2022年12月14日水曜日

論語雑感 雍也第六(その30)

 論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感。

【原文】

子貢曰、「如有博施於民、而能濟衆、何如。可謂仁乎。」子曰、「何事於仁、必也聖乎。堯舜其猶病諸。夫仁者、己欲立而立人、己欲達而達人。能近取譬、可謂仁之方也已。」

【読み下し】

いはく、ひろたみほどこして、ひとびとすくはば、如何いかん

じんいはく、なんじんこととせむ、かならひじり

堯舜ぎょうしゆんこれめり。

じんあるものは、おのれたむとほっひとて、おのれいたらむとほっひといたす。

ちかたとへるは、じんみちのみ


【訳】

子貢が先師にたずねていった。

「もしひろく恵みをほどこして民衆を救うことが出来ましたら、いかがでしょう。そういう人なら仁者といえましょうか。」

先師がこたえられた。

「それが出来たら仁者どころではない。それこそ聖人の名に値するであろう。堯や舜のような聖天子でさえ、それには心労をされたのだ。いったい仁というのは、何もそう大げさな事業をやることではない。自分の身を立てたいと思えば人の身も立ててやる、自分が伸びたいと思えば人も伸ばしてやる、つまり、自分の心を推して他人のことを考えてやる、ただそれだけのことだ。それだけのことを日常生活の実践にうつして行くのが仁の具体化なのだ。」

『論語』全文・現代語訳

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 大学を卒業して就職したのは銀行であった。銀行はお堅い組織で、ワイシャツは白でなければダメだし、派手なスーツもネクタイもダメ。派手でなくても、ちょっと明るい色だと「大丈夫だろうか」と気になって買えなかったものである。1年目の時だったが、ドレスコードに禁止されていないことを確認してサスペンダーをして行ったことがあったが、ものの見事に怒られた。別にファッションを競うわけではないが(競われたらファッションセンスに疎い私としては逆に居心地が悪くなる)、もう少し自由があってもいいのではないかと思ったものである。


 中小企業に転職して2社目の現在、ようやく自由を感じている。長年、念願だった髭も伸ばせたし、スーツこそ着ているが(これは逆にスーツの方がいい)、ネクタイからは解放された。朝は比較的早く行っているが、それも自分の選択。ほとんど人のいないオフィスでゆっくり新聞を読むのが朝の日課。そして残業もほとんどない(明日できる仕事は明日やろうと思っている)。立場的に在宅勤務はできないが、できたとしても嫌なのでしないだろう。働く環境としては満足していて、「いい会社」だと思う。


 そんな自分のテーマは、我が社を「いい会社」にしようという事。「いい会社」の定義は人によってそれぞれかもしれないが、個人的には「働く者が人に自慢したくなるような会社」だと考えている。そしてそれは自分だけでなく、一緒に働くみんなにもそう思って欲しいと思っている。先日の全社会議では、我が総務部(財務・人事・総務をすべてカバーしている)の方針として、みんなにとっての「いい会社」にしたいと発表した所である。誰でも「いい会社」で働きたいと思うだろうから、そういう会社にしましょうと。


 その「いい会社」は何をもって「いい会社」とするのか。総務主導でできるのは福利厚生がまずある。「ウォーター・サーバー」を導入してほしいなどというリクエストを聞き出してきては、それを叶えたり、会社で費用負担する飲み会を行ったり(社内親睦が目的)、今の季節はクリスマスツリーを入り口に飾ったりといろいろと楽しくやっている。反対意見で実現できなかったものもあるが、かなりトライしている(反対されはしたが、諦めたわけではなく捲土重来を狙っている)


 なぜそうしたことに力を注ぐかと言うと、それは自分が「いい会社で働きたいから」。まさに孔子の説く「自分の心を推して他人のことを考えてやる」に他ならない。もしも孔子が現代に蘇って我が行動を見たら、「仁者である」と言ってもらえるかもしれない。それはともかく、自分が楽しく働けるからそれだけでいいとは思わない。周りの人にもやはり同じように楽しく働いてほしいと思う。部下の人たちには、私の部下で良かったと思ってもらいたい。それが自分の満足にもつながる。


 みんなそうしたらいいのにと思う。銀行に入った1年目は、はち切れんばかりの不満を抱えていた。その原因はほとんど人間関係。その根底にあるのは、「仕事は辛くて当たり前」とでも言うべき思考。1年目の最初のボーナス時には、ベテラン銀行員の人から「仕事もしていないのにボーナスもらうんだ」と嫌味を言われた。その人も言われたのかもしれないが、そんな事を言われたら初めてもらったボーナスの嬉しさも半減である。サービス残業は当たり前、滅私奉公当たり前、仕事がすべてに優先、土日だって例外ではない。あの頃のあの環境でもう一度働きたいとは思わない。あの人たちとまた一緒に働きたいとは思わない。


 今の会社で一緒に働く人たちに、そう思って欲しくないとつくづく思う。私と「ずっと一緒に働きたい」と思ってもらえたら、それは給与に加えてのもう一つの報酬だろう。別に孔子に仁者だと言って貰わなくてもいいが、会社の人たちには「ずっと一緒に働きたい」と言ってほしい。それが今働くモチベーションの一つであるのは間違いない。みんながずっと働きたいと思うような「いい会社」を創りたいと心から思うのである・・・


Werner HeiberによるPixabayからの画像 

【本日の読書】

 





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