2016年8月17日水曜日

人が休んでいる時に働く

 ネットで「山の日なんていらない」という記事を目にした。この方の主張によれば、『非正規労働者を始めとした、接客業に就く人たちは、むしろ休日にこそ仕事に借り出されるわけで、休日の観光地の賑わいはそのまま、非正規の仕事の忙しさに他ならない』のだそうで、『だから僕は、祝日のたびに正社員と非正規の格差というものを感じさせられ、気分が悪くなってしまう』というのである。


 何をどう捉え、どう考えるかはその人の自由である。だから、この人の意見が間違っているなどというつもりもないし、統計をとったわけでもないので、この主張が事実かどうかもわからない。ただ、仮に事実だとしても、私個人としては問題だとは思わず、むしろ自分は違う風に考えるので、それを記しておきたい。

 社会人になって以来、お盆のこの時期に私は休みを取ったことがなかった。転職した昨年は、会社が一斉休業だったため初めてこの時期の夏休みとなったが、今年は制度が変わり、再び7月に取って例年通り今年もお盆は働いている。それはもともと私が天の邪鬼でもあって、世間と同じ時期に休みたくはないという思いからだが、みんなが休むこの時期に働くことは、通勤電車も空いているし電話もかかってこないしで誠に快適である。休みの日こそ働かないでどうすると考えるのである。

 不動産業界もそうだが、接客業は土日祝日が書き入れ時というところが多く、この時こそ働いている。中には非正規の人たちもいるだろう。この記事を書いた人は、「非正規の仕事の忙しさに他ならない」と憤っているが、だからこそ仕事があるとも言えるし、普通に考えると時給もいいだろうと思う。働いているのは非正規ばかりではないだろうし、そんなに偏屈に考える問題なのだろうかと思えてならない。

 常々考えているのだが、私はもし職を失って食うに困った場合、とりあえずコンビニでバイトして糊口を凌ぐということを考えるそんな時、他のしょぼいバイト君とは明らかな差をつけようとして、真っ先に考えるのは深夜枠等人手の少ない時間帯に積極的に働くということだ。非正規で観光地で働くとなったら、祝祭日の休日など積極的に手を挙げるだろう。そうして少しでも差別化して一刻も早く這い上がるのである。いいチャンスだと考えるだろう。

「みんなが休んでいる時に働くのはかわいそう」という考え方はわかるが、それは裏を返せば「みんなが働いている時には休める」ということにつながる。要は考え方だ。「労働=悪」と考えれば、何でも悪になる。人手の欲しい時に喜んで働いてくれる非正規なら、私が使う立場ならありがたく思うだろう。這い上がるチャンスを伺うガッツのある非正規なら、むしろこういう時こそ喜んで働くだろう。

記事の趣旨は、「祝日はいらない」というもので、非正規労働うんぬんではない。日本人はもともと真面目で、「労働=善、休み=悪」と考える風潮に染まっており、他の人が働いているのに休むことに罪悪感を覚える文化を築いてきた。自主的に休みを取れと言ってもなかなか取らない、取れない。だから祝日にして強制的に休ませてしまおうという考えが、祝日を増やしてきた背景にある。そんなことしなくとも個別に有休をとって休めばいいという記事の趣旨には、大いに賛同するところがある。ただ、そこに至る説明に疑問を呈するだけである。

記事全体の趣旨から感じるが、労働=悪と捕らえるか、善と捕らえるかで物事のとらえ方も変わってくる。働く時は休みだろうが何だろうが厭わず働き、休む時は誰彼に遠慮することなく休む。そんなスタンスで私はこれまでやってきたし、これからもそうしていきたいと考えている。私にとっては労働=善だし、みんなが休みの日に働いているのを見ると、むしろ好感を持つ。そういう考えこそが、良き労働観だと思うのである・・・
















【本日の読書】
 
      

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