2011年6月19日日曜日

映画にみる世相

映画が趣味の私は、月に一回映画館に足を運ぶ他は週末に録画しておいた映画を鑑賞することを楽しんでいる。映画のジャンルは様々だが、時折観る古い映画はちょっと違った楽しみ方をしている。映画とともに、その時代の様子を楽しんでいるのである。

屋外ロケで撮影されたものは、その時代の街の様子がはっきりとわかる。
伯父から借りて観ている小津安二郎監督作品シリーズなどは、その傾向が顕著だ。
私の実家は東急沿線にあるが、池上線の車輛や駅などもしばし登場するし、戦後まもなくの様子は、今とはだいぶ違っているわけで、そんな違いを興味深くみている。

小津映画は、昭和8年のトーキー時代の「出来ごころ」から遺作となった昭和37年の「秋刀魚の味」まで観ている。戦前から戦後へという街並みもしっかり映っている。
特に昭和30年前後の映画などは、今とはだいぶ違う街並みを見られるのも楽しみの一つである。最近は「ALWAYS三丁目の夕日」をみるまでもなく、映像技術によって昔の街並みを再現して見せてくれるものも出てきたが、やはり本物の映像は訴える力がある。

また人々の暮らしぶりや考え方も面白い。
例えば昭和12年の「淑女は何を忘れたか」では、主人公のドクトル(ドクターではないところがいい)は週末になるとゴルフに出掛けている。
「秋刀魚の味」でも、マクレガーのクラブがほしくてたまらない登場人物が出てくる。
ゴルフを趣味とする歴史は意外と古いのだ。

女は嫁ぐものという風潮も顕著だ。
小津映画では、20代前半の娘を嫁がせようとあれこれ世話を焼く人たちが様々なシーンで描かれる。戦前ではまだ周りが世話するのが当然だったようだし、戦後の映画でもしばらくはお見合いが当然のようにして語られている。
「戸田家の兄嫁」では妹は兄のために友人を世話しようとするが、その友人が家にやってくると、兄は「お前に任せる」と言って逃げてしまうシーンが出てくる。
お付き合いも「結婚前提」なわけで、簡単に付き合い、簡単に別れる現代の若者たちとは人種が違う。

日本の社会も著しく変化している。
まず鎖国の時代から開国して大きく変化し、敗戦によってまた変わり。
それは欧米化でもあり、それだけでもない。
核家族化という流れもあるかもしれない。
次第に今の若者たちの感覚が理解しにくくなってきている現実が確かにある。
すでにバブルGO!!タイムマシンはドラム式などという映画が作られているし、現実的に若い人たちはバブルの時代を知らないのである。

「歌は世につれ」と言われるが、確実に「映画も世につれ」である。
我が家の子供たちが今の私の年齢になった頃、今公開されている映画などはどんな風に映るのであろうかと考えるとちょっと面白い。
考え方もだいぶ違っているのかもしれない。
そんないろいろな映画をこれからも楽しんでいきたいと思うのである・・・

 

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