2010年1月12日火曜日

恥の文化

 朱建栄東洋学園大学教授から我が国の文化は「恥の文化」と指摘された。もともとあちこちでそう言われているのであるが、あらためて考えた。確かに我々日本人は何より他人に対して「恥じる」という感情を重んじる。他人から見て恥ずべき行為を忌避する文化があるのである。

 ある人から言わせると、それは「人に迷惑をかけるような恥ずかしい行為をしない」という事らしい。だが、それも不正確で、ただ「恥ずかしい行為をしない」という事だと思う。そうでないと「人に迷惑をかけなければ良い」となってしまうが、そうではないだろう。「お天道様がみているよ」と小さい頃に言われた記憶があるが、「恥ずかしい行為」の基準は他人にあるのではなくて、自分自身にあるものである。

 名誉を重んじ、時としてそれを命よりも重視したのが武士道であるが、今ではそんな伝統どこへやら、である。先日、電車の中で若い女性がおにぎりを食べていた。齧りかけのまま、バッグの中を探っていたが埒があかず、食べかけのおにぎりをぱくっと咥えて両手でがさごそとバッグを探っていた。化粧をするのはすっかり当たり前の感があるし・・・

 何を恥とするかは人によって微妙に違うのかもしれない。私などは妻から ええかっこしいとこばかにされているが、けっこう「かっこ悪さ」を気にする。例えば電車の中で夢中で本を読んでいて乗り過ごす時がある。瞬間的に気付いて走れば降りられるというタイミングでも敢えて乗り過ごす事を選ぶ。慌てて飛び降りるというかっこ悪い真似をするなら、一駅行って戻ってくる方を選択する、といった具合だ(ちょっと「恥の文化」とは違うかもしれないが・・・)。

 電車の中でおにぎりを咥えても人様に迷惑になるものでもない。だがやっぱり「人からどう見られるか」を意識する事は大切だ。男女を問わず、容姿の美しさを追求するのであれば、行動の美しさも追及したいところだ。そういう意味で ええかっこしいでもいいと私は考えている。

 今は風呂上りにすっぽんぽんで家の中を駆け回り、スカートからパンツが見えるのもお構いなしで遊んでいる我が娘も、いずれはそんな美しい行動ができるようになってほしいと思うのである・・・


【本日の読書】
「バフェットの教訓」メアリー・バフェット&デビッド・クラーク
「逆説の日本史16」井沢元彦
     
    

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