2019年12月29日日曜日

論語雑感 里仁第四(その11)

〔 原文 〕
子曰。君子懷徳。小人懷土。君子懷刑。小人懷惠。
〔 読み下し 〕
()(いわ)く、(くん)()(とく)(おも)えば、(しょう)(じん)()(おも)い、(くん)()(けい)(おも)えば、(しょう)(じん)(けい)(おも)う。
【訳】
先師がいわれた。――
「上に立つ者がつねに徳に心がけると、人民は安んじて土に親しみ、耕作にいそしむ。上に立つ者がつねに刑罰を思うと、人民はただ上からの恩恵だけに焦慮する」
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 上に立つ者の考え方が、下の者に多大な影響を与えるというのは、当たり前のことである。特に会社組織のように指揮命令系統のある組織ならなおさらである。「利益、利益」と口走ってばかりいて、儲けにつながらないようなサービスをしようものなら、ネチネチと嫌味を言われる。こんな環境下にあれば、まず社員は余計なサービスをしようなどとは思わなくなるだろう。

 銀行員時代、融資課に所属していた私は、融資の実行は当然ながら「お客様の希望する日」という感覚であった。ところが、まだ4年目くらいの若手時代、そんな感覚でお客様の口座に融資金を入金したら支店長にドヤされてしまった。曰く、お金が必要な日から少しでも前倒しで融資の実行をするものだと。つまり、1日でも早く実行すればその分、融資利息がもらえるし、口座に資金が眠ることになる。「流動性」と言って、この寝ている資金も支店の収益につながるからである。

 「もっと収益マインドを持て」というのが支店長のお叱りであった。以後、支店長の指示通り、審査が通ればなるべく早く融資契約を済ませ、お客様の口座に入金するように心掛けていた。しかし、一方で「お客様第一主義」という標語も掲げられていて、違和感を覚えたものである。当時は、よくある「ホンネと建前」として特に疑問にも思わなかったが、本部から降りてくる「お客様第一主義」のような「きれいごと」は聞き流すものという雰囲気であった。

 今思えば、その支店長だって、もともと金の亡者であったわけではないと思う。支店長に出世するまでの間、いろいろと頑張られたのだと思う。その中で、「収益をあげる」ことでより多くの評価を得てきたのだろう。そうなると、「収益をあげる」ことこそが評価される最大のポイントという理解になり、その結果育まれた「収益マインド」が銀行員としての行動基準になっていったのだと思う。

 これは子育てにも共通している原理だと思う。小さい子供は親に褒められたいし、叱られたくはない。当然、褒められればもっとそれをやろうとする。テストでいい点を取れば褒められるのに、かけっこで一番になってもそれほど褒められない。得意になって報告した時に、「それより宿題はやったの?」などと言われればモチベーションも下がってしまうだろう。我が息子は、今中学で学年トップの俊足だそうであるが、それも「かけっこで一番」を私が重点的に褒めてきた成果だろうと内心自負している。

 今の会社では、部長・役員間では収益の意識は高いが、それ以外の社員に対してはあまり収益に関してはうるさく言わない。決して儲かって余裕があるというわけではないが、もともと社長がそれほどガツガツするのが好きではないというところが大きく、ノンビリ構えてくれているためでもある。不動産賃貸という業務がら、長く住んでいただけるように快適なサービスを提供しようと普段から言っているが、みんなそれに応えてくれている。これが社長が「ガリガリ亡者」だったらそうも言ってられないと思う。
 
 「トップの顔色を伺う」というと、イメージは良くないが、結局のところ組織というものはそうなってしまうものだと思う。「会社は社長の器以上に大きくならない」と言われているのは、実に真実である。そう考えれば、上に立つ者の責任は重い。社長でなくても、部下を持つ立場の者であれば、そういう意識を持たないといけないと思うのである・・・



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【今週の読書】
 




    

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