2022年2月20日日曜日

国語と数学

 最近、人と話をしていてどうもこちらの意図がうまく伝わっていなかったり、なかなか理解してもらえなかったり、話の内容が要領を得なかったりということが多いなと感じる。よくよく考えた結果、それは国語力と数学力の不足だろうという考えに行き着いたのである。国語力とは、要は読解力であり、相手の話を理解する力である。相手が一体何を言っているのか、言いたいことは何か、相手の気持ち(意図)は何かということである。

 これに対し、数学力とは、一言で言えば論理的思考である。解決策に向けてどのような経路を経てそこに辿り着くのか。与えられた状況の中で、自分の知識を総動員して解法を導く力である。私の卒業した大学の法学部では二次試験で数学の点数が4割を占めていた。文系なのになぜとその時は思ったが、要はこの論理的思考力を測られたのであろう。数学も小学校の「算数(数を算える)」から中学で「数学」に変わるのには意味があるのである。数学と言っても、数学Iには「必要条件・十分条件」「集合」など計算系とは全く異なる「論理」の概念があるのもこのためであろう。

 もちろん、数学も高校3年になると数学III、数学Cと進むが、これは理系科目であり、さすがに文系の大学の入試科目にはならないが、数学I・II、数学A・Bなどは文系でも必要な思考力のトレーニングなのである。だからよく見れば文系の大学入試でも数学が受験科目になっているところが地味にかなりある。「自分は数学が苦手だから文系」と考えるのは大きな間違いで、また「国語が苦手だから理系」と考えるのも間違いである。そもそも読解力がなければ問題で何が問われているのかも正確に理解できない。論理的思考ができなければ、物事の説明もうまくできない。ゆえに文系だろうが理系だろうが、国語力と数学力は必要だと言える。

 この国語力と数学力が弱い人は、まず話の要点をうまく捉えられず、従って問題点もよく理解できない。それをうまく説明できないから、解決のヒントも得られない。問題点がわかれば、解決策もあれこれと考えられるし、説明するに際しても要点を押さえて論理的に説明できる。だから解決策もうまく考えられる。この力が弱い人には、何度も説明しないと理解してもらえない。以前の私の勤務先の社長がまさにこのタイプで、他の役員がすんなり理解してくれることをなかなか理解してもらえなくて難儀したものである。

 考えてみれば、「主要三教科」と言えば、「国語」「数学」「英語」である。英語は語学だから別として、やはり「国語」と「数学」がすべての中心であり基本であるから、主要科目になっているのだろう。私も子供に対して勉強しろとは言わない主義であるが、「国語と数学は重要」とは言っている。他の科目はできなくても別に困らないが、「国語と数学」は将来知らず知らずのうちに自分の可能性を低くすることにつながるかもしれないので、せめてこの2つだけはしっかり学ぶ必要があると考えているのである。

 会社の若手社員の中には、この国語力と数学力が極端に弱い者がいる。話をしていて、質問をしてもその答えがまともに返ってこない。ダラダラと説明するものの、要領を得ないから何が言いたいのかよくわからない。「要はどういう事?」「一言で言い表すと?」「一番重要なポイントは何?」など、意地悪をするつもりはないが、ちょっと突っ込むともう答えられなくなる。実際、業務の打ち合わせでもこの傾向が強いのだという。試しに「国語の問題で作者の気持ちとか聞かれた時どうだった?」と聞いてみたら、「まったくわかりませんでした」と素直な回答が返ってきた。

 仕事においても、「相手にわかりやすい説明をする」ということはとても重要である。会議でも営業でもこれができないと自分の考えをうまく伝えられないから、かなり支障をきたすだろう。営業マンであれば即成績に直結すると思う。役職が上がれば「問題解決力」がより問われることになるが、論理的思考ができないとこの問題解決も難しくなる。考えるべき事項をもれなくダブりなく考慮して、比較検討するのは論理的思考の最たるものである。大人になっていきなりこの力がつくということはなく、やはり学生時代から国語と数学を真面目に勉強しておく必要があると、今改めて思う。

 今さら学校に戻って勉強をやり直せとは言えるものでもないが、そう言いたくなる時がしばしばある。本人たちにとっても気の毒なことであるが、まだ若いうちなら取り返しがつくのも確かである。そんな若手社員を鍛えながら、我が家の「数学が苦手な」息子にもしっかり教え諭したいと思うのである・・・

Gerd AltmannによるPixabayからの画像 

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