2022年5月23日月曜日

沖縄50年

 沖縄が本土復帰50周年だそうである。そう言えば、50年前の沖縄復帰のニュースを朧げながら覚えている。50年前は小学生であったが、「これで沖縄に行くのにパスポートがいらなくなるんだよ」と言われたのが強く記憶に残っている。それまでは「日本なのに行くのにパスポートがいる」(正確に言えば日本でないからパスポートがいるのだが)のだという事実に子供心に驚いていたのである。子供だから深い事情など知る由もない。「日本なのに行くのにパスポートがいる」という事実に驚いていたのである。

 

 戦争が終わったのが1945年。それからアメリカによる占領が続き、1951年のサンフランシスコ講和条約で日本の主権が回復したが、沖縄と小笠原はアメリカ(正確に言えば国連)の信託統治下に置かれたままであった。小笠原は1968年に一足早く日本に施政権が返還されており、沖縄は1972年に返還となったのである。その間、27年。なぜと考えればそれは簡単で、要は沖縄も小笠原もその位置が冷戦下の米軍にとって戦略上の要衝だったからにほかならない。それがなければ早々に主権回復していたであろう。

 

 実際のところはどうだったかはわからない。あくまでも個人の推測であるが、沖縄の本土復帰はずっと日本の悲願だったのだろうと思う。それはいまだ返還されない北方領土と同様である。日本政府としては、ずっとアメリカに要求していたのだろうと思うが、アメリカも朝鮮戦争が起こり、東西冷戦が激化し、ベトナム戦争が始まるという情勢の下で、沖縄の持つ戦略的重要性から、手放したくなかったのだろうと思う。方や日本政府は、「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」と言い残した太田中将の言葉ではないが一刻も早い返還を望んでいただろうと思う。

 

 しかし、アメリカの信託統治にも限界があり、ようやく本土復帰となったのだが、交渉の過程で米軍の軍事利用の継続は認めざるを得なかっただろう。アメリカとしては継続して基地を利用したいし、それを否定すればさらに復帰が長引くとなれば、まずは復帰を優先して基地利用を認めるといった交渉は当然あっただろう。それは力関係ゆえにやむを得なかっただろう。その結果、日本における米軍基地の7割が沖縄にあるという現状となったことは想像に難くない。アメリカも民主主義の盟主という正義の仮面を被っているが、実はエゴイスティックな国である。

 

 本土に復帰したとは言え、沖縄本島にはいまだ広大な米軍基地が存在しており、今でも基地の移設問題は解決していない。時折、思い出したように米兵による被害事件も起こっている。米軍と言えばロシア軍や中国軍と比べるとはるかに印象はいいが、末端の米兵ともなれば紳士というわけはない。荒くれ者やモラルのない者もいる(というよりその方が多いかもしれない)だろう。米軍は将軍や士官などは優秀なようだが、末端の兵隊はそうでもないらしい。実際に接したことがあるわけではないからなんとも言えないが、我が物顔に闊歩しているわけであるし、本土復帰50年経ってもまだ戦争の傷跡が残っていると言えなくもない。

 

 本来であれば、かつての敗戦国とは言え、今では我が国は主権国家であり、米軍の基地など撤去してもらうべきなのだが、そうも言えないのが国際情勢。大国に成長した中国が尖閣諸島にちょっかいを出してきている現状では、アメリカにNOと言えない苦しい部分もある。世界ではいまだに大国の領土分捕り合戦が行われており、悲しいかなそれを無視して平和を唱えても踏み躙られるだけである。日米安保という傘の下に入らざるを得ない我が国の現状は致し方ないと思う。

 

 沖縄には家族で2回遊びに行ったことがある。本土とはまた一味違う南国であり、異国風情を味わうには抜群の国内旅行先である。私は「南の島でのんびり」するのが好きだし、子供たちも水遊びができるから必然的に行きたい先は決まってくる。沖縄は手軽に行ける南の島である。さすがに子供たちも大きくなるとなかなか家族旅行というのも難しい。ちょっと寂しいが、パスポートなしで行かれるのであるから、もっと気軽に行きたいと思う。

 本島だけでなく、周囲の島にも行ってみたいという思いはいまだ持ち続けている。復帰して50年。もう米軍施政下の記憶も風化しつつある。つくづく平和は大切にしたいと思う。次はいつ行けるだろうか。その日を心待ちにしたいと思うのである・・・


kadoyatakumiによるPixabayからの画像

【本日の読書】

 


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