小学生の頃、床屋に行くと言うたびに、母親から「顔を剃らないように言いなさい」と言われた。「どうして?」と問うと、「髭が濃くなるから」と。その時はよくわからないまま言われる通りにしていた。しかし、後日、大学生になってから後悔したものである。「言われた通りにしなければ良かった」と。と言うのも、その頃髭を伸ばしたいと思うようになっていたのであるが、どうも自分は髭が薄くて思うように生えなかったのである。よってその時になって母親を恨んだというわけである。
やがて社会人になったが、選んだ職業は銀行員。ドレスコードで髭はしっかりと禁止されていた。以来、髭を生やしたいという思いを封じ、朝起きて髭を剃る毎日。土日には髭を剃らないことにしているが、あわせて連続休暇の時に剃らないのが長年の習慣。それは肌を休めると言う反面(私は電動シェーバーは使わないのである)、髭を伸ばしたいという想いに対するささやかな意思表示。土日は大したことはないが、連続休暇は9〜10日間に及ぶので、結構伸びる。ただ、結婚してからは妻の評価は悪い。
そもそもであるが、女性は男の「毛」に対して嫌悪感が強いように思う。髪の毛はともかく、髭や腕や胸や足などの体毛については特にである。その結果、美に聡い男子は「ムダ毛処理」をやっているそうで、私の感覚からするとこれはまったく受け入れられないもの。そんなものに金と時間を費やすなら、ベンチプレスに金と時間をかける方を選ぶだろう。人の趣味にとやかくは言わないが、それがモテる秘訣だと言われても、そんなことをしてモテるならあえてモテない道を選ぶだろうと嘯いてしまう。
50歳で銀行を辞め不動産業界に転じた時、脳裏を掠めたのは、「髭を生やそうか」という想い。しかし、長年髭など生やさずにきたものだから勇気が出ない。それに1年先に入社した人が、入社に際して「髭を剃れ」と言われて剃ったと聞かされたので断念した。正式なドレスコードはないものの、「社長の意向」という暗黙のドレスコードがあったのである。そしてこのまま自分は髭を生やすことなく終わるのだろうなと漠然と感じていた。まぁ、生やすとしたらリタイアした後だろうが、その時にどうなっているかはわからない。
そんな状況に転機が訪れたのは思ってもいなかった転職である。不動産会社の社長が、社員の誰にも告げることなく会社を売却し、ちょうど1年前、今のシステム開発会社に転職した。まず驚いたのは、会社の若者の自由な服装。Tシャツにジーンズといった出立。ネクタイはおろか、ワイシャツを着ている者すらいない。さすがに社長や部長らはビジネスモードだったが、ドレスコードは暗黙のものさえない状態であった。もちろん、とは言え、Tシャツのお兄ちゃんもさすがにビジネネス面談ではワイシャツ姿である。
それに加えて、現在のコロナ禍環境。みんな当たり前のようにマスク姿。ふと見ると、ある課長がペットボトルを飲む際にマスクをずらすと無精髭がのぞいた。そこでこの夏、思い立って夏休み突入と同時に髭を剃るのをやめ、そのまま伸ばすことにした。もちろん、さすがに頬や顎髭はマスクでもカバーできないので、休みが終わるとともに剃り落としたが、口髭はそのままにした。以来、3週間。口髭はそれなりに成長している。
髭も人によって様々であるが、私の場合、それほど「密度」は濃くない。人によっては芋虫みたいな髭の人もいるが、私は頑張ってもそうなりそうもない。それはそれで良かったと思うが、伸びてくると「無精髭の延長感」に満ちている。それなりに「お手入れ」が必要であるのは、一応想定はしていたものの、「やはりな」という実感である。これが面倒くさそうである。髭を生やす上での最大のネックになりそうである。
生やし始めると、気になるのは周りの反応。まず家族の反応であるが、妻は冷ややか。もともと髭面を嫌っていたところがあるが、ラブラブな時代は「嫌だ」と意思表示していたが、無関心なこの頃は「本人が似合うと思っているならいいんじゃない」と私に直接ではなく娘に語る始末。娘はニヤリとしただけ。息子は気づいていると思うが、無反応である。実家の母親は批判を口にしない。唯一、父親だけは「俺も生やそうかな」と言ってくれた。やはり男同士である。
職場ではマスクをしているので、部下の女性陣は気づいていないのかもしれない。社長とは飲みに行った時にマスクを外したが、ノーコメント。少なくとも否定はない。当面、外部の人と会う時はマスクをしているので問題は生じない。マスクを外したところで他所の会社のことだからクレームが出ることもない。ということで、しばらくはこのままにしていこうと思う。
髭はイスラム圏に行けば男らしさの象徴である。文化の違いであるが、当たり前のように髭が受け入れられる文化は羨ましく思う。これからは、周りの反応を気にすることなく髭を生やしていたいと思う。唯一のネックは「お手入れ」だろうか。さすがにこれを否定する気はないが、面倒臭くなった時、それが髭を剃る時だろう。その時がすぐかどうかはなんとも言えない。それはともかく、長年の思いでもあるし、しばらくは鏡の中の髭顔を楽しみたいと思うのである・・・
BirgitによるPixabayからの画像 |
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