2022年12月8日木曜日

錦の御旗はいらない

 人の考え方はいろいろで、みな誰もが自分の考え方が正しいと信じている。しかしながら、意見が対立するということは多々あり、それはそれで考え方が違えば致し方ない。しかしながら、よって立つ考え方の根拠がどうもいただけないと思う事もよくある。自分の意見が正しいというのはいいが、その根拠としてしっかりとした信念があればいいが、それがない人は、しばしばその根拠を外部に求める。それが過去の事例だったりすると、「前例踏襲主義」になる。

 「なぜ、こうすべきなのか」。それは「過去にこうやったから(=その時それでうまくいったから)」となると、それは立派な「前例踏襲主義」である。お役所が良い例だが、民間でも前例踏襲主義は盛んである。100%の正解を求めると(それは大抵不可能なのであるが)、過去の成功例を挙げれば、それは立派な根拠になる。後で仮に失敗したとしても、「過去の成功事例と同じように判断した」とすれば、判断ミスは軽減されるか問われずに終わる。とても楽な根拠である。しかし、当然ながら、前例踏襲主義では新しいチャレンジなどできるわけがない。

 また、前例踏襲と同じように日本人に多いのは「大義名分主義」である。「社長が言ったから」というのは立派な根拠となる。日本人は自分を前面に出さず、権威を前に出して戦うのが好きである。戊辰戦争の際の「錦の御旗」が良い例であるが、「俺の勝手な意見ではなく、社長の意見だ」と言えば相手も黙らざるを得なくなる。批判を自分に向けないという意味で、この大義名分は有効である。これは小学生でも「先生が言っていた」という形で使うものであり、日本人には染み付いている考え方なのかもしれない。

 なぜ、こうも過去の例や絶対的な権威に頼るのかと言えば、それは自分自身の考え方に自信がないからなのだろう。自分自身にしっかりとした考え方があれば、こうと主張できる。それがないから確実なものに頼る。それが過去の事例であり、絶対的な権威であり、もう一つ言えば、それは「みんながそうしているから」という横に倣え方式である。みな、根底に通じる考え方は同じである。「自分はこう考える」という意見を人に言うのは簡単そうに思えるが、それは人によっては簡単ではないのだろう。

 普段から自分でしっかりと考えている人は、自分の意見を言うのは簡単である。しかし、そうでない人にとっては難しい。上司に言われたら、黙って従うと言うのも一つの解決策であるが、部下に言われた時に、しっかりとした考えがないと答えられない。特に否定する場合は、なぜダメなのかを説明できないと部下は納得しない。昭和の上司なら「黙って従え」と言うだろうが、昭和の部下だった私でも当然納得などしなかったし、令和の今の世でも同じだろう。説明できない上司は、確実なものに頼るしかない。

 今の会社でも若い時からずっと言われた事を真面目にやってきた人ほど、部長・役員になっても「言われた事をやる」という習慣から抜け出せない人がいる。言われた通りにやる習慣が根付いているから、考える習慣がない。だから権威に頼る。役員間で議論していても、過去の例を持ち出したり(時にそれは間違いではないが)、一旦決めたことにこだわってみたりする。一旦決めたことでも、目標がブレない範囲では柔軟に対応する必要も出てくるし、根本的な部分で変わらなければ目先を変えても大丈夫だが、そういう思考ができなかったりする。

 かねてから自分の頭で考える事は重要だと考えているが、そうでない人と議論すると大いに疲れてしまう。人の考え方はなかなか変えられるものではないし、「自分と違う考え方だから」という理由で他人の意見を否定するのは間違っている。ただ、そこにその人自身のしっかりとした信念に基づく考え方があれば良いのだが、過去の事例や絶対的な権威や、横並び的な思考に基づくものだといかがなものかと思わざるを得ない。たぶん、そういうことを考えるという事をしてこなかったのだろうが、納得のいく議論ができないもどかしさが残ってしまう。

 繰り返すが、人はその考え方を容易には変えない。前例踏襲主義は良くないと思っていても、過去の例と同じケースでは同じようにするのが当然であり、権威に頼っているのではなく、従うのが当然だからであり、横並びはそれが普通の考え方だと思うからであり、そう考える理由は十分あるのである。時代は動いているのであり、柔軟に新しい考え方をするべきとするのも一つの考え方。たとえ社長の意見だろうが、自分の意見と異なれば社長こそ意見を変えるべきと言っても良いし、みんなと違う事はいわゆる差別化であり、ビジネスでは重要な考え方である。

 人の上に立つ立場になればなるほど、自分の考えというものをしっかり持たないといけない。それは自分以外のものに根拠を求めるのではなく、自分自身の考えを根拠とすべきである。そういう人とであれば、議論をしていても納得感が得られる。そうでない人とはストレスが溜まる。自分の意見を持つためには、若いうちから「自分はどう思うか」ということを常に意識しないとダメなのかもしれない。役員になってもまだそうでない人については、残念に思うだけである。

 そういう役員ではダメだとするのではなく、難しくとも少しでも自分の意見を持つことを説いてみようかと思うのである・・・



【本日の読書】

 




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