2023年5月17日水曜日

論語雑感 述而篇第七(その10)

 論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感。

【原文】

子謂顏淵曰、「用則行、舍之則臧。唯我與爾有是夫。」子路曰、「子行三軍、則誰與。」子曰、「暴虎馮河、死而無悔者、吾弗與也。必也臨事而懼、好謀而成者也。」 

【読み下し】

顏淵がんえんひていはく、もちゐらるればすなはおこなひ、られすなはかくる、ただわれなんぢこれかな子路しろいはく、ぐんおこならば、すなはたれにせむ。いはく、とらしのぎてかはかちわたり、くいなきものは、われにせなりかならなりことのぞおそれ、はかりごとこのさむものなり

【訳】

先師が顔渕に向っていわれた。

「用いられれば、その地位において堂々と道を行うし、用いられなければ、天命に安んじ、退いて静かに独り道を楽む。こういった出処進退が出来るのは、まず私とお前ぐらいなものであろう。」

すると子路がはたからいった。

「もし一国の軍隊をひきいて、いざ出陣という場合がありましたら、先生は誰をおつれになりましょうか。」

先師はこたえられた。

「素手で虎を打とうとしたり、徒歩で大河をわたろうとしたりするような、無謀なことをやって、死ぬことを何とも思わない人とは、私は事を共にしたくない。私の参謀には、臆病なぐらい用心深く、周到な計画のもとに確信をもって仕事をやりとげて行くような人がほしいものだ。」

『論語』全文・現代語訳

************************************************************************************

 

 あれは高校生の時だった。親戚の家が引っ越すことになり、ラグビー部に入って体を鍛えていた私は手伝いに駆り出された。親からすれば当然の考え方だったと思うし、私も積極的に手伝う気になっていた。ところが、いざ行ってみるとやる事はあまりなく、片付けなどの軽作業で、わざわざ私が行くほどのことでもなかった。手持ち無沙汰にしていて、母親に怒られたものである。ただ、言われていた力仕事があるわけでもなく、たいして活躍の場があるわけでもなく、モチベーションが上がることもなかった。半分小言を言われながら帰った記憶がある。


 先日は朝から続けて来客があった。最初の客とは込み入った話もあり、私は同席していた社長に配慮しつつ、積極的に発言し、交渉の主導権を握った。次の顧客は別の担当者が主導。私は呼ばれて参加したが、特段助けが必要なほどでもなく、社長と担当者に任せて頭の中は別のことを考えていた。求められれば精一杯の力を尽くすし、そうでなければ人に任せるのも厭わない。むしろ控えていて存在感を消すようなつもりでいる。孔子に比肩するなどとおこがましいことを言うつもりはないが、自分がやらなければならない場面とそうでない場面とはきっちり分ける方だと思う。


 そんな私がいざ出陣となったら誰を連れて行くだろうかと考えてみる。おそらく、「ついてくる人」だろう。たぶん、自分からは積極的に選ばない。私は基本的に「現有戦力で戦う」という考えでいる。優秀な選手を揃えれば勝つのは簡単。ただそれは「優秀な戦力」があったから勝ったのであり、「私の力」ではない。「私の力」で勝つには戦力を選んでいてはいけない。戦力を選ばずして勝つ。それでこそ醍醐味があるように思う。もちろん、それで負けるかもしれない。勝つことを至上命題と考えれば、メンバーも選ばないといけない。時と場合にもよるが、基本的な考えは上記の通りである。


 では、「素手で虎を打とうとしたり、徒歩で大河をわたろうとしたりするような、無謀なことをやって、死ぬことを何とも思わない人」を参謀とするかについては、その人が「現有戦力」であるなら私は厭わない。なぜなら人は誰でも得手不得手があるものである。慎重さを欠く人であるなら、それを念頭にその人を用いれば良い。猪突猛進タイプが成功する場面もあるだろうから、そういう場面で活躍してもらえば良い。その人のある一面をもってダメとするのではなく、得意な場面で活躍してもらい、あるいは教え導く必要があるならそうすべきだと思う。


 今の会社でも取締役の1人がその役割を果たしておらずに問題になっている。部長兼務であるのだが、どうしても部長として仕事をしていて、取締役としての仕事をしていない。一部には辞任してもらうという意見もあるが、その人にもいいところはあり(だから取締役に抜擢されたのである)、であれば相応しい考え方を身につけてもらえば良い。人は簡単には考え方は変わらない。しかし、さまざまな機会を経て信頼関係を築き、考え方を知ってもらえば変わるかもしれない。その努力はすべきだと思う。


 人間関係は選ぶより自然の出会いの方を重視したい。今のシニアラグビーのチームは、今シーズン10年ぶりに最下位を脱出した。負け試合の多い、言ってみれば弱いチームである。だが、強いチームに移ろうなどとは微塵も思わない。チームのメンバーとの出会いも何かの縁。強いチームに移って勝つのではなく、今のチームで強くなって勝ちたいと思う。一番の会社に入るのではなく、入った会社が一番になるように頑張る。出会った人とそんな風に頑張りたい。


 孔子の考えもよくわかる。意見の合う人とタッグを組む方が問題は少ないし、何事もやりやすいだろう。そこは個人としての意見の違い、居心地の良さの違いである。縁あって入ったチーム、入った会社。そこで縁あって一緒になった人たちと頑張りたいと思うのである・・・


Mohamed HassanによるPixabayからの画像 

【本日の読書】

 





0 件のコメント:

コメントを投稿