2022年10月9日日曜日

生きることは悩むことなのか

 「人間は生きている限り悩むものです」とは、瀬戸内寂聴さんの言葉であるが、本当に次から次へと困難が生じてくる。心休まる時がない。今も元勤務先の社長との裁判を抱え、弟の金銭トラブルに巻き込まれ、それには両親も巻き込まれて母親が心を痛めており、その母親も最近記憶力が急速に劣化して時々支離滅裂なことを言うし、腰の痛みなどから家事もおぼつかなくなり心配が絶えない。我が身も妻との関係が改善せず、仕事も「問題のモグラ叩き状態」である。

 心穏やかに暮らしたいなぁとつくづく思うも、なかなかそうは行かない。振り返れば50代に入って苦悩の量が劇的に増えているような気がする。どうして毎日満足感に満たされて過ごせないのだろうかと思わずにはいられない。人を羨みたいとは思わないが、順風満帆な人生を送っているように見える友人知人を見るにつけ、ついつい羨ましくて仕方がなくなる。自分と何が違うのだろうか。どうすれば良かったのだろうか。どうすれば良いのだろうか。

 「幸せは気づくもの」という言葉がある。この言葉を知って随分と救われたように思う。苦悩に満ちた生活でも、そこには誰でも気づかない幸福があるのだと言う。たとえば、仕事では問題のモグラ叩き状態ではあるものの、「それは仕事があるから」である。もしも失業状態であれば、確かに日々生じる問題に煩わされることはないが、その代わり収入が絶えて家族を養えないという状態になる。それは想像するだに絶えられない恐怖。それに比べれば、いくらでもモグラ叩きをしようという気になる。

 裁判もまだどうなるかはわからないが、例え負けても全財産を奪われることはない。手にした退職金を失うだけである。それも恐怖であるが、幸い元職場の同僚が一蓮托生の仲間としているので、精神的には軽くなっている。1人で苦悩しているわけではない。それにこの役割をこなせるのは自分だけだったのであるから、他人に運命を委ねるよりも自分で矢面に立つ方がまだ良い。それに負けない可能性もまだまだある。

 弟の金銭トラブルも解決する可能性はある。例え解決しなくても、それは弟の問題。自分については、弟に貸した金が返ってこないだけ。ただ、裁判の敗訴とダブルパンチとなった時はかなり厄介かもしれない。母親も会話ができないというわけでもないし、同世代の友人知人の中にはもう親のない者も珍しくないわけであり、まだ両親が揃っていて話ができるというのはそれだけでも幸せかもしれない。

 友人知人先輩後輩の中には、金銭的に恵まれている者も多い。どういう伝手なのか会社社長に収まって年収数千万円とか、勤務先が上場して持株の価値が億を超えたとか聞くと心穏やかではいられない。しかし、子供がいなかったりすると、そこにはまた自分のわからない苦悩があるのかもしれないと思ってみたりする。夫婦2人で悠々自適の人生を送れても、子供を持つことの幸福は得られないわけであり、どちらがいいかと問われれば、金よりも子供のいる今の自分の生活を選ぶだろう。

 この身に降りかかる様々な困難はなんとか自分で引き受けられている。これを家族の誰かに肩代わりさせることはできないし、したくない。そう考えれば、この苦悩を背負って行くのも仕方ないかもしれない。と考えてきたところで、新たな恐怖に駆られる。それは「もしも自分が明日死んだらどうなるのだろう」ということである。少なくとも裁判の方は家族では対処できない。事情もわからないからなす術もなく負けてしまうかもしれない。

 そこで取り急ぎ財産目録を作成した。銀行口座と証券会社、生命保険会社、裁判では連絡を取るべき人、パソコンとiPhoneのパスワード。住宅ローンは銀行に連絡すれば団信でチャラになるし、生命保険金を滞りなく手にすることができれば、とりあえずなんとかなるだろう。考えれば、子供もまだ学生だし、自分の役割はまだまだ果たし終えていない。大事なのは生き続けることであると今は言えるだろう。

 なぜ苦悩ばかりが頭を占めるのかと考えてみると、それは心穏やかなことは目立たないからだと思う。生きていることがまず第一であるが、生きているからこそ生きていることは意識に上らない。自分も家族も健康であるから、自分の健康も家族の健康も気にならない。仕事があるから失業の恐怖も感じない。この週末、洗濯機が故障して大騒動になったが、それ以外の家電製品はきちんと機能しているから気にもならない。

 靴の中に小石が入ると、それだけで人生の大問題であるかのようにそれが気になって仕方がなくなるとは、ショーペンハウアーの弁。例えそのほかのことすべてに恵まれていても、人間は靴の中の小石を気にするという。実にその通りであると思う。まぁ、そう考えると、苦悩も仕方ないのかと思えてくる。逃げたくなるのは山々であるが、逃げるよりも受け流す方法を考えるほかないのかもしれない。そう考えてくると少しは苦悩も和らぐ。そう自分を慰めて、明日もまた頑張ろうと思うのである・・・


Anja-#pray for ukraine# #helping hands# stop the warによるPixabayからの画像 

【本日の読書】

 



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