2019年1月4日金曜日

2019年新春雑感

今年も新しい年が明けた。昨年同様、1人近所の北野神社にお参りに行く。家族揃ってとはなかなかいかないものである。それでも例年同様、元旦は我が両親に会いに子供達を連れて行く。子供達はお年玉が何と言っても楽しみ。高校3年の娘はもうこれが最後かもしれない。祖父母から孫まで三代が揃い踏み。いつもながら短い時間だが、祖父母は孫の成長をどう見ているのだろうかと思う。

母のガラケーの調子が悪くなったことを機に、とうとう両親はスマホに切り替える。ここ何年か提案して来たが、ずっと拒否していたのだが、その間、叔母がスマホに切り替え、しきりに勧めるという環境の変化もあって、母も重い腰をあげた次第。「何に使うんだ」と言っていた父も、置いていかれてはとばかりに便乗したのである。年金生活の両親には格安スマホを勧める。

とりあえず電話とメールができればいいと言っていたが、基本操作も慣れるまでは大変。母も何度も同じ質問をする。だんだんとイライラしてくるが、ここで腹を立ててはいけないと心を落ち着かせる。自分にとっては簡単な操作でも、80を越えた母にはやはり大変だと思う。そういえば携帯ショップで隣に座っていたどこかのおばさんも、スマホの操作がわからなくてストレスだと語っていた。そういう気持ちを理解できるようにしたいと思う。

思えば、仕事でも自分では当然だと思っている考え方がなぜできないのかとイラつく時がある。誰もが同じ思考回路で動いている訳ではないし、理解力の差もあるだろうし、視点の違いもある。それを理解するようにしたいと思う。母のスマホは、そのいい気付きを与えてくれたのかもしれない。何事も「習うより慣れろ」。母に慣れさすためには毎日電話して、メールして、LINEしようと思う。考えてみれば、毎日母とコンタクトを取るいい機会かもしれない。続けてみようと思う。

今年は高校のラグビーOB会の役職を任されそうな感じである。既に内々に打診を受けている。正直言って、面倒だしやりたくないというのが本音である。ただ、後任を誰にしようと現幹部の人たちが考えた時、私の名前が上がったということを重く考えたい。いい加減な奴に任せようとは思わないだろう。何人もいる中で自分の名前が上がったという事実を大事にしたいと思うし、それゆえに正式に話が来たら快諾しようと思う。面倒ごとを引き受けて誰かの役に立つのであれば、自分にも何かいい運が回ってくるかもしれない。

年初にあたり、今年はどんな年にしたいかと考えると、「どんな年に」というよりも「どんな心掛けで過ごすか」ということを意識したいと思う。キーワードは「感謝」だ。面倒ごとを頼まれても、「嫌だな」と思う心を抑え、「自分が(頼まれるほど)信頼されている」と思えば、それはありがたいことのはず。ならば、そういう考え方をしたいと思う。両親もいつまでも健在というわけにもいかないし、ならば一瞬一瞬を大切にしないといけない。スティーブ・ジョブズではないが、「今日が最後かもしれない」と思えば考え方も変わるはず。そういう心掛けで1年を過ごしたいと思う。

 シニアラグビーで汗を流すこともますます楽しくなって来ている。これはずっと続けたい。今年も「感謝」の心で、心と体を鍛える1年にしたいと思うのである・・・






【本日の読書】




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