2016年4月3日日曜日

リーダー不在の組織

リーダーやリーダーシップの重要性はあちこちで当たり前のように説かれていて、もはやそれは疑いようもない事実だということには誰も異論ないであろう。
それはまったくその通りだと思うが、ではリーダー不在の組織あるいはリーダーシップのないリーダーだった場合、どんなことになるのか。
それを今身近なところで感じている。

それは某ボランティア団体。
一応、役職は決まっていてそれなりに組織運用もされている。
だが、ボランティア団体ということもあるのだろう、「みんなの合意」を目指すからかもしれないが、そこには明確なリーダーシップがない。
それはそれで組織の性格上仕方ないのかもしれないが、リーダーシップ不在だとどうなるのか、そのまさに見本みたいになっている。

まず、「冒険」はしない。
みんなが合意するということを考えるので、「無難」な選択肢が常に選ばれる。
会費を集めても、無駄使いしないのは良いが、「冒険」もしないのでだいぶ余ってきている。
だが、それを使って組織の活性化につながるような施策をとなると、途端に異論が出てきてまとまらない。

もちろん、どんな組織でも様々な意見はある。
全員のコンセンサスを取っていたら、どんな組織でもいろいろ決めて前に進むというのは難しいだろう。相対立する意見について、「足して二で割る」という解決策が当たり前のようにとられる。
それが足しても二で割れない性格のものでも御構いなしだ。

かつてヤマト運輸の故小倉社長が、役員全員の反対を押し切って宅急便事業に乗り出したのは有名な話だ。
この場合、「やるか、やらないか」であって、双方の意見をそれぞれ立てて、間を取って「半分だけやる」などというのは愚かなことだ。
中途半端にやっても成功はしないだろう。

リーダーのいる組織、あるいは強力なリーダーシップを発揮できるリーダーのいる組織であれば、「足して二で割る」なんてことはせず、一つの意見を主張し、それを推し進めるだろう。
事実、小倉社長の鶴の一声の下、全社一丸となって宅急便事業に邁進したからこそ、今日のクロネコヤマトがあるのだろう。
ボランティア団体であっても、そうした強力なリーダーがいれば何だってできるものである。

そうしたリーダー不在であるがゆえに、「昨日と同じ今日を明日も過ごす」という私の最も嫌いなパターンを近年ずっと繰り返している。それに対して誰も問題意識を感じていない(少なくとも表立って表現していない)。
まぁ、たかだかボランティア団体だから、みんな軽い意識で参画していてそんなに問題意識など持っていないのかもしれない。
私一人が問題意識を持っているだけなのかもしれない。

これが民間会社だったら、未来はないだろう。
一時「決められない政治」などと言われていたのも、この類だと思う。
ボランティア団体だから害はないし、このまま衰退していっても誰が迷惑するというものでもない。
そういう意味では、私も冷静に研究できるところがある。

リーダーの役割は決断だ。
「皆さんいかがですか」なんてやっていたら、いつまでたっても決まらない。
リーダーは司会者ではないのである。
行くべき先を指し示し、メンバーを鼓舞し、決断して進む。
反対論に曝されても、「飛行機が飛び立つためには、逆風がないとダメ」くらいの心意気がないとダメだろう。

改めてそんなことを思い起こさせてくれるいい反面教師が身近にあって、まことに喜ばしい限りなのである・・・



【今週の読書】
 
  

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