2018年12月16日日曜日

再びタバコを吸う日は来るだろうか

今はいい時代になったと思うことしばしばであるが、その一つが「禁煙社会」の到来だろう。喫煙者にとっては、受難の時代であるが、吸わない者にとっては誠に居心地の良い社会である。それは一昔前の時代を描いた映画を観たりすると改めて実感する。所構わず紫煙を燻らせている。職場然り、喫茶店、レストラン、駅のホーム等々、特に「禁煙」と断っていなければどこでもタバコが吸えるのが当たり前であった。

私はと言えば、高校生くらいの時に従兄弟に手ほどきを受けタバコを吸い始めた。特に不良というわけではなく、珍しい存在でもなかったと思う。ちょうど体も大人になりきる頃であり、「大人の世界」の象徴でもある酒とタバコにはやっぱり興味がいく。初めの頃は味よりも何よりも好奇心だけだったと思う。そして大学に入ると、もう味も覚えて、それどころかいろいろと吸って自分の好きな味を探し、普通に吸っていたものである。ちなみに当時の好みはセブンスターとマルボロであった。

大学を卒業して都市銀行に就職したが、最初に配属された支店では、3時までの営業時間中は禁煙であったが、シャッターが閉まるとみんな一斉に引き出しから灰皿を取り出して、タバコを吸いながら仕事をしていた。最も、新米の頃は「タバコを吸いながら仕事をするのは生意気」という雰囲気があって、私はとてもタバコを吸いながら仕事なんてできなかったが・・・毎朝、職場の女性が上司の灰皿を綺麗にし、灰の落ちた机の雑巾がけをしていたものである。今はもうありえない世界だろう。

自分ではタバコを吸う癖に、人のタバコの煙は嫌いという誠にわがままだった私は、そんな職場環境は苦痛であった。飲み会なども隣でバカバカ吸われていたし、それが当たり前であった。そんな中にいれば、タバコを吸っていなくとも家に帰ればタバコの匂いにまみれていた。当時の女性は気の毒だったと思う。先日、我が社の忘年会があったが、もちろんタバコなど吸う者はいない。それは禁煙指定がされているからではなく、たとえ喫煙がOKであっても、喫煙者は圧倒的に少数だし、雰囲気として吸えなかったであろう。今は愛煙家の方が小さくなっているのである。

いい時代になったと心底思うが、では将来的にどうなるのだろうと思う。もう逆行することはないだろうから、再びかつてのような喫煙社会になることはないだろう。もはや社会的にも煙害に対する抵抗は強いし、それゆえに時代は電子タバコを登場させている。しかし、この電子タバコはタバコの未来を救うのだろうか。なんとなく自分のデビューを考えてみると、初心者にはハードルが高いような気がする。

まず、タバコデビューする少年は、味よりもファッションとして憧れるものだと思う。自分もテレビや映画などで、主人公がタバコをカッコ良く吸っていたのを見ていたし、周りにも吸う人が大勢いた。だから、「吸ってみる?」と従兄弟に言われた時もためらわずに手に取ったのである。今はテレビや映画の中にも周りにも吸う人は少ない。タバコがカッコイイという雰囲気もないし、何より電子タバコだと「もらいタバコ」がし難い気がする。一緒に吸えないからである。そうすると、デビューする人も減るのではないかという気がするのである。

私は「禁煙」をしたわけではないので、実は今でも吸いたいと思ったら吸うことがある。それは人が吸っているのを見てうまそうだなと感じてのことであるが、ちょっと一本と言ってもらって吸ってもあまりうまくはない。やっぱりタバコのうまさというのは、習慣によるところもあると思う。たまに吸ってもうまくないから続けて吸いたいとは思わず、従って喫煙者には戻らない。吸いたいと思ってもまず吸える場所を探さないといけないし、そんな状況だと今後少子化が進む中で喫煙人口の割合はさらに減っていきそうな気がする。それは電子タバコでも止められない流れではないかと思う。

タバコ産業がこれからますます衰退するとしても、あまり同情心は湧いてこない。そのうち我々の子孫たちは、昔は「乾燥させた葉っぱを燃やしてその煙を吸っていた」という話を信じられないという気持ちで聞く時代が来るのかもしれない。それはそれで面白いと思うが、自分としてはどうだろうか。吸うことに対しては特に抵抗感があるわけでもないが、何せアマノジャッキーな性格ゆえ、社会が非喫煙に行くなら自分はその反対に行くかもしれない。

 まぁ、何か義務があるわけでもないし、その時はその時。その時々の自分の感情に素直に従ってタバコとは付き合っていきたいと思うのである・・・




【今週の読書】
 
   
   


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