2021年6月27日日曜日

試合と練習

 週末は、いつもシニアラグビーの練習で汗を流している。この練習であるが、普通練習はなんのためにやるのかと言えば、当然「試合のため」である。試合に勝つためにそれに必要な練習をするわけである。当たり前のことであるが、シニアスポーツの場合は必ずしもそういうわけではない。「試合のため」という目的の人ももちろんいるが、「健康のため」という目的のための人もかなりいる。それはそれで悪くはない。試合がすべてではないし、スポーツの目的は試合もそうだが、根本には「楽しむこと」があると思うからである。

 私も最近はそんな風に考えているので、あえて試合にはこだわらない。幸い、所属しているチームは50代の選手が少ないというチーム事情もあって試合数が少ない(シニアラグビーは年代別に試合を組んでいる)。友人の中には、試合数の多いチームで数多くの試合をこなしているのもいるが、私はあえて試合機会を求めてそういうチームに移籍しようとは思わない。どちらかと言えば、毎週汗を流して心地よい疲労感を感じることで満足しているのである。

 この週末、知り合いのチームから助っ人を頼まれて、某所で行われている大会の試合に出場した。試合を目的とはしないと言っても、「人が足りない」と言われればそこは無碍には出来ない。チームスポーツである以上、試合をするには一定数のメンバーを集めないといけない。メンバーが足りなくて試合ができないというのはなんとも無念なところ。なのでそういう声がかかった時は基本的に断らない。かくしてほぼ2年ぶりくらいに試合に出場したのである。普段、平日は走らないが、先週は3日間走って準備をしての参戦である。

 合流したチームには、知った顔がいるとは言え、助っ人は他にもいてチームを組んでの試合となると事前の打ち合わせが必要である。特にサインプレーの確認はしておかないといけない。お互い経験者だし、このあたりは試合前に何回か練習を繰り返せばそこそこ合わせられるようになる。シニアゆえに正式の40分ハーフの半分、つまり20分ハーフ(前半後半それぞれ20分)である。出番は後半の20分のみ。それだけ考えると気楽である。しかし、試合が始まるとわずか5分で息が上がる。いくら練習をしているとは言え、練習と試合は違う。練習は途切れ途切れの繰り返しであるが、試合は基本的に連続である。息が上がるのも当然である。

 息が上がると、意識レベルが下がるし、当然反応も鈍くなる。何より走れなくなる。これを「年(年齢)」と捉えるともう改善の余地はない。なぜならこれから若くなることはないからである。だが、「練習不足」と捉えるとそうではない。私は「練習不足」と考えている。なぜなら、学生時代や社会人ラグビーの現役時代は、しっかり練習を繰り返してこの「息が上がる」を克服していたからである。息が上がった状態で練習を繰り返すことにより、試合で走れる体力を維持できるのである。

 試合は、なんと私が「シンビン(10分間の一時退場)」を宣告されて20分のうち10分しか出られないというアクシデントに見舞われる。それでもたった10分なのに普段の2時間の練習より疲労度は大きく、また体のあちこちが痛い。いつの間にかできた打撲で帰り道はビッコを引き、マツモトキヨシで湿布薬を買い込んで貼っている有様である。思うように走れないし、抜けたと思ったら敵に捕まるし、キックはうまく飛ばないし、唯一現役時代と変わらず出来たのはタックルくらいであった。やはり練習不足の影響は大きい。

 さらに咄嗟のプレーに機敏に反応できない。だから、試合中も常に場面場面で想定されるプレーを頭の中でシミュレーションしている。現役時代は毎日のように練習していたし、毎週試合もしていた。その成果は「身体で覚える」ということに現れる。咄嗟のプレーに対しても無意識に身体が動くのである。頭で考える前に身体が動くのである。しかも適切に。それがこの頃はそうではない。「あの時ああすれば・・・」という後悔が常に伴う。だからシミュレーションは欠かせない。練習をしていたとしても、ダラダラやっていては意味がない。常に試合を想定し、その上で練習を繰り返すことが必要なのである。

 また、観るのも勉強になる。昨日は日本代表がブリティッシュ&アイランド・ライオンズ(要は全英代表チームである)とテストマッチをやっていたが、観ている時も各プレーヤーの動きから、自分の試合での動きのヒントを得たりする。練習だけだとそうはいかない。やはり試合を経験すると、「次はこうしよう」とか、「あそこはこうすれば良かった」という学びが得られたりする。その基本はすべて試合経験であり、やはりそこが出発点とも言える。試合は残念ながら日本代表も私のチームもともに負けてしまったが、やはり勝った気分を味わいたかったと思う。

 試合にはこだわらないと思っていたが、やれば面白い。体は痛いし、息が上がれば苦しいし、この歳になると怪我が怖いのも確かである。しかし、やはり面白い。「またやりたい」と素直に思う。年甲斐もなくと言われたとしても楽しいのだから仕方がない。年齢による衰えをカバーするには、もっと練習の負荷を上げた方がいいだろう。人より多く早く走るように心掛ければ、同じ練習をしていても負荷はかけられる。今まではそれほど負荷をかけようとも思わなかったが、試合にもっと出たいと思うならそうする必要がある。そして、久しぶりに試合に出て、「また出たい」と素直に思う。そしてそのために練習しようと。

 となれば、これからの練習に対する取り組み姿勢も変わってくる。何より弱点を強化し、思う通りのプレーをして気持ちの良い結果を残したい。肉体的な残り時間もそれほど多くないのは確か。であれば、無理のない範囲でもう少し試合を意識して練習に臨みたいと思うのである・・・




【今週の読書】
 西成で生きる この街に生きる14人の素顔 - 花田庚彦 邦人奪還―自衛隊特殊部隊が動くとき―(新潮文庫) - 伊藤祐靖




2021年6月24日木曜日

宇宙は自分を中心に回っている

 最近、様子見を兼ねて週に一度は実家に顔を出している。両親も2人暮らしであるが、それぞれにストレスはあるのか、よく私に相手の愚痴をこぼす。それぞれの言い分はもっともである。父は長らく自営で印刷業をしていたが、1人で機械を回し、黙々と1日中仕事をしていた姿を覚えている。そんな父は夫婦げんかになるとよく「誰のおかげでやってこれたと思っているんだ」と母に言う。「俺が働いている時、お前は山だ、テニスだと遊んでいた」と。多趣味な母はハイキングやソフトテニスを楽しんでいたのである。

 母にすれば面白くない。確かに稼ぎはすべて父に負っていた。しかし、母は母なりに家計のやりくりをし、得意先の集金に行き、経理を担い、税理士ともやり取りをし、と印刷以外の仕事をこなしてきていた。テニスや山はその合間に行っていたものである。当然、そういう反論はするが、「俺が食わせてやった」という昭和の父には通じない。最近、実家で料理をするようになった私は、家事がいかに大変かということを実感しているから、母の言い分もよくわかる。父も1人であったらとても大変だったであろう。結局、「共同作業」なのである。

 一方、仕事を引退した父は、母が体調を崩したこともあり、少しずつ家事をこなしている。買い物はほとんど父が担い、簡単な朝食の用意と風呂掃除に掃除機をかける簡単な掃除、食後の食器洗いなどである。それ以外の時間は趣味の写真(撮影とパソコンでの画像処理)とテレビで映画を楽しんでいる。しかし、母にしてみれば父のやっている程度の家事は家事のうちには入らない。曰く、「何もしないで1日中パソコンに向かっているかテレビを見ている」と批判する。それに対し、父は「やっているだろう!」と反論する。

 中立的な立場で聞いていると面白い。2人とも意見の相違点は共通していて、「やっているか否か」と「やっている程度」との違いである。「やっているか否か」であれば、2人とも「やっている」。だから「やっていない」と言われると反論したくなる。だが、責める方の考え方は「やっている程度」。「十分ではない」、「やっているうちに入らない」という批判である。かみ合わないのも無理はない。そしてお互いにそれに気づいていない。

 人は誰でも自分の考えが中心。自分の見方が世界の見方。自分が相手を批判するまさにその見方で相手から批判されていることに気がつかない。母は私が子供の頃、私に対し「相手の気持ちを考えなさい」と叱ったことがあり、私は「相手の気持ちなんかわかるわけがない」と反論したことを覚えている。今でもその考えは変わっていないが、「想像はする」ようにしている。頭に来てもすぐ怒りを沸騰させるのではなく、なぜ相手はそんなことを言うのだろうかと想像してみるのである。それによって、相手を多少なりとも理解できるし、それで許せる場合もあるし、許せない場合も冷静に反撃ができるのである。

 ディケンズの小説『クリスマス・キャロル』の主人公スクルージは徹底した守銭奴である。その様子に普通の人なら顔をしかめる。ところがスクルージにはスクルージなりの世界の見方があり、それによれば自分の行動は当然なのである。それが3人のゴーストによって自分以外の視点から世界を見せられ、それまでの生き方を反省するのである。両親もたぶん、自分以外の視点から自分たちの姿を見せられたら、ひょっとしたら気づくのかもしれない。

 最近、大きな裏切りに遭い、ショックを受けるとともに腹も立てているが、一方で相手には相手の世界があり、その世界では相手の行動は正しいのだと思っている。それはそもそもの考え方にもよる。例えばその人は亡くなった父親の古い免許証が出てきた時、あっさりそれをゴミ箱に放った。私ならそんなことは絶対しない。だが、それだけ私とは感覚が違う訳である。自分の感覚で相手の行為を批判しても始まらない。たとえ世間一般的におかしいと思われても、相手はそれが正しいと考えているわけである。であれば、それを批判するよりも、自分はどうするのかを冷静に考えるしかない。

 相手はおそらく、世間的常識というところの感覚とか、モラルというものからはズレているのだろう。無知の部分もあるかもしれない。そうして相手を見下すことにより、私の気も多少晴れる。怒りのまま感情を爆発させても今回は利益がない。冷静になってせめて一矢報いる手段を講じるしかないと思うし、そうするつもりである。不思議なことに、相手に対する負の感情もそれほど大きくならない。感情のコペルニクス的転回と言えるのかもしれない。

 今では地球が太陽の周りをまわっていることは誰でも知っている。しかし、それはただ見るだけではわからないものであり、だからこそ長い年月の間天動説が支持されてきたのである。しかし、人は誰でも依然として世界の中心は自分のままである。それは決して間違いではないが、問題はその世界の中心が人の数だけあるということ。自分を中心から外す必要はないが、そういう風に考えるだけで賢く振舞えそうな気がする。そういう風に世界を見たいと思うのである・・・




【本日の読書】
 不寛容論―アメリカが生んだ「共存」の哲学―(新潮選書) - 森本あんり 邦人奪還―自衛隊特殊部隊が動くとき―(新潮文庫) - 伊藤祐靖




2021年6月20日日曜日

論語雑感 公冶長第五(その22)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感
【原文】
子曰。伯夷叔齊。不念舊惡。怨是用希。
【読み下し】
子し曰いわく、伯はく夷い・叔しゅく斉せいは、旧きゅう悪あくを念おもわず。怨うらみ是ここを用もって希まれなり。
【訳】
先師がいわれた。
「伯夷・叔斉は人の旧悪を永く根にもつことがなかった。だから人にうらまれることがほとんどなかったのだ」
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 今回の言葉を読んで「旧悪」というのが何を意味するのかよくわからなかったが、「根に持つ」というところから咄嗟に出てきたのが「恨み」である。「性格が悪い」とか「相性が合わない」という程度であれば、付き合うのをやめるまでで、そういう人に対しては自分から距離を置くので、人(相手)に恨まれるということもそんなにないと思う。さすがに無視まではしないので、相手にはこちらの気持ちなどわからないかもしれない。今は多少そうした大人の対応ができるので、そんな風に思う。

 しかしながら、相手に対して「恨み」があれば、当然こちらも長く根に持つし、多分態度にも出す。だから相手にも恨まれる(嫌われる)だろうと思う。しかも、自分はかなり深く根に持つタイプだと思う。「目には目を 歯には歯を」と考えるので、必ず何らかの報復を考えると思う。そのあたりは大人な対応はできないクチである。そうなれば当然相手にも恨まれるし、それを回避したいとも思わないから伯夷・叔斉のような大人物にはなれないだろう。

 「目には目を 歯には歯を」が悪いかと言えば、個人的にはそうは思わない。これは基本的に「報復」である。報復とはつまり「仕返し」であり、その前提としてまず「相手に何かひどいことをされた」という事実がある。決して自分から仕掛けたものではなく、相手からされたことが起点になっているわけである。まずは対人関係の基本は「友好」であり、それがスタートである。しかし、そこからスタートしてもどうしても嫌な相手というのはいるわけであり、それに対しては距離を置いて離れることで問題が起きないようにする。

 問題はそれでも相手が何か自分に悪い事をしてきた場合である。この場合、黙って我慢するほど私も人間ができていない。必ず報復を考える。つい最近も長年信頼してきた人物に裏切られたところである。相手の気持ちもわからなくもないが、あまりにも自分ファーストで、用が済んだら「はい、さようなら」ではあまりにも虫がいい。さすがに相手をぶん殴るほど見境がないわけではないので、静かに合法的に、それでいて相手が地団駄を踏まずにはいられない報復を考えているところである。

 そうした報復行為は決して気分のいいものではない。殴られて殴り返せば報復は完了するが、殴られた痛みと殴った後味の悪さは残る。それは暴力的なものでなくても、である。報復は決して心地よいものではない。ならばやらなければいいのにと思うが、そうせずにはいられないところが、私が伯夷・叔斉のような人物より劣るところであり、人(相手)からも生涯恨まれることであろう。人に恨みを買うということは穏やかなことではない。避けられるものであれば避けたいと思うが、報復相手に対してはやむを得ないと考える方を選ぶだろう。

 こうした対立がなぜ起こるのかと言えば、それは「自分ファースト」の考え方がすべてだろう。私の母は相続で1(長兄)対5(母を含む兄弟姉妹)の裁判沙汰の「争続」となり、今も亡き長兄に対しては良い感情を持っていない。争いの原因は、お金に困窮した長兄が遺産相続において過分に取ろうとしたことであり、利害関係の対立がそのまま「争続」となったわけである。もしも、公平にやろうとしていたら、仲の良い兄弟のままであっただろう。

 人はやっぱり自分が中心であり、自分ファーストな生き物である。ただ、そこに「相手に対する配慮」があるかないかが、自分ファーストと思われるか否かにかかってくる。韓国セウォル号の船長だって、生き残るために逃げる行為自体は当然であるが、乗客に対する配慮がなかったから問題とされたのである。もしもギリギリまで避難誘導をしていたら、あそこまで非難されることはなかったであろう。伯父も財産を公平に分配するか、困っているから助けてくれと弟妹たちに素直に頭を下げていたら、おそらく裁判沙汰にはならなかっただろう。

 自分には自分の止むに止まれぬ都合というものがあるだろう。だが、そこに相手に対する配慮を忘れたら当然恨みを買う。そうした配慮のない自分ファーストの被害を受けたら、こちらとしても当然報復はしないといけない。それは自分自身に対する「納得」であり、世間に対するそれではない。人物と思われなくても、報復相手に恨みを買っても、自分自身が心穏やかにその問題について「気持ちの区切り」をつけるためにも、そして何より長く根にもつことを避けるためにも必要なことなのである。

 そんな事態にならないことが一番なのであるが、大人物ではない自分にはやむないことだと思うのである・・・




【今週の読書】
 不寛容論―アメリカが生んだ「共存」の哲学―(新潮選書) - 森本あんり さよなら、プロレス(伝説の23人のレスラー、その引退の真実と最後の言葉) - 瑞 佐富郎




2021年6月16日水曜日

新聞はかくあるべし

「社説で五輪中止を求めるのにスポンサーは継続」朝日新聞が信頼を失った根本原因
社内のジャーナリズムは荒廃の一途
鮫島 浩
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 マスコミの問題を考えるにあたって面白い記事を見つけた。記事の著者は元朝日新聞の記者だそうで、その内容は朝日新聞がオリンピックのスポンサーに名を連ねている(推進派の立場)一方で、中止を求める社説を出したことに関して論じているものである。今やかつて800万部を誇っていた発行部数は500万部に落ち、赤字転落しているという朝日新聞。そうした状況下で出された社説であるが、これについて、「朝日新聞の社内では、五輪中止を求めた社説が問題視されている。読者の信頼を回復するには、まずは社内の『言論の自由』を回復するべきだ」と主張している。

 著者は今年27年間勤めた朝日新聞を退社し、フリーとして独立したそうである。その理由は、「国家権力を監視する批判精神を失い、『客観中立』を装った『両論併記』の差し障りのない記事を大量生産して安穏としている社内の空気に失望したから」だそうである。個人の考えは人それぞれだからどう考えようと自由だが、朝日新聞が「両論併記」だとはつゆ知らなかった。常に政権批判ばかりかと思っていたからだ。それはともかく、現場の記者が『客観中立』、『両論併記』を良しとしていないところが私の考えとは大きく違うと感じた。

 私がマスコミ(特に新聞)に求めるのは、何より『客観中立』、『両論併記』に他ならない。新聞の考えなどどうでもいいのである。考えるのは私の自由であり、新聞の勝手な意見はどうでもよくて、望むのはただ「考える材料を与えてほしい」ということだけである。今は憲法に賛成意見であれば産経新聞、反対であれば朝日新聞を読まなければならない。そんなの大変である。一紙で両論が読めたらそこで比較して考えられる。それこそ私が望むものである。

 新聞記者としては、やはり自分の主義主張を訴えたいと思うのだろう。どっちつかずの記事を書いても面白くない。自分の秘めたる熱い思いを世の中に問いたいという気持ちはよくわかる。それを否定はしないが、私はその反対意見も聞きたいのである。ただ、それは無理なのだろうと思う。新聞の意見は一つの立場を維持すべしという考え方が、当の新聞社はもとより、世間一般の意見なのだろう。だが、新聞社の中にも意見の相違は当然あるだろう。ただ、それを「社の方針」に合わせているだけだろうと思う。

 例えばもし私が朝日新聞に就職して記者になっていたら、憲法改正賛成の記事は書かせてもらえなかっただろう。政権を擁護する記事も同様。中国・韓国批判の記事なんて論外だっただろう。ただ、それはよく考えてみると「言論の自由がない」ということに他ならない。言論の自由の先頭を行くべき新聞社内に実は言論の自由がないわけであり、これは面白い問題だと思う。それとも入社時にみんな同じ考え方の人だけになるように厳選しているから意見の不一致などないのだろうか。

 「会社の方針」に従わなければならないのは、どこの民間企業でも同じであるが、新聞社の場合は言論の自由との関係で難しいものがあるように思う。会社の方針と自分の意見が異なる場合はどうするのだろう。会社の方針に従って意見を差し控える(あるいは自分の考えとは異なる意見を書く)のであれば言論の自由に反するし、言論の自由を主張して会社の方針に反する意見を表明すればサラリーマンとしてはまずい。まぁ、会社の方針に反する意見などそもそも紙面には載せてもらえないというだけのことだろうし、その場合は言論の自由の封殺には当たらないということなのかもしれない。

 今回は、図らずもそれが露呈したということであろう。中止派からすれば、これまで通りの政権批判を貫いているわけで、気分はいいだろう。ところが金勘定をしている推進派は、「会社の大変な状況をわかっていない」と忸怩たる思いを抱いているのかもしれない。だが、それはそれでいいだろうと思う。同じ社内であっても意見の相違はあって当然。ましてや国民においておやである。だからこそ、「両論併記」があるべき姿だろうと思うのである。

 同じ紙面で、「オリンピック推進派」と「中止派」とで堂々と意見を主張しあえばいいと思う。「当たり障りのない客観中立」ではなく、賛成と反対が激しくバトルする「両論併記の客観中立」の方が健全であると思う。著者はもちろんそんなことはとんでもないという考えだろうが、それこそとんでもないと思う。新聞記者は自分の意見を主張することこそが使命とでも思っているのかもしれないが、それは1つの意見にしか過ぎず、お金を払ってまでそんな偏った意見を押し付けられたくはないと思う。

 今の朝日新聞のスタンスというものは、表向き正論で着飾っていても、その実矛盾に目をつぶったりごまかしたりしているに過ぎないと思う。アメリカは批判しても同じことをした中国は批判しないというのでは信頼に欠けるだろう。従軍慰安婦問題で世論をミスリードしたのには頬っ被り。政府だって批判されるべきことばかりではなく称賛されるべきこともあるだろう。それはそれで素直に称賛すべきだし、それがあるべき姿だろう。そういうことを蔑ろにしてきたからこそ、ここにきて発行部数が激減しているのではないかと個人的には思ってしまう。

 今の新聞の問題点は、「書いてある内容をそのまま信用できない」ということに他ならない。それはすなわち、「偏った意見を一方通行で表現している」ということである。世の中には様々な考え方の人がいて、だからこそいろいろな考え方を知った上で自分の考え方に生かしたいと思うが、新聞はその役には立っていない。それを変えようとするのであれば、両論併記を強く求めたいと思う。

 そんな紙面が実現したら理想的である。その時はすぐに朝日新聞の購読を始めるのにと思うのである・・・




【本日の読書】
 繰り返す日本史 (青春新書インテリジェンス) - 河合 敦 さよなら、プロレス(伝説の23人のレスラー、その引退の真実と最後の言葉) - 瑞 佐富郎





 

2021年6月13日日曜日

座右の銘

 先日のこと、知人から「座右の銘はありますか」と尋ねられた。よく座右の銘はこれだという人はいるが、改めて考えてみるとそういうことは意識したことがない。座右の銘など今さら必要だとは思わないが、仮に決めるとしたら何になるだろうかと考えてみた。敢えて決めたいとも思わないが、いいのがあれば決めてもいいだろう。そう考えて何があるかと思い浮かべてみると、やはりそれは普段からいろいろ考えている自分の考えを表したものがいいだろうと思う。そういうものこそが、座右の銘としてふさわしいとやはり思う。

 そうして考えてみると、日頃から大事にしていることの1つとして真っ先に脳裏に浮かぶのは「考える」こと。それで思い浮かぶのは、
 「人間は考える葦である」(パスカル)
であろうか。あまりにもベタである。ただ、「思考する存在」としての近代人の精神をよく示す句であり、表現はともかく根本的な部分ではこれが適していると思う。

 次に思うのが、事を成すに至ってはやはりその意思が大事だと思う事。「できる」と思えばできるし、「できない」と思うものができるわけもない。となると、思い浮かぶのが、
 「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」(上杉鷹山)
という言葉だろう。「できる」と思えば、「どうやったら」と「考える」し、そこから創意工夫も生まれる。そうして奮闘するうちに何かの偶然でできてしまうかもしれない。「できない」と思えば思考もそこで停止してしまう。

 働く上で意識しているのは、常に「給料分以上働くこと」。実は就職した直後、本来は研修期間中で定時で帰れるのに、私の配属された八王子支店は田舎の雰囲気が色濃く残っており、「先輩が働いているのに若手が先に帰るのはもってのほか」という目に見えないカルチャーがあった。ゆえに「付き合いサービス残業」をして寮に帰ると、定時に上がった都心店の同期がビールを飲んで赤ら顔をしていて出迎えてくれた。その境遇の差に己の不運を嘆いたものである。「時給が一番安いじゃないか」と。新人だから残っていても残業代など当然出るわけもない。「働いている分の給料をもらっていないので損だ」と感じていたのである。

 学生時代のアルバイトでも似たような考え方で、時間をオーバーしてその分タダで働くなどもってのほかだと思っていたが、今ではそうは思わない。常に給料分以上の働きをして、払う方に「申し訳ない」と思わせるくらいでちょうどいいと思う。そう思わせたら、「もっと給料をあげないといけない」と思って給料を上げてくれるかもしれない。それはともかく、損か得かではなく、常に「給料分以上働く」というのは私のスタンダードである。これに該当する言葉は思い浮かばないが、あえて言うなら、
 「給料分だけ働いていると給料分の人間で終わる」(植松努)
であろうか。

 また、仕事で意識しているのは「自分から動くこと」。社長ではない以上、上司から仕事の指示をされるのは仕方ないが、それだけに終わっていてはいけない。「言われたことだけ」やるのは、裏を返せば「言われたことしかできない」ことになる。言われたことをやるのはもちろんであるが、言われた(期待された)以上の結果を出さなければいけない。
 「下足番を命じられたら日本一の下足番になってみろ。そうしたら誰も君を下足番にしてお
  かぬ」(小林一三)
まさにそういうことである。

 父は中学を卒業してすぐに長野県の富士見から東京に出てきて丁稚奉公を始めたと言う。朝6時に起きて、夜12時に寝るまでほとんどの時間を働く毎日。朝食は時間がなくて立って食べたと言う。それでいて、「丁稚奉公」だから給料はゼロ。休日に社長に映画のチケットをもらって観に行くのが楽しみだったと言う。しかし、真面目に働いていたからだろう、社長の奥さんが時々みんなに内緒で小遣いをくれたらしい。真面目な親父は「適当に手を抜く」ということができなかったらしいから、そんな働きぶりが奥様の目に止まったのだろう。

 その話をよく聞かされたから、というわけではないが、私も仕事として報酬(給料)をもらう以上、多い少ないは別として全力を尽くさなければならないと考えている。「多いから一生懸命やる、少ないから手を抜く」という考えは私の中にはない。それを何かうまい表現で表したものがあれば、それが座右の銘になるのかもしれないと思うが、そういう言葉にはこれまでまだ出会っていない。

 座右の銘と似たようなものに「名言」があると思う。昔から「名言」の類は好きであり、いろいろとストックしているが、ただそれは「座右の銘」とはちょっと違うように思う。「名言」はある事柄に関して言える真理であるのに対し、「座右の銘」は広くその人自身の行動指針のようなものだというイメージがあるからである。大事にしている信念あるいはポリシーといったところであろうか。もちろん、名言にもそういう効果があって、座右の銘になっているものもあると思う。あくまでもその人の捉え方だろうと思う。

 座右の銘があれば、ちょっと体裁がいいようにも思う。これと1つに決めるのは今のところちょっと難しいが、大事なのは芯にある自分の考え方だろうと思う。年齢的にもいい年齢になってきたし、人にものを教えるにしてもそろそろ内容のあるものが求められるだろう。座右の銘もそんなものの1つとして、これからゆっくり探していこうかと思うのである・・・




【今週の読書】
 繰り返す日本史 (青春新書インテリジェンス) - 河合 敦 総力戦としての第二次世界大戦-勝敗を決めた西方戦線の激闘を分析 (単行本) - 石津 朋之






2021年6月9日水曜日

豊かさと自立

 息子がこの春から高校生になった。身長もすっかり私よりも高くなり、リモート授業が多く、野球部の練習が少ないのにブツブツ言いながらも高校生活を楽しそうに送っている。ついつい自分が16歳だった頃と比べてしまうが、違いを感じるとしたら、いまだ母親に甘える部分があることと、自立心であろうか。私は割と自立心が強く、すでに高校に入る前の春休みにアルバイトをして半年分のこずかいを稼ぎ、親からこずかいをもらうことは以降なくなった。だが、息子にはそんな気持ちはないようである。

 私の場合、古くは幼稚園に一人でテクテク歩いて通っていたが、息子は母親の送り迎え付きであった。もっともこれは幼稚園からの要請であったからやむを得ないが、世の中的に過保護な方向へ向かっているような気がした。我々の頃も大学受験の会場に着飾った母親と一緒に来ているボンボンもいたが、さすがに会社を休むのに母親が本人に代わって電話をしてくるなどという話は聞かなかったから、そういう傾向はあるのだろう。

 『ウィンターズ・ボーン』という映画がある。アメリカの貧しい中西部を舞台にしたドラマで、父親が失踪し、母親が精神に異常をきたしてしまった家族の中で、わずか17歳の長女が幼い弟妹を含めて家族を支えるために孤軍奮闘するドラマである。17歳の少女には過酷な試練なのであるが、我が家の20歳の娘にはちょっとできそうもない気がする(させたいとも思わないが・・・)。

 私の父が今でもよく昔話に語ってくれるのは、中学を卒業して16歳で東京に出てきて丁稚奉公を始めた時のことである。朝、6時に起きて夜12時に寝るまで働きづめで(丁稚奉公だから基本的に無給である)、半年で鬱になったという。労働基準法がある今から見ればありえない話である。また、祖母は臨月まで農家の労働に従事し、叔父を生んだのは農作業中の畑だったという。これも今の常識からはとても考えられない。「虐待」レベルの話である。

 祖母や父の時代の感覚でいけば、それらは世の中によくあることだったのだろう。そんな祖母や父からすれば、私が育ったのはぬるま湯のような環境だったのだろうと思う。事実、(受験勉強を除けば)なんの苦労もなく当たり前のように高校・大学と通ったわけである。銀行に就職したあとも、先輩たちから「昔は除夜の鐘を聞く前に家に帰れなかった」とよく聞かされたものである。私が入行した時は、12月31日の銀行休業が認められ、さらに土曜休業がスタートするタイミングであった。

 世の中の進歩というところでは、望ましいことである。今や祖母のように臨月になって職場で出産するまで働かなければならないということはないし、無給で1日14時間以上働かなくてもいい。ただ、そうして世の中が住みやすくなるにつれ、大人になるスピードは落ちるのかもしれないと思う。考えてみれば動物の場合、生まれたその日から自分の足で立つことができるが、人間の赤ん坊は親が付きっきりで世話をしなければならない。だから人間が劣っているというのではなく、それは人間の進化の結果らしい。

 『ウィンターズ・ボーン』では、わずか17歳の少女が弟妹のために親代わりとなって奮闘する話であった。考えてみれば、それはこの主人公が特別優れた少女だったわけではなく、置かれた環境下でやむにやまれずそういう行動を取らざるを得なかったとも言える。我が家の娘もそういう環境に置かれたとしたら、しっかりと自立した行動を取るのかもしれない。我が家が困窮して明日の米にも事欠くようであれば、息子も率先してアルバイトをして家にお金を入れるのかもしれない。

 そう考えてみれば、自立とは豊かさと反比例するものなのかもしれない。「15でねえやは嫁に行き」という歌は、社会の貧しさを表しているものとも言える。子供時代が長いというのは、それだけ社会なり家庭なりが豊かであるということなのだろう。子供が子供でいられるというのは、豊かな証拠だと言える。どれだけ長く子供時代を過ごせるかは、親や社会の豊かさの証なのかもしれない。

 とは言え、さすがにいつまでもというのは困る。私個人としては、一刻も早く自立した人間になってほしいと思う。我が家は、両親の頃よりは多少豊かかもしれないが、それでも一介のサラリーマンであり、ダイエットしなくても脛は十分スリムである。精神的にも早く自立して欲しいと思うし、それにはやはり温室ではなく、寒風が必要なのかもしれないとも思う。千尋の谷とまではいかなくても、ある程度の谷には早く落とした方がいいのかもしれないと、特に息子については思うのである・・・



【本日の読書】
 繰り返す日本史 (青春新書インテリジェンス) - 河合 敦 総力戦としての第二次世界大戦-勝敗を決めた西方戦線の激闘を分析 (単行本) - 石津 朋之




2021年6月6日日曜日

論語雑感 公冶長第五(その21)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感
【原文】
子在陳曰。歸與歸與。吾黨之小子狂簡。斐然成章。不知所以裁之。
【読み下し】
子し、陳ちんに在ありて曰いわく、帰かえらんか、帰かえらんか。吾わが党とうの小しょう子し、狂きょう簡かんにして、斐ひ然ぜんとして章しょうを成なす。之これを裁さいする所以ゆえんを知しらず。
【訳】
先師が天下を周遊して陳の国におられたときに、いわれた。
「帰るとしよう、帰るとしよう。帰って郷党の若い同志を教えるとしよう。かれらの志は遠大だが、まだ実践上の磨きが足りない。知識学問においては百花爛漫の妍を競っているが、まだ自己形成のための真の道を知らない。それはちょうど、見事な布は織ったが、寸法をはかってそれを裁断し、衣服に仕立てることができないようなものだ。これをすててはおけない。しかも、かれらを教えることは、こうして諸侯を説いて無用な旅をつづけるより、どれだけ有意義なことだろう」
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 ロバート・レッドフォードやクリント・イーストウッドのように、俳優として大活躍しながらも監督の道に進む俳優は多い。それも「監督兼主役」のようなプレーイング・マネージャー的なものではなく、専業である。監督というのは、映画においてはスクリーンに出て来ない影の存在である。にも関わらず、1プレーヤーから全体を見渡す立場、映画そのものを創り上げる立場へ移る魅力があるのだろう。

 人も年齢を経ると、教えられる方から教える方へと移動する。それは年齢とともに知識と経験とを積み増しているからである(もちろん、積み増していない人は教える立場にはなれない)。それは本人が期待する部分もあるだろうし、周りから期待される部分もあるだろう。そういう私も、先日とある企業の転職面接で「後継者を育成して欲しい」と言われたところである。

 自分の性格を鑑みると、結構「教えることが好き」な方だと自覚している。自分が創意工夫して身につけたノウハウ等は人に教えてあげたいと思うのである。それを認識したのはいつかというのははっきり覚えていないが、古くは学生時代にラグビーのプレーについて後輩に教えたいと思ったのを覚えている。実際、教えたものについては、ラグビー初心者などに特に「わかりやすい」と喜ばれたものである。

 そういう下地があったからだろうが、銀行に就職して最初に配属された支店で、仕事の出来る上司から「仕事は盗むもの」と教えられた時には反発を覚えたものである。「そんなまどろっこしい事をするより、教えた方が早く戦力になるだろうに」と。ただ、そこは難しいところで、「教えてもらったことは忘れる、自分で盗んだものは忘れない」(すきやばし次郎主人小野二郎)というのも事実だと思う。一流の料理人の話などには「苦労して盗んだ話」がよく出てくる。

 ただ、「巨人の肩に乗る」というのも事実であり、みんながみんな1からのスタートだと同じところまでしか行けないが、たとえば4からスタートできればそれだけ遠くまで行けるだろう。「盗んだものは忘れない」のは真実だろう。それは裏を返せば「経験したものは忘れない」ということになるかもしれない。「知識」として教えられるより、実際に失敗した経験は何物にも変えがたい教訓になる。「教える」のがいいのか「盗ませる」べきなのかは難しいところである。

 それでも自分はやはり教えたいと思う。特に自分がさまざまな経験から得た知識や教訓や考え方などは子供たちに伝えたいと常に思うところである。それは「自分も教えて欲しかった」という思いであり、「同じ失敗をしないように」という親心である。教えたい相手は、やはり一番は子供であるが、対象は仕事でもなんでも身近な若手ということになるだろう。どうしても同世代だと自分なりの考え方ややり方が出来上がったりしている。孔子のたとえで言えば、すでに衣服が仕立て上がってしまっているわけであり、諸侯を説くのに当たるのだろう。

 「教える」というのとは少し異なるが、仕事ではかなり「任せる」というのを意識している。「まだ無理」などとは言わず、どんどん自分の仕事をやってもらうようにしている。サラリーマン社会では、よく「ワンランク上の仕事をしろ」と言われるが、なかなか出来るものではない。そんな中で、上司の方から「これやってみて」と仕事を任せるというのが手っ取り早く「ワンランク上の仕事」をすることに繋がる。最初は戸惑うかもしれないが、いずれスムーズにこなせるようになる。結果的に部下も成長するし、自分も楽できるし、できた余裕で別の仕事もできるというメリットがある。

 家庭でも子供を「子供扱いしない」というのはいつも心掛けていることである。それもまた子供を成長させる術ではないかと思うゆえである。手取り足取り指導するのが一番だとは思わないが、そういう風に「自覚を促す」のも大事なことだと思う。ある程度しっかりした導きがあれば、自分ももう少しうまくやって来られたのではないかと思う。そう思うところを子供達に提供できたら、と思うのである・・・



【今週の読書】
 ありえない! 町工場~20年で売上10倍! 見学希望者殺到! - 久保寛一 総力戦としての第二次世界大戦-勝敗を決めた西方戦線の激闘を分析 (単行本) - 石津 朋之




2021年6月1日火曜日

誕生日に思う(2021)

 毎年6月は誕生月である。今回は57回目となる。昨年同様、誕生日に健康診断を受けたが、健康はますます大事だと実感している(その割にはタバコを吸い始めたりしているが・・・)。健康診断の結果は後日郵送で送られてくることになっているが、とりあえずその場で結果がわかるのが「血管年齢」と「体成分分析」。血管年齢はいいのか悪いのか「実年齢相応」。「体成分分析」は80点満点中78点。ともにまずまずである。日ごろの運動の成果かもしれない。

 57回目の誕生日を迎えてどうかと言うと、実は精神的にはちょっと辛い。今の仕事を7月末で辞めることになってはいるが、そのあとがまだ決まっていない。就活の真っ最中ということで、心穏やかではない。子供は学生で、まだまだ学費がかかる。住宅ローンも70歳まで残っている。されど大手の企業は60歳定年制を採用していて、65歳まで再雇用はあるといっても定年で年収が大きく下がったりする。年齢による影響を受けない仕事がいいが、そんな仕事に就けるだろうか。

 就活とは言っても、最近はやりのネット系人材サービスを利用するのはちょっと気が引ける。年齢的に気おくれする部分が多いからである。そうなると頼りは「人脈」。とりあえず声を掛けているが、意外とみんな助けてくれる。「自分はこうしたからやってみたら」とか、「心当たりに聞いてみる」とか、「今の職場で採用できないか聞いてみる」とか、「こういう風にしたら」とか、自分が友人に相談されてもこんな風には答えられないと思うから実にありがたいと思う。

 学生時代は自分の道は己の力1つで乗り切っていくと息巻いていた。人の力なんか頼りにするべきものではないと。それはそれで、今でもやたらに人に頼るべきではないと思うが、違うのは自分の力には限度があるという当たり前のことに気づいていること。それで助けてほしい時は素直に助けてと言えるようになっていること。考えてみれば、自分も誰かに何かを相談されたらできる限りのことはすると思う。みんな私に対してそう思ってくれているわけであり、ありがたいの一言に尽きる。

 この年になると、娘と息子にどんな人生教訓を残してやれるだろうかとよく考えているが、「友人・知人は大事にしろ」ということは真っ先に伝えたいと思う。「おおよそ人間関係は誠心誠意を持ってあたるべし」というのは日々実感する。「人に裏切られても自分からは裏切らない」というのは鉄則だろう。実際、長年の信頼関係をあっさり断ち切って平気な顔をしている人も身近にいるが、自分は真似をしない。もともと人見知りの性格ゆえ、人脈を広げるのは難しいが、狭い範囲でも接点のある人はとことん大事にしようと思う。

 それにしても「後悔先に立たず」とはよく言ったもの。その時々では最適な選択をしているつもりだが、振り返ってみれば「あの時ああしていれば」ということばかりである。今さら嘆いても仕方がないが、「経験者のアドバイスを求める」ということは、もっとやってもよかったかなと思う。それは息子にも伝えたい。今年、息子が高校生になり野球部に入ったが、3年生の先輩に「今何をやっておいたらいいか」というアドバイスを求めてみたらと、さっそく息子にはアドバイスしてみようと思う。

いろいろ辛いことがあると、ついつい人を羨んでみたくなるが、人は誰もが悩みを抱えているもの。お金を持っていたってそれ以外の悩みがあったりするだろう。避けることができぬのならうまく付き合っていくしかない。
「幸せは気づくもの、不幸はつくるもの」
いつしかそんな風な考え方をするようになっている。辛い部分に目を向ければやりきれなくなるが、幸せだと思う部分に目を向ければ元気も出てくる。「自分はまだマシ」と思うようにしようと思う。

 これから58回目の誕生日まで、どのように過ごすかは自分次第。嘆いて終わるのではなく、良き息子、良き夫、良き父親、良き友人、良き同僚であるように前を向いて目の前の道を一歩一歩、歩いていきたいと思うのである・・・




【本日の読書】
 選んだ道が、一番いい道 - 大宅邦子 総力戦としての第二次世界大戦-勝敗を決めた西方戦線の激闘を分析 (単行本) - 石津 朋之





2021年5月30日日曜日

料理

 最近始めたのは、タバコ以外にも料理がある。と言っても趣味で始めたのではなく、必要に迫られて、である。実家の母親が、よる年波か、腰の痛みもあってか料理ができなくなってきている。まったくではないが、手の込んだものができなくなり、それを父が不満に思い始めているのである。それも無理からぬこと。本当であれば、同居ができれば一番なのであるが、嫁姑戦争が長期冷戦状態ではそれも無理な話。弟が調理師免許を持っているので月に一度でも行って何か作ってやってくれと頼んだが、弟だけに頼るのも如何かと思う。かと言って、自分には料理などできないし・・・

 と思っていたら、いつも観ている「カンブリア宮殿」で、「クラシル」が紹介されているのを観て、「これだ」と膝を打つ。クラシルは、料理の動画サイト。それまでレシピなど見せられても何もできなかったが、動画で作り方まで見せられると「これならできるかもしれない」と思い至る。そしてやってみれば簡単にできる。味もまずくはない。むしろ、「素人がいきなり作ったにしては上出来」というレベル。そこで、週末に実家に通い、夕食を作り始めたという次第である。

 それまでも母の指導の下、カレーを作ったり、「母親の味」であるシャケコロッケを一緒に作ったりということはしていたが、そこまで。単独でメニューを決め、買い物に行き、料理するということはなかったが、これが可能になった。そしてやってみればそんなに難しくはない(と言っても、「難しくない」ものを選んでいるのではあるが・・・)。何より、母親が「何を作ってくれるの?」と楽しそうに待っている姿がなんとも言えない。そして「美味しい」と言って食べてくれるのは、なかなかいい気持ちである。

 料理を作りはじめて気がついたのだが、やはり献立を考えるのは大変である。クラシルでスクロールして「探す」のは簡単だが、何もない中で考えるのは大変である。GWは二泊三日で泊まってこれをやったのであるが、朝は簡単にパンを食べるからいいとして、昼は何にしようと考え、食べ終わると夕食は何にしようと考え始める。メニューが決まったら、冷蔵庫のストックを確認して買い物リストを作り、買い物に行って料理する。食べ終われば後片付けをするが、あっという間に1日が終わる。普通の主婦は合間に掃除洗濯をこなすわけであるから、これは大変である。

 慣れてくれば冷蔵庫のストックを確認し、余った食材からレシピを検索してメニューを絞り込むようになる。食材ロスをなくしていこうと思えばそういう順序になる。さらに余るのを見越せば、次の料理の献立も合わせて考えるようになる。献立を決めて買い物に行っても、特売品などがあれば急遽献立を変更するという芸当も必要になるだろう(私はまだそこまで対応できていない)。いわゆる「主婦の苦労」というものが、ようやく現実問題として実感できるようになったと言える。「慣れ」もあるだろうが、これもなかなか大変である。

 ようやく完成した拙い料理であるが、次に気になるのは「評価」である。母はおいしいだけではなく、「ちょっと塩気が足りない」などど適切なフィードバックを返してくれるが、親父は黙ったまま。もともと私も食べ物に贅沢は言わないタチであり、「出されたものは黙って食べる」のを「美学」としてきたが、作った立場としては、どうなのかというフィードバックが欲しいところ。「出されたものは黙って食べる」のは、作った人に対する態度としては、美学でもなんでもないということがわかる。

 料理をするようになると、平日自宅で食べる妻の手料理に対する見方も変わってくる。妻も結婚当初はオロオロしていたし、初デートのお弁当はお義母さんの手作りだったが、今ではすっかりベテラン主婦で、料理もいろいろとバラエティーに富んでいる。毎食、食卓につく度に「これどうやって作ったのだろう」ということがまず気になる。そして当然、「美味しい」という感想を述べる。と言っても「今さら」なのか、私の評価に対しては無反応である(娘の評価に対しては嬉しそうに反応している)。

 当面は、毎週末の実家通いを続ける予定である。料理だけでなく、トイレ掃除や床の雑巾掛けといった「家庭内重労働」も母はできなくなっており、せめて週に1回でもやろうというところである。男の立場からすると、1ヶ月くらいやらなくても平気であるが、女の立場ではそうもいかないだろうし、できない(やらない)ストレスを溜めてもよくない。昼過ぎに行っては、掃除をし、その時々の雑用をこなし、買い物に行き、料理をして一緒に夕食を食べて帰る。のんびり寛いでいる暇はない。

 ちょっとしんどいところもあるが、「できるうちにできることを」と考えている。親父は昭和の男であり、男子厨房に入らずの世代。今さら料理などできないが、私はまだ頭も柔軟。いつか料理も自分のために役に立つかもしれず、将来への備えとして続けていこうと思う。自宅ではキッチンは妻の聖域であり、勝手にあれこれ使って料理などできない。そんなこともあり、当面、「自分のために」実家で料理の腕を磨きたいと思うのである・・・




【今週の読書】
 アサヒビールで教わった 自分の壁を一瞬で破る最強の言葉: 「いい仕事」はいつも「すごい一言」から始まる! (単行本) - 福地 茂雄 白夜 (角川文庫) - ドストエフスキー





2021年5月27日木曜日

タバコを吸う

 最近、タバコを吸い始めた。と言っても初めて吸ったわけではない。最後に常習的に喫煙していたのは30歳の時であるから、かれこれ26年も前になる。ちょうどその当時、体がたるみ始めてきているのを自覚し、1か月禁煙して毎朝走ることに決めた時以来である。期間限定のつもりであったが、なんとなく吸わなくなるという「休煙」状態でこれまで来たのである。禁煙したわけではないので、たまに吸いたくなって「ちょっと1本」という感じは1年に1度くらいある感じであった。なのでまともに1箱買って吸い切ったというのは、26年振りということになる。

 初めてタバコを吸ったのは、確か高校生になった時。御代田に住む1つ年上の従兄が吸い始めたのを見て、試しに1本となったわけである。一息口に入れるようにしてそのまま肺に吸い込むんだよと教えられ、その通りにしたら思いっきりむせたのを覚えている。ちなみに大学に入ったあと、同級生がタバコを吸っていたのだが、よく見ると口の中に煙を入れて吐き出すだけで肺には吸い込んでいなかった。たぶん、私の従兄のように吸い方を教えてくれる人がいなかったのだろう。従兄は勉強は教えてくれなかったが、酒やタバコを教えてくれた良き兄貴分である。

 なぜ、今になってタバコを吸うようになったのかと言えば、「体が欲した」ということになる。例によって「ちょっと1本」ともらったのはいいが、それがメンソール系のもの。個人的にメンソール系のタバコは好きではなく、改めて普通のものが吸いたくなったのである。もらいタバコで贅沢は言えないが、最近、身の回りの喫煙者はみんな電子タバコに移行しており、「ちょっと1本」ができない。なので思い切って自分でマルボロを1箱買ったという次第である。

 改めて吸ってみれば、やはり「うまい」と思う。それに何となくリラックスする感じがある。その時はその1箱だけのつもりだったが、「もう1箱」が続いている。マルボロは最後に常習的に吸っていた銘柄であるが、学生時代にあれこれといろいろ試した結果である。セブンスターやハイライトなどの国産品からラークやラッキーストライク、フィリップモリスなんかの海外のものも手あたり次第吸ってみたが、その結果、自分で一番好きな味(香り?)がマルボロだったというわけである。なので、今回も迷わずマルボロを買ったのである。

 今さらタバコを吸い始めるとは、なんと時代逆行的なのだろうと自分でも思う。気が付けば今やすっかりタバコを吸いにくい環境になっている。職場でも自宅でも自分の机でプカリという訳にはいかない。職場では外階段の踊り場にある喫煙スペース、家では外に出ている。そういえば、ご近所でも夜、外でタバコを吸っているご主人を見かけるが、今やいずこの家でも愛煙家に紫煙を燻らせる家庭内のスペースはないようである。不動産業という仕事柄、タバコを吸っていた部屋は退去の時にすぐ臭いでわかるし、その臭いはなかなか取れない。家の中で吸わないのは、家を大事にする上でも重要であると思うので外での喫煙に不服はない。

 タバコが体に良くないということについては否定するつもりはない。また、自分に健康志向がないというわけでもない。健康には気を使いたいが、タバコも吸いたい。その矛盾をどうするか。簡単だが、そこは自分でバランスを取ろうと思う。つまり本数を制限するのである。今のところ1日あたり4~5本と己に制限を課している。吸っている人から見れば「なんだそれっぽっち」と思うかもしれないが、制限を課さなければ増え続けるかもしれないし、それこそ健康に悪いかもしれない。また、吸った後の臭いも気になる。当面は、本数制限は維持しようと思う。

 タバコを吸うメリットとしては、今のところ精神安定があると思う。自分自身、何となくリラックス感を得られる。昔吸っていた時にも感じていたが、タバコも吸う状況によって味が変わる。風の強い状況下ではあまりうまいと感じない。だから昔も歩きタバコはしなかったし、なるべく風を避けるようにしている。周囲に人がいないことを確認するのはもちろん、独りゆっくりリラックスして1本、1本の味を楽しんでいる。制限を設けているからこそ、1本、1本を楽しめるのかもしれない。

 26年前との違いは1箱570円という値段だろう。記憶の限りではかつては250円くらいだったと思う。いつの間にかランチ1食分になっている。時代の流れとは言え、仕方ないところなのだろう。このまましばらくは吸い続けることになりそうであるが、人に迷惑をかけなければそんなに目くじら立てることもないと思う。何よりリラックス効果は大きいし、そういう意味では有用である。タバコを吸うか吸わないかという二者択一で聞かれれば「吸う」と答えるしかないが、気分的には喫煙者と非喫煙者の中間的な存在だと自覚している。

 中途半端なところはあるかもしれないが、健康と嗜好のバランスをうまくとりつつ、しばらくは至福の一服を楽しみたいと思うのである・・・




【本日の読書】
 「顧客消滅」時代のマーケティング ファンから始まる「売れるしくみ」の作り方 (PHPビジネス新書) - 小阪 裕司 アサヒビールで教わった 自分の壁を一瞬で破る最強の言葉: 「いい仕事」はいつも「すごい一言」から始まる! (単行本) - 福地 茂雄 クスノキの番人 (実業之日本社文庫) - 東野 圭吾




2021年5月23日日曜日

論語雑感 公冶長第五(その20)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感
【原文】
子曰。甯武子。邦有道則知。邦無道則愚。其知可及也。其愚不可及也。
【読み下し】
子し曰いわく、甯ねい武子ぶしは、邦くにに道みち有あれば則すなわち知ち、邦くにに道みち無なければ則すなわち愚ぐなり。其その知ちは及およぶ可べきなり。其その愚ぐは及およぶ可べからざるなり。
【訳】
先師がいわれた。「甯武子(ねいぶし)は国に道が行なわれている時には、見事に腕をふるって知者だといわれ、国が乱れている時には、損な役割を引きうけて愚者だといわれた。その知者としての働きは真似ができるが、愚者としての働きは容易に真似のできないところだ」
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 足軽から身を起こして天下を統一した豊臣秀吉のエピソードはいろいろある。織田信長の草履を温めたり、高松城攻めとそのあとの本能寺の変を受けた中国大返しだったり。だが、もっともリスキーだったのは金ヶ崎城の戦いにおけるしんがりだったと思う。朝倉征伐に乗り出した信長軍が、突然の浅井氏の離反で挟み撃ちの危機に瀕した時、秀吉(当時は木下藤吉郎)がしんがりを申し出たものである。

 信長をはじめとした本体が撤退するに際し、最後尾にとどまって敵を食い止めるしんがりの役目は時間稼ぎ。失敗しても、否、うまくいっても戦死する可能性は高い。味方のために犠牲になることを厭わない行為である。人は誰でも我が身かわいい。他人のために自らリスクをかぶるのはなかなかできないことである。実力主義の織田軍団において秀吉が出世できたのも、このエピソードがあればこそのように個人的には思うのである。

 現代においては、大企業となるとみんな我が身第一に当然考える。銀行のような減点主義の組織では特に保守的な行動ばかり取るようになる。昔聞いた笑い話では、ある決断を迫られた頭取が、3つの質問をした言う。それは「大蔵省(当時の監督官庁)は何と言っているのか」、「他行はどうしているのか」、「過去の事例はどうだったのか」である。銀行員気質をズバリとついていて、笑い話ではなく実話だろうと思ったほどである。

 そういう組織において、何かトラブルやまずいことが生じれば、当然保身に入る。「自分の責任ではない」ということをまず明らかにしようとするのである。すでにコースアウトしてしまった人や、端から出世に興味のない人(諦めている人)はこの限りではないが、まだ望みのある人にとっては重要なポイントである。そしてそういう人が出世して行く。私もかつて大きなミスをした事があるが、その時直属の上司は見事に保身に走っていた。まぁ、ミスをした張本人としては何も言えないが、そんなものかと思ったのを覚えている。

 人間、物事が順調にいっている時には本当の姿は出ないものだと思っている。誰でも余裕のある時には寛大であり、寛容であり、思いやりに溢れ、友情に熱い。ある知り合いの人は、知人が企業の不祥事で責任者として逮捕・起訴された際、それまで親の代から家族ぐるみのお付き合いがあったにも関わらず、これをきっぱりと断ち切ってしまった。英語のことわざで“A friend in need is a friend indeed.”(困った時の友こそ真の友)というのがあるが、この人にとっては真の友ではなかったということなのであろう。

 不遇の時こそ、あるいは最後の最後になってこそ、その人の本性が出るものだと思う。ある知り合いの知人は、長年経営していた会社を閉鎖することにしたが、従業員は全員解雇した。とりあえず知り合いの会社に雇用は頼んだが、わずかな退職金しか支給せず、困惑した従業員の訴えは冷たくスルーした。平均するとみんな10年以上勤めていたにも関わらず、である。会社の数億に及ぶ資産は換金して独り占めである。従業員によっては次の雇用先との雇用条件があわず、そのまま失業となったがおかまいなしである。心ある経営者なら、せめて退職金をもう少し出してもいいと思うが、ドライな考え方の持ち主のようである。

 これもまたある知人の話だが、お金に困って友人に借金の申し込みに行ったとのこと。まずは会社を経営して羽振りの良い友人に当たったところ、にべもなく断られたという。困って別の友人に頼んだところ、困惑しながらも貸してくれたと言う。決して小さくないお金。貸してくれた友人はサラリーマンで、無理をして貸してくれたようである。お金の貸し借りは、それによって友情も簡単に壊れる。だから難しいところがあるが、それでも金持ちの友人ではなく、普通のサラリーマンである友人が貸してくれたところが世の真理を表している(その後きちんと返したそうである)。

 企業でも業績が危うくなれば、目端の利くものから転職して行く。経営者でも夜逃げしてしまう人もいれば、きちんと頭を下げ、罵倒されながら倒産手続を取る人もいる。最後まで残って社員の身の振り方を見届けてから退職する役員もいる。いい時ばかりカッコつけても、いざという時にその人の本性が現れる。自分がどういう人間でありたいかは、日頃から意識しておかないといけないと思う。窮地に陥った時にこそ「自分ファースト」ではなく、他者に対する思いやりの心も持っていたい。

 その時になってみなければわからないが、自分はかくありたいと思うのである・・・




【今週の読書】
 反省記 ビル・ゲイツとともに成功をつかんだ僕が、ビジネスの“地獄"で学んだこと - 西 和彦 命がけの証言 - 清水ともみ




2021年5月19日水曜日

働くこと

天国は、ある家の主人が、自分のぶどう園に労働者を雇うために、夜が明けると同時に、出かけて行くようなものである。
彼は労働者たちと、1日1デナリの約束をして、彼らをぶどう園に送った。それから9時ごろに出て行って、他の人々が市場で何もせずに立っているのを見た。そして、その人たちに言った、『あなたがたも、ぶどう園に行きなさい。相当な賃銀を払うから』。そこで、彼らは出かけて行った。
主人はまた、12時ごろと3時ごろとに出て行って、同じようにした。5時ごろまた出て行くと、まだ立っている人々を見たので、彼らに言った、『なぜ、何もしないで、1日中ここに立っていたのか』。彼らが『だれもわたしたちを雇ってくれませんから』と答えたので、その人々に言った、『あなたがたも、ぶどう園に行きなさい』。
さて、夕方になって、ぶどう園の主人は管理人に言った、『労働者たちを呼びなさい。そして、最後にきた人々からはじめて順々に最初にきた人々にわたるように、賃銀を払ってやりなさい』。そこで、5時ごろに雇われた人々がきて、それぞれ1デナリずつもらった。
ところが、最初の人々がきて、もっと多くもらえるだろうと思っていたのに、彼らも1デナリずつもらっただけであった。もらったとき、家の主人にむかって不平をもらして言った、『この最後の者たちは1時間しか働かなかったのに、あなたは1日じゅう、労苦と暑さを辛抱したわたしたちと同じ扱いをなさいました』。
そこで彼はそのひとりに答えて言った、『友よ、わたしはあなたに対して不正をしてはいない。あなたはわたしと1デナリの約束をしたではないか。自分の賃銀をもらって行きなさい。わたしは、この最後の者にもあなたと同様に払ってやりたいのだ。自分の物を自分がしたいようにするのは、当りまえではないか。それともわたしが気前よくしているので、ねたましく思うのか』。
このように、あとの者は先になり、先の者はあとになるであろう。
                                (マタイの福音書20)

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 天国と言えば、誰にでも公平・平等で幸せに満ちているところというイメージがある。しかし、この公平・平等というのもよく考えてみれば難しいところがある。それは、「基準」の話である。

 上記のマタイの福音書のエピソードによれば、朝9時から汗水たらして働いた者と夕方の5時に来て同じ報酬をもらうのではあまりにも不公平である。方や1日汗水たらして働いているのに対し、片方はただ来ただけで同じ報酬をもらっているわけで、どちらを選ぶかと問われれば、みんな後者を選ぶだろう。しかし、この物語の主人が語っているように、彼は不正は働いていない。どの人とも同じ条件で約束をしてその通りに履行しているわけで、不公平を訴えているのは朝から働いている人である。ただ、誰もが納得した上で募集に応じているわけで、なかったとすれば「横の情報共有」だけである。

 朝の9時から働いている人が、もし5時に来ても同じ報酬がもらえるとわかっていれば朝の9時の時点では募集に応じないであろう。今回のようなケースが明らかになれば、翌日からは誰も朝の募集には応じないであろう。そうすると、働き手がいなくなるので、次の朝はこういう募集の仕方はやらなくなるだろう。朝から働いた人に1デナリだとしたら、12時に来た人は0.5デナリ、3時からの人は0.2デナリという具合に差をつけるだろう。これこそが資本主義、実績主義である。

 よくスーパーで閉店間際に割引シールが貼られることがある。スーパーとしては売れ残りは避けたいので、割引してでも売ってしまおうと考えるのである。そしてこれを知っている人は、この時間を狙って買い物に行く。同じ買うなら安い方がいいわけである。ただ、これにはリスクがある。その日、その商品がよく売れて割引せずとも売り切れてしまった場合は買えなくなるのである。するとその日の献立にも影響する事態となるわけで、臨機応変が効くなら問題ないが、そうでなければ大変である。

 私が今の自宅を購入した時のこと、そこは全7区画の土地が売り出されており、私が問い合わせた時はあと1区画だけが残っている状態であった。売主の不動産屋も早く売却を決めたかったのであろう、買っていただけるなら「ディスカウントをする」と提案してきた。よくマンションでも最後の1戸を安くしてもらって買ったという話を聞くが、その気持ちはよくわかる。そして我々夫婦はそれに応じたが、おそらくご近所の他の6軒の中で割引を受けたのは我々だけである。

 ただ、狙ってそれができるかというと、そうではない。我が家は偶然の賜物である。もう少し遅ければもしかしたら買い損なっていたかもしれないし、もう少し早ければ(業者も余裕があって)正常価格でしか買えなかったかもしれない。我々だけ割引を受けるのは不公平かと言うと、そう言われても困惑するだけである。それはすべて結果が判明した時点で初めてわかることであり、その時々の時点においてはわかるものではない。逆に言えば、プロセスにおいては公平なのである。

 先日読んだ本に、「労働なくして余暇はない」という言葉を目にした。「労働のない」とは、つまり「失業」ということであり、なるほど失業状態では余暇もない。天国に労働があるかどうかはわからないが、あったとしてもたぶんそれは辛いものではないだろう。それは理想的なものなのであろうか。もしも、上記のぶどう園に誘われたらどうするだろうかと考えてみる。5時に行っても1デナリもらえるとしても、その間どうするか。きっと余暇は余暇でありえないように思うし、たぶん自分だったら朝から働きに行くことを選ぶだろうと思う。それは損得ではなく、労働という報酬を得るためである。

 学生時代、ある水道工事の会社でアルバイトをした。好きな1日を選んで出勤し、報酬はその日の最後に現金でもらえた。確か1日7,000円だったと思う。1日働いて手にした現金7,000円には、何物にも代えがたい喜びがあった。5時に行って7,000円だけもらってもたぶんあの爽快感は得られなかったと思う。そこに価値を見いだすのであれば、両者は公平である。そこには労働を「苦痛」と見るかどうかがあるだろう。「苦痛」と見るなら不公平であるが、それ以外の価値を見出せればそうではない。

 働くことはただ生活の糧を得るための苦行ではなく、生活の糧を得ることにプラスαの価値を得られるものであると思う。経営の楽ではない中小企業ではなかなか難しいが、それでも何もせずに今の給料をもらうのよりはいいと思う。同じ給料をもらうのであれば、朝の9時から働く事を選びたいと思うし、どうせだったら5時に同じ報酬をもらいに来るだけの人よりもより多くの何かを強引にでも得るようにしたいと思う。それが私という人間である。

 マタイの福音書のこの言葉は、自分の労働観を見直してみるのにいい題材だと思うのである・・・




【本日の読書】
 誰もが人を動かせる! あなたの人生を変えるリーダーシップ革命 - 森岡毅 プロレスが死んだ日。 ヒクソン・グレイシーVS高田延彦 20年目の真実 (集英社インターナショナル) - 近藤隆夫





2021年5月16日日曜日

イスラエルの空爆に思う

「心はイスラエルと共に」 中山防衛副大臣がツイート
2021年05月12日22時27分
イスラエルとパレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスの衝突が激化していることに関し、中山泰秀防衛副大臣は12日、「最初にロケット弾を一般市民に向け撃ったのは誰だったのか? 私たちの心はイスラエルと共にあります」とツイッターに書き込んだ。日本政府は両者に自制を求める中立的な立場を取っており、議論を呼ぶ可能性がある。
時事通信社

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 昔からパレスチナには興味があり、それに伴ってパレスチナ問題には関心がある。現在、またハマスとイスラエルの対立が武力行使を伴って起こっている。ハマスがイスラエルにロケット弾を打ち込み、イスラエルが軍事行動で応戦するというお馴染みの行動である。日本人としては中立的な立場で良いと思うし、それ以外にはないと思う。早期の解決が望まれるが、もう1000年も続いている争いだけに、解決も難しいのだろうと思う。

 ところで、今回気になったのは、冒頭のニュース。中山防衛副大臣のツイートを取り上げたものである。ツイートを読むと、中山防衛副大臣はイスラエル寄りの心情だということがわかる。これは私も同感でなんの問題もないと思うが、上記の記事を書いた記者はそうは思わないらしい。微妙なのは、「議論を呼ぶ可能性がある」という表現である。暗に中山防衛副大臣のツイートを批判しているのであるが、そうあからさまには書かず「可能性がある」とごまかしている。マスコミお得意の表現だと思う。

 日本政府は中立的な立場なのに、イスラエル寄りの発言をしていいのかという批判を込めている。しかし、中立の立場と個別の機会の考えは別だろう。いくら中立だからとは言え、ロケット弾攻撃に出たのはハマスであるなら、それは批判されるべきであろう。今回はエルサレムでパレスチナ人とイスラエル警察との衝突に端を発し、ハマスがイスラエルにロケット弾を打ち込み、イスラエルが報復の空爆に出たという図式である。軍事力ではイスラエルが圧倒しており、故にハマスの方の被害の方が大きい。したがって、イスラエル批判が起こりやすいのであろう。

 しかし、中立だから双方に何も言わないというのはおかしいだろう。中立とは、「どちらの肩も持たない」ということで、「何も言わない」ということではない。悪いと思えば悪いと「中立の立場」で批判すればいいだけのこと。パレスチナ人とイスラエル警察が衝突した件について批判するのはいいと思うが、ロケット弾を打ち込むのは明らかに「悪い」ことだろう。それを批判することは「中立の立場」を外れることでも、イスラエルの肩を持つことでもない。逆にイスラエルが先に空爆をしたなら、当然それを批判すべきである。

 また、中山防衛副大臣の発言や考えとは別に、そもそもハマスは「イスラム原理主義」を標榜し、イスラエルに対する武力闘争方針を掲げている組織である。そもそもそこをきちんと理解しないといけない。一方、同じパレスチナの代表であるファタハは「穏健派」である。イスラエルとは利害が対決しているが、その問題を武力で解決しようとはしていない。だからイスラエルもファタハが実効支配するヨルダン川西岸地区は空爆していない。あくまでもハマスが支配するガザ地区だけが対象である。

 ここのところをあまりよくわかっていなくて、イスラエルだけを批判する人たちがいるが、問題の本質を理解する必要があるだろう。なぜガザ地区が厳重な壁に覆われ、イスラエルから締め付けを受けているのかと言えば、それはハマスがロケット弾をはじめとしてイスラエル憎しの攻撃をするからである。それをやめて話し合いで解決する方向に舵を切れば、イスラエルもそうした締め付けを解くだろう。逆に締め付けを続けようとしても、国際社会的にも難しいだろう。

 パレスチナ問題は、あくまでも平和的に解決されるべきものだと思う。それにはまずハマスが攻撃姿勢を解くところから始まるだろう。穿った見方をするならば、ハマスはイスラエルの空爆を誘発し、多数の死傷者が出ることでイスラエルに対する国際世論の批判を呼び込もうとしているとも捉えられる。軍事力で勝てない以上、そうした国際世論を味方につけようという戦略はありうる。私がハマスの指導者であるなら、仲間に多数の死傷者が出るような行動(ロケット弾攻撃)は控えるだろう。

 なんでも「軍事行動=悪」と考える人たちは、表面的なところだけを見てイスラエルを批判する。批判する前にもう少し考えようよと言いたい。なぜならそうした「問題の本質」を理解していないと、当然ながら「問題の解決」には繋がらないからである。イスラエルの空爆を批判してパレスチナ問題が解決するのかと言えばそうではない。我々がパレスチナ問題の解決について何かできるわけではないが、少なくとも「イスラエルに対する批判が高まっています」というマスコミ報道に使われることを避けることはできると思う。

 マスコミも冒頭の記事を見るまでもなく、問題の本質を理解していない記者は多い。深く考えもせずに「イスラエルが悪い」と思ってしまう人が増えることを懸念する気持ちは強い。それこそハマスの「思う壺」だと思う。何も考えずに表面だけ見てわかったようなつもりになって批判するようなことは避けるべきである。

 ところでこの問題、私が生きている間に解決するのだろうかと思ってみる。解決が実現すれば、個人的にはベルリンの壁崩壊と同じ興奮を味わえるように思う。朝鮮半島の統一とパレスチナ問題の解決は、生きているうちに是非とも見てみたいニュースだと思うのである・・・




【今週の読書】
 娘のトリセツ(小学館新書) - 黒川伊保子, 黒川伊保子 JR上野駅公園口 (河出文庫) - 柳美里 誰もが人を動かせる! あなたの人生を変えるリーダーシップ革命 - 森岡毅




2021年5月14日金曜日

不安の正体とそれとどう付き合うか

 キリスト教やイスラム教や仏教など世界的には数多くの宗教がある。なぜ人は神(仏)を信じるのか。専門的に研究している訳ではないから確かなことが言える訳ではないが、その理由の1つに「不安」があると思う。宗教は人間に生じる「不安」に対する1つの「救い」の手段であると思うのである(救いの対象はもちろん不安だけではない)。そしてその「不安」とは、「不幸な未来を迎える可能性に対する恐怖」である。

 これは人それぞれいろいろなものがあり、不安とは無関係に生きることはできないであろう。この春、息子が高校受験を経験したが、受験前にポツリと不安だと漏らしていた。この場合、その正体は「不合格となる恐怖」である。私も経験があるが、絶対に合格するという確証が得られない限りは、この不安からは逃れられない。最終的に息子がこの不安から解放されたのは、第一志望の都立高校に合格した瞬間である。終わってみれば、不安は雲散霧消。いったい何だったのだろうかというくらい他愛のないものになるが、抱えている時は深刻である。

 私も高校受験、大学受験の時にはもちろん不安に慄いたのを記憶している(高校の時よりも大学の時、それも現役の時より浪人の時の不安の方が大きかった)。不安はさらに「孤独」によって増幅される。大学受験の浪人中は宅浪であったから、孤独の中で不安に押しつぶれそうになることもしばしばであった。その後も公私それぞれで大なり小なりの不安を感じてきていたが、今でも記憶に残っている大きな不安を抱えていた時は、夜眠れなくなることも経験した。起きている間中も四六時中不安が脳内を占領し、食事ものどを通らない有様だった。その時はそんな私の異変を子供たちも敏感に感じていたらしいから、相当だったと思う。

 そうした不安からは逃れる術がない。なぜなら、それは可能性に対する恐怖であり、そうである以上、その可能性が消えない限りは解消されないからである。できるのは「緩和」だけである。「緩和」の方法は人それぞれであるが、趣味に没頭したり、誰かとおしゃべりをしたり、あるいは酒に逃れたりするのかもしれない。さらには冒頭に挙げた様に神頼みをするのかもしれない。いずれも不安を解消することはできないが、軽減することはできる。心を許せる友人や家族に話すことで気持ちが軽くなるということはよくあることである。

 私が7年前に人生最大の不安を抱えた時は、近所の神社を訪れた。ふだん、「神仏は尊ぶが神仏に頼まず」が信条の私としては、神頼みはもっとも遠い手段であったが、その時は「神頼み」ではなく、単なる「お参り」であった。朝、早い時間に起きて(目が覚めて)、しんと静まり返った神社の鳥居をくぐり、手水を使い、賽銭を入れて二礼二拍手一礼の参拝手順を守って頭を垂れる。それだけであるが、なぜだかいい結果になる様な気がして心が落ち着いたのである。その時、宗教の大きな意義を感じたのである。友人や家族の暖かい励ましの言葉もいいだろうが、それに勝るとも劣らぬ効果があったのは確かである。 

 受験やスポーツの大事な試合などというものに対する不安であれば、それは自助努力でなんとかできる。不安を緩和する方法は、ひたすら「自分はできる」と思い込むこと、そしてそれを裏付ける努力である。「これだけやってダメなら笑おう」という境地に達することができれば不安はだいぶ解消されるだろう。これに対し、自助努力ではどうにもできないものはどうしようもない。ダメだった場合にどういう対処策を取るかひたすら考えるしかない。

 ダメだった場合、どうするのか。少なくとも準備しておけば、そういう事態になっても動揺することはないだろう。諦めて淡々と準備した対応策をとるしかない。その時、怖いのは「引き寄せの法則」だろう。人は強く思っているとそういう事態を引き寄せてしまうという法則である。考えに考えて準備したがゆえにその望まぬ結果を引き寄せてしまったとなればシャレにならない。ダメだった場合の対応策をある程度準備しつつ、うまくいくと信じてそう思い込めば、不安は解消されるかもしれない。

 幸いなことに、7年前の大きなピンチ以来、大きな不安に苛まれることはない。小さな不安は、私の元々の性質なのかそれほど思い煩うことなくやり過ごせてしまう。自助努力でなんとかなるものについては、そもそもあまり不安を感じないし、感じた時には「できる」と気合を入れるか、「なんとかなるだろう」と気楽にやり過ごすかしてしまう。ただ、会社の資金繰りなどは「不安のモグラ叩き状態」なのは確かである。

 これからも生きていく上で不安を感じることなく過ごすことは不可能だろう。ある日突然やってきて、それはおそらく回避できない。しかし、恐怖心も裏返せば危機回避という点で役に立つ。適度な不安は自助努力を促したりするのにいいかもしれない。逃げられないものであればうまく付き合うしかない。願わくばまた神社に参拝して心の平静さを保つ必要があるような強度の不安にはさらされたくないということである。いつ生ずるかわからない不安に備えては、心の耐性を高めていきたいと思うのである・・・




【本日の読書】
 超訳 ショーペンハウアーの言葉 - アルトゥーア・ショーペンハウアー, 白取 春彦, 白取 春彦 JR上野駅公園口 (河出文庫) - 柳美里 娘のトリセツ(小学館新書) - 黒川伊保子, 黒川伊保子




2021年5月9日日曜日

論語雑感 公冶長第五(その19)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感
【原文】
季文子。三思而後行。子聞之曰。再斯可矣。
【読み下し】
季き文ぶん子しは三みたび思おもいて而しかる後のちに行おこなう。子し、之これを聞ききて曰いわく、再ふたたびすれば斯これ可かなり。
【訳】
季文子は何事も三たび考えてから行なった。
先師はそれをきいていわれた。
「二度考えたら十分だ」
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近年、読んで「目からうろこ」系の感動を覚えたのが、『ベスト・パートナーになるために-男は火星から、女は金星からやってきた-』(ジョン・グレイ)であり、『妻のトリセツ』(黒川 伊保子)である。いずれも女の心理を説明していて、それによると、女があれこれと問題をあげつらっても、それはけっして解決を求めているわけではなく、ただ単に話して鬱憤を晴らしているだけだというもの。私などはついつい問題に対する解決策を提示してしまうが、これはダメらしい。

 女性は問題をウジウジ話して満足するらしいが、私は解決しないと気が済まないタチで、「ならどうする?」といろいろ考えてしまう。最近、実家に行くと母親は田舎にある祖父より相続した土地に絡む問題を私に言う。それに対する解決策はとっくに説明してあるのだが、一向に動く気配がない。それも「話して満足」なのだと思って最近は聞き流しているが、毎度毎度となるとさすがに聞き流すのも限界感がある。まぁ、それでもぐっと我慢して聞き流すしかないのであるが・・・

 そういう解決策であるが、なぜかそう大して時間をかけずともふっと頭に浮かんでくることが多い。もっとよく考えたらもっといいアイディアが出てくるかもしれないと思って続けて考えてみるが、そういう時は大抵大した考えは及ばない。ふと閃いたアイディアが1番であることがほとんどである。なんとなくそういうものは時間をかけてゆっくりと慎重に考えたものの方がいいアイディアが出てくるような気がするが、私の場合はそうではない。

 似たようなケースとしては、買い物がある。私の場合、買い物にかける時間は非常に短い。女性の買い物は非常に時間がかかるものであるが、私の場合は即断即決である。高額なものはあらかじめ考えてから買いに行くので早いのは当然であるが、「目的に応じてその場で選ぶ」式であっても、ほぼ第一印象で決めてしまう場合が多い。迷うのは機能がよくわからなくて目的に叶うかどうかがわからなかったりするような場合である。なんとなく即断即決も気になって、いろいろ見て回っても、結局最初に選んだものに落ち着くケースがほとんどである。

 別に考えるのが面倒だとか、あれこれ比較して回るのが面倒だとかというわけではない(そういう気持ちもあるにはあるが・・・)。ただ、あれこれ考えてそれによってより良い考えに結びつくのであれば時間をかけることも厭わないが、たいていの場合、時間をかけてもかけなくても一緒というものが多い。最終的には「(買って)使ってみないとわからない」というものであれば、時間をかけて考えても結論は出ない。買い物であれば、いざ失敗したとなっても「このくらいの値段であれば諦められる」と思う程度の価格であれば迷う時間が無駄であると思う。

 それがたとえば、失敗したら後悔するような値段であれば、失敗したケースを想定してそれで(気持ちも含めて)リカバリーする方法を思いつくかどうかである。思いつかなければやめればいいし、思いつけば買うのである。そしてそれは、そんなに時間をかけなくてもその場で判断できるものである。となればそれほど熟考しなくても済む話である。買い物に限らずであるが、たいていはそのようにシンプルに考えて判断すればそれほど時間をかけてなんども考える必要はない。

 不思議なもので、考えついてから実行するまでに時間があるものである場合、ふとしたはずみで別のもっと良い考えが思いついたりする。それは風呂に入っている時だったり、土日の朝に目覚めてしばし布団の中でまどろんでいる時だったりする。きっと、深く潜在意識のどこかで考え続けていたのかもしれないが、それは意識して考えたものではない。そんなこともあるからかもしれないが、「これ以上考えても答えは出ない」というところまで一旦考えるからかもしれない。

 孔子の言うように「二度考えれば十分」だと思っているわけではないが、いつの間にかそんな風に何度も考えないようになっているなと自分自身思う。案外、得てしてそういうものであり、孔子も何度考えても同じ結論にしかならないということを言っているのかもしれない。それが万人に当てはまる真実かどうかはわからないが、私自身としては言われるまでもなく自然に行っていることであり、これからもそうし続けることだろう思う。それがさらに孔子のお墨付きとなれば、なお安心して続けたいと思うのである・・・




【今週の読書】
 ママの仕事はデリヘル嬢 - 長谷川 華 超訳 ショーペンハウアーの言葉 - アルトゥーア・ショーペンハウアー, 白取 春彦, 白取 春彦 ビジネスの未来――エコノミーにヒューマニティを取り戻す - 山口 周




2021年5月6日木曜日

立ち退き問題雑感

 品川区にある実家の一角は、数年前から道路拡張のため立ち退きを要請されている。しかし、実家の両親をはじめとして、ご近所には困惑している家が多いらしい。「年も年だし、今さらどこへ行けと言うのだ」というものである。中にはあからさまに反対の声を挙げているところもあり、先日実家に行くとその主張の張り紙があった。「不要な道路整備に使う3,000億円の税金を新型コロナ対策などの感染症対策に使え!」というものである。内容的には至極尤もであると思う。

 しかし、これを見ながらつらつらと考えてしまった。「理屈はその通りだろうが、たぶんお役所的には受け入れられない理屈なのだろうな」と。私には役所勤めの経験はなく、したがってお役所の理屈などわかろうはずもないが想像はできる。たぶん、このもっともな主張に対する回答は、「予算が違う」というものであろう。道路整備と新型コロナ感染症対策とでは予算が違う。国の予算はあらかじめ決められた通りにしか使えない。だから「あっちのお金をやめてこっちに」とはいかないだろう。

 そもそも国の税金はみんなが納めた血税であるから好き勝手には使えない。あらかじめ予算を決め、国会の承認を得て使途が決められるものである。したがって、道路整備に使うといって許可を得たお金をコロナ対策には使えないだろう。もしも使うとすれば、道路整備の予算を減らして新型コロナ感染症対策の予算を増やすという作業が必要になるに違いない。それは言葉では簡単だが、実際の承認手続きとなれば膨大かつ面倒な事務作業がかかるに違いない。

 その昔、宿泊を伴う出張の際、一泊いくらという金額が決められていた。実際の金額ではなく、一律の金額が支給されるのである。それを上回る宿泊費がかかれば差額は自腹であるが、下回ればお釣りが出る。となればみんな安い宿に泊まろうとするのは人情である。ある半官半民組織に出向していた時は、出張旅費は正規の価格で請求し、実際は格安チケットで差額をポケットに入れている人たちがいた(私は断れない時=一緒に行く時以外はやらなかった)が、個人であればそんな工夫をしたりするのである。

 しかし、国の予算の場合は差額をポケットに入れるなど到底許されない(もっとも警察などでは裏金づくりなんかが行われていた時もあったようであるが・・・)。差額が出れば次の予算を減らされてしまうから、年度末に予算の駆け込み使用があると聞いたことがある。当然、余らせて他に使うということができない。素人考えではあるが、個人的には差額を次年度に繰り越すことが認められたら、税金の使われ方ももっと効率的になるような気もする。しかし、現行ではそうはいかないのだろう。

 「不要な」というのも、実に曖昧である。最近ではコロナ対策で「不要不急」という使われ方をしているが、外出する人にはそれなりの「必要」があるわけで、解釈の仕方次第でなんとでもなる言葉である。もちろん、「道路が必要な理由」の説明を求めたら、いくらでも流暢に説明してくれるだろう。ただ、それは立ち退きを求められている住民からしたらどうでもいい「不要」な理由にしかならないだろう。面白いものだと思う。

 実家の張り紙も「道路問題しながわ連絡会」なる名称がつけられているが、どういう人たちが組織しているのかも興味深いところ。共産党の人が随分話をして回っていたようであるから、もしかしたらその手の人たちが中心にいるのかもしれない。そうすると、本当に立ち退きを迫られている住民の人たちの味方なのかどうかも微妙な気がする。政権攻撃に忙しい共産党であるから、もしかしたら何らかの自分たちの政治的意図に基づいてやっているのかもしれない。

 「立ち退けと言ってもどこへ行けばいいのか」という不安に両親は駆られている。しかし、国の事業というのは一方で「時間がかかる」という特徴もある。私としては、「しばらく放っておいて大丈夫」と言っている。聞けば契約したら2年以内に立ち退いてほしいということだったから、まず契約を引っ張るということができる。年寄りである事を逆手に取れば、ダラダラ引き伸ばしが図れるだろう。折からのコロナ禍にあっては、余計に役所も何も言えないだろう。そうこうするうちに、いざ立ち退きという時には、老い先短い両親は十分に慣れ親しんだ家で暮らし、この世にいなくなっているかもしれない。

 それにしても、現在根拠となっている道路計画は、戦後間もなく策定されたものだという。両親が今の家を買ったのが40年前で、その時「道路計画予定地」になっていることの説明を受けている。そんな古臭い計画をようやくやろうとする役所の根性も大したものだと思う。たぶん、計画が完成するまであと50年くらいかかるかもしれない。その時は、両親どころか私も新しい道路を目にすることはできないだろう。まさに国家百年の計とも言える。

 国家事業の良し悪しを論ずるつもりはないが、まぁ気長に見守っていきたいと思うのである・・・




【本日の読書】
 ママの仕事はデリヘル嬢 - 長谷川 華 虞美人草 (角川文庫) - 夏目 漱石