2010年10月8日金曜日

出張の車窓から

一昨日は久々の出張だった。
出掛けた先は盛岡。
日帰りのとんぼ返り出張だから、あまりのんびりともできなかったが、まあ仕事なのでそれはしかたない。

東北新幹線で「はやて」だと2時間半くらいだから、ちょうど大阪へ行く感覚だ。
だが、東海道新幹線は本数が多いために時間のイメージがつきやすいのに比べ、東北新幹線は本数が少ないため、時刻表がなければ時間のイメージがつきにくい。
事実今回もちょうどいい列車がなく、3時間10分かかる「やまびこ」で行く事になった。
はやてだと早いのだが、ちょうど良い時間がない。
40分新幹線に長く乗るか、現地で1時間ほど時間を潰すかの選択で前者を選んだのだ。

友人のブログ風に写真を決めてみた)
乗り込んだ社内は意外にも満席に近い状態。
ちょっと驚く。もっとも本数が少ないせいかもしれない。不便だが、大量輸送は効率的だ。国鉄の時代ならともかく、今は空気を運んでも儲からない。利便性は確かに大事だが、空気を運んでその分運賃に転嫁される事を考えたら、窮屈な社内もやむをえまい。

駅弁を食べての移動。
本を読み、いつのまにか睡魔の誘惑に負けている。車窓にはいつしか田園風景が広がる。
こういう風景の中で暮らしてみたい、とふと思う。
いつの間にか新幹線は 先輩Hの住む杜の都を通過して行く。

車窓から眺める風景に、長野県の御代田に住む従兄の事を思い出した。
ちょうど家を建てる前、家の話になった時の事だ。我が家は敷地面積が30坪。
都会ではまあそんなものだが、いとこの感覚では普通は70~100坪だったから、お互いの認識の違いにびっくりした。そして坪単価を聞いた従兄は絶句した。
桁が一ケタ違ったからだ。

収入を比較すれば、たぶん私の方がかなり多いと思う。
だが、多額のローンを抱える私に対し、我が家の倍の広さの庭つきの家に、従兄は暮らしている。
生活コストが低い事を考えると、多少収入は少なくともずっと豊かな暮らしのように思える。
その分刺激も少ないし不便が多いのも確かだろうが、どっちが幸せとも判別がつかない。

車窓の田園風景の中に高校生らしきカップルを見つけた。
またそこで従兄に聞いた話を思い出した。
まだお互いに高校生だった頃の話だ。
その時従兄は、当時付き合っていた彼女から聞いた友達の悩みの話をしてくれたのだ。

その友達の彼氏は高校を卒業し、東京の大学に行く事になった。
そうすると二人の付き合いも続かないだろうと彼女は不安になった。
ちょうど彼女の方はその彼氏と初体験をするかどうか迷っていて、でも相手が東京に行ってしまうと、いくら彼女にその気がなくても彼の方から離れていくに違いない。
それならやがて知りあう未来の彼氏のために、“とっておいた”方がいいだろうかと悩んだらしい。

東京と御代田は、今では車でも新幹線でも2時間ほどで行き来できるが、当時は急行で3時間かかった。華やかな都会は今よりもずっと遠くに感じたのかもしれない。
そんな都会に出て行って、可愛い女の子をたくさん目にしたら、故郷に住む私なんか忘れられてしまうと心配したその彼女。結局どうしたのかは知らないが、どうしたのだろう。

今も地方ではそんなドラマがあったりするのだろうか。
あるいはそんな純な感覚は、地方においてさえももう古臭いものなのだろうか。
自分でも女の子の手を握るだけでもドキドキしていたあの頃の感覚が、今となっては懐かしい。
今でも相手が変わればあの感覚は蘇るのだろうか・・・

帰りは2時間半の「はやて」にうまく飛び乗った。
隣のサラリーマンは席に着くなり、ビールのプルトップの音を響かせた。
途中から山登りの帰りと思われるグループがどやどやと乗り込んできた。
帰りもけっこう混んでいた。大いにけっこうな事だ。

暗くなると窓には自分の姿が映る。
それを見て、高校生から見たら確実におじさんに見えるだろうなと思う。
それは仕方ないにしても、気を抜いたらだめだろう。
まだまだ気持ちの上では、20~30代のエネルギーと落ち着きと胸のときめきとを保っていようぜと、窓に映る自分に言い聞かせたのである・・・


【本日の読書】
「経済予測脳で人生が変わる」中原圭介
「アベンジャー(上)」フレデリック・フォーサイス
   

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