2019年4月10日水曜日

論語雑感 八佾第三(その22)


〔 原文 〕
子曰。管仲之器小哉。或曰。管仲儉乎。曰。管氏有三歸。官事不攝。焉得儉。然則管仲知禮乎。曰。邦君樹塞門。管氏亦樹塞門。邦君爲兩君之好。有反坫。管氏亦有反坫。管氏而知禮。孰不知禮。
〔 読み下し 〕
()()わく、(かん)(ちゅう)(うつわ)(しょう)なるかな。(ある)ひと()わく、(かん)(ちゅう)(けん)なるか。()わく、管氏(かんし)三帰(さんき)()り。(かん)(こと)()ねず。(いずく)んぞ(けん)なるを()ん。(しか)らば(すなわ)(かん)(ちゅう)(れい)()れるか。()わく、邦君(ほうくん)(じゅ)して(もん)(ふさ)ぐ。管氏(かんし)()(じゅ)して(もん)(ふさ)ぐ。邦君(ほうくん)両君(りょうくん)(よし)みを()すに反坫(はんてん)()り。管氏(かんし)()反坫(はんてん)()り。管氏(かんし)にして(れい)()らば、(たれ)(れい)()らざらん。
【訳】
先師がいわれた。――
「管仲は人物が小さい」
するとある人がたずねた。――
「管仲の人物が小さいとおっしゃるのは、つましい人だからでしょうか」
先師がいわれた。――
「つましい? そんなことはない。管仲は三帰台というぜいたくな高台を作り、また、家臣をおおぜい使って、決して兼任をさせなかったぐらいだ」
「すると、管仲は礼を心得て、それにとらわれていたとでもいうのでしょうか」
「そうでもない。門内に塀を立てて目かくしにするのは諸侯の邸宅のきまりだが、管仲も大夫の身分でそれを立てた。また、酒宴に反坫を用いるのは諸侯同士の親睦の場合だが、管仲もまたそれをつかった。それで礼を心得ているといえるなら、誰でも礼を心得ているだろう」
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今回は珍しく孔子が人を批判しているものである。管仲という人物は、孔子より170180年前の人物で、斉という国の桓公を補佐して春秋戦国時代に最初の覇者にした名宰相らしい。そんな名宰相たる人物を批判するのかという気もするが、その批判の内容を見てみると、どうも「分をわきまえなかった」ということがその批判の元らしい。そう言えば、孔子は「分をわきまえる」ということを重視するようで、その前にも「分をわきまえない」ことに対する批判があった(八佾第三その1)。孔子の価値観からすると、「分をわきまえる」ということは大事なことだったようである。

その管仲であるが、なぜ分をわきまえなかったのだろう。詳しい事情は知る由もないが、現代でも優秀なNo.2がトップを差し置き、勝手に振る舞うということはよくあることだろう。「俺が支えている」「実質的に(組織などを)動かしているのはオレだ」という意識があったりすると一歩下がるということを忘れたりする。分を超えて諸侯のように振る舞ったのもそういう意識があったに違いない。

組織にとって優秀なNo.2がいることは大事なことだと思うが、No.2はやっぱりNo.2であって、そこははっきりとトップとは違うという意識が大事だろう。それができるかどうかが、本当に優秀なNo.2であるか否かの分かれ道なのかもしれない。人間にはどうしてもマズローの欲求五段階説で言う「承認欲求」があるから、優秀な実績を認めて欲しいという思いがある。そのレベルで止まればいいが、トップのように振る舞うという形で「自己実現の欲求」までいってしまうのだろう。

管仲が門内に塀を立て、酒宴に反坫を用いていた時、桓公は何を考えどうしていたのだろう。実力のあるNo.2がいる場合、トップが負けず劣らず優秀なら問題はないが、そうでない場合は「何も言えない」ということもあるだろう。内心、苦々しく思っていたかもしれないが、それを本人にいうことはできなかったかもしれない。ヘソを曲げられても困ると思えばなおさらであろう。そしてそういう対応がまたNo.2を増長させたりする。

戦前の日本では、天皇陛下が主権者で現人神とされていたが、実際の政治は内閣が行っていた。天皇は自ら判断せず承認するのみであったが、マスコミと世論の後押しを受けた軍部が暴走していったのも、「優秀なNo.2」の傍若無人な振る舞いと同じだと言えると思う。抑えられないトップが情けないのか、思い上がるNo.2が悪いのか、その両方かもしれない。

家庭でもいい奥さんは巧みに旦那さんを立ててうまく動かしているだろう。そんないい奥さんは羨ましい限りだが、組織において影の存在としてそれでいて組織を動かしていくのが真に優秀なNo.2だと思う。人間の持つ承認欲求をどう抑えていくかは難しいが、私も会社では一応No.2だし、そんな優秀なNo.2を目指したいと思う。残念ながら家庭では存在感の薄いトップだが、それも致し方ない。家でも会社でも黒子として尽力することで自己実現の欲求を満たしたいと思うのである・・・




【本日の読書】

 

 


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