2016年7月20日水曜日

望月にて

長野県に望月という町がある。私の母が生まれ育った町であるが、そこで先週末、昨年夏に亡くなった伯父の一周忌の法要があった。両親と伯母を送迎するという役割を果たしつつ、私も世話になった感謝もあって出席したのである。


いとこの住む御代田もそうだが、望月も関越道で練馬からだと二時間ほどで行ける。かつて急行電車で三時間、その後ローカルバスで小一時間かかっていたが、今はずいぶん近くなっている。佐久のインターを降りると、かつてあった峠の釜飯でおなじみのおぎのやの店舗がなくなっている。どうしたんだろうとあれこれ思わなくもない。それにしても、目に付く看板は今はどこでにでもあるロードサイドのチェーン店。これだけ見ていると自分がどこにいるかわからなくなる。

しばらく車を走らせ、望月の町に着く。かつて小学校の低学年くらいまでは毎年来ていたような気がする。いとこたちも大集合で、今から思えば母ら兄弟姉妹が実家に集合して年に一度の顔合わせを楽しんでいたのだろう。祖父母もいて、田んぼや川があり、五右衛門風呂もあった。トイレは離れにあって、子供心に外が闇夜になる夜は怖くて仕方がなかったものである。考えてみれば、今でもいとこ同士仲が良いのは、この頃の交流があったからに他ならない。

お坊さんにお経をあげてもらい、その足でお墓参り。いとこが建てたという墓に、今は祖父母とともに伯父も眠っている。不仲だった長兄の伯父の墓は隣にあり、参る人もいないのか、そちらは寂れた様子。周りにはどこの誰かもわからない人や、遠い親戚筋の人の墓がある。いろいろな人生が眠っているのだと思うと、不思議な気分である。

本当はもっと周囲を散策してみたかったのだが、集団で動いていたのでいろいろと都合に合わせないといけないこともあり、それは叶わなかった。できれば祖父の家のあった辺りにも行ってみたかったし、中山道沿いに栄えた町並みも今の姿を見てみたかった。子供の頃は、夏の夜に賑わう町中を興奮気味に歩き、川にかかる橋から花火を見た記憶がある。お盆の頃だったと思うが、あの夜の賑わいを懐かしく思う。

そんな望月に、伯父は愛着があったのだろう、航空自衛隊を定年退官した後、退職金で望月に家を建てている。その家にみんなでお邪魔する。都会ではようやく鳴き始めた蝉が、こちらでは盛りである。ただ、鳴き声は都会ではあまり耳にしない蜩だ。そして夜になると、街灯がなく、辺りは闇に包まれる。叔母の一人が、学生の頃夜道の暗さが怖くて本数の少ないバスを何十分も我慢して待った話などを聞かせてくれた。

翌朝、たっぷりと寝てもまだ朝早く、あたりを散歩する。ただ、田舎道は景色が変わらない。一歩舗装した道路を外れると、道に生える草には朝露が降りている。サンダルもすぐに湿ってくる。カエルやバッタが近づくごとに忙しく飛び交う。突然の来訪者で迷惑だっただろうか。川の流れる音が耳に心地よく響く。こう言う環境の下で暮らしたいと思うも、それはたまに来るからそう思えるのかもしれない。

先週読み終えた本『持たない幸福論』という本には、都会と田舎の行き来が説かれていた。どちらかではなく、一定期間行き来するという暮らしも悪くないと思う。そういう暮らしが、現実的にどこまでできるかどうかはわからないが、工夫してやってみたいと思ってみたりする。夏の間だけでも向こうで暮らすのもいいと思えてならない。

いずれ自分もどこかの墓に入るわけだし、それは多分、生まれてから今日までよりも短い期間のことだろう。ならば少しこれまでの枠から外れて、発想を広げてみるのも悪くはない。忘れていた子供の頃の記憶が少し蘇った旅であったが、それなりに思うところもあって、たまには良かったと思う。この夏のお盆には、久しぶりに従兄弟の住む御代田を訪れてみようかと思うのである・・・

【今週の読書】

 
    

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