2009年1月4日日曜日

言葉の持つ力

 
初めに言葉があった
言葉は神と共にあった
言葉は神であった
(ヨハネによる福音書)

思うに何気ない聖書のこの言葉は言葉の本質をついている。
多くの宗教の中でキリスト教が生き残り、世界中に広まったのは何より「愛の宗教」と言われるその教えであるが、それを伝えたのは言葉である。

単にメッセージを伝えるだけではない。
我々日本人は言葉の持つ影響力を重視してきた。
言霊信仰である。

楽しみにしていた旅行を前にして、一人が「当日雨だったりして…」なんて言ったとする。
本当に雨が降ると、「お前が縁起でもない事を言うからだ」と批難したりする。
もちろん、雨が降ったのは彼の言葉が原因ではない。

またこれからの受験シーズン、受験生のいる家では「落ちる」だの「滑る」だのの言葉は禁句になったりする。
あるいはどのアパートにも4号室はない。

そうした言霊信仰は行き過ぎのところもある。
しかし、使う言葉を選ぶ事は「神が宿る」言葉を使う上で重要だ。
最悪の事態を想定して物事に対処する事は大事なことであろう。
だが目標そっちのけで最悪の事態ばかり考えていたら、道は最悪の事態へと続く事になるように思う。

言葉には確かに不思議な力がある。
かつてラグビーをやっていた頃、きつい時こそ弱音は厳禁だった。
「まだまだ」と言うともう少しの力が出たものだ。
仲間の一言で最後の踏ん張りができた事もある。
苦しい試合中に衰えかけた闘争心に再び火をつけるのは言葉である。
そしてその一言が言えるかがキャプテンの重要な役割だ。

使う言葉の重要性はスポーツにとどまらずあらゆる事に及ぶ。
だからネガティブな言葉はなるべく使わないようにしている。
人から言われるのも、したがって好きではない。

新年にあたり今年の目標を言葉にして日記に記した。
毎日眺めるつもりだ。
今はちょっとした苦境にあるが負けるつもりはない。
「まだまだ大丈夫」と自分に言い聞かせている。
なんとしても壁を突破しないといけない。
今年は一層ポジティブな言葉を意識して使いたいと思うのである・・・


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