2017年2月15日水曜日

日本のモノづくり

 私が勤務する不動産会社では、区分所有マンションを保有しており、定期的に管理組合総会の資料が送られてくる。先日もあるマンションで、そろそろエレベーターの交換を検討しないといけないという意見が管理会社から出されていた。「部品の保管期限が切れ故障しても交換ができない」ということである。また、別のマンションでは、同じ理由でインターフォンの交換が提案されている。

 メーカーの保管期限が切れ、部品交換ができなくなるというセリフは至る所で耳にする。メーカーの部品の保管義務については、特段何か法的なものがあるというわけではなく、概ね自主規制の世界のようである。まぁ、メーカーも様々な製品を作っているわけだろうし、修理のための部品保管に限度があるのも当然だろう。これまでは大して気にも留めなかったが、よくよく考えてみるとどうなのだろうと思う。

 考えるきっかけとなったのは、先のエレベーター交換の話だが、それとは別に先日読んだ本(NASAより宇宙に近い工場』)にも気になる表現があった。それは日本のメーカーは、『壊れやすい製品を作る』ということである。壊れればそれはすなわち買い替えにつながるわけで、そうしてメーカーは製品を売りながら次の需要を作り出しているということである。それに反発した著者は、『壊れない製品』を作っているそうである。

 それが本当かどうかはわからないが(まぁたぶん真実なのだろう)、それは「部品保管期限」という考え方にも表れていると思う。本当に否定するなら、部品を長く保管すればいいはずである。それは何も価格の安い家電などには適用しなくても、高額な製品であればそう思わざるを得ない。「使っているお客さんがいる限り」保管して欲しいものである。

 その昔何かで読んだ気がするが、伝統あるヨーロッパのブランド品は何年経っても修理してくれたりするらしい。そうして長く使用でき、それ故に愛されてきた伝統がそれぞれのブランドを築き上げてきたのだろうと思う。バックにしろ車にしろ、性能では引けを取らない日本のメーカー品が、ブランドで足元にも及ばないのは、ひょっとしたら『壊れやすい商品』を作っているからではないだろうかと思ってしまう。

 最近、日本の「モノづくり」が退化している。一生懸命日本のモノづくりを支えようと努力しているが、そもそもの原点に立ち返って、末永く利用できる製品作りから始めるのが解決策ではないかという気がする。NASAより宇宙に近い工場』の植松社長は、現に『壊れない製品を作る』ことを掲げているわけで、日本の大メーカーがやろうと思えばできないはずがない。そこまでいかなくても、部品など半永久保管にして、「使い続ける限り使えるようにする」というのでも良いと思う。

 ちなみに先のエレベーターは東芝製であるが、交換するとなると相見積もりの結果次第だが、おそらく価格的に他のメーカーになると思う。買い替えどころか、他所に持っていかれるわけである。それなら自社製品を使い続けてもらう方がいいのではないかと思う。そしてそうした評判が高まれば、(例えば)「東芝のエレベーターは高いけど長く使えるからお得だよ」と購入につながるかもしれないではないかと思わずにはいられない。

 目先の金勘定をしているところは、やっぱり短期的にしか成果を上げられないと思うのである。私はメーカーの人間ではないが、それで良かったか悪かったかと考えると、少なくともそんなメーカーの一員ではありたくないし、故に悪くはなかったと、残念ながら思うのである・・・





【本日の読書】
  
 

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