2021年10月10日日曜日

親と子

 親と子は、時として対立する。その理由は、根底に「親の心子知らず」ということがあると思う。よく親の決めた路線を子が反発して拒否するというのは、ドラマなどでも当たり前のように出てくるシーンである。親の決めた進路に反発し、結婚を反対されて駆け落ちするなどもよくあるパターンである。なぜそんな対立が生じるかと言うと、逆説的ではあるが、それは親の子に対する深い愛情である。愛情があるゆえなのにも関わらず、それが親子の対立へとつながり、親子関係の断絶などという事態になるのは、大きな悲劇であると思う。

 子の幸せを願う親の気持ちとしては、何よりもまず自分の人生経験から得た(あるいは得ることができたかもしれない)「成功の方程式」を子にも与えようと思う。医師になって成功した者は、当然それが「成功の方程式」であるから子も医者にしようとする。それにはある程度勉強もできないといけないから、塾へ行かせ、進学校に進ませようとする。思い入れがある人は、自分の母校に進ませるかもしれない。成功した自分の医院を継がせれば子どもの人生も安泰だろう。子供の幸せを確保できれば、後顧の憂いなく自分の人生を終えられるわけである。

 学歴がなくて苦労した人は、子供に大学まで進学させようとするだろう。給料が安くて苦労した人は、大企業に就職するように勧めるかもしれないし、失業経験があったりすると公務員を勧めるかもしれない。子供に公務員になるように勧める親は、明確な「成功の方程式」を持っていない人で、何がいいかわからないからとにかく安定をと考えてかもしれない。娘が売れないミュージシャンと結婚したいと言ってきたら、当然親は反対するだろう。恋愛はとにかく周りが見えなくなる。生活の苦労を知っている親としては、当然娘の不幸を見たくはないから反対する。

 それなのに子供が反発して親子の対立になるのはどういうわけなのかと言えば、それこそが「親の心子知らず」であろう。それと、「子供には子供の考えがある」ということであると思う。親はなぜ自分に進路を示すのか。その理由をきちんと語っていれば、あるいは子供の理解を得られたかもしれない。それでもなお、「子どもの考え」として、その進路を拒否することだってあるだろう。そもそも親と子供は、育ってきた時代や環境がまるで違うわけである。親と同じ考え方に育つわけがない。親とは違って、医者にはなりたくないと思っても不思議ではない。

 そんな考え方があるせいか、私はあまり我が子に道を強要しようと思ったことはない。私は高校からラグビーを続けているが、子供をラグビースクールに入れるようなことはなかった。もちろん、何もわからないうちにラグビーをやらせて「洗脳してしまう」というのも一つの考え方だったが、野球の方が身近な友達と一緒にできるだろうと思って近所の少年野球チームに入るのに反対派しなかったし、むしろ一緒にキャッチボールをしたりして後押しをした。高校に入った息子は、私の一縷の願い虚しく、部活動ではラグビーではなく野球を選んだ。残念だが、仕方がない。

 今は大学生の娘も、いずれ卒業し(卒業してもらわないと困る)、就職し(就職してもらわないとやはり困る)、そして誰かと結婚するかもしれない。そしてその時、私の前に連れてくるのは売れないミュージシャンかもしれないし、売れない役者かもしれない。その時は、反対の言葉が喉まで出かかるだろうが、それでもたぶん反対しないだろうなと思う。恋は盲目だから反対しても一層意固地になるだけだろうし、それよりも「ダメだと思ったらいつでも戻ってきなさい」と言って送り出す方を選ぶだろう。

 親は子供に対してある程度の影響力を持っているのも事実。警察官の子は警察官になるケースが多いと聞いたことがあるが、それもその一つ。もちろん、すべての子供が親に反発するわけではなく、素直に従う子供もいるだろう。政治家や芸能人に二世が多いのは、職業としての魅力があるのかもしれない。歌舞伎などの伝統芸能などでは、嫌が応にも幼少期から「洗脳」してしまって、疑問にすら思わせないという方法を取っているが、それも一つの方法であると思う。

 我が家では、すでに「洗脳」方法は取らないことにし、子供たちに過度な干渉はしない方針である。高校一年の息子に言っているのは、「文武両道」。すなわち野球で構わないからしっかり3年間全力を尽くすことと、勉強もしっかりやることである。ただ、放任する気はなく、やはり自分の知識や経験から子供たちに適切だと思えるアドバイスはしたいと思う。大学2年で特にサークル活動もやっていない娘に対しては、将来のために簿記のような資格を取ったらと勧めている。こういうアドバイスは、しっかりと続けていくつもりである。

 振り返ってみれば、私は親の意見はあまり聞かない方だったと思う。よく言えば、「自分の道を歩んできた」と言えるし、自由にさせてもらったという意味ではむしろありがたかったと思う。子供たちにも同じように自由に生きていって欲しいと思うが、それでもやはり放任よりは有益なアドバイスは伝えたいと思う。有益かどうかは本人の感じ方次第であるが、選択肢を与えるという意味では、うるさがられない程度に、自分の経験から得た考えを伝えたいと思うのである・・・


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