2020年8月16日日曜日

天職とは

大抵の人は子供の頃、「大きくなったら何になりたい?」という質問を受けているのではないかと思う。もちろん、子供のことだから気軽に色々と答えると思う。それがだんだんと成長して世の中のことがわかってくると、「一体自分は何になったらいいのだろうか」と悩んだりする。早くからこれと決めて一直線にその職業に向かえる人は幸せだと思う。かく言う自分も「これがやりたい」という職業は今日に至るまで巡り会えていないし、ましてや「天職」など尚更である。

そんな私が、本格的に職業というものを意識したのは高校生の時であった。大学に進学するにあたり、学部の選択ではそんなことを意識せざるを得なかったのである。なんとか捻り出したのは「弁護士」で、それゆえに法学部に入ったが、勉強してみたら法律は自分の性に合わないことがわかった。それが4年になる時。次に代わるものなどなく、卒業を控えて銀行に就職を決めた。銀行にしたのは、経済の血液であるお金に携わることができれば、あとで方向変換する時に役に立つのではと思ったからである(事実、役に立っている)。

そうして入った銀行だが、初めの頃はわけのわからないノルマが嫌で仕方がなかったものである(JCBカードの申し込みを何件取れとか、定期預金を取れとか)。仕事が面白いと思うようになりだしたのは、23年目くらいからだったと思う。それでも「面白い」と思う反面と、「面白くない」反面とが相まっていたため、生き生きと働いていたわけではない。仕事とプライベートでは比べるまでもなくプライベートの方が圧倒的に大事であった。休日に仕事のことなど考えるだけでも嫌であった。

その後、仕事の範囲も広がるととともに面白さの度合いが増し、プライベートとの比較でも仕事の重要性の割合も増えていった。そうして気がつけば銀行に25年務めて退職した。銀行員がいわゆる「天職」だったかと言われれば、やっぱり「否」であろう。そうして今度は不動産屋に転じたが、それも現社長との個人的な付き合いから誘っていただいたもので、不動産屋になりたくてなったわけではない。今の仕事はどうであろうか。

不動産屋のイメージは、あまり良くない。銀行員時代にそんな感覚が身についている。良心的な人ももちろんいるが、「お金第一主義」の人もそれ以上に多い世界である。そんな世界での仕事は、実に面白い。それはもちろん、自由にやらせてもらっていることが最大の原因である。会社全体の仕事の内容もやり方もほとんど思う通りに変えることができたし、それで会社の業績も見違えるほど良くなったし、満足感はこれ以上ないくらいである。

仕事自体も、工夫次第でお客さんに喜んでもらえることができるし、「お金第一主義」の人たちとは一線を画して楽しく働いている。会社は土日が休みであるが、不動産業界は土日が書き入れ時。ゆえにフルタイムの必要はないが、多少の対応は必要になる。それを今は私が1人で「テレワーク」で対応しているが、若手銀行員時代だったら考えられなかったことである。もちろん、社長に言われたためではなく、自分で必要性を感じてやっているのである。

「天職」という言葉があるが、自分にとって今の仕事は天職だろうかと考えてみる。今の仕事が好きかと聞かれれば間違いなく好きだと答えるし、面白いかと聞かれれば間違いなく面白い。では、「天職」かと問われれば、答えに詰まる。そもそも天職とは何かということもあるが、いくら面白くとも、いくら好きでも天職とまでは行かないと思う。では、何が天職かと問われると、何かずっとやりたい事があって、なるべくしてなったような仕事というイメージがある(イチローの野球みたいなものである)。

天職の定義はともかくとして、なぜ天職というのに抵抗があるのかと言われれば、それはやはり「自分が好き好んで就いたわけではない」というところがある。たまたま現社長と知り合いで、誘われたのがたまたま不動産業であっただけで、他の業種であったらその職業に就いていただろう。技術を要することはできないが、そうでなければいくらでも対応可能であり、その仕事に合わせて創意工夫してやっていただろう。いろいろな仕事を見てきた銀行員の経験が生きたところである。

仕事に必要なのは、「考え方」「熱意」「創意工夫」であり、それは業種には関係ない。おそらくではあるが、そのほかの仕事についていたとしても、今と同じように好きで面白いと思ってやっていたと思う。今の自分に対して、天職か否かという問題はどこか的の外れた議論に聞こえる。天職などあってそれに就ければ言うことはないが、なければないでまったく問題はない。楽しめてそれなりに稼げればそれでいいのだと思う。

子供たちももうあと10年もしないうちに2人とも就職することになる。世の中には「好きなことを仕事にする」とか、理想的な働き方をうたうものも多い。しかし、職業なんて究極的には(法や倫理に反しなければ)何でもいいと思う。天職なんて探す必要はないし、たまたま選んだものであっても、「考え方」「熱意」「創意工夫」があればなんとかなるし、むしろ職業選びより「考え方」「熱意」「創意工夫」の方が重要である。もしも2人の子供からアドバイスを求められたら、そんな答えをしたいと思う。

 今の仕事は楽しいが、なにせ中小企業だし、先行き不安は拭えない。それはそれで一大事であるが、それもまた含めて、性分にあった「仕事」としてやっていきたいと思うのである・・・



William IvenによるPixabayからの画像 
【本日の読書】
 




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