2024年6月5日水曜日

銀行員の仕事

 私は新卒で銀行に入り、25年間勤めた。ほとんどを融資部門で過ごし、いろいろな企業を担当させてもらい、それなりに充実した仕事ができたと思う。そもそも銀行を選んだのは、大学時代に法学部で法律の勉強をしていて、経済の事はまるでわからなかったので、「銀行に入ればお金、すなわち経済のことがわかるだろう」という実に安易に考えたからであった。たとえ辞めてもその経験をいかしてどこかの会社の経理部長くらいは務まるだろうとも。今の仕事はまさにその経理部長(実際は人事部も含めた総務部長だが)として日々働いているから、まんざら想定外というわけではない。

 民間企業の総務部長になって、今度は取引銀行の担当者と逆の立場で対峙するようになった。融資のある取引銀行は7行。我が社の規模からするとちょっと多い。3行くらいが理想的であるが、まぁ仕方ない。銀行員から逆の立場になってみると、いろいろなことに気づく。銀行も最近は預金と貸出だけでは食べていけないとあって、いろいろな金融商品やサービスを売り込んでくる。お互いに商売であるから、それはいいのだが、ただその方法については巧拙が目につく。

 銀行も収益状況が厳しいのであろう、店舗の統廃合が進んでいて、担当者の担当する範囲もずいぶん広がっているようである。それなのであろうか、各銀行の担当者もほとんど来ない(まぁ、我が社も訪ねるに値しないと思われているのだろう)。こちらからは、融資を受けているので、毎月業績の報告はしている。今の時代、電子メールで一斉送信できるので、各行訪ねて報告する事を考えれば極めて楽ちんである。お互い、効率を考えたら、まぁそんな関係になるのだろうかと思う。

 銀行員も忙しいし、たくさんの取引先を抱えていれば、全取引先をマメに訪問するのは無理であろう。ただ、それなのに銀行本部からプッシュされているのであろう金融商品やサービスを売り込みに来られても、「はい、わかりました」と申し込みはできない。断るのも心理的に大きな負担がかかるが、必要のないサービスに金を払うほど会社に余裕があるわけでもない。必然的にお断りすることになる。

 そう言えば、私もよく銀行としての推奨商品を売り込みに行かされたものである。やれJCBカードを作れだとか、定期預金を集めてこいだとか。そもそも相手が望んでいないものをお願いするのは気が引けたし、苦痛でもあった。某銀行はちょくちょくいろいろな商品・サービスを売り込んでくるのだが、その都度自分の経験を思い出している(だからと言って申し込みはしないが・・・)。相手も「最初の1年間は無料なので、1年経ったら解約してもかまわないのでお願いします」などと言ってきたりする。

 1年経ったら解約すれば手数料はかからないというのは、確かにこちらにとって不利益はない。逆に銀行全体からすれば意味はない。だが、担当者からすれば、「とりあえず獲得した」というアリバイにはなる。当然、そんな事をしていても、銀行全体の業績改善にはつながらない。よく「恩を売っておけば何か困った時に融資してもらえる」という下心から、そういう商品・サービスに申し込む人はいるかもしれないが、元銀行員として言えるのは、そんな事は融資の検討の際には微塵も考慮されないという事である。その時、業績が悪ければ遠慮なく融資を断られるだろう。

 某銀行の担当者は割とよく訪問してくれる。こちらからの報告メールに反応して電話をかけてきては、「伺います」と言って来てくれる。来てくれるとこちらもいろいろと話をする。その話の中から、ネタを見つけては融資の提案をしてきてくれる。おかげでその担当者が来てからその銀行の借入シェアは3番目から1番に跳ね上がって来た。頼み事もされるが、こちらも「してもらっている」と無碍にはできない。気がつけば法人カードの申し込みをしていたり、預金を増やしたりとしている。

 何もなくてただ来て「これを申し込んでくれ」と言われてもなかなか首を縦に振れるものではない。無料であれば「まぁ仕方ないか」と思ってお付き合いさせていただく事はあるが、その担当者に対してはあまり信頼感は感じられない。何か相談があっても、まず頭に浮かぶのは、セールスは後回しで当社に興味を持って話を聞きに来てくれる担当者である。逆に日頃の信頼感があれば、何か頼まれても「いいですよ」という事になる。少しはこちらも何か協力できる事があればと思うものである。

 そう言えば、私も銀行員時代、とある業績不振企業の再生のお手伝いをしていた時に、その会社の社長さんに、「他の銀行はいくら返せるのかという返済の話しかしてこないが、◯◯さん(私のことだ)はどうやったら業績を改善できるのかという話をしてくれるので、毎週来てほしい」と言われた事がある。業績不振企業の融資を減らしたいのはどこも同じ。だからと言って業績不振だから返せる金額にも限度がある。より多く返済してほしければ業績を改善するしかない。その当然の理屈から私は話をしていたが、それを評価していただいたのである。

 銀行員だけの話ではないが、自分たちの利益ばかり優先して考えていても商売は難しい。別の取引銀行の担当者は、最近入行2年目の若手に代わった。担当になってから月に1回訪ねてきて、話を聞いていく。こちらもわざわざ来てくれたからには先々の業績予測や資金需要などの話をしている。先日もそんな話をしたところ、持ち帰って上司と相談すると言うので次は何か提案を持ってくるのかもしれない。2年目だけど銀行員としての仕事のスタンスはいいのではないかと思う。前任者からの売り込みは断ったが、今度はどうだろうか。

 外から眺めると各行それぞれの銀行員の仕事ぶりも面白いと思うのである・・・


Qubes PicturesによるPixabayからの画像

【本日の読書】

思考の技術論: 自分の頭で「正しく考える」 - 鹿島 茂 高瀬庄左衛門御留書 (講談社文庫) - 砂原浩太朗  残酷人生論 - 池田 晶子






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