2012年6月5日火曜日

娘よ

男の第3の価値は言葉であり、
 第2の価値は行動であり、
  第1の価値は何より生きる姿勢である
里中 満智子
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 娘は今年、年女だ。年男の私とはちょうど3周り違う事になる。12年という歳月は、長くもあり短くもある。生まれる前は男でも女でも、どちらでも良かった。昔は「跡取り」という意味が強かったから、男の子が生まれる事を望んだのであろうが、今はもうそういう時代でもない。むしろ「一姫二太郎」で、初めは女の子がいいかなと思っていたほどである。そして、その通り女の子が生まれた。

 女の子を持つ男親は、ボーイフレンドができるのを好ましく思わなかったり、一緒にお風呂に入れなくなった時にショックを受けたり、結婚に反対したりというイメージがある。自分もそうなるのだろうかと漠然と思っていたが、実際にはまったくそうではない。娘は今好きな男の子がいて、どうも片思いみたいなのだが、なんとかうまくいくようなアドバイスでもしようかという気になるし、風呂はいつまで一緒に入るべきなのか、逆にこちらが悩むくらいだ。たぶん、結婚相手を連れて来たら歓迎すると思う(とは言え、まあこればかりは相手次第だと思うが・・・)。

 女の子は育てやすいとよく言われるが、男の子を持つとそれを実感する。比較的よく言う事を聞くし、素直だ(男の子は何か言えばまず否定の返事が返ってくる)。今はやむなく中学受験に向けて受験勉強中だが、真面目によく勉強している。むしろこちらが逆に休憩を取らせようかと思うくらいだ。まあ真面目人間の血は、私の父から続く遺伝みたいなものかもしれない。

 週末はキャッチバレーに通っているのだが、どうも運動神経は今一のようだ。これは母親に似たのかもしれない。そのキャッチバレーで親の人手が足りないという話になり、妻が私に手伝いに行かせようと考え、娘に相談したらしい。そしたら娘が反対したと言う。その理由は、「パパはカッコよくないから友達に対して恥ずかしい」というものらしかった。

 家ではいつも好意的に接してくれているのだが、心の中ではそんな事を考えていたらしい。もっとも妻が本人の前で、得意気に私にそれを伝えようとしたところ、本人は猛烈に反対した。私が傷ついたら可哀そうだという気持ちがあったらしい。最近では妻よりも娘からの愛を強く感じる一幕だ。

 そろそろ夏休みの準備の季節だが、今年の夏はどこへも行けそうもない。塾に通う娘が、合宿に行きたいと言い出したためだ。受験自体、目指していた近所の都立高校が中高一貫になり、友達と話したりしているうちにそんな気になったらしい。塾も妻が勧めはしたが、強制はしていない。合宿もバカにならない費用もかかるし、と思って躊躇していたら、自分から言い出してきた。まさかダメとも言えない。まあその分、来年カバーするとして、今年の夏は近所のプールくらいで終わりそうである。

 まだまだ子供だと思っていたが、だんだんと胸の膨らみも目立つようになってきたし、先日ダウンした妻に代わって洗濯物を干した時などは、娘がほとんどやったのだが、なかなか見事な手際だった。風呂掃除などもいつのまにか上手にこなすし、家事ではかなり頼りがいがある。それはそれで頼もしいが、そのうち妻とグルになって私を粗大ゴミ扱いしないかという危惧がなくもない。だが、そこは娘の愛を信じるとしよう。

 これから年々成長していくのだろう。だんだん大人びて、そのうち大人の会話ができるようになるのだろう。嫌われない父親になるためにはどうするべきだろうか。無償の愛の効果が続いているうちに、そろそろ本腰を入れて研究しないといけないかもしれない。

 そしてそれも大事だが、自分がいろいろと経験してきたものを伝えてあげたいとも思う。そうすれば、過去の自分の失敗も少しは活きるというものだ。そうしたものを語る言葉を持ちたいと思う。そして生きる姿勢。それを示せるように、これからも精進しようと思うのである
・・・


【本日の読書】

世界は危険で面白い - 渡部 陽一 蒼穹の昴(2) (講談社文庫) - 浅田次郎





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