2023年11月11日土曜日

海水浴の思い出

 先日、金沢へ出張に行った。北陸新幹線に乗るのは初めてであったが、線路は糸魚川で日本海に行き当たり、そこから西へと進路を変える。窓の外には日本海が見える。その日本海を見ていて、小学生の頃、一度だけ直江津に海水浴に行ったのを思い出していた。当時、長野県の御代田に住む従兄弟の家に春休みと夏休みに1人で遊びに行くのを楽しみにしていたが、その時ちょうど町内会で海水浴に行くことになっており、私も一緒に連れて行ってもらったのである。長野県には海がない。近い海となると、関東へ出て太平洋というより、北上して日本海だったのだろう。

 初めての日本海。そこは直江津の海水浴場だったが、波がとにかく静かだったのを強烈な印象として覚えている。朝早かったのと、電車の中でおにぎりを食べた事以外はほとんど忘れてしまったが、波が本当にかすかにあるというくらいの海だけは覚えている。それまで太平洋の波を見ていて、それが普通だと思っていた。波が打ち寄せる音と波飛沫が飛び散るのが当然だと思っていたので、そよそよと打ち寄せる波に驚いたのである。外洋につながる太平洋に比べると、日本海は内海だから波も穏やかだというような説明をされて納得したものである。

 その頃、御代田に遊びに行く以外の楽しみと言えば、海水浴だった。あまりたくさんは覚えていないが、小学校の低学年の時には、木更津や鎌倉に行った記憶がある。木更津は友達2人とその母親とで、確か友達のお母さんの1人の実家だったように記憶している。そこで生まれて初めて潮干狩りをしたのである。父親がいなかったのは、当時は週休1日の時代で、平日たっぷり働いた父は貴重な休みの日まで出かけたくなかったのかもしれない。友達とその母親とみんなで伊豆に行った記憶もある。どこも昭和の週末母子家庭だったのかもしれない。

 その中でも鎌倉は唯一(記憶に残っている限りという意味でだ)、家族で行った海水浴である。旅館の部屋で父が海水パンツに履き替えている時、中居さんがガラリと引き戸を開けて入ってきた。慌てて、「すみません」と戸を閉めたが、何を思ったのか親父は「いいですよ!」と声を掛けて母に咎められた。子供の頃は、そういうつまらないエピソードをよく覚えていたりする。その時の記憶なのかよくわからないが、夕方遅くまで海に入っていて遊んだ記憶がある。

 小学校の高学年になるともう少し記憶も鮮明になってくる。千葉の九十九里浜に少年野球の合宿で行ったのを覚えている。午前中に練習して、午後はプールだった。波が荒くて子供を遊ばせるのは危険だと思ったのだろうか、海水浴ではなくプールだった。さらに中学の頃だったかもしれないが、やはり友人とその母親と3組くらいでどこぞの海に行ったこともある。その時の強烈な記憶は、夜の浜辺で見たUFOと思しき不思議な光だろうか。動きからしてスピードもあり、その時はUFOかもしれないと思ったが、真相は謎である。

 高校時代に海水浴の思い出はなく、最後は大学の時だ。ラグビー部の同期の男だけで千葉に実家のある男の家に泊めてもらい、近くのビーチに繰り出した。男だけでよくも行ったものだと思う。女の子に声をかける勇気があるわけでもなく、浜辺で腕相撲などくだらないことをしていた。1人ウィンドサーフィンの経験がある者がいて、ボードを持ってきていたのでみんなでやってみた。しかし、まともに立つことすらできず、傍から見ていたらコメディグループに見えたかもしれない。

 その後、社会人になると、場所は海外に移る。セブ島では体験ダイビングをやり、ニューカレドニアでは無人島に行き、娘はワイキキビーチで海デビューした。グアム、サイパン、国内では沖縄。子供が生まれると、自分の楽しみというより、子供を楽しませたいという目的に変わる。自分と比べると、私の子供はずいぶんと恵まれている。足の指が見えるくらい透明度の高い海ばかりだと、海というのはみんなそんなものだと思いもしないかと心配になる。由比ヶ浜などに行こうとすれば、濁った海水と渋滞とで辟易するに違いない。

 子供も大きくなると、家族で海水浴ということももうない。次は孫ができた時かもしれない。何年先になるかわからないが、その時体力がなくなっていれば一緒に楽しむのも覚束なくなるだろう。「財布」として呼んではくれるかもしれないが、一緒に海に入って楽しむ日が再びくるだろうかと思ってみたりする。新幹線の車窓に広がる日本海を見ながらそんな事を考えていた。仕事でなければ途中下車して浜辺まで行ってみたいと思った。日本海の波はやっぱり静かなのか。機会があればもう一度行って確かめてみたいと思うのである・・・

sarahbernier3140によるPixabayからの画像

【本日の読書】

 





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