2019年12月5日木曜日

一緒に働きたい人

先日、かつて務めていた銀行時代の集まりがあった。集まったのは、銀行に入って最初に転勤した時の融資外為課のメンバーである。実は昨年、同じ支店時代の支店全体の集まりがあって、20人くらいが集まったのであるが、今回は規模を縮小し、同じ課だけでこじんまりと集まった次第である。この手の集まりの常であるが、昔話に花が咲き、実に楽しいひと時であった。またやりましょうと約束し合って散会した次第である。

銀行員は転勤の多い種族だと思うが、私も支店だけで4カ店、出向2回(2社)、本部セクション数か所を経験している。しかし、こうしたかつての集まりが続いているのはこの時の支店だけである。もちろん、他の部署でも個人的に今でも親しくさせていただいている人はいるが、部署ベースとなるとこの1カ店だけである。他にもやはりかつての部署で集まっているという話を聞くこともあるが、こうした集まりが続く秘訣は何だろうかとふと考えてみた。

1つにはやはり中心となって汗をかく「幹事」の存在だろうと思うが、いくら幹事が汗をかいてくれても「行きたい」と思わなければ人は集まらない。そう考えると、大事なのは「この人に会いたい」という存在が大きいと思う。そしてそれはその人の「人柄」に負うところが大だろうと思う。たとえば今回集まったのは5人であったが、私が参加した理由は、他の4人がみな「会って話がしたい」と思える人たちであったからである。昨年、大規模に集まった時もそう思えるメンバーが何人かいたので「参加してもいい」と思ったのである。そうでなければ行かない。

事実、何年か前に大学のクラス会に誘われたことがある。熱心に誘っていただいたのに、申し訳ないことに私は欠席した。それはその当時のクラスのメンバーに魅力を感じなかったからであり、「会いたい」と思う人物がいなかったからである。それはたとえば最初の支店のメンバーでも、一部若手の集まりであれば参加するだろうが、当時気が合わなかった支店長を始めとして、直属の上司や営業の人たちや同じ融資外為課の中でも一部の人が来るならご免である。

「職場は仲良しクラブではない」とは、最初に配属された支店の直属の上司に言われた言葉であるが、その方は言葉通りに仕事はよくできたし、仕事に関しては厳しい方であった。それを間違っていると否定するつもりはないし、むしろその通りだと思う。だから、仕事を離れたところでは会いたくないと思う。プライベートで会うなら「仲良しクラブ」のメンバーだろう。そう考えると、果たして一緒に働きたい人の条件は何だろうか。「仕事ができる人」は確かに頼りにはなるだろうが、では人柄は関係ないかと言われればそんなことはない。事実、その時の直属の上司と一緒に仕事をして楽しかったということはないし、それどころかもう一度一緒に働きたいかと言われれば、「No!」と即答である。

たとえばスポーツに置き換えてみる。一緒にプレーしたいと思うような仲間はどんな人間であろうか。私の場合、それはやはり「一緒にやってて楽しい人間」と答えたい。実力のある人間同士が互いにミスをしないように緊張関係を保ちながらやるよりも、ミスをカバーし合いながらも一緒に勝利に向けて頑張れる仲間が好ましいと思う。チームとしての力は劣るかもしれないが、勝利のために実力本位でチームを組むよりも、気の合うメンバーでひたすら勝てるように努力する方がはるかに「楽しい」。

スポーツでも仕事でも大事なのは勝つことであり、よく多くの収益を稼ぐことである。であれば実力のある人間と組んだ方がいいに決まっている。しかし、それでもやっぱり一緒にプレーし一緒に仕事をするならば、気心の知れる相手がいいと思う。たとえそれで負けてしまったり、目標を達成できなかったりしたとしても、である。5人で集まって昔話をしても、その内容は収益目標がどうだったかというようなことは欠片もなく、あんなことがあった、こんなことがあったという笑い話などである。そういう話ばかりだから楽しく過ごせる。

 勝つためのメンバー、勝てるメンバーこそが大事と言われれば、それを否定するつもりは毛頭ない。ただ、いろいろ経験してきた中で、個人の意見として「一緒に働きたいメンバーは?」と問われたならば、「人柄中心に考えたい」と思うだけである。それではチームの力が劣るというなら、その分自分が頑張れば良いわけで、そういう頑張りなら楽しく頑張れるだろう。そういう意味でも今の職場は居心地がいいと思う。これからまだまだサラリーマン人生は残っているし、居心地のいいメンバーで楽しく働きたいと、改めて思うのである・・・


StockSnapによるPixabayからの画像


【本日の読書】
 




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