2019年11月19日火曜日

数字の意味するところ

 先日読んだ『偏差値37なのに就職率9割の大学』という本で、「就職率」についての話が載っていた。普通の大学では、「就職率」は「就職者数」/「就職希望者数」で算出しているとのこと。ところがこの本で採り上げられている金沢星稜大学では、「就職者数」/「卒業者数」で算出しているという。当然ながら卒業生の中には「就職を希望しない人」もいるわけであるから、金沢星稜大学の算出方法の方が一見、就職率が良いように思える。実際、この本の著者(金沢星稜大学就職課課長)の立場からいけば、それを大いにPRしているわけである。

 それを否定するつもりはないのだが、ふと「本当に就職率が高いのはどちらなんだろう」と考えた。普通に考えれば、全卒業生を分母にした方がいいように思える。「就職希望者数」とすると、分母が「就職希望者数」<「卒業者数」であるから、当然「就職希望者数」を分母にした方が「就職率」は高くなる。大学の一つの売りである就職率を高くするには、この方法が選択されるのもよくわかる。だが、「就職を希望しない人」を無理に分母に含める意味はあるのだろうかと思う。

 就職を希望しない人とは、たとえば家業を継ぐことが決まっていたり、大学院へ進学したり、海外留学やアーティスト志望などいろいろいるだろう。それはその人の人生であって、「就職だけがすべてではない」。そう考えると、「就職を希望する学生がどれだけ就職できたか」がむしろ大学としての「就職率」と言えるのではないかと思う。たとえば自分が就職率の良し悪しで大学を選ぶとしたら(あくまで「喩え」であって、自分はこんな基準では大学を選ばないが、その議論は置いておく)、「就職者数」/「就職希望者数」で就職率を算出している方を良しとするだろう。

数字を提示された場合、それを無条件に鵜呑みにするのではなく、その数字が何を意味しているのかを深く考えるようにしたいと思う。たとえば、日本の刑事裁判では「有罪率」が99.9%だと言われる。これをもって日本では刑事裁判で無罪を勝ち取るのはかなり難しいことであるという風に説明されることがある。日本の刑事裁判の有罪率が高いのをまるで大問題であるかのように語る論調があるが、これもよく考えればおかしな意見であると思う。

刑事事件で警察に逮捕されると、そのあと検察に送られて検察が起訴するかどうかを決める。当然、裁判で争って有罪にできるかどうかを判断して起訴するわけである。司法には「疑わしきは罰せず」という大原則があり、「疑わしい」というだけでは刑罰を受けることはない。「確実に(疑う余地なく)有罪である」と立証しなければいけないわけである。そうすると、当然証拠の収集等はきっちりやって、大丈夫と判断して起訴するわけで、それが有罪になるのは当然で、むしろ100%であるべきとも言える。やたらめったらとりあえず起訴されて裁判になれば、それは有罪率は下がるかもしれないが、起訴された方はたまったものではない。むしろ有罪率が100%でないことを問題視すべきだと思う。

また、我が国は欧米などから比べて失業率が低いとされているが、そこで使われる「完全失業率」とは、「労働力人口に占める完全失業者の割合」であるが、ここでもそれを鵜呑みにはできない。というのも、各国で調査の定義がさまざまであるらしく、たとえばアメリカでは、就職が決まって自宅待機中や一時解雇者も失業者に含み、イギリスなどでは、家族従業者、自営業主を労働力人口に含めないという。さらに、国際労働機関ILO基準では、就職内定者を失業者に含むが、日本は含まないらしい。となれば、単純に数字だけ比較をしても意味はない。

私は仕事で不動産の賃貸管理をしているが、空室が少ないという意味で「稼働率」を出してPRしている。しかし、自分で出しながら疑問を抱いている。というのも、稼働率は「月末時点」での「入居室数/全賃貸室数」で算出しているが、中には16日に退去したが、すぐに次の申し込みが入って翌月10日に入居したというケースもよくある。この場合、「月末基準」にすれば「空室1」であるが、「月央(15日)基準」にすれば「空室0」である。切り口によって数字が変わるのである。

また、同じ稼働でも「質」の問題はある。たとえば相場の家賃が911万円のところで、9万円で募集すればすぐに申し込みは入るが、11万円で募集すればちょっと時間がかかるのが普通である。9万円ですぐに入ってもらうのと、11万円で入ってもらうのにたとえば3か月かかるのとを比べると長いスパンで考えれば後者の方がいい。単純に稼働率が高いからといって、それだけで管理会社の実力を測るのは難しい。

金沢星稜大学が全卒業生に対する「就職率9割」を誇るといっても、「質」という意味での就職先は曖昧である。上場企業に就職する学生も多いらしいが、たとえば東大あたりでは就職するのはほとんど上場企業かそれに準じるところだろう。就職を希望しないといっても、大学院や留学などかもしれない。その結果、全卒業生に対する就職率が7割だったとしても、「就職率9割を誇る」金沢星稜大学とはその「質」においては比較にすらならないだろう。

刑事裁判においての有罪率99.9%についても、「求刑」と「判決」のギャップも興味深いところである。たとえば「求刑懲役10年」が、「判決」で「懲役7年」とかなる場合のギャップである。求刑する検察官も、たとえば必ず求刑より30%程度減刑されるのを見越して、本来求刑したい刑期の3割増しで求刑したりするような水面下の動きがあったりするのだろうかと想像してみたりする。

 いずれにせよ、表面上の「〇〇率〇%」といった数字は、それが意味するところをよく考えないといけないと思う。いろいろなところでそういう数字を見かけるが、見かけの数字を単純に信じてはいけない。その裏にある意味を考えないといけない。そんなことをつらつらと読後に考えたのである・・・




【本日の読書】
 
   
    

0 件のコメント:

コメントを投稿