2020年11月23日月曜日

言葉の力

初めに言葉があった
言葉は神と共にあった
言葉は神であった

(ヨハネによる福音書)

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 今さら言葉の持つ力を力説するつもりはないのだが、やはり言葉は偉大だと思う。人類がなぜ他の動物たちとは異なって文明を築き上げることができたのかと言えば、それはやはり言葉があったからだろう。人間と生物の1番の大きな違いは、「言葉を持っているかいないか」の差だと思う。言葉と、そしてそれを表す文字こそが人類最大の発明なのではないかと思えてならない。

 生物の中にはある種の言葉を持つものもいるという。ミツバチはダンスで蜜のありかを伝えるというし、イルカの超音波なども「情報を伝える」という意味では言葉と言えるかもしれない。その他にも匂いや音などを利用した情報伝達手段を持っている生物は数多くいるのだろう。ただ、それらと人類の言葉との大きな違いは、「時間を超えられない」ことだろう。人間の言葉は1年後も100年後も1000年の時間さえ超えて伝えることができる。

 ミツバチのダンスもイルカの超音波も、およそ人間以外の生物の「言葉」はその時限りのものである。それに対して、人間の言葉は時間を超えられる。保存ができるというのが最大の特徴だろう。だから今でも1000年前に書かれた『源氏物語』を読むことができるし、鎌倉時代に成立したと言われる『平家物語』を読むこともできる。それどころかディケンズやトルストイなど時間どころか距離も超えて見も知らぬ人の文章を読むことができる。これはすごいことだと思う。

 他人のものもそうだが、自分の言葉も残すことができる。だから日記を読めば10年前の今日何をしていたのかもわかるし、どんなことを考えていたのかもこのブログを読み返せばわかる。このブログを始めたのは、2008年の11月22日であり、ちょうど12年前ということになる。このブログを始めた理由は、まさに自分の考えていることを残そうと思ったことである。だからPVもほとんど意識していない。自分の書いた文章であるのに、時が経てばどこかの人が書いたもののような感じがして不思議である。

 日記の場合、読み返せば「あの時こんなことをしていたのか」という記憶が呼び起こされたりする。まるっきり記憶からなくなってしまっているのもあれば、読むことによって思い出すことがある。忘れてしまったものならともかく、覚えているのに思い出さないでいるのは何かもったいない気がする。時には覚えていたはずなのに違って記憶していたりすることもある。人間の記憶は結構いい加減なものであるが、言葉がそれを正してくれる。

 毎週末にシニアラグビーの練習に行っているが、集合時間や場所も事前に連絡取り合える。様々な意思の疎通ができるから、仕事も趣味も買い物もスムーズな日常生活が送れる。海外旅行をした時に、言葉が通じないと買い物ひとつするのにも苦労することを考えれば、それもよく実感できる(まぁ身振り手振りでもなんとかなったりするけど・・・)。コロナ対策も全国レベルで同じように行動できるのも言葉があるからである。しかしながら、そんなに便利な言葉があるのに誤解を招くのも面白いことである。

 私の嫌いな言葉に「以心伝心」がある。「言わなくてもわかる」というものであるが、昔から私はこれが大の苦手。「言われないとわからない」というのは今でも変わらない。人が心の中で考えていることなど、他人にわかるわけもない。もちろん、「以心伝心」もまったくないわけではなく、親しい間柄でお互いをよく理解していれば十分ありうるであろう。事前のコミュニケーションができている場合に初めて成り立つことであり、基本はあくまでも「不伝心」である。

 言葉を持って説明してもうまく伝わらない、曲解されるなんてこともよくある話。20年以上夫婦をやっていてもそうなのであるから、もう普通の人間同士であれば正しく伝わらなくても不思議ではない。考え方が違うのは仕方ないとしても、せめてこちらの真意が正しく伝わっては欲しいと思う。人間は言葉を生み出し、それを利用して知識を蓄え、それを伝えて蓄積し、他の生物には見られない自然の摂理に反したとも言える発展をした。言葉はその原動力であるが、それはまだ完全なものではない。

 昔、好きだった漫画に『超人ロック』というのがあった。未来の世界で活躍する超能力者の話である。もちろん、テレパシーもできる。心に思うだけで相手に考えが伝われば、いらぬ誤解も受けずに済むかもしれない。言葉はそんな空想の産物に比べると随分不自由である。想いを伝えるなら、精一杯言葉を尽くさないといけない。聞くにしても同じである。不完全だからこそ、努力を要するのだろう。キャッチボールの基本は相手の胸めがけて投げ、相手のボールは両手でしっかりと取ること。ボールであろうと言葉であろうと、キャッチボールの基本は同じだと思う。

 言葉の語呂合わせで、「いい夫婦の日」に始めたブログ。夫婦の先は長くないと思うが、言葉のキャッチボールだけは基本通りにやっていきたいと思うのである・・・


PDPicsによるPixabayからの画像 


【今週の読書】

 



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