2016年12月21日水曜日

論語雑感(学而第一の9)


曾子曰。愼終追遠。民徳歸厚矣。
曾子(そうし)(いわ)く、終()わりを慎(つつ)しみ、遠(とお)きを追()えば、民(たみ)の徳(とく)(あつ)きに帰()せん。
【訳】
曾先生がいわれた。上に立つ者が父母の葬いを鄭重にし、遠い先祖の祭りを怠らなければ、人民もおのずからその徳に化せられて、敦厚な人情風俗が一国を支配するようになるものである
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 論語の根底には祖先崇拝とでもいうべき思想が流れている。ところどころにその思想が現れている言葉が登場するが、ここもその一つ。曾子は孔子の弟子であるから、当然その教えも孔子と同じになるというわけである。父母を敬い、祖先を崇拝するというのは、大事なことであると思うし、特に異論があるわけではない。

 「終わりを慎み」とは、きちんと弔うということのようである。葬儀の事だろうが、「生きている時ではなく、死んだ時なのか」と思わなくもない。しかし、これはそういうことと言うよりも、「生きている時はなおのこと、死んだ時も」という意味として考えるのが自然だろう。

「遠きを追えば」という部分は、「遠い祖先をきちんと祭れば」ということのようである。この場合は葬儀ではなく、その後のこと。日本流に言えば、墓参りや仏壇に祭ることに当たるのだろう。これも大事だと思うが、ではできているかと言われれば、我が家に仏壇はない。ただ、実家に行けば両親は祖父母の仏壇を置いてあるのみである。よくよく考えてみればそれだけでいいのかという気がしなくもない。

 実家にある仏壇に祭ってあるのは、祖父母である。つまり、両親の両親。両親の祖父母はそこにはない。仏壇に祭り、毎日手を合わせるのは「自分の親限り」ということである。曾子的にはこれではいけないのだろう。両親のそれぞれの故郷にある祖父母の墓に行けば、そこには祖先の墓がある。と言っても何代にもわたってというほどではない。分家したり直系でなくて独立したりした経緯があるのかもしれない。

 そもそもであるが、祖先を祭ると言っても私の場合、記憶にあるのは祖父母まで。曾祖父母に至っては、写真でしか見たことがない。そうなると、祭るという気持ちがあまり起きない。両親が仏壇で手を合わせるのは「自分の両親」だけなのも、そういう部分もあると思う。私も実家に行けば、祖父母の遺影に手を合わせる。いずれ自分も仏壇を持つのだろうか、その時は祖父母はどうするのだろうかと考えてみるも、「まだ考えたくない」という気持ちの方が強くなんとも言えない。曾子には怒られそうである。

 そうした祖先を祭ることを怠らなければ、「民の徳厚きに帰せん」とする。上に立つ者がきちんと祖先を祭れば、それを目にした人々も徳が厚くなるということである。上に立つ者の心得を説いているのだろうが、「下々の一人」としては、上に立つ人がそういう態度を取ろうと取るまいと影響はされないと思う。あくまでも自分がどう思うか、どう感じるかだけである。

 自分が曾祖父母に対する気持ちが薄いように、我が家の子供たちも曾祖父母(つまり私の祖父母)に対する気持ちも薄いであろう。祖父母を心から祭れるのは、私限りだ。考えてみれば、祖父母は4人だが、曾祖父母は8人、その先は倍々ゲームで増えていく。とてもではないが、仏壇には祭り切れない。程よいところで区切るのは道理というものである。

 そう考えれば、せめて両親なきあとは、祖父母を祭った実家の仏壇をそのまま受け継ぐくらいはしたいと思う。遠きを追うのは限界があるが、せめて身近なところはきちんと「追いたい」と思うのである・・・





【本日の読書】

 
        

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