2009年3月7日土曜日

小野道風のごとく


聖徳太子の頃に遣隋使を務めた小野妹子の子孫で、書道の神と崇められる小野道風には次のような逸話がある。

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道風は自分の才能のなさに自己嫌悪に陥り、書の道をやめてしまおうかと真剣に悩んでいた。そんなある雨の日、蛙が柳に飛びつこうと、何度も何度も挑戦しているのを見かける。

初めは不可能なことと蛙をバカにしていたが、いつしか蛙を応援している道風。その時、偶然に風が起こって柳がしなり、蛙は見事に柳に飛び移る。これを見た道風は蛙をバカにした自分を恥じる。

一生懸命努力をして、偶然を自分のものとした蛙ほどの努力を自分はしていないことに気づき、その後の血を滲むほどの努力をするきっかけになったといわれている。花札で人物が登場する唯一の絵柄「雨(に小野道風)」は、この場面を描いたものである。
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個人的にこういう話は大好きである。
「努力」などという言葉を使うのが、ちょっと憚られる昨今。
個人的にもあまり人前では使いたくない。
でもやっている事はこの言葉通りのような気がする。

例えばこういう話がでるとすぐに、「自分だったらどうする?」と考えてしまう。
以前ご披露した「北風と太陽」でもそうだったように・・・
もしも自分がこの蛙だったら・・・

まずは人前で何度も何度も飛びつくようなマネはしないだろう。
早朝とか深夜とか、とにかく人のいない時間帯にやるのである。
冷静に自分のジャンプ力と柳の高さを比べて、あとどのくらいの高さが必要なのか研究するのだ。
そしてもしもその差を埋めるのに風の力が必要であるなら、風のタイミングをじっと待つ。
成功したらもう一度。そしてもう一度・・・
何度か繰り返して確かなものにしてから、人前に出て行くのだ。
何食わぬ顔で出て行って、やってみたら偶然できてしまったような顔をするだろう。

そう言えば大学時代、ラグビー部ではいつも私が部室に一番乗りだった。
そしてみんなが来る前に一人でバーベルを上げていた。
一人で黙々とバーベルを上げるあの時間帯が、けっこう好きだった。
あの頃あんなに鍛えた筋肉も、今や「いい思い出」となってしまった。

何か新しい柳の枝が、自分には必要だと感じるこの日この頃である・・・
   
  

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