2022年5月26日木曜日

論語雑感 雍也第六(その17)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感。

【原文】

子曰、「誰能出不由者。何莫由斯道也。」

【読み下し】


いはく、たれづるにものたる。なにゆゑみち

【訳】

先師がいわれた。

「外に出るのに戸口を通らないものはない。然るに、どうして人々は、人間が世に出るのに必ず通らなければならないこの道を通ろうとしないだろう。」

『論語』全文・現代語訳

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 人が必ずしも通らなければならない道とはどんな道だろうか。まず思い浮かぶのは「試練」である。どんな人間でも「辛いこと」を何も経ずして過ごすことはできないと思う。私にとってみれば、「試練」とは「逃げ出したくなる環境」だろう。古い記憶を辿れば、中学生の頃の記憶が思い至る。当時、つっぱりグループのボスに睨まれ、「学校に行きたくない」と思ったのを覚えている。「イジメ」として似たような経験をした人は多いだろう。幸いにしてその時は難を逃れることができたが、当時の自分に今のような強さがあれば、と今でも思う。

 

 高校受験と大学受験も試練であった。特に大学受験では、宅浪という孤独な環境の中、押しつぶされそうな不安と日々闘っていたものである。試験が終わったその瞬間、結果はともかく、もう勉強はできないと心底思った。目一杯やり切った疲れもあったが、もう不安という重圧に耐えられないという思いがあったのも確かである。就職の時は、「人生でこれほど悩んだことはない」というほど悩んだが(今にして思えば大したことはない)、やはり大きな試練だと思った。

 

 社会に出てからも試練は続く。仕事では最初の昇格前に随分と上司から指導を受けたが、何を求められているのか、何をすればいいのかがまったくわからず、焦りと不満とがないまぜになった気分を味わわされた。同時期に恋愛でも片想いの辛さ切なさを味わった。その後も仕事上では大きな失敗をして「針の筵」を経験した。自分が「会社に行くのが嫌だ」と思うようになるなんて予想もしていなかった。と同時に、それでも休まずに行き続けられたことで、精神的なタフさの自信になったのも事実である。

 

 金銭的な苦境に陥った時も地獄の気分を味わった。仕事も手につかなくなるし、何をしていても資金繰りのことが頭を離れない。わずかな可能性の光に救われた気分になり、次にまた絶望的な気分に落とされる。銀行を辞める時も眠れない思いを経験し、中小企業に転職した後も、倒産の可能性の恐怖から夜中に目覚める思いもした。中小企業の経営者なら、一度は同じ思いを味わっているかもしれない。会社の借り入れの保証人になっていたりすると、その恐怖は経験者でないとわからないだろう。

 

 今現在、実は弟が金銭的な苦境に陥っている。私にも借金を申し入れてきている。一度、二度、三度と貸しているが、私のポケットはドラえもんのとは違って底が浅い。毎日がギリギリの精神状態であることは、自分も経験しているだけによくわかる。まだどうなるかはわからないが、兄弟だからできるだけ助けてあげたいと思うだけである。そして弟の心境が手に取るようにわかるのも、自分が同じような経験をしているからに他ならない。ここで説教じみたことを言っても意味はない。そういう対応をしているからか、弟も積極的にアドバイスを求めてくる。

 

 幸いにして今、自分は比較的平穏な環境にある。もちろん、この先どうなるかはわからない。試練はいつやってくるかはわからない。あらかじめ備えておくことも難しい。できればもう二度と味わいたくないが、過去の試練の数々が嫌なものでしかなかったかと言うと、やはりそうではない。その試練があったからこそ鍛えられた部分がある。弟の心境が理解できるから、どう対応すべきかがわかる。お金が絡むと人間関係にヒビが入りやすくなる。弟との間にはそうならないという自信めいたものが感じられるのも自分の経験があるからである。

 

 「人生に無駄なものはない」とはよく言われる。経験もその一つだとしたら、「試練」も立派に役立っている。失恋を経て、「どんな男になるべきか」を考え、今の自分に繋がっている。すべての辛かった経験があってこそ、今の自分があるとも言える。そうした「試練」を「道」とするのであれば、それを通らなければならないと言う孔子の言葉は真実である。それを経験した分だけ強く大きくなれるとしたら、自分の経験もみな良かったと言える。

 

 ではこの先またそんな為になる試練の道を歓迎するかと言われれば、それはもう十分だとハッキリ断言する。できればこの先は平穏に暮らしたい。やはり、「いい経験だった」と言えるのは、乗り切ったからこそで、渦中にある時はそれどころではない。弟に今、「試練はいいぞ」などと言おうものなら、「とんでもない!」という答えが返ってくるだろう。自分の経験した試練は、できれば誰かのために役立てたい。いい経験の数々を穏やかに振り返るだけにしたいと思うのである・・・



ottonaraによるPixabayからの画像 


【本日の読書】

 

    

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