2021年12月23日木曜日

残業

 残業と言うと嫌なイメージがつきまとう。それは当然であり、誰でも仕事はさっさと切り上げてプライベートの時間を確保したいと思うものだろう。ただ、一方で残業をすれば「残業手当て」という収入が得られるのは確かであり、この収入がわずかであってもバカにならないものであり、その点ではしっかり「残業で稼ぐ」ということをしたいというのも正直なところであろう。最も管理職になると、残業をしても残業手当てはもらえなくなるのでこの限りではない。私ももう何年も残業手当てというものをもらっていない(残業をしていないわけではない)。

 私が大学を卒業して銀行に入ったのは1988年。昭和で言うと63年。つまり昭和最後の世代である。当時は、「新人が早く帰るのはもっての外、少しでも仕事を早く覚えるために先輩より早く帰ることはあり得ない」という時代。さらに「収益に貢献していないのだから、残っていても残業代などもらえなくて当たり前」ということが加わる。いわゆるサービス残業というものであるが、私もこれが苦痛であった。当時は残業は申告式であり、今のようにパソコンの起動時間で否応無く記録が残るということはない。自分で書かなければそれまでである。当時は毎晩ため息とともに寮に帰ったものである。

 しかしながら、若い頃に遅くまで仕事に没頭するということが必要なのも事実である。ワタミの渡邉会長やユニクロの柳井会長などは、若い頃の苦労を推奨しているが、自分の経験を振り返ってみてもそれはある程度必要だと思う。身体を壊すほどのものは「過ぎたるは及ばざるが如し」であるが、残業=悪だとばかりに決めつけるのも良くないと思う。そんな考えからだからでもあるが、今の会社でも新人が遅くまで残って残業をしているが、ついつい暖かい目で見ている次第である。

 しかしながら、最近、我が社の一部の新人の残業にはちょっと問題感を感じたのも事実である。彼は端から見ると毎日遅くまで残業をしていた。勤務報告書を見ると、前月の残業時間は60時間に達していた。三六協定で定める月45時間を優に超えていたのである。しかしながら、現場の評価は低い。曰く、「無駄な作業が多い」ということである。年末の賞与の評価は同期からはワンランクダウンとなっていた。遅くまで頑張ってもそれが報われていない。そこで彼と話をした。

 喩えとして、毎日定時で帰るA君と毎日残業しているB君を挙げ、2人の仕事量が同じだった場合、A君は基本給のみで、B君はそれに残業手当てがつく。仕事量が同じなのに収入が違う。これに対し、感想を尋ねると、彼は「不公平だ」と答える。A君にしてみれば、同じ仕事量なのであれば給料が多い方がいい。となれば、必然的にA君はわざと仕事をゆっくりとこなし、残業をするようになるだろう。それは会社にとっては好ましくない。そこで賞与で差をつけ、翌年の昇給あるいは昇格で差をつけることになる。目先ではB君はA君より収入は多いが、すぐにその差は逆転する。

 彼にはそんな話をし、仕事のやり方を見直してみるように伝えた。上司や先輩のアドバイスを求め、工夫をしてみたらどうだろうかという感じである。彼もバカではないので(実際、同期よりもボーナスが少なかったのである)、きちんと理解してくれた。「ゆっくり働いて残業代を稼ごう」という文化が社内に育つことのないようにしないといけない。その昔、経営コンサルタントの大前研一氏は、日立製作所に入社し、仕事を終わらせて毎日定時に帰っていたそうである。あの時代だから周囲の目も厳しかったと思うが、今は(会社によるかもしれないが、我が社なら)できる。仕事があるならハードワークを厭わず、終わったならさっさと定時で帰るようにしたらいいと思う。

 今は、私もほとんど残業をすることなく帰っている。残業をしても残業代がつかない立場であるということもあるが、無駄に残る必要性も感じないし、それより「手を動かしてナンボ」という仕事でもない。風呂にゆっくり浸かりながら仕事のことを考えていたりするといろいろとアイディアが湧いて来ることも多い。出勤している時だけが就業時間ではない。成果主義でもあり、ワークライフバランスとも言えるが、求められていることを(求められている以上に)きちんとこなしているので、仕事が(大変ではあるが)面白いと言えるし、とても満足している。

 残業も連日に渡って遅くまで続けば疲労も溜まる。そうなれば「楽しい」などと思えるゆとりは無くなるが、ある程度であれば苦にはならない。それが自分でコントロールできればいいが、できないと辛い。自らやる仕事であれば残業も苦にならないし、やらされ仕事だと苦痛だろう。私の新人時代のように。若手は必死に目の前のことをこなすのに精一杯であるが、上の立場に立てば、「なぜ残業しないと終わらない」のかを考え、それが取引先との契約なのかオペレーションのどこかに問題があるのか、それを見極めて仕組みとして残業を減らさないといけない。立場によっては考えることも違う。

 残業の捉え方も一律ではない。私の場合は、どうやって我が社の社員の残業を減らすかが当面の課題の一つである。昭和の感覚は捨て、令和の時代に合わせた残業のあり方を考えたいと思うのである・・・


mohamed HassanによるPixabayからの画像

【本日の読書】
  


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