2026年8月30日日曜日
論語雑感 郷党第十 (その6)
2026年8月26日水曜日
平凡な日々がいい
平日は毎日6時に起きて、髭を剃ったりゴミの日にはゴミを出したりし、ヨーグルトの朝食を取りながら朝の読書をする。それから出勤。電車の中では主にビジネス系の本を読み、仕事をして帰りには主に小説を読みながら帰宅する。両親のために食事の支度をして一緒に食べ、それから寝るまでの間、自由時間を楽しむ。「判で押したような」と言えば言える毎日を送っている。若い頃はそんな毎日を送るのは耐え難く、常に何らかの変化を欲していたが、今はそういう毎日を愛おしく思う。
そんな毎日を「つまらない」と言われるかもしれない。言われてもそれに対する反論は持ち合わせていない。ならばそういう毎日を諦めているのかと言われればさにあらず。そういう「判で押した」毎日こそが大事だと思う。もちろん、それだけで終わっているならいつか耐えきれなくなるのかもしれない。しかし、週末は好きな映画を観たりラグビーをしたりと平日とは変化があるし、年に数回は温泉に行ったりしている。そういう至福の時間も持てている。それで十分だと思う。
その昔、一緒に働いていた同僚は、一日の仕事が終わると、「今日も良いことがなかった」とボヤいていた。しかし、「悪いことだってなかっただろうし、それでいいじゃないか」と私は毎日心の中で反論していた。どこに焦点を合わせるかという話かもしれないが、私はどちらかと言えば「コップに半分“も”水が入っている」と考える方であり、「良い事がない」よりも「悪い事がない」方を選ぶタイプである。なので何の心配もなく夜布団の中で目を瞑る事ができる平凡な日々をありがたく思う。
そんな私だが、過去に何度か不安で夜眠れない経験をしたことがある。不安とは誠に厄介なもので、「(悪い事態が)起こるかもしれない」という予想であるが、実際に起こっているわけではない。されど起こった時の状況を想像するだけで苦しくなるものである。起きている間中、その不安が心から離れない。何をしても集中できない。ようやく夜、眠りにつくが、不安で眼が冴えたり、せっかく眠れても不安な夢を見て夜中に目が覚めてしまう。私の性格からして誰にも辛い心中を打ち明けられない。
逃げ出したくても逃げる場所はなく、12年前は毎朝近所の神社に行き、頭を垂れて心の平安を得ようとした。神頼みは意味がないと常日頃考えているが、神社の厳粛な雰囲気が心を落ち着かせるという効果をもたらした。その間、ブログも中断している。そんな心境ではなかったのである。5年前はそこまで酷くなく、会社の事業展開のために銀行借入の連帯保証人になる事になり、万が一の時には財産を失う恐怖に震えた。それなのに突然の社長の裏切りで失業に瀕したわけで、連帯保証の恐怖と失業の恐怖とがダブルで襲ってきたのだった。それでも「神に祈れ、だが岸に向かって漕ぐ手は緩めるな」というロシアの格言の心境が多少の救いになっていたところがある。
そうした経験を経て思ったのは、人生至福の経験も大事だが、こういう不安に怯える日々は過ごしたくないという気持ちである。夜中に不安な気持ちが高ぶって目が覚める事ほど耐えがたいものはない。人生山あり谷ありと言われるが、山低くとも谷が浅いに越したことはない。そこに重きを置くがゆえに、何も起こらない平和で平凡な日々が愛おしいのである。もちろん、山は高い方がいいが、富士山でなくても高尾山くらいがいくつかあるほどで十分だと思う。今年の夏休みも万座温泉に行ってこられたし、それが何よりである。
人を羨めばキリがない。友人知人の中には私よりも金を稼いでいる者がいるし、頻繁に海外旅行に行ったり、高級車に乗ったり(個人的にはあまり高級車には興味はそそられない)、夫婦仲が良かったり(これはかなり羨ましい)しているのを見ると羨ましいと思う。自分もできるだけ欲望に沿うように生きたいと思うし、そのための努力はしたいが、だからと言って足元の平凡な1日1日を嘆くつもりはない。ほとんど記憶にも残らないようなこうした平凡な毎日こそがありがたいと思う。
こうした心境は、「勝つ事よりも負けない事」を重視するものかもしれない。負けなければいいという考え方は消極的かもしれないが、勝つ事よりも重要だと個人的には思う。それは弱者の戦略かもしれないが、生き残り戦略としては正しいものの一つである。6600万年前の生物の大量絶滅期に生き残ったのは強いものではなく、むしろ弱いものであったようだし、自分が弱者であるとは思わないが、人に羨ましがられる強者でなくてもいいと言うのが正直なところである。何よりも心の安定を維持していきたいし、そこに重きを置くのであれば、平凡な毎日はそれを満たしている。
いずれ海外旅行にも行こうと思う。国内でも石垣島には行きたいし、非日常の楽しみは追及していきたい。そしてそのためにも心穏やかに暮らせる毎日を大事にしたいと思う。平凡な日々を恥じることなく過ごしたいと思うのである・・・
2026年8月23日日曜日
国立科学博物館
昨年、群馬県立自然史博物館を訪問し、その流れで東京の国立科学博物館にも行こうと思っていたのだが、週末はラグビーと家事とに追われる日々を過ごしているうちに、何となく1年過ぎてしまった。そこで先週末に上野にある国立科学博物館に行ってきた。数えてみれば前回の訪問からは16年ぶり、通算3度目の訪問である。個人的には何度行っても飽きない場所であるし、何度でも行きたい場所であると思う。何やら特別展をやっていたが、そういう特別展よりも、むしろ通常の展示の方が私の趣向にはあっているのである。
入るとまずはフーコーの振り子が迎えてくれる。初めて行ったのは小学校の時だったと思うが、このフーコーの振り子が強く印象に残っている。その振り子だが、入った時は14時のところを指している。これもよくよく考えてみれば不思議である。フーコーはこれによって地球の自転を証明したとされる。重い振り子を用いることによって地面とは別の動きとなり、自転によって地面が動くことで振り子が動いているように見えるというもの。よくこういうことを思いついたものだと思わざるを得ない。
日本館では、田中久重の発明品の数々が目に付く。前回も見たかどうか記憶にないが、幕末から明治にかけての時代にこれだけのものを発明したというのは凄いと思う。このコーナーは「測る」というテーマで、距離や時間や重さや長さなどをどのように測ってきたのかが展示されている。今はしっかりと度量衡が定められているから我々は何の躊躇もなく距離や時間や重さや長さなどの話ができる。これも先人のおかげではあるが、我々が恩恵を受けていることだと思う。
群馬県立自然史博物館へ行った時は、生命の歴史に興味があったからだが、今回はそれほどの興味の対象があったわけではなく、何となく漠然と見て回ったのが正直なところ。全体として、前回の記憶とはかなり異なっていることに気付く。おそらく、定期的に展示内容を変えているのだろう。前回、目についた零戦の展示がなくなっていた。どういう基準なのか興味深いところである。それでも恐竜コーナーは相変わらずで、人の多さから見ても人気コーナーなのだろうという事が窺われる。
博物館となれば、展示の基準は人気のあるなしではないと思うが、それでも人気のあるコーナーは充実させようという意図が働くものだろう。個人的には恐竜の骨よりも人類の進化の方に目が行ったのは事実である。猿人と呼ばれるところから少しずつ進化を遂げていく。アウストラロピテクスなどお馴染みのものもあり、長い時間をかけてホモ・サピエンスに近づいていく。展示を見るのは簡単であるが、骨の発掘から調査して結論を得てという気の長い作業の結果であり、考古学というものの奥深さを感じさせられる。
今回、ちょっと興味を惹かれたのは、コンピュータの進化過程。旧国鉄で座席の予約システムが全国規模でできるようになった時のシステムが展示されていた。今では当たり前のように思うが、それまで人力に頼っていた座席の予約が一気にできるようになったのがいかに画期的だったのか、解説を読んで改めて思わされた。と同時に、それを人力でやっていたという方がすごい事のように思う。当時の様子がどんなだったのか、詳しく知りたいとすら思う。たまにこういう経験もいいと思う。帰ろうとしてフーコーの振り子のところまで戻ってくると、振り子は17時半過ぎの位置で動いていた。見ている間に地球は休む事なく自転していたようである。もう少し時間をかけて一つ一つじっくり見たかったなというのが正直なところ。しかし、それにあたって最大のネックは疲労かもしれない。途中で少し休憩したが、それでも最後はかなり疲れてしまった。あるいは、日本館と地球館とを別日にして見学するのも手かもしれない。
博物館も各地にあるし、それぞれ特徴もあるのだろう。少し調べてみて、全国の博物館巡りも面白いかもしれないと思う。意識して時間を作り、己の知的好奇心に刺激を与え続けたいと思うのである・・・
2026年8月19日水曜日
映画『ロストケア』を観て考える
毎週末の映画鑑賞を趣味としているが、先日、『ロストケア』を観た。松山ケンイチと長澤まさみが主演のこの映画、高齢者の殺人を巡って検事と被告とが対峙するというもの。なかなか考えさせられるものであった。物語は松山ケンイチ演じる介護施設の職員が、自ら勤務する施設の高齢者41名を殺害するというもの。被疑者である主人公は、逮捕されて長澤まさみ演じる検事の取り調べに対し、「殺人ではなく救いだ」と語る。というのも、殺害された高齢者は認知症も進んでいて、その介護が家族に重くのしかかっていたもので、亡くなることによって家族が介護から救われ、自分の人生を取り戻せているという主張である。
実際、その例として前半でとある老人の様子が描かれる。介護スタッフが訪問して体を拭いたりする。本人は話し掛けても返事もせず、されるがまま。食卓には食事後の食器がそのままになっている。そこへ娘がやってきて、食卓を観て一瞬戸惑うも、後片付けを始める。娘には子供がいてその送り迎えもあり、父親とは別れたようで生活のために仕事もしている。すべてワンオペで、介護スタッフはその様子を見て「限界だね」とささやき合う。父親が亡くなった(殺された)あと、ゆとりができたその娘は子供との会話にも笑顔が生まれ、再婚の話も進む。殺人は確かに悪であるが、果たしてそうなのか。娘は確かに「救われている」のである。
人を殺すことが良くないことは当たり前のことで疑う余地もないことである。十戒にも示されている通り、人類共通の価値観である。しかし、この映画では本当にそうかと問い掛けられる。人類共通の価値観とは言え、そこには例外もあって、国家によって行われるもの(戦争、死刑)や法律によって認められるもの(正当防衛、緊急避難)などの例外はある。ここではそれに当てはまらないものである。それはすなわち法的には違法行為であり、だから主人公も逮捕される。最終的な刑は明らかにされないが、極刑でもおかしくはないのだろう。しかし、その動機は確かに「救い」である。
主人公をその行為に走らせたものは、自分自身の経験。父親の介護に携わり、介護離職を余儀なくされ、生活保護も「働けるでしょう」と断られ、困窮の結果、父を殺している。以前、同様に介護で困窮した息子が母親を殺害(心中未遂)したという事件があった。この映画の主人公も同じ境遇である。個人でできる限りのことをして、それでもどうにもならなくなっての行為である。おそらく、殺害された父親も感謝こそすれ恨みはしないだろう。むしろ、可能であったなら自ら命を絶っていたかもしれない。そうした経験があるからこそ、同じ苦しみを味わう他人の姿を黙って見ていられなかったのだろう。
そんな主人公と相対する検事は、主人公の行為を糾弾する。それは当然であるが、検事もまた認知症になりかかっている母親がいて、しかしながら立派な老人施設に預けている。ギリギリまで自分で介護を余儀なくされた主人公と、月に何度かお菓子をもって訪問するだけの検事。その対比が何とも言えない。立派な施設に預けられる人は理想論を唱えられる。しかし、そうでない人にとって理想論は空虚である。生活保護もやたらに認められないのは当然であるが、介護で働けない主人公に「働けるでしょう」と言って申請を却下する担当者の姿にはやりきれないものがある。
仮に主人公の父親が認知症ではなくてしっかりとした意識があり、動けなくなった自分を介護するために息子が困窮していくのを見ていたらどう思うであろうか。それでもし父親が息子のために自ら命を絶とうとしたら、それでも「自殺はいけない」と言えるのだろうか。この映画のように困窮した息子が父親を殺害した行為を罪に問えるのだろうか(現実の事件ではさすがに執行猶予の温情判決が出た)。もちろん、そこに至るまでに何とかしないといけないというのは正論だが、現実にその正論が機能するかは疑わしい。誰もがこの映画の検事のように立派な介護施設を利用できれば問題は何もないわけである。
「救う」という動機が善だとしても、やはりそれを何の権限もない個人が勝手にやっていいという事はないし、何より41人という数字は異常であるし、主人公が罪に問われるのは仕方がない。しかし、そうした要素を除いたとして、この映画の「救い」が本当に糾弾されるべきなのかは難しい。少なくとも長澤まさみ演じる「恵まれた」検事が主人公を糾弾する姿には違和感を禁じ得ない(本人もまたそれを感じているように描かれてはいるが)。実際のケースとスレスレではあるが、映画は時にいろいろな事を考えさせてくれる。いつか自分事になるかもしれず、観終えて重いものが残った映画である。
これから高齢化社会に拍車がかかる。何より自分の番がもうそこまで迫ってきている。寿命が長くなるのは本当にいいことなのか、何となく考えずにはいられない。主人公の姿が自分の息子の未来の姿にならないようにしたいと切に思う。そこに至る前に、寿命が尽きてほしいと思うし、いざとなったら自分で自分の人生に終止符を打つ選択肢も選べるように意識を保っていたいと思う。それと同時に世の中の「進歩」にも期待したいと思うのである・・・
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| 映画『ロストケア』より |
【本日の読書】
2026年8月16日日曜日
論語雑感 郷党第十 (その5)
2026年8月12日水曜日
マリッジリングを外す意味
昔、映画やドラマのバーとかの中でのワンシーンで、男がマリッジリングを外して女性を口説きに行くシーンがよくあった。映画やドラマはある程度誇張する部分があるからなんとも言えないが、自分は結婚したらマリッジリングをずっとつけていようと思った。例えそれが他の女性を口説きに行く時でも、と。私は変なところで「常に堂々としていたい」という気持ちがあり、女性を口説きに行く時にマリッジリングを外して(独身のフリをして)口説きに行くのは男らしくないという感覚があったのである(そもそも口説きに行く時点でアウトだという意見はこの際なしにする)。
マリッジリングを外して口説きに行くのが、ドラマ的にはカッコいいと創り手の方では思ったのかもしれない。しかし、よくよく考えれば、ぜんぜんカッコよくないだろうと感じていたのである。コソコソと指輪を外して、独身のフリをして口説くなんてチンケな男ではないかと。それに若いうちならいいが、男も妙齢になってくると、逆にその年で独身なのかという方がおかしいようにも思う。その場合、「結婚もできない男」と思われる可能性だってある。もちろん、訳アリというケースだってあるから状況はさまざまかもしれない。
映画やドラマでは、その夜限りのアバンチュールのためにだけリングを外すということかもしれないが、女性の方にしたって、リングがあるかないかを気にするという事は、真剣交際を考えるという事だろうから、そういう女性をそもそも口説けるのかということもあるし、そんなことまで考えない軽いノリの女性ならリングのあるなしを気にするだろうかということもある。映画の中の象徴的な意味合いでリングを外すという「演出」であるなら理解できるところであるが、実生活では意味があるのかという感じがする。
もっとも、一時的に家庭を忘れるという自分自身の精神的な意味合いならわかる。相手を偽るのではなく、自分に巻かれた鎖を解きほどくという意味合いである。よほどひどい男や無感覚な男ならともかく、普通の感覚の妻帯者なら罪悪感を持つわけで、その罪の意識と快楽との境界線の葛藤をリングを外すという行為で乗り越えるという意味合いなら理解できる。女性には理解できないかもしれないが、それが男のどうしようもない本能なのだろうと思う。
結婚した時に、何があっても外さないと決めたマリッジリングであったが、いつしか外してしまった。それは他の女性を口説こうとしたのではなく、妻との関係にもう嫌気がさしたからに他ならない。昨年、別居することにして家を出たが、もうその何年も前からリングを外している。たぶん、自宅に残してきた机の引き出しにまだ入っていると思うが、大事にしまっているというものではなく、とりあえず入れとこうと無造作に突っ込んだ記憶がある。その時すでにもう心は妻から離れてしまったのである。なんでそうなったのかはもうどうでもいい事である。
これからは堂々と女性を口説けるわけであるが(と言っても正式な離婚はもうちょっと先である)、ではと言って相手を探す気は毛頭ない。もう誰かと一緒に暮らすのはごめんだという気持ちが強く、このまま同居している親が亡くなった後は独りで暮らしたいと考えている。そもそもバツ2、バツ3という人の話を聞くが、最初の結婚の破綻で何を学んでいるのだろうと思ってしまう。相手を替えれば変わると思っていたならそれは短絡的としか言いようがない。せめて最初の結婚の教訓を活かして2度目でうまく行くところまでだろう。
ずっとこだわってきたゆえに、マリッジリングを外すという意味は私自身にとって大きな意味を持ち、以来、子供と一緒にその母親と暮らすという意味合いで家庭生活を送ってきた。私にとってその時から、一緒に暮らしている女性は「我が子の母親」であった。もう一緒に暮らす事はないが、「子供の母親」との一定程度の付き合いは生涯続くだろう。それにしてもあのマリッジリングはどうすべきだろうかと思う。捨てるのにはなんとなく抵抗がある。それは結婚の証という「象徴価値」ではなく、単に何万円かしたものという「物価的価値」からもったいないと感じるのである。さりとてもうはめる事はないし・・・
外したはいいが処分に困る。今になってみれば厄介なものに他ならない。いつか夕陽が沈みゆく海に向かってカッコよく投げるのもいいかもしれないと思う。そんなことを候補の1つにして、結婚生活の証の処分については、これからゆっくりと時間をかけて考えていきたいと思うのである・・・
2026年8月9日日曜日
万座温泉2026
ここのところ夏休みに温泉に行くのが恒例になっている。今年もまた昨年に続いて万座温泉に行ってきた。元はと言えば、母親を好きな温泉に連れて行ってあげようというところから始まった温泉巡りであるが、いつしか温泉に入るのが自分自身の楽しみにもなっていて、一石二鳥というわけである。人に話すと「夏に温泉?」と驚かれるが、万座温泉は標高1,800mに位置していて、「星に一番近い温泉」とも言われているらしいが、朝晩涼しくて入浴には程良いのである。ラグビーであちこちガタが来ている体には心地よい。
大体のパターンは決まっていて、夕方チェックインすると母はすぐに入浴、私は周辺の散策である。今回は昨年に引き続き万座亭に宿を取ったが、途中で見かけた牛池へとまずは向かう。なんの変哲もない池であるが、トンボが無数に飛び回っている。昔、小学生の頃、長野県の御代田に住んでいた従兄弟のところに毎年春夏の休みを利用して2週間ほど遊びに行っていた。その頃、外へ出ればトンボもたくさん飛んでいて、捕まえてみたりしたこともある。そんなことも思い出される。
入浴はいつも3回。夕食前後と翌朝である。夕食前は通常の入浴と同様、体を洗って汗に塗れた体を洗いながす。夕食後はただ、湯に浸かるだけ。どちらも露天風呂に入る。万座温泉は周辺に硫黄臭が漂っていて、気分を盛り上げてくれる。乳白色の湯はもちろん硫黄臭付きでゆったりと浸かると何より体に溜まった疲労が抜けていく感じがする。ラグビーの影響で慢性的な痛みを抱える首と肩と膝は入念に動かして湯治気分に浸かる。夕方は澄んだ空気、夜は真っ暗な夜空がさらなる演出を加える。
部屋にはエアコンがないが、うっかり窓を開けて寝ると寒くて目が覚めそうである。この時期でも布団をかけて寝られる。布団の中はたちまち温泉臭に包まれる。翌朝、朝食前に朝風呂。澄み渡った青空の下で湯に浸かる幸せ。こうして母を連れて温泉に行けるのも後何回だろうと考えてみる。すでに衰えた記憶力と思考力では浴場から部屋に戻ることすら不可能になっている。一緒に入って背中を流してあげることはできないが、せめて浴場と部屋の往復には付き添ってあげられる。それしかできないが仕方がない。
この頃、遠出をするのを嫌がるようになった親父は、1週間前から毎日「週末は温泉」と言い聞かせてきたが、今回もやっぱり朝になって「聞いていない」と言い出す。機嫌も悪くなり、無理に連れていくこともないと諦めた。弟も呼んで家族4人これが最後の家族旅行かと思っていたが、残念ながら1人ドタキャンで料金も戻ってこない。家族4人の家族旅行は残念ながらもう無理かもしれない。弟と2人で親父の分の夕食を食べながら、そんな話をする。
チェックアウトして山を降りる。途中、草津へ抜けるルートは火山の噴火の影響で休憩所が封鎖されてしまったが、快晴の下眺めはいい。ただ、運転が上手いと自称する弟は景色を楽しもうという気持ちはサラサラなく、一気に降りてしまう。母と2人の時は、ところどころで車を止めて景色を楽しむだが、弟には風流を解する気持ちがない。そして望月へと抜け、祖先の墓参り。母方の祖父母と伯父と親戚とが眠る。子供の頃遊んでもらったおじさんがどういう関係だったのか、改めて知る場所でもある。小学生の頃、親に連れられて遊びにきた祖父母の家はすでになく、見知らぬ人が家を建てている。子供の遊具などがあり、たぶん若い夫婦が住んでいるのだろう。50年前にここに住んでいた人のことなど想像もできないだろう。あさま山荘事件のニュースもリアルタイムでこの祖父母宅で見た記憶がある。裏山に上り、見つけた風船にくくりつけられていた手紙に返事を出し、しばし文通した記憶もある。個人情報の緩やかな良き時代の思い出である。
暑さが満ちた東京に帰ってくる。温泉はまだちょくちょく行こうと思うが、万座温泉はまた来年になるだろう。母とはいつまで一緒に行けるだろうか。一期一会ではないが、毎回これが最後かもしれないという思いで可能な限り続けていきたいと思うのである・・・
2026年8月5日水曜日
東野圭吾
我が目を疑うというのはこのことを指すのだろうかと実感したのは、「東野圭吾さん死去」のニュースに接した時である。こうしたニュースに間違いがあるとは思わないが、まず浮かんだのは「本当なのか、誤報ではないのか」という感情。年齢的にはまだまだそんな歳ではないと思っていたが、68歳と聞いてまだ十分若いと改めて思う。現代ではまだまだお亡くなりになるような年齢ではない。大腸がんとのことであるが、がんも現代では必ずしも不治の病ではない。それでも亡くなったということは、いろいろと現代の医学でもダメな理由があったのだろう。非常に残念である。
初めて東野圭吾作品に触れたのは、どれだったかもう記憶にない。おそらく原作を読むよりも映画が先だったように思う。記憶を辿っていくと、たぶん映画『秘密』あたりだろうと思う。事故で亡くなった妻の意識が娘に移ってしまうという奇想天外なストーリー。最近、ネット漫画で『妻、小学生になる』というのを読んだが、コンセプトとしては同じだと感じたものである。単純に妻と娘が入れ替わったドタバタ騒動ではなく、深い人間ドラマに心打たれたのを覚えている。そのあとすぐに原作小説に手を出したのも覚えている。
東野圭吾と言えば、ミステリー作家ということになるのだろうと思う。しかし、どうもそこに入りきらないように思うのは、上記の『秘密』だけでなく、やはり映画化された『手紙』も心打たれるものであったからである。よく小説を映画化した作品は、「観てから読むか、読んでから観るか」は迷うところ。しかし、東野圭吾は基本的に「読んでから観る」方であった。もっとも、最初の頃は読む方に手が回らなくて、『レイクサイドマーダーケース』や『g@me』などは観る方が先行した。『手紙』は原作を読んでから映画を観ているが、これも心打たれるというか、切ない物語である。
読み始めて東野圭吾が「お気に入り作家」になるのに時間はかからなかったが、ガリレオシリーズや加賀恭一郎シリーズのように、同じ人物を主人公にしてシリーズ化するというのも東野圭吾の特徴的なところである。ガリレオは物理学者が警察と協力して事件を解決していくというもの。何より毎回手の込んだトリックに圧倒された。『容疑者Xの献身』が最高傑作と言われているが、確かに物理学者と数学者の間で交わされるトリックは予想外の連続。そしてそこに人間ドラマが加わる。よくこんな筋書きを考えられるなという驚きの連続であった。
私の場合、好きな作家は何人もいる。浅田次郎、池井戸潤、百田尚樹、藤沢周平などであるが、小池真理子と東野圭吾はその筆頭である。小池真理子は文章に惹かれ、東野圭吾はストーリーに惹かれているという違いはある。ただ単に巧妙なトリックに感心させられて終わりというのではなく、真に胸に迫る人間のドラマがなんとも言えない味わいを残す。それは高校野球で3年間ずっと補欠だった選手が、最後の試合の同点で迎えた9回裏一死満塁サヨナラ負けのピンチにライトの守備を命じられ、直後に上がったライトフライからのタッチアップをライナーの返球でホームでアウトにし、味方のピンチを救ったようなドラマである。彼の3年間の努力がその返球だけで報われたというようなものだろう。
そうした人間のドラマは、いろいろな作品の中に散りばめられていたと思う。『ナミヤ雑貨店の奇蹟』もミステリーというよりもそんな人間ドラマの塊のような物語であったし、スリリングなはずの『天空の蜂』は、福島の原発事故の予言のようで、むしろそちらに驚かされた。ガリレオシリーズや加賀恭一郎シリーズも本当の魅力は、そこで描かれる人間ドラマであったようにも思う。自分だったらどうするだろうと考えながら読むことしばしば。帰宅時の電車の中で読むことが多かったため、乗り過ごすことも多々あった。そういう意味で、私にとっては「電車間中で読むのは危険な作家」であった。
遺作となるガリレオシリーズの最新作が発売されたようである。もうそれで終わりだと思うと、読むのを憚れる気持ちがする。主要な作品はほぼ読んでいるが、まだ読んでいない作品もあるので、それらもいずれ読破したいと思う。また、どの作品ももう一度読みたいと思うので、各シリーズも最初から読み直すのもいいかもしれない。当たり前のように続くと思っていたものが途切れる無念。この喪失感は大きい。それでも2度読み3度読みも含めればまだまだ楽しむことができる。改めてそういう作品を世の中に送り出してくれた事に感謝したいと思うのである・・・


2026年8月2日日曜日
論語雑感 郷党第十 (その4) 入公門章










