

今日はあるところでツイッターの話題が出た。
最近だいぶ利用人口が増えてきたが、10人ほど集まった40代の中では利用者は一人のみであった。
そういう私も興味を持ってはいるものの、やるところまではいっていない。

始めたばかりの者が内容を語り始めたところで、別の者が否定的な発言を始めた。
もちろん、その人物はツイッターをやっていない。
実は同じような否定的な声は耳にしたりする。
そうした指摘が間違っているとは言えないが、その時昔のあるシーンがフラッシュバックしてきた。

まだパソコンが普及し始めた15年ほど前の事だ。
当時の職場にも1台パソコンが設置された。
一人一台ではなく、職場に一台ののどかな時代だ。
私は既にだいぶ使いこなしていたから、さっそくあれこれと使い始めた。
他にはまだ誰も使えなかったのだ。

手書きの資料に定規で線を引き、電卓で計算し、会議資料を作成していた時代だ。
それをエクセルで作り始めたのだ。今では当たり前の作業だ。
ところがそれを見た当時の上司に一言言われた。
「パソコンを使っていれば仕事をしていると思ったら大間違いだ」
今からすれば、写真を撮られると命を取られると恐れる未開人のような発言だ。

自分が今までやってきたやり方に対する自信があり、自分の使えないモノに対するやっかみ・不信というものがあったのだろう。だが、その時新しいものに対して興味をもって、本当に有用なのかどんな風に使ったらいいのかと考えてみる姿勢があったら、15年たって笑われる事もなかったはずだ。ツイッターだって10年たったらどうなっているかわからない。

では私がやるかというと、それはまた別の話。残念ながら今はそんな時間はない。ブログまでで精一杯。「ガイアの夜明け」「カンブリア宮殿」と楽しみにしてるテレビもビデオに撮ったまま溜まっているし、WOWOWで録画した映画のストックは50本を越えているし、読みたい本のリストは長くなるばかりだし、ブログだって毎日更新できずにいるし、それ以上に毎日時間を割いてやっているある事ももっと時間をかけたいし、睡眠時間だって4時間半は確保したいし・・・
ツイッターどころではないし、もちろんミクシィだって同じ理由で手を出していない。

だが、興味はもってアンテナは張っている。機会があれば話を聞いているし、そうする事でいざ始めるとなっても抵抗なく始められるようにしているのだ。世の中は進化しているし、気が付いたら銀行のATMのそばに寄れないお年寄りのようにはなっていたくないからだ。

これからますます頭は固くなる一方で、世の中はどんどん進歩する。
iPadって何?とか言っているとあっという間に世の中から取り残されてしまう。
わからない事は恥ではないからその場でどんどん教えてもらうようにするつもりだし、見ざる聞かざるにはならないようにしたい。おもちゃ売り場に行った時の長男のあのキラキラした眼差しを、私もいつも持っていたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「ちっちゃいけど世界一誇りにしたい会社」坂本光司
「眠れぬ真珠」石田衣良
  

2010年5月27日木曜日

怖い親父として

義祖母の葬儀に出掛ける朝の事、出発間際で5歳の長男がぐずぐず言いだした。
何が不満なのかよくわからないが、このところ時々こうしたわけのわからないぐずりが出る。
怒っても最近はあまり効果がない。
それどころか、逆ギレしてこちらを叩いてきた。
こうなるとこちらも実力行使に出るしかない。
というわけで頬を叩いた。

私は自分より明らかに体格の劣る者に対しては、当然の事ながら手をあげるという事はない。
どんなに頭に来てもそこらへんは冷静だ。
だが子供に対しては、「しつけ」という意味もあるからそうも言っていられない。
長女に対しては、過去9年間で一度だけ引っ叩いたが、長男に対してはもうすでに何回かある。

こういう時は頬を張る事が多い。
お尻を叩くという考えもあるが、やっぱりインパクトが違うだろうと思うのだ。
とはいえそこは加減も必要。
利き腕の右手ではなく、いつも左手にしている。
しかも叩いた腕を振り抜いたりなどしたら、ひっくり返って頭を打ったなどとなったら大変。
だから振りあげる事はせず、近距離からぺちっという感じだ。

今回は長男が動いたせいもあって少し手元がずれた。
私の指が長男の鼻をかすめたのだが、そのため鼻血が出てしまった。
妻が「何感情的になってんのよっ!」と烈火の如くどなり散らしてきたが、感情的になっていたのは妻だけで、私は極めて冷静だった。
それに妻が怒ったのは長男に鼻血を出させた為というよりは、むしろそれによってお出かけ用のシャツとずぼんが血だらけになった為なのだ。

まあ手応えからして大したことではないとわかっていたし、ただの鼻血だからどうって事はないと私は気にもしなかった。それよりも「ぐずぐず言うと親父に引っ叩かれる」という印象を子供に与える事の方が大切だ。
よく子供とは友達感覚で、なんて事を耳にするが、やっぱり親子は親子だ。
振り回すつもりはないが、「親父の権威」というものも必要だろう。

そう言えば私は子供の頃親に引っ叩かれたという記憶があまりない。
もう忘れてしまっただけなのかもしれないが、それも悪い事ではない。
ただやっぱり人間何でも思い通りになるとなれば人格は歪む。
それが子供となればよけいにそうである。
これを越えたら親父に殴られると思えば、それは自制心を養う事にもなるだろう。

「親父は普段おとなしいけど怒らせると怖かったな」
大人になって子供たちがそう思い返してくれたら本望だ。
まだ鍛えているし、高校生くらいまでならまだ力で抑えられるだろうし、怖い親父でいられるだろう。とは言うものの、子供たちに我が家で一番怖いのはと尋ねたら、たぶんママと答えるのだろう。
それには私もしかたなく一票を投じざるを得ないのである・・・


【本日の読書】
「ちっちゃいけど世界一誇りにしたい会社」坂本光司
「眠れぬ真珠」石田衣良
    
     

2010年5月24日月曜日

義理の祖母の葬儀

大阪に住んでいた義理の祖母が亡くなった。
この週末はその葬儀だった。
私も家族とともに大阪へ行ってきた。

私が結婚した当時は、孫娘のダンナが来たという事で、妻の実家に行くたびに祖母はやって来て一緒に食卓を囲んだ。私と一緒にビールを一缶開けるのが楽しみだという人であった。そんな風に祖母が喜ぶ姿は、血はつながっていなくとも、私にはなんとなく嬉しいものであった。

しかし、ここ何年かは認知症でまともな会話はできなくなっていた。
最後は身内の者でさえ誰だかわからなくなってしまっていた。
晩年の姿を見ていたら、つくづく人間は感情の動物なのだと思わされた。
そこにいるのは同じ人間なのに、あの祖母はそこにはいなかったのだ。

祖母は第1次世界大戦終結の翌年に生まれ、激動この上ない昭和の時代を生きて、3人の子供と6人の孫と12人の曾孫を残した。義母は長女であるが、そのすぐ下の弟とは8歳の年齢差がある。年の割りに子供が少ないのは、私は会うこともなかった義理の祖父が長い期間戦争に行っていたからのようだ。

その祖父はといえば、多数の戦死者を出した有名なインパール作戦の生き残りだったそうである。そんな貴重な体験をした人とは是非話をしたかったと思うのだが、会う事もなく終わってまったく残念である。戦争が終わって帰ってきた祖父に、義母が初めて会ったのは5歳の時だったそうである。その時の光景は今でも義母の脳裏に焼き付いているらしい。時代とはいえ、6年近くも家族とは離れ離れだったわけだ。戦争中は大阪も空襲があったし、幼子を抱えた祖母はかなり不安な日々を過ごしたに違いない。

そんな話を聞くと、話にしか聞く事のできない時代の一組の夫婦のドラマチックな物語を想像してしまう。もっともずっとあとになって、実は祖母には別に想っていた人がいて、その人の事をずっと忘れられずにいたのだという話を聞いた。ちょっと祖父が気の毒な気もするが、人生ってそんなものであり、またそんな人生だからこそ、真実に勝るドラマはないのかもしれない。

認知症になって子供たちのことも孫たちのことも、一時は喜んで迎えた孫娘のダンナの事もわからない世界に行って、そんな祖母の秘められ思い出はどうなってしまったのだろうとふと思う。
「心」と言っても生物学的には脳味噌の活動の結果であり、そこがイカレテしまうともうそれっきりで、死んだらすべてが無に帰してあとには何も残らない。それが現実なのかもしれないが、やっぱり心は肉体とはどこか別のところにあるようにも思える。

そんな思いからたぶん宗教なんかは生まれてきたのだろう。
お経をあげてくれたお坊さんは、「故人は西方の浄土へ帰られました」と語ってくれた。
そう考えると残された者は何となく落ち着くし、だからこそ宗教は長い年月信じられ、受け継がれてきているのかもしれない。もっとも深く考えると、浄土で祖父と誰だか知らない想い人と再会して祖母はどんな顔をしているのだろうかと、想像の幅は広がっていく。

祖母は91年の人生を生きた。
日本人の平均余命からすると、私は人生の折り返し地点を通過している。
残りの人生がどんなものか、老人となった自分はどんな暮らしをしているのか興味は尽きないが、それを決めるのはこれからの自分自身。願わくば最後の瞬間までしっかりと目を見開いて、周りの世界を見つめていたいものだと思うのである・・・


【本日の読書】
「ちっちゃいけど世界一誇りにしたい会社」坂本光司
「マドンナ」奥田英朗
     
    

2010年5月16日日曜日

舞台裏

5歳になる長男は毎週日曜日の朝を楽しみにしている。
それはテレビで「仮面ライダーW」をやっているからである。
最近では仮面ライダーアクセルというもう一人正義の味方の仮面ライダーが登場。
子供の説明によると、どうやらアクセルの方がWよりも強そうなのだと言う。
たまに行くおもちゃ売り場にも仮面ライダーアクセルのベルトが目につくようになった。

そういえば、昨年のクリスマスに長男が仮面ライダーのベルトを欲しがり、探しに行ったものの、巷ではことごとく売り切れで、オークションでは3~4倍の価格もつけていた事が脳裏をよぎる。
今ではすっかり落ち着いていて、ベルトも正常価格(4,500円くらい)で売られている。


そんな仮面ライダーWであるが、最近はさらに進化。
仮面ライダーWエクストリームとなって、どうやらアクセルよりも強くなり、主人公らしくなってきたとのこと。
その進化にあわせて何やらまた凄い武器が出てきた。

これもまたガイアメモリというメモリを差し込んで使うのであるが、テレビで観ていると、「使う準備をしている間にやられてしまうんじゃないの」(戦っている最中に「○○メモリ!」とか言って4つも差し込むのである)なんて言うのは野暮なんだろうな・・・


それを観ていてふと思った。
こうした進化は子供も観ていて面白いし、飽きないのであろう。そしておもちゃ売り場には新しいグッズが並び、子供がおねだりしてそれを買ってもらう。ベルトを買ってもらって終わりではなく、次々と関連商品を出して2度3度と買わせる。実によくできている。

メーカーも番組のスポンサーとなって資金提供し、制作側はそれで番組を作る。それを観た子供向けにメーカーは関連グッズを売り出し収益を上げる。そしてその収益で次の番組の資金提供をする。一連の収穫サイクルが出来上がっている。ヒーローの進化の裏側をこんな風にみてしまうと元も子もないのかもしれない。

「商い」は「飽きない」とよく言われるが、子供たちを飽きさせない事がすなわち息の長い商売と言えるのだろう。大人のトレンディードラマはだいたい3カ月サイクルであるが、この仮面ライダーは昨年の9月から放映を開始し、まだ続いている。たぶん一年くらいやるのであろう。そうしてまたクリスマスを意識して次の仮面ライダーが登場するのだろう。

まあどんなに進化したところで、我が家の長男にとっては関係ない。
4月のお誕生日とクリスマス以外には高額なおもちゃは買ってもらえないからだ。
メーカーの戦略も我が家には通用しない。
もっともお誕生日のプレゼントには「天装戦隊ゴセイジャー」のグッズを買ってもらった長男。
メーカーにとってみれば最も子供たちの関心を集めるところに集中させないといけないから、それはそれで大変なのかもしれない。

ヒーローが活躍するのも簡単ではないようである・・・


【本日の読書】
なし

   

2010年5月14日金曜日

ただ自分の為でなく

先日、小学校の保護者会での話を妻に聞いた。
長女はこの春から4年生。
クラス替えはなく、そのままの進級である。
そして初回の保護者会では役員決めがあったそうである。
年間を通して保護者にも学校行事を手伝ってもらおうという事で、いろいろな役が決まっている。

そしてこれが毎年揉めるのだそうである。というのもみんなやりたがらないからなのである。不公平を無くすためにも2年間のうち1年やればお役御免と決まっているらしい。妻は昨年役員をやり、今年はお役御免の年。ところが次が決まらない。

みんなあれやこれやとできない理由を言って引き受け手がいない。
「上の子が受験だから」と言い訳をするお母さんには、妻も思わず「あんたも勉強するんかい!」と心の中で突っ込みを入れたそうである。もっとひどいのは「来年やる」と言っていた人が、今年は保護者会に来なかったらしい。欠席者を指名するわけにもいかず、まさに「逃げるが勝ち」のようである。延々と話し合いが続き、ようやく決まったらしいが、長時間にわたる不毛な話し合いの末、妻は厭な気分で帰ってきたらしい。

お母さんたちの気持ちもわからなくもない。何もそんな面倒なこと、好き好んでやりたくもないと言うのだろう。だがなぁと思わず嘆かわしい気持ちになる。自分の子供の通う学校ではないか。役員と言っても月に1回集まる程度の事らしい。そんなに大きな負担になるものでもない。やったらいいじゃないかと思う。

私だったら喜んで引き受けるところだ。
「パパじゃだめなの?」と聞いたら、会合はたいてい平日の昼間だという。
サラリーマンに務まるものでもない。およそ学校の役員となると、みんなそうみたいだから歯がゆい限りである。

考えてみれば我々はこれだけ平和で豊かな社会で暮らしていられるわけである。それを維持していくには当然の事ながら一人ひとりの協力が必要なわけで、そうした努力を惜しんではいけないわけである。みんなが少しずつ負担すれば、各々少ない負担で全体としては大きな負荷のかかる事も可能となる。

子供の学校だってそう。
自分の子供をいい学校に通わせたいと誰でも思うだろう。
それであるならば、その運営のほんの一端に積極的に関わるのは当然の事だ。
労せずおいしいところだけ持っていこうとするのはいかがなものかと思う。
私立ならともかく、公立の『公』の中には自分も含まれているのだという事を忘れてはいけない。

以前幼稚園のお遊戯会を観に行った時の事。
園長先生が挨拶した時、ぺちゃくちゃとおしゃべりするお母さんたちのざわめきで、園長先生の話がほとんど聞き取れなかった事があった。
「自分の子供が、先生が話している時にぺちゃくちゃおしゃべりしていたら、あんたたちは何と言うのだ!」とよっぽど注意しようかと思った。
子供にはあれこれ注意するくせに自分はやらないと言う親も実は多い。

自分の子供が学校で面倒な係、みんなのために働くような事は一切やりたくない、というような子供になったら、それでもいいのだろうか。我が子にはこうなってほしいと思う姿を親なら自ら実践して示さないといけない。権利ばかり主張し、義務や奉仕の精神を放棄する人間にはなってほしくない。そんな事を改めて思うのである・・・


【本日の読書】
「職業“振り込め詐欺”」NHKスペシャル取材班
「珍妃の井戸」浅田 次郎
     
   

2010年5月13日木曜日

4年制大学

母校の財団のお手伝いをさせていただいている関係で、母校の情報が時折入ってくる。
ちょっと前にこの春の進学情報をいただいた。
卒業生の78.2%が大学へ進学したようである。
ここである数字に目がとまった。

「短期大学進学3人」

一瞬、えっと思う数字だ。
我々の頃は、女性は短大へ進学する人が多かった。
就職も珍しくなかったし、逆に4年制の大学に進学する人が少なかったようにも記憶している。
それが今では短大進学の方が珍しいようである。
まあ男女同権が進んできているし、「女は早く社会に出て花嫁修業をして結婚するもの」という価値観が確実に過去のものになっている証なのだろう。

さて、そんな時代の4年制大学の実情はどうなのだろう。
私自身、大学に入ってまず閉口したのは、「一般教養課程」だ。
吐くほど勉強して大学に入ったのに、また高校の延長のような授業が、「一般教養課程」として用意されていた。法学部に入って、やる気満々で早く法律の勉強をしたいと思っていたのに、法律の「専門課程」は3年になってからで、2年間もお預けだったのだ(もっとも初歩の法律講座は用意されていたが・・・)。ご丁寧に2年間も「高校のような授業」を受けないといけない事実に愕然としたものだ。「一般教養課程」には語学や自然科学系の授業に加えて、なんと体育まであったのである。

耐えがたい苦痛は英語と体育だった。
金髪の女性講師と楽しいレッスンならまだわかるが、テキストをただ訳すだけの授業は苦痛以外の何ものでもなかった。そんな事、宅浪の時代に毎日嫌になるほどやったのだ。
体育だって、体育会ラグビー部で必要以上に運動するのに、何が悲しくて明らかに運動音痴の同級生と体育しなけりゃならんのだと、憤懣やるかたなかった。

それでも英語の授業は一つ上のラグビー部のK先輩と一緒に受けており、その先輩の奇妙奇天烈な「英文和訳」が面白くて、それが救いだった。
練習の合間に仲間に披露しては楽しんでいたな。
(それにしてもK先輩はよくあれで受験に受かったものだと今でも思う)

第二外国語はロシア語を選択したが、英語以外の言語をきちんと学ぶというのはいい刺激だった。
もうすっかり忘れてしまったが、今でも聞けばロシア語だという事はわかるし、映画なんか観ていても「ロシア語なまりの英語」なんかも聞き分けられるから、それなりに意味はあったのだろう。

体育は定期的に種目を選択する方式だったが、運動しなくて済むという理由だけでアーチェリーを選択した。(3か月単位くらいで選べたのだ)
後にも先にもアーチェリーをしたのはあの時だけだ。
(アーチェリーが体育かどうかはこの際おいておく事にしよう)
何事も経験であるから、あれも良い経験だった。

それに硬式テニスは、いつか女子大生とテニスコートで愛を育もうという夢のためには必要だったし、その夢は果たせなかったものの、社会人になって好きな女性と二人でテニスを楽しんだ時には大いに役立った。やっぱり運動神経とセンスだけではスポーツは覚束ない。あの時基礎を教わったのが生きたのだ。

そう考えてみると「一般教養課程」も無駄ではないのかもしれない。
(どっちなんだと言われそうだ)
まあ人生に無駄な事はないという事で、無理やり結論付けることにしよう。
この春4年制大学に進んだ母校の後輩たちは、どんなキャンパスライフを始めたのだろうか。
それなりに有意義な時間を過ごしてほしいと思うのである・・・


【本日の読書】
「2000社の赤字会社を黒字にした社長のノート」長谷川和廣
「珍妃の井戸」浅田次郎
    

2010年5月11日火曜日

基地問題

沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ
                        海軍中将 大田 実
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鳩山さんが普天間問題で窮地に陥っている。
まあ自業自得的なところがあるから仕方がないのかもしれない。
一国の首相だから当然政策ブレーンも一流の人が付いているはず。
ニュースでしか知り得ない我々とは到底比べようがない情報があるはず。
その上で政策を決めているのだからああせざるを得ないのかな、とも思うのだが、素人の私でも「基地は沖縄以外に移しようがない」とずっと思っていたので、どうしてあんなに迷走するんだろうと不思議である。

日本人は戦後、アメリカの薬が効きすぎてすっかり戦争アレルギーになってしまった。
もちろん、それは悪くないのであるが、世の中に警察が必要なように軍事力は不可欠なのだと思う。
核兵器と一緒で使わなくても、だ。
むしろ持っていて使わない努力をする事が大切なのだろう。
世界の先進国はみなそうだ。
国益の為に積極的に戦争をしているのは、いまやアメリカだけだ。
使わなくとも必要なもの、警察官の拳銃のようなものであろうか、軍隊とはそんなもので米軍にやってもらうのが嫌なら自分たちで賄うしかない。

本当は順番が逆のような気がする。
米軍が必要だという事を国民の間にもっと浸透させないといけない。
私自身どのくらい必要なのかと聞かれたら、何となく必要なのだろうという感じしかしない。
実際は中国の脅威とかもっとあるみたいだし、そうした情報を開示して国民に理解を求めないと、たぶん「米軍なんていらないじゃん」とどこかの党首のおばさんみたいに思っている人もたくさんいるはずだ。

連日の騒動なのに、国民の大半が、「何かやっているな」くらいにしか思っていないのではないだろうか。自分たちのところに来るとなったら猛反対するが、よそならいいやと思っているのではないか。本当はもっと国民的な議論にならないといけないはずだ。鳩山さんだけが頭を下げる問題ではないはずだ。

ある人が語っていた。
雪国に住んでいたら「雪は嫌いだ」などと言っていられない。
嫌なら出ていくしかない。
それと同じで、国境では必ず国防という問題を避けて通れないと。
国境に住んでいたら基地は嫌だとは言っていられない、と。
その意見には一理あると思う。

ただ「だから仕方ないだろう」と押しつけるのもいかがなものかだ。
その分、何かで優遇はされるべきだろう。
住民税がタダとか、固定資産税がタダとか、授業料がタダだとか、他にはないメリットがたくさんないとそれは不公平というものだろう。
みんな問題の本質をよく理解しないまま、人ごとだと思って鳩山さん一人をダメな首相だと言っているような気がする・・・

冒頭の大田中将の決別電報は有名なものだが、何度読んでも胸が熱くなる。
こうした過去も踏まえ、もっと国を挙げて深い議論をするべきではないか、と思うのである・・・

【本日の読書】
「職業“振り込め詐欺”」NHKスペシャル取材班
「パラドックス13」東野圭吾


      

2010年5月9日日曜日

Youtubeを楽しむ

私は普段パソコンの前に座っている時間が多い方だと思う。
ブログを書く他にもいろいろとやりたい事があってそれをやっている。
またアンテナを張り巡らせており、それに引っ掛かってきたものを楽しんでいたりもする。
最近はYoutubeを利用した動画モノが増えてきた。
これがけっこう面白い。

例えば昨年紅白に出場したイギリスのスーザン・ボイルさん。
イギリスのBritains Got Talentという番組に出演して火がついた人である。
この番組は言ってみれば「素人腕自慢」というべきもので、さまざまな参加者が我こそはと得意技を持ち寄って競う番組である。
ここに登場したボイルさん、47歳の太っちょのおばさんで、登場すると名歌手エレン・ペイジみたいな歌手になりたいなどと言うものだから、審査員も鼻で笑ってしまう。
ところが歌い始めるとそのあまりの美声にみんな言葉を失ってしまう。
歌い終わるとスタンディングオベーション。
素晴らしい歌声と呆気にとられる審査員の様子が感動的である。

これを観ていたので、紅白に出場した時は、ここまできたかと感慨深いものがあった。
スーザン・ボイル

また同じ番組で登場するポール・ボッツさん。
携帯電話のセールスマンをしているという彼は、どうみても冴えないおじさん。
オペラ歌手になりたいけど自信がないと、どこかおどおどして語る彼。
その彼が歌い始めると会場にどよめきが走る。
冷やかな視線がスタンディング・オベーションへと変わる様子は観ていて心地良い。
ポール・ボッツ

さらに同じ番組のアメリカ版がある。
ここで登場するテリーさんは腹話術で歌を披露してくれる。
パペットを変え、声音も様々使い分けて別の意味で凄いと感じてしまう。
1000の声を持つ男と紹介されているが、見ていても楽しい。
日本のいっこく堂も凄いが、この人も凄い。
テリー・フェイター

同じような種類の番組の、今度は台湾版。
登場するのは台湾人の男の子。
ちょっとデブっちょでオタク風の外見は、絶対女の子にもてそうもないのだが、「アベ・マリア」や「I will always love you」を歌ってしまう。
これが絶品で、「I will always love you」などはホイットニー・ヒューストンも真っ青というシロモノである。
Lin Yu-Chun

関連するところをいろいろと観ているとあっという間に時間が過ぎてしまうのが難点か。
普段テレビはあまり見ないのだが、こういうものは見てしまう。
まあ面白い時代になったものだと思う。
これからもいろいろと楽しみたいと思うのである・・・

【本日の読書】
「パラドックス13」東野圭吾
     
   

2010年5月8日土曜日

ドライバーズ・マナー

キャンプに行った友人がブログでマナーの悪いキャンパーたちの事を嘆いていた。
そういえば私も最近あちこちでマナーの悪さを感じる事がある。
GWに潮干狩りに行った帰りには、ドライバーのそれに閉口した。
場所が場所なだけにマナーが悪いだけでは済まないケースもあるので、本当に嘆かわしい。

最初はようやくアクアラインの渋滞を抜けだして首都高を走り始めた時の事だ。
そこは左右から来た路線が合流し、また左右に分かれていく地点だった。
私は右の路線から左の路線へ行くべく車線変更をしようとした。
ある車の動きに合わせてウィンカーを出し、その車の後ろに入ろうとした。
ところが、その後ろを走っていた車がスピードを上げて車間をつめてきたのだ。

普通はスピードを維持し入れるところだ。
何せここは左右の路線が合流し分岐していくポイントだ。
多くの車が左に右にと車線変更する。
行く先に合わせた、いわば「不可欠な車線変更」だ。
車間をつめて入れないなどという行為は事故につながりかねない危険な行為だ。

その場は事なきを得たが、憤慨しながら高島平の出口に向かっているところで次の行為だ。
ここは右車線が出口へと繋がっている。
もう次だという事で私も右側の追い越し車線を走っていた。
前後と隣の走行車線も車が多く、私も前の車との車間が少し近い事を気にしながら時速80キロで走行していた。

その時一台の車がうしろにピタッとつけてきた。
車間距離も何もあったものではない。
明らかに煽ってきていた。
普通の場面なら隣に移って通すところだ。
だが私はもうじき出口で降りるし、しかも前の車との車間もそんなにあいていない。
隣の走行車線も同じで無理に車線変更するようなスペースもなかった。
そんな状況は後ろでも十分わかるはず。
腹立たしい限りだった。

極めつけは自宅近く。
いつもの角を左折したら目の前を自転車がよぎった。
幸い減速していたのですぐに止まったが、後ろから猛烈なクラクション。
自転車が見えなかったのかもしれないし、それだけなら腹を立てるほどでもないのだが、そこからすぐの踏み切りで停止したところでその車が後ろでアクセルを空ぶかしして威嚇してきた。
まだ文句が言い足りなかったのだろう。

立て続けなので私も頭にきた。
踏切が開いたが、あえて車を出さなかった。
後ろの車はいったんクラクションを鳴らしてきたが、それを無視して止まっていた。
その間、ほんの10~20秒程度であったと思うのだが、それで十分にこちらの意図は伝わったようで、そのあと徐行したら大人しくついてきてそれ以上何もなかった。

振り返ってみても私が運転が下手で周りに迷惑をかけていたとは思えない。
家族みんなが乗っているし、安全運転は当然だが、周りの車の動きに合わせて流れを維持するようにも心掛けている。なのでこうした行為はよけい腹立たしい。
合流は交互に入る、暗くなり始めたら前後の車のために早目に点灯する、そうしたちょっとした事でさえできていないドライバーはけっこう多い。

狭い国土でこれだけの車社会。
快適に過ごすためにはマナーは必要だ。
今は教習所できちんと教えているのだろうか。
免許の更新時にもマナー講座などもやってほしいものだ。
そんな事をつくづくと考えたのである・・・
(今思い出しても腹立たしい限りである)


【本日の読書】
「パラドックス13」東野圭吾
      
    

2010年5月5日水曜日

連休の日々~完~

 連休4日目は潮干狩りに行く。
もうすでにこういうスケジュールを立てた事にかなり後悔が入っていたのだが、それを支えたのが「最終日は徹底的にごろごろするぞ」という思いである。出掛けて行ったのが、千葉県の富津海岸。昨年に引き続き2回目である。

 近所はひっそりと静まり返っていたが、さすがに高速に乗ると渋滞である。アクアラインを抜けたあとは、昔工場見学に来た事がある新日鉄の君津製鉄所をはじめとした工業地帯を右手に見ながらのドライブ。

 目的地の富津海岸は木更津南インターから車で30分ほどの距離である。
ここは地元の漁協が運営しているようで、正規の駐車場に入りきれない分は船着き場のスペースを開放して駐車場にしてくれているところからもそれが伺える。
今や漁業だけで食べていけるとも思えないし、大人1,600円、子供800円という安くはない価格設定からすると、これがかなりの収入源になっているのだろうと想像させられる。

 天気は幸いにして薄曇り。
直射日光を浴びせかけられたら大変なところだったから、助かったと言える。
持参した熊手を片手に手当たり次第掘るわけである。
ここはあらかじめあさりとはまぐりを撒いているようで、そういう意味では自然の潮干狩りというものでもない。ただ、それは楽しむのには関係ない。

 実際、5歳の長男に対しては、私が掘り当てたあさりをわざわざ目の前に埋めておいて、「ここ掘れワンワン」とやっていたのであるが、そんな事は知らない長男は自分の「発見」に心底喜んでいたから、まあ良いのである。
そのうち飽きて浅瀬で砂遊びにシフトしてしまったから、せめて少しでも元を取ろうとする両親と、さすがに楽しんでいる長女とで3時間ほど続けたのである。
4,000円払ったと考えると随分高いあさりであるが、体験というものを加味するのであれば、まあ十分と言える。

 小学生の頃、やっぱり実家が木更津にあった友達のお母さんのお誘いで、潮干狩りに連れて行ってもらった記憶がある。その時は熊手なんかなくて、足で砂の中を探って取るという原始的な方法だった事だけ覚えている。そんな記憶があるからこそ、我が子にも経験させたいと思うのでもある。

 取ってきた貝は、大きな容器に入れ海水に浸して砂抜きをする。貝が潮を吹く様子を子供たちが面白がって眺めていた。なにせその勢いは凄くて、新聞紙を一晩被せておいたのだが、朝起きたらびしょびしょになっていたぐらいである。
砂を掘って貝を取る。
砂抜きをする間、潮を吹く貝を眺める。
仕上げに調理された貝を食べる。
こうした流れを体験させるのも、良い機会だと思う。

 アクアラインの渋滞と田植えスタイルでの貝取りとでさすがにへとへとになった。
朝栄養ドリンクを飲んで出掛けたのであるが、どれほどの効果があったかはわからない。
のんびりまったり優雅な連休というものに憧れる気持ちもなくはないのだが、当面はそんなものとは無縁な感じがする。

 学生時代、世間の若者が海に山にと青春を謳歌している時に、私はラグビー部の夏合宿に行っていた。なんでこんな事してるんだろうと思わなくもなかったが、その代わりに大きな対価があった。けだるさと筋肉痛と日焼けだけが残ったような感じがするが、少なくとも子供たちは楽しそうだったし、長女は宿題の日記のテーマにしていたし、まあこれはこれで良かったのだろう。のんびりまったりの連休はいずれやってくるに違いない。

 明日の朝はネクタイが一発で結べそうもない気がするのである・・・


【本日の読書】
「資本主義崩壊最終ラウンド」船井幸雄

     

2010年5月4日火曜日

続連休の日々

 連休中日は再び公園だ。今回行ったのは、埼玉県にある国営武蔵丘陵森林公園。ここはとにかく広い。ちょうどこの冬に息子が補助輪なしで自転車に乗れるようになったので、みんなでサイクリングをしようというのが、今回の目的。したがって広いサイクリングコースがある、という事でここを選んだのだ。

 全長17キロという事であるが、適度に起伏もあって16インチの自転車をこぐ長男にはちょうどいい感じである。3/4くらい走って1時間半。ランチタイム前の運動としては、これも子供にはほどよい感じである。

 園内にも貸自転車はあるのであるが、園の入り口にも貸自転車の看板がある。園内は当然公営であるが、園外は私営。両者の比較も面白い。私営の方はなんと自転車を借りると駐車場はタダとなっている。公園の駐車場が610円なのに対して、私営のそれは400円である。園の駐車場はガラガラであったが、周辺の民間駐車場はそこそこ埋まっていた。公共施設だからクレームなど出ないのであろうが、ここでも民間の商魂のたくましさを感じた。

 持参した弁当を家族で食べる。
快晴ゆえに気持ちがいい事この上ない。
芝生の上にレジャーシートを敷き、食べ終わってごろりと横になる。
さわやかな風が吹くたびに頭の上の木々の葉がざわめく。

 木々の葉は新緑。
生命の息吹が伝わってきそうな眩しい緑である。
そしてその上の空は真っ青。
暑くもなく、寒くもない。
いつの間にかうたた寝をしてしまったが、心地良いのなんの・・・

 森林公園という名の通り、園内にいると森の中にいるような錯覚に陥る。
何せ高い建物も、道路を走る車も木々に遮られて見えないため、非日常を感じる事ができるのである。池や沼があったり、芝生の広場があったり、遊具もあるし、一日ですべて楽しもうとするのはたぶん不可能だ。

 今回は何よりも天気に恵まれた。
一日半袖で過ごしても平気だったし。
4月の桜も良かったが、5月の新緑もまた良いものである。
家族連れもいて、カップルもいる。
時間ものんびりと流れているような感じがした。
忙しい日常から離れて、何だかとても贅沢な気分になって帰ってきた。

 もっと足を延ばせば、そんなところはたくさんあるのだろう。
例えば親父の故郷の富士見(長野県諏訪郡)の高原などは夏の避暑には最高だ。
ただ渋滞を考えるとプラスマイナスどうかとなってしまうだろう。
ほんの一時ではあったが、最高の昼寝ができたという事だけでも有意義な連休だと思うのである・・・
     
  
  

2010年5月2日日曜日

我が連休の日々

 5連休の初日。朝から妻に買い物を頼まれ近所のスーパーに向かう。安売りのチラシが入っていたようである。大型連休とあって世間はお出かけムード。そんな中で何とかお客さんを呼び寄せようとするスーパーの戦略なのだろう。

 ふと目にしたビールのコーナーでは、「家飲み」の文字が。最近は「巣篭り消費」などと言われ、不景気で家で大人しくしている傾向があるらしいので、そんな流れをうまく捉えたキャッチフレーズなのだろう。本当に民間企業は涙ぐましい努力をしている。それに対して郵政法案が見直しとなったというニュース。我が国はどうなってしまうのだろう・・・

 そして出掛けたのは小金井公園。近いというわけでもないが、車で行けば遠くもない。芝生の広場があってサイクリングコースがあって、遊具があってと子供がいるといろいろ楽しめるので、よく行くところである。同じような家族連れも多くいる。公園で遊ぶいろいろな家族をみていると本当に平和の縮図という気がしてしまう。

 ここで閉園まで遊んだ後は「おふろの王様」に向かう。ここは平たく言えば銭湯なのだが、いわゆるスーパー銭湯と呼ばれるものなのだろうか、各種の湯船にさまざまな施設が付属しているちょっとしたレジャー施設である。一応温泉もあり、スパやサウナ、寝湯、座湯などの湯船がいろいろある。本格的な温泉とはいかないが、温泉気分には十分なれる。

 銭湯と言えば昔は各地にあって、私も幼い頃に通った記憶がある。各家庭に風呂が普及し(私も4歳から家に風呂がある生活になった)、銭湯も次々に姿を消してしまった。実家のある武蔵小山にも何カ所か銭湯があったが、今は近くに一軒だけ残っている有り様だ。今の我が家の近所にも数年前まで銭湯があって、14年前にこの街に越してきた時に、ガスが通じるまで風呂に入れず2日間ほど通った事があった。昔ながらの銭湯だったが、その後利用する事もなく、今は分譲住宅になってしまった。

 考えてみれば銭湯は我が国の伝統文化だとも言える。それがなくなってしまうのも残念な気がする(だったら通えばいいのだが、それもなぁ・・・)。しかし、形は変われどこうして残っているのはありがたい。風呂以外にも散髪やマッサージ、レストランまである。流行りの岩盤浴もあり、何かとお金を落とす仕組みができていて、それで採算を確保しているのだろう。

 私も長男と二人、湯あがりにお約束のコーヒー牛乳(フルーツ牛乳とどちらにしようか迷ってしまった)を飲んだ。腰に手を当てて飲むんだとレクチャーしたのは言うまでもない。家の風呂も良いが、やっぱり大きな風呂も良い。富士山の絵はないけど、お湯は適度な温度で子供が水でうめて爺さんに怒られるという事もない。銭湯の風景は昔と違ってしまっているが、現代風の銭湯も良いものである。

 武蔵小山に一軒残っている銭湯は実は温泉なのである。伝統文化維持に貢献するためにも、そのうち一度行ってみようかなと思っている。我が街にもいつか銭湯が復活しないだろうか、と思わずにはいられないのである・・・


【本日の読書】
なし