2023年2月12日日曜日

人目を気にしたくない

 日中、外出すると、この頃マスクをしていない人をちらほら見かけるようになってきた。ほぼ3年にわたって我々を苦しめてきたコロナ禍も58日には季節性インフルエンザと同じ「5類」へ移行されるという。既にマスクについては、「原則として屋外では不要、屋内では着用を推奨」とされているから、道を歩く人がマスクをしていなくてもいいわけであるが、まだまだマスクをしていない人を見ると、思わず目が行ってしまうのは、やはり慣れてしまったからだろうと思う。

 新型コロナ対策としてのマスクの着用について、政府は来月13日から屋内・屋外を問わず個人の判断に委ねる方針を決定した。政府の指針では、全員が着席できる新幹線や高速バス内でのマスクを不要とする一方、混雑する通勤電車やバスでは引き続き着用を勧めている。58日を待たずとも、マスクをしなくてもいい環境に戻っていくのだろう。自分はそれに対してどうするだろうかと思うに、多分しばらくはマスクをしているだろうと思う。

 日本人は割と周りを見て行動するところがある。「赤信号みんなで渡れば怖くない」という精神が行き渡っている。だからたぶん来月13日になっても一気にマスク姿を見かけなくなるということはないのではないかと思う。ただ、私がしばらくマスクをし続けるであろうという意味は、これとはちょっと違う。周りの目というより、気を使うのが面倒だという理由である。外を歩く時は外し、通勤電車に乗る時はつけ、降りて歩く時はまた外し、なんて面倒この上ない。

 特に通勤時間帯は私にとって読書タイムである。いつも読んでいる本の世界に集中するため、同じ時間の電車の同じ車両に乗り、意識を本に集中させたままでも乗り換え等間違いなくできるようにしている。ゆえにマスクになどに意識を取られたくはない。つけるかつけないかのどちらかしかない。そして混雑した通勤電車内では引き続き「推奨」されるというのであれば、付けっぱなしでいる方が「考えなくて済む」。人目を気にしなくて済む方法に合わせるのが一番楽である。

 もともと私としては、「人目を気にする」事が大の苦手である。人が何をどう思うかなんてわかるわけがないと考える私は、昔から空気を読んだり合わせたりするのが大の苦手であった。よほど恥ずかしい行為であれば別であるが、そうでなければ人がどう思おうと気にしないのが私の基本的な考えである。だからファッションなんかは特に困惑する。人がどう思おうと、着たいものを着ればいいではないかと考える。だから「それ変!」と言われると戸惑ってしまう。

 その昔、結婚した当時だが、妻に持っている服をことごとくダメ出しされたなんでダメなのか自分ではまったくわからなかった。機能的に問題なければいいじゃないかと思うが、流行遅れなのかどうなのか、着るなという。まだ着られるものを着ないのはもったいない。今で言うエコ精神であるが、よほどみすぼらしい格好でなければ構わないと(今でも)思う。たとえみすぼらしくても、今では穴の空いたジーンズだってファッションだと言うのだから(私はそんなジーンズを履く気はサラサラない)、それもファッションだと言えてしまいそうな気もする。

 そんなの気にしていたら表は歩けなくなる。だから、ドレスコードがゆるい今の会社でも何も考えなくていいスーツを着て毎日出勤している(私服で出勤となったら苦痛である)。マスクもしたがってしている限りは何も考えなくてもいいだろうから、当分はつけたまま過ごすと思う。そして世の中の大半がマスクを取るようになり、何も考えずにマスクなしで歩けるようになってからマスクを取ると思う。

 ただ、すべてがこうだとは限らない。自分が信念を持ってやるものであれば、人が何と思おうと、世の中で自分1人であろうとやると決めたらやるだろう。それもまた違う意味で「人目を気にしない」と言えるのかもしれない。何にせよ、「マスクをつけるかつけないか」などという些細なことで人目を気にしたくはない。そんなことをマスクなしで歩く人を眺めながら、つらつら思ったのである・・・


Justin KilianによるPixabayからの画像 

【本日の読書】

  


0 件のコメント:

コメントを投稿