2015年8月28日金曜日

懐メロ2015

 つい先日、ネットのアンケートで「松田聖子のベストアルバムについて」というものがあった。20種類くらいの曲のイントロが流れてくるアンケートで、要は「発売されたら買いたいか?」というものであった。おそらく、ある程度購入意欲が高ければ、発売しようという腹積もりなのだろう。

 松田聖子といえば、我々の世代からすると、ちょうど多感な思春期にアイドルとして人気のあったスターだ。いまだ現役で、娘と一緒にTVに出ていたりする。特にファンだったというわけではないが、『瞳はダイヤモンド』を始めとして結構好きな曲があったのは確かだ。久しぶりに聞いていたら、なんだかもっと聞きたくなってしまった。もしかしたら、発売されたら買うかもしれない。

 そう言えば、最近はあまり新しい曲を聞かない。この1年で言えば、JUJUの『ラストシーン』をダウンロードしたくらいだろう。それに対し、たまに音楽を聞くとなると、『ABBA』や『ビリー・ジョエル』、『クィーン』、『ジョン・レノン』など昔のアーティストのベスト盤ばかりだったりする。

 いずれも若い頃特にファンだったというわけではないが、何となく気に入って聞いていたというものばかりである。いずれも購入したのは、ここ10年くらいの間である。何だか無性に聞きたくなって購入し、以来幾度となく聞いているが、飽きるということはない。最近のヒット曲はあまりよくわからないが、新しいものを聞きたいと思わなくなってしまっている。

 YouTubeでも昔の曲はいろいろと聞ける。たまに暇であれこれ検索するが、今でもファンである忌野清志郎率いるRCサクセションはもとより、気がつくと松田聖子はもちろんのこと、薬師丸ひろこや中島みゆきなんかにも聞き入ってしまったりする。最近のアーティストよりも、学生時代に聞いていた曲の方が耳障りがいいのである。

 そう言えばその学生時代、TVでアイドルが出演しているのを見ると、母親などはよく「こんなののどこがいいのかしら」と呟いていたものである。そんな母親のお気に入りは美空ひばりで、当時の私はと言えば、美空ひばりを始めとする演歌などは、逆にどこがいいのかわからないと言い返していたものである。だが、そんな演歌さえ最近では石川さゆりの『津軽海峡冬景色』は紅白では欠かせないと思っていたりする。

 時を経ることによって、昔はそれほど思わなかったものが、熟成されて心に響くものになったのであろうか。薬師丸ひろこなどは、ちょうど同級生の年次なのであるが、昔は世間で騒ぐほど演技も歌もうまくないと思っていたものである。それが今では『Woman』や『メインテーマ』、『探偵物語』など繰り返し聞くようになっている。(歌はやっぱりうまくないと思うのだが・・・)。

 なぜなんだろうと思ってみたりする。人間年を取ると昔が懐かしくなったりするもので、自分も例外ではないということだろうか。よく言えば、それらの往年の名曲は時を経た今でも輝きを失っていないとも言えるのだろう。夜、娘を迎えに行く車の中で聞くビリー・ジョエルなんかは、今でもたまらない雰囲気がある。自分としては後者だと信じたいところである。

 あと40年もしたら、娘も今聞いている「嵐」や「関ジャニ♾️」なんかの曲を懐かしがって聞いているのだろうかと思ってみたりする。今や車の中のBGMは、娘の好みになっている。昔の母親のように「こんな曲どこが」なんて思わずに、なるべく耳を傾けてみようかと思ってみたりするが、やっぱり心に響くものはない。

 まぁ無理して今の曲を聞く必要もない。良いと思えばJUJUの曲みたいにダウンロードすればいいわけだし、人によく思われたくて音楽を聞くものでもない。昔の曲だろうと今の曲だろうと、いいものだと思えばそれを聞けばいいだろう。そういう肩肘張らない自然体で、音楽とは向き合っていきたいと思うのである・・・


【本日の読書】
無頼のススメ (新潮新書) - 伊集院 静 土漠の花 (幻冬舎文庫) - 月村了衛





   

2015年8月23日日曜日

夏合宿

 小学校4年の息子は、この週末を利用して野球の合宿に行っている。合宿と言えば、寝食を共にして集中して取り組むもので、私もいろいろ経験している。だが、小学生で合宿といっても、私も経験があるが、まぁ半分遊びみたいなものだろう。

 私も小学校の頃、野球の合宿で千葉の九十九里に行った記憶がある。確か午前中練習して、午後はプールに入ったと思う。暑い中の練習は大変だったが、みんなと一緒に野球して、プールで遊んで一緒に寝てと、普段はしない経験が楽しかったものである。

 これが高校生になると、遊びモードがなくなる。毎年夏休みにラグビーの合宿があったが、今考えてもあれは酷いものだったと思う。当時は学校をあげて山中湖に合宿に行っていたので、運動部も文化部も一緒。旅館は分散していたが、私の所属するラグビー部は、ブラスバンド部と一緒だった。

 激しい運動をともなうラグビーと音楽とでは、消費するエネルギーはまったく違うのに、食事も何も条件は一緒。それも「普通の旅館飯」だったから、ひもじいのなんの。午前も午後もひたすらハードな練習で、難行苦行そのものであった。1年の時は何も知らずウキウキした気分でバスに乗り込み、なんで2年生が暗い顔しているのか不思議だったが、その理由は行って嫌と言うほど理解できた。

 これが大学になると、再び楽しいものになった。練習はもちろんハードだったが、大学では練習と試合が半々となった。本来そうあるべきなのだが、高校時代は部で行くのではなく、学校で行く合宿だったので、試合相手がいなかったのである。ところが、大学ではラグビー部は単独で「合宿の聖地=菅平」に行く。各大学のラグビー部がわんさと来ているので、試合相手には事欠かないわけである。

 練習して試合をして、試合の反省点を練習で修正し、また試合する。短期間でそれを繰り返し、秋のシーズンに向けて仕上げていくのである。大学生ともなれば、自己責任で行動は自由。自由時間は好きに過ごせたのも良かった。夕食後の短い外出が何より楽しみだったし、そうしたメリハリが良かったのである。集団生活が意外と好きで、「合宿は楽しい」とのたまうとチームメイトにはなぜか怪訝な顔をされたが、我がチームの合宿は「地獄の特訓」などというシロモノではなかったから、楽しむゆとりもあったわけである。

 やっぱり朝から晩まで、チームメイトと一緒に過ごすという環境が自分には好ましかったと今でも思う。その後、就職して社員寮に入ったが、やはり楽しい毎日だったから、集団生活が肌に合っていたのかもしれない。今の時期、大学のラグビー部の後輩たちも菅平に行っている。ちょっとうらやましくもあり、自分ではもうあの経験ができないのかと思うと、とても残念である。

 息子はどんな顔をして帰ってくるのだろうか。小学生の合宿だから、楽しいの一言なのだろう。自分が経験したことを一つ一つ息子が経験していくというのも、感慨深いものがあるような気がする。先のことはともかく、今の時期は「楽しい野球の合宿」を味わってもらいたいと思うのである・・・


【今週の読書】
世界のトップを10秒で納得させる資料の法則 - 三木 雄信 ブラック オア ホワイト - 浅田 次郎





   

2015年8月19日水曜日

多種多様な意見に対して

 「政治とは何か」と問われれば、一般的な大学の教科書によると、「われわれの住む社会における紛争を解決し、対立を調整しながら、社会の秩序を維持する人間の活動である」とされている。まあ難しい定義はともかくとして、意見の違う人々を取りまとめていくのは、やはり大変なことに違いない。

 8月ともなれば、15日までは戦争と甲子園に彩られるものであるが、14日に注目していた安倍談話が発表された。さっそく全文に目を通した。基本的に、「どちらかと言えば安倍総理支持派」の私としては、批判するところはなかった。期待したほど踏み込んではいなかったものの、思っていた以上に「さまざまな配慮」が感じ取れる内容だった。まぁ現時点では一番良い内容なのだろうと思う。

 それでも反安倍派の立場からは、やっぱり批判の声が上がっている。特に「戦争法案反対」とこぶしを振り上げている人たちからは、評価などまるでされていない。それも無理からぬことだと思う。自分に置き換えてみてもわかるが、快く思っていない人が、たとえ正しい事をしゃべっていたとしても、何か隠された意図があるのではないかと思ってしまうものである。ただでさえそうなのだから、この安倍談話の内容なら、叩くところはたくさんあるだろう。

 安全保障関連法案(個人的には賛成である)や原発再稼働問題(個人的には反対である)など、いま国内で我々がもっと真剣に議論しなければならない問題が出ている。だが、議論すればお互いに納得のいく答えがでるだろうかと言えば、たぶんどんなに議論しても双方が納得する答えは出ないだろう。たとえば安全保障関連法案は、理屈の上でいけば、反対派の主張は筋が通らない(だから理屈男の私としては賛成に回っている)。だが、どんなに理屈が正しくとも、個人の感情の部分までは変えられない。それに「正しい理屈」などその気になればいくらでも導き出せる。

 意見が対立したら、納得いくまで議論すればいいじゃないかと私も考えている。だが、世の中はすべてそれでうまくいくというわけではない。どんなに理屈で反論を論破しようとも、それでも賛同を得られないことがあるのだということを、ここ数年で個人の体験としても感じている。だから、どうしようもないと諦めればいいというものではないが、あまり理想を追い求めても難しいと思うのである。要は、そこでどう折り合いをつけるかだろう。

 家庭でも会社でもその他の集まりでも、自分の意見が思うように通らないということは多々ある。それはそれでかなりなストレスになる。ただそこでイライラするか、まぁ仕方ないと受け流せるかが、ストレスを溜めこむか溜めこめないで済むかの差になる。

 「意見の相違は意見の相違」として認められるかどうか。ともすれば、自分の意見を一生懸命説明して相手を説得しようとしてしまう。そして相手がそれを理解できないとイライラしてしまう。時には心の中で相手をバカにさえしてしまう。そんなこともこれまでは自分自身多々あった。

 最近は少し力を抜いて対応できるようになってきたと自負しているが、それでもまだまだなところがある。自分の意見は絶対ではない。相手には相手の正論がある。相手が理解できないのは、うまく説明できない自分のせい。それで自分の思い通りにいかなくとも、仕方がない。

 そんな考えで、リラックスして生きていきたいと思うこの日この頃なのである・・・


【本日の読書】
考えよう、そして行動せよ。 ジャパナビリティが世界を変える - 福川伸次

   

それにしても、やっぱり「安全保障関連法案」に反対する人たちの考えは理解できず、その反論内容を読んでしまうと、心穏やかになれないのである・・・



2015年8月14日金曜日

Carpe Diem

 梅雨が明けて以来、東京も連日の猛暑である。ちょっと外に出れば、汗が吹き出し、この時期愛用のタオルハンカチも瞬く間に汗で湿っぽくなる。ただ、そんな状況ではありながら、いつもそれを楽しむようにしている。どうせあと少しすると暑さの勢いは緩むし、やがて秋の気配が漂うのだ。ならば、今の時期を楽しみたいと素直に思うのである。

 社会人になって、銀行に入ったが、以来お盆のこの時期はいつも働いていた。この時期は年配のおじさんたちが、故郷に帰るために休みを取りたがっていたから、交代で休みを取る銀行にあっては、そんな必要もない若手はこの時期をずらして夏休みを取っていたのである。お盆に休みを取りたい人からすると、ありがたい存在だったのではないかと自負している。

 お盆に夏休みを取らないことは、私からすればメリットばかりであった。この時期、遊びに行こうとすれば、渋滞や混雑は覚悟しないといけないし、さらに加えて料金も高い。逆に働こうとすれば、取引先は休みが多く外出の必要もないから、エアコンの下で事務仕事が捗る。朝のラッシュも緩和されて、下手をすると座れてしまったりする。こんな時期に休んでいるのは、「もったいない」と思っていたものである。

 しかし、銀行を退職し、この時期会社全体が夏休みを取る中小企業に転職してしまったから、今年は様相が違う。何せ会社が休みだから、夏休みを取らざるをえない。横並びが大っ嫌いな性分としては、この時期に夏休みなんてと思うが、仕方がない。実に社会人になって初めての経験である。

 と言っても、受験生を抱えている我が家はどこかへ遊びに行くという計画もなく、いつもの週末が連続しているような感じである。猛烈な日差しの中、玄関を開けると黒い顔の子供が走っていく。よく見ると、隣に住む息子の同級生だったが、2~3週間顔をみないうちに日焼けして凄いことになっている。

 子供にとっては、毎日楽しくて仕方ないだろう。自分の小学校、中学校の頃を振り返ってみても、暑くて辛かったなんて記憶はない。学校のプールに通ったり、御代田に遊びに行っては、従兄と日が暮れるまで遊びまわっていた。当然、汗もダラダラかいていたと思うが、汗なんか拭けばいいし、のどが乾けば冷たいものを飲めばいいしと、楽しい日々を過ごしていたと思う。大人になっても、そういう気持ちでいようと思い、暑い毎日も楽しむようにしている。

 考えてみれば、寒い冬に飲むビールから比べたら、この時期に飲むビールのうまいこと。アイスだって、この時期だからおいしく食べられる。四季のある国に誇りを持つならば、この暑い夏もその一つである。暑さの中にあっても、夕方になればわずかな涼しさを感じることができる。一雨くれば、なおさら風が心地よく感じられる。清少納言が感じたのと同じ気分ではないかと思える。

 コンクリートの上であっても、そんな心地良さも味わおうと思えばできる。つくづく、今この瞬間を楽しみたいと思うのである・・・


【本日の読書】
いつか、すべての子供たちに――「ティーチ・フォー・アメリカ」とそこで私が学んだこと - ウェンディ コップ, Wendy Kopp, 渡邊 奈々, 東方 雅美 マーケット感覚を身につけよう---「これから何が売れるのか?」わかる人になる5つの方法 - ちきりん






2015年8月9日日曜日

清めの塩は必要だろうか

 普段、何気なくやっていることでも、よくよく考えてみるとおかしいと思うことがある。先週参列した伯父の葬儀でも、そんなことをいくつか感じた。その一つが、「お清めの塩」である。

 通夜なり告別式なりに参加すると、よく小袋に入れられた塩をもらう。「お清めの塩」であるが、その存在を初めて知ったのは、たぶん小学生くらいの頃だ。葬儀に参列した喪服姿の母親が、家に帰ってくるなり私に塩を振ってくれと言ったのである。そのシーンを今でも覚えている。「なんで?」と問う私に、「死を持ち込まないため」というような内容の答えを返してくれたのである。

 以来、そういうものだと思って気にもしていなかった。私も古くからの伝統はわりと、意味の薄いものでも大切にするクチだ。だから妻に笑われても、今でも夜中に爪は切らない(妻は風呂上がりに爪を切るのが一番いいという主義だ)。だが、「お清めの塩」はいかがかと思う。

 古来日本人は、死を「穢れたもの」としてきた。だから、「清める」のだろうが、他人ならともかく、身内の、しかも死んで少なくとも悲しく思う伯父の死を「穢れた」ものとは思いたくない。家に持ち込んでも、呪われるなんて思わないし、「清めたい」とも思わない。だから、清めの塩は今回は無視してしまった(母はそんな私に『またか』と顔をしかめていた)。

 清めの塩は、科学的な意味は(少なくとも)現代ではもうない。本当に形式的なものであり、気持の問題だ。だから本人が良しとすれば別に問題はない。昔は、冷凍技術なんてなかったから、人が死ぬとすぐに腐敗が始まる。死んですぐ埋葬というわけにはいかなかっただろうし、万が一のために塩による「殺菌」もある程度意味があったのであろう。

 ちなみに線香も、詳しい由来など知りもしないが、「腐敗臭」を消す目的があると思う。通夜の席では「線香の火を絶やさない」ようにする(地域によって違うのかもしれない)が、これも腐敗臭が漂い出すのを防ぐためだと思う。やはり親しい身内が死んだだけでも悲しいのに、腐敗臭が漂って来たらなおさらであろう。加齢臭だって嫌われるのだ・・・

 その線香も、最近通夜で途絶えさせないようにするというのも意味を失いつつある。というのも、伯父の遺体はドライアイス漬け。最初に着せられていた作務衣も、納棺の時にはびしょびしょになっていた。今回火葬場の関係で、通夜は死んでから3日後であったが、この季節だし昔なら遺体は大変なことになっていただろうが、伯父の遺体は加齢臭すらしなかった。

 そんなことを考えてみると、ますます「お清めの塩」などに意味はないことがわかってくる。だから今回、私は胸を張って「お清めの塩」を無視したが、そんな息子の「へ理屈」が通じないのが我が母親。またしても(自分たちには反論できない)理屈を並べ立てて、習わしに従わない私を快く思わなかったようである。

 でも思うのである。葬儀で一番大切なのは何だろうかと。しきたりに従って、無難に一通りの手順を踏むことか。そうではなくて、感謝をもって故人を弔うことだろう。一番大事なのは「気持ち」だ、と少なくとも私は思う。伯父の死は、少なくとも私にとって穢れたものではない。したがって、清める必要などないのだと、母には言いたいと思う。

 ただ人の考え方は人それぞれ。自分が死んだ時には、「お清め」してもらってもいっこうに構わない。穢れたものとして扱われたとしても怨むことはないだろう。化けて出ることはないと、この場で約束しておきたいと思うのである・・・


【今週の読書】
ザ・ラストマン 日立グループのV字回復を導いた「やり抜く力」 (角川新書) - 川村 隆 いつか、すべての子供たちに――「ティーチ・フォー・アメリカ」とそこで私が学んだこと - ウェンディ コップ, Wendy Kopp, 渡邊 奈々, 東方 雅美





2015年8月5日水曜日

今からの終活

 伯父の葬儀に参列して、改めていろいろなことを感じた。亡くなった伯父の息子(つまり私の従兄)が、葬儀にまつわるあれこれを教えてくれたのである。

 まずは当然ながら事前の準備などできない。葬儀屋の手配も紹介されるまま。たまたま地元の互助会のようなところに入っていたからディスカウントが受けられたそうだが、そうでなければ費用負担に頭を抱えたらしい。そんな話を聞くと、自分の親の時のことを改めて想定しておかないといけないと思う。

 葬儀は曹洞宗の僧侶が来てお経をあげてくれた。そう言えば以前、母から実家の宗派は浄土真宗だと聞かされていたような気がしたが、と思っていたら実はそれは勘違いで、従兄があれこれ調べたところ、曹洞宗だとわかったらしい。今は「檀家制度」など、縁遠くなってしまっている。親父の宗派も確認しておかないといけない。

 だが、自分の時はどうなるのだろうと思い至る。初詣などで神社には行っているが、お寺にはとんと行っていない。親父の実家を調べれば宗派はわかるが、生前まったく縁遠かったのに、この時ばかりお世話になるのもいかがなものかという気がする。たまたま隣に座っていたへそまがりの叔父に聞いたら、「自分の時はだから坊主なんて呼ばなくていいって言ってるんだ」と期待通りのへそまがりな回答。叔父の葬儀の時がどんな様子になるのか、今から楽しみである。

 それにしても、自分の時はと改めて考えてみるが、やっぱり神道形式がいいかもしれないと思う。初詣を始めとして、地鎮祭やお宮参り、七五三に厄除けとかなりお世話になっている。神社にお願いするのが、筋という気がする。そうして八百万の神々の末席に加えてもらって、道端の雑草の担当神をさせてもらうのもいいかもしれない、などとお気楽に思う。

 次に聞いたのが、戒名。伯父のそれはお経をあげた僧侶ではなく、生まれ育った故郷のお寺に戒名を頼むのだとか。だが、それもお値段があって、高価な文字を使うと値段が跳ね上がるらしい。そもそも戒名とは、死んであの世に行った人が仏様の弟子になるための名前だとか。仏様ともあろう方が、名前でお弟子さんに差をつけるとも思えない。そう考えると、高価なお値段は仏様というよりは、それに仕えている(と自負する)お寺さんへの経済的な援助であって、あの世で故人に何かご利益があるというものではないのだろう。お世話になっているお寺さんならともかく、そうでないなら最低ランクで十分だし、そもそも仏さまへの弟子入りがいいのかどうか、考えてみる必要がある。やっぱり、神様の下へ行った方が良さそうである。

 さらに骨壷にも種類があって、一番高価な大理石になると、50万円くらいするらしい。重いのが欠点らしいが、頑丈なのが売りらしい。何でも東北大震災の時も、大理石の骨壷は割れなかったというのである。まさか骨壷にも「耐震性」が歌われるとは思わなかったが、” 長期保管”するものでもなし、割れてもいいじゃんと思ってしまう。

 親の時は普通にやるとしても、自分の時はいろいろと”指示書”を残してやっておいた方がいいなと思う。古くから伝わるものを疎かにするつもりはないが、別に義理立てするようなお寺さんもない。どうせなら、神社にお世話になったお礼をしたいと思うのがごく自然だと思う。家族には、「へそまがり」と思われるだろうが、そんな心づもりを今からしたいと思うのである・・・


【本日の読書】
投資は「きれいごと」で成功する――「あたたかい金融」で日本一をとった鎌倉投信の非常識な投資のルール - 新井 和宏 ザ・ラストマン 日立グループのV字回復を導いた「やり抜く力」 (角川新書) - 川村 隆 我が闘争 (幻冬舎文庫) - 堀江貴文





  

2015年8月3日月曜日

伯父の通夜

 母方の伯父が亡くなったとの連絡があったのは、週末を前にした金曜日の夕方だった。その瞬間、なぜか目頭が熱くなった。余命1カ月との宣告を受けたと母から連絡をもらい、見舞いに行ってからまだ10日ほどしか経っていなかった。

 見舞いに行った時、私の顔を見るなり、「金儲けができればいいというわけじゃないよ。人様に喜んでもらえる仕事をしないとダメだぞ。」と弱々しいながら一気に語った。銀行から不動産業界に転職したことは、年賀状で知らせてあったから、一言言っておこうと思っていたに違いない。挨拶もそこそこに、それだけしゃべると疲れたと言わんばかりに目を閉じてしまった。

 どうやらバブルの頃の不動産屋のイメージでもあるのだろうか、札束をポケットに入れる身振りまでして語ってくれた。その時、「これは遺言だな」と悟った。もちろん、仕事はその通り、人様にいかに喜んでいただくか、を念頭にやっている。私はただ、「わかった」と答えた。もうこれが最後だとわかって病室を後にしたし、その時短い会話を交わし、温かい手を握って帰ってきたが、行って良かったとつくづく思う。

 伯父はそんな死の床でも、リハビリをやろうとしていたらしい。「あれ欲しい」と言って、電動式車椅子を購入したばかり。納品されたのは入院したあとで、結局一度も乗れなかったらしい。だが、そんな最後の時まで、まだまだ人生が続くという意識でいたのだろうし、そういうスタンスは自分も見習いたいと思うところである。

 自分だったら、観たい映画のリストを握りしめて病院のベッドで観続けたいと思う(その頃までにはPCですべてオンデマンドで観られるようになっているはずだ)。死ぬまでにもう一度観たい映画のリストを作っておかないといけない。そして可能ならば死ぬ前日まで読みたい本をアマゾンで注文していたいと思うのである。

 納棺の時、母は伯父の手を取り泣いていた。考えてみれば、親子と兄弟。法律的には一親等と二親等だが、どちらの絆が強いのだろうか。同じ両親の元、同じ家で一緒に育った兄弟。だが、ある時から別々の道を歩み、それぞれ別々の家族を作る。私と弟も、会えば話もするが、会うのは年に1~2回だ。私も母と同じように伯父の手に触れたが、その手は見舞いに行った時とは別物のように冷たくなっていた。

 改めて人はいつか死ぬのだと思う。伯父は6人兄弟の次男。既に3人は鬼籍に入り、残った3姉妹が通夜に参加した。自分の通夜の時は、兄弟は弟だけだし、ずいぶん親族も寂しくなっているだろう。それでもまだ見送ってくれる人がいるだけいいのかもしれない。

 いずれ自分の両親も、叔母たちも見送る時が確実にくる。来てほしくないと言っても無理な相談だし、せめて一日でもその日の遠からんことを願いたいと思うのである・・・

     
【本日の読書】
我が闘争 (幻冬舎文庫) - 堀江貴文




  

2015年7月31日金曜日

男はケンカ

 落合信彦の『狼たちへの伝言』を本棚の奥から引っ張り出してきて、埃をはたいて久々に読んでみた。社会人になりたての頃、夢中になって読んだものである。

 事例はいささか古いが、その主張は現在でも激しく同意できるものが多い。その一番が、「ケンカもできないヤツ、弱いヤツは男としてダメだ」というものだ。たぶん、女性陣からしたら嫌悪の目で見られる意見だろう。だが当時、そして今もだが、これは絶対的な真実だと思う。

 と言っても、私もそして落合信彦も暴力を礼賛しているわけではない。「男なら自分を否定する人間には立ち向かわなければならない。言葉で説得するにしたって、腕力の裏づけがなければ、負け犬の遠吠えになってしまう。もし相手がなぐりかかってきたにしても、それをブチのめす自信があれば、堂々と自己を主張できるのだ。」とするが、これはまさにその通りだと思う。電車の中でおかしなことをしている者がいても、ためらいなく注意ができるというものである。

 会社で上司に理不尽なことを言われた時、勇気をもって反論できるのも、落合信彦流で言えば、「腕力の裏づけ」があればできるわけである(もちろん、モノの言い方と目上の者に対する礼儀を失してはいけないのは当然である)。今話題の東芝の不正会計だって、携わった者の何人かは絶対違法意識はあっただろうし、それに対して自分に言い訳しながら(組織の論理とか何とか言って)従っていたのだろう。もし「ケンカのできるヤツ」がいたら、「それはまずいのではないでしょうか」と言えていたような気がする。

 そういう骨のある男には、「汚れ仕事」は回ってこないだろうし(まぁひょっとしたら出世もできないのかもしれない)、上司からも一目置いて見られるだろう。子供の世界では、当然いじめの対象になんかになりはしない。スポーツでは、「なにくそ」とハードトレーニングに耐える力の源泉になるし、男としてのまさにアイデンティティになると思う。

 誰もがそんな男になればいいと思うが、最近危惧するのは若いママたちだ。少子化もあって、とにかく男の子をお人形みたいに可愛がっている感がする。女の子はいいが、男の子は危険だ。女の子みたいに育つのではないかという気がする。そんな男の子が、大人になってどういう男になるのだろうか。

 昔読んだ松本零士のマンガにあったのだが、遠い未来の地球で人類はふやけてしまい、そこでは「男が化粧をしハイヒールを履く」ようになってしまっているのだった。そこでは地球防衛軍も警報とともにみな逃げ出す有様になっていた。それをマンガの世界と笑っていたが、時代はだんだんとそれに近づいている気がする。メンズエステのヒゲや脛毛の脱毛などの広告を見ると、こんなところに行く男なんてと虫唾が走るが、そんなことを言ってること自体、白い目で見られかねないのかもしれない。

 幸い我が家では、息子は私とともに妻から激しく叱咤・指導されているから、まぁ大丈夫な気がする。そのうち「腕力」も鍛えてやらねばならないだろうと思っているし、ケンカの仕方も教えたいとも思う。たぶん、そんなことは女性には理解不能なことだろう。「男ってバカね」と思われるかもしれない。だが、それはそれでいいのである。そのバカなのが、女とは違う男なのである。

 実際、殴り合いのケンカなんかしても、みっともないだけだとは思う。たとえ勝っても「エライ」なんて誰も思わないだろう。50も過ぎたらなおさらである。だから実際の殴り合いのケンカなんてするものではない。だが、「しない」のと「できない」のとでは雲泥の差がある。「できるけどしない」のが、男のあるべき姿だろう。

 本を閉じて改めて思う。いくつになっても『殴り合いのケンカのできる男』でありたいと思うのである・・・


【本日の読書】
ぼくの命は言葉とともにある (9歳で失明、18歳で聴力も失ったぼくが東大教授となり、考えてきたこと) - 福島智 億男 (文春文庫) - 川村 元気 狼たちへの伝言 - 落合信彦






2015年7月26日日曜日

狼たちへの伝言

 毎日の通勤電車は、私にとっての読書タイムである。その読書タイムに読む本の半分は、ビジネス本である。こうしたビジネス本だが、読み始めたのは社会人になってからのこと。もともと本は好きで読んでいたが、読んでいたのはもっぱら小説。それが社会人になってビジネス本を読むようになったのは、ある一冊の本がきっかけである。

 その本は、落合信彦著 『狼たちへの伝言』である。どういう経緯でこの本を買ったのかは、もう忘れてしまった。だが、一読した時の衝撃は凄かった。この本は、落合信彦氏が自身の経験をもとに書いた若者たちへのメッセージだが、そのメッセージが見事に私の心に突き刺さってしまったのである。

 まずご本人の経験が凄い。父親は女を作って家を出てしまったため、母が子供二人を女手一つで育てる家庭。貧乏で大学に行くお金もなく、独学で学んだ英語を頼りに米大使館を訪ね、アメリカの大学の入学資格と奨学金を得る試験を受けて合格する。しかし、アメリカへの渡航費なんかなく、港に泊まり込んで船を捜し、臨時雇いの船員として船に乗せてもらう。そして着いた西海岸から、コーラで腹を満たしながらヒッチハイクで大学のある東海岸へ行く。

 大学でもひるむことなく周りに立ち向かう。舐められたら終わりという中で、空手で培った度胸とケンカの腕で認められていく。大学を卒業後は、世界を股にかけ、オイルビジネスを手掛ける。そんな経歴から、軟弱な男を叱咤し、熱く生きろと語る。まさに、「狼は生きろ、ブタは死ね」のメッセージは、当時の私の心に大きく響いた。もともとそれに共感する気持ちが育っていたから、なおさらであった。

 何より説得力があったのは、意思の強さと行動力だろう。日本を見限り、アメリカへ行こうと決意するが、お金がないから英会話スクールなんかには行けない。映画館へ行って一日こもり、好きな映画を何度も観て、暗闇で聞き取った英語を書いて覚えたという(そのあたりの経緯は別の本で知った)。その上で、ある牧師さんと出会い、そこに出入りして実地で英会話を覚えたらしい。

 「お金がないからできない」ではなく、「ならどうする」か。「天才が1時間かかってやることは、2時間かけて追いつき、3時間で追い越す」(本多静六)の考え方にも相通じると思うが、こういう考え方にはメチャクチャ共感してしまう。餌が目の前に置かれるのを大人しく待っているのではなく、なければ自分で探して取りに行く。言葉で言うのは簡単だが、今でも目の前に餌が置かれるのを大人しく待っている者は多い。

 さらに国際情勢についての解説は、新聞を読んでいてもわからないようなことが語られる。今読むとさすがに事例は古いが、当時政府がアメリカからイージス艦を買ったとニュースでやっていたのが、実はそれはアメリカに買わされたのだとか。この本を契機に、ニュースを表面的に理解しないようにしようと思うようになったのは、間違いない。

 そして最大のメッセージは、「男は生き方だ」ということであろう。「イイ女を抱きたかったら、DCブランド(懐かしい言葉だ)に身を包むよりエキサイティングに生きることだ!」
「ローンで身を飾り、ラーメンをすすって外車を乗りまわしたって、男の価値は上がりゃしない!」もともとおしゃれは苦手だったし、鏡の前では髪型よりも筋肉の張りの方を気にしているくらいだったから、こういう言葉が心に響いたのである。今でもエステで脱毛なんてやる男は、心の底から軽蔑してしまう。

 筋肉ばかりでなく、教養も必要だと説かれていたから、その手の本にも手を出すようになった。当然、他のビジネス本にも手を出すようになっていったのである。そういう意味で、影響力の大きな一冊であったと思う。

 今読み返してみると、あの頃のようなインパクトがないように思える。ただ、それは自分があの頃よりもはるかに成長した証かもしれないし、すっかり自分の考え方として定着したからかもしれない。いずれにせよ、まだ若くて多感なあの頃に出会って良かったと思える本である。今は本棚の奥ですっかり埃をかぶってしまっているが、大事に取っておきたい一冊なのである・・・

【本日の読書】
21世紀の資本 - トマ・ピケティ, 山形浩生, 守岡桜, 森本正史 狼たちへの伝言 - 落合信彦




     

2015年7月22日水曜日

将来の夫婦の形

 最近将来のことをよく考える。『あと31年』なんてこともその一環だ。もう50も過ぎると、「将来の夢」というよりも、「リアルな将来像」とならざるを得ないが、我が夫婦関係がその最たるものだ。

 新婚当時は誰でもラブラブで、時間が経つにつれ熱も冷めていくのはどこも一緒だと思うのだが、我が家はどうも冷め過ぎてしまったようである。私の方はまだ妻に対する愛情も一杯だと思っているが、どうやら片想いになって久しい。「将来子供が独立していなくなったら、夫婦二人で仲良く旅行に行ったり食事に行ったり・・・」なんて夢想していたが、それもどうやら見果てぬ夢になりそうである。

 ここで原因についてあれこれと考えてみても、もうどうしようもない。「自分は変えられるが人は変えられない」もちろん、努力は続けるつもりだが、成果が得られない時のバックアッププランも用意しておかないといけない。既に義母は義父と「家庭内別居」状態で、「単なる同居人」と化している。海外旅行だってお友達とは行くが、義父とは買い物すら一緒に行かない。こういう現実を目の当たりにすると、いつまでも「対岸の火事」とタカをくくっているわけにもいかない。

 そこで考えたのは、「60歳別居」だ。いや別に息子が社会人になるであろう62歳でもいいのだが、そのタイミングで別居するのがいいと考えた。一緒にいるから不満も溜まるのだろう。離れていれば、洗濯も食事の支度も不要になるし、不満も減るだろう。

 こちらも一人になれば気楽だし、テレビも好きな映画も好きな時に好きなだけ観られる。日常生活の細かいミスをくどくどと責め立てられることもない。幸い、両親の家がある。金銭的な負担はそうかかるまい。70歳まで働くつもりだから、なおさらその心配もあるまい。

 既に友人たちの中には、諸般の事情があって独身生活を送っている者も多数いる。お互い親を見送ったあとになれば、今よりもっと自由につるむこともできるだろう。一緒に旅行に行ったり、飲みに行ったりすればそんなに寂しい老後となることもないだろう。女同士で、「私たち将来シェアハウスで暮らすのよ」と語る女友だちもいる。さすがにジジイ同士でシェアハウスというのも、なんかしっくりこないが、そこまでいかなくとも近くに住むくらいならいいかもしれない。

 フランスでは「事実婚」が半数以上だという話だし、最近はLGBTなんてのも市民権を得てきている。いつまでも夫婦仲良くは理想ではあるが、子育てを終えたら夫婦卒業というのもありかもしれない。動物なんかは、子育て期間だけつがいになるというのが一般的だし、人間だってそうしたっておかしくはないだろう。

 離婚となれば、財産分割とか煩わしいし、そこまで憎み合っていなければ妥協点としてはいいような気がする。年に一度のお正月とかに子供たちも含めて「家族集合」とすれば、ある程度の距離も保てるだろうし、旦那に対する日頃のストレスも減じれば、妻も優しくなるかもしれない。そうした「熟年離婚」ならぬ「熟年(夫婦)卒業」という新しい夫婦関係もいいかもしれないと思う。

 そうあれこれと考えていたら、当初の悲壮感は消えて何だか楽しい計画に思えてきた。ひょっとしたら「バックアッププラン」のつもりが、「メインプラン」に昇格するかもしれない。どっちに転んでも、良いように思えてくる。その時までに、「独身の友人」が増えたらより楽しくなりそうだとさえ思えてくる。

 密かに期待してみようかな、と思うのである・・・

【本日の読書】
東大名物教授がゼミで教えている人生で大切なこと - 伊藤 元重 21世紀の資本 - トマ・ピケティ, 山形浩生, 守岡桜, 森本正史





    

2015年7月17日金曜日

病院にて(2015)

 毎年誕生月の6月に受けている健康診断。ここのところ、何かと“引っ掛かる”ようになってきているが、今年は何と「肝機能障害の疑いあり」となってしまった。普段、酒はあまり飲まないだけに、「何かの間違い」だとは思ったものの、放置する度胸もない。そこで再検査に行ってきた。

 最初に再検査の説明と血液検査。そして日を改めてエコー検査と、血液検査の結果を見ながらの医師の診察と決まる。その診察に病院に行く。覚悟して行ったが、やっぱり何とも言えないのが、「待ち時間」。事前に予約をしていったのに、やっぱり長い待ち時間。

 最初のエコー検査は予約通りの時間に終わる。そして医師の診察を待つが、エコー検査から診察の予約時間まで30分の間隔。さてそろそろ呼ばれるかと思いながら、待つことさらに40分。何とトータルで1時間10分も待たされることになってしまった。まぁ最初の30分は予定通りだから仕方ないとしても、予約したのに40分待ちはないんじゃないかと言いたくなる。

 そんなイライラを感じていたのは、どうやら私だけではなかった。途中で看護師に喰ってかかるご高齢の方が約1名。やっぱり、予約しているのに何でこんなに待たされるんだと不満の声が聞こえてくる。それはそうだと頷きながら、やり取りに耳をすます。だが、文句を言って早まるものでもない。文句を言っても仕方ないと諦めたのか、やがて抗議も終わる。覚悟して本を持って行ったわけだし、まぁ良い読書タイムだと思うしかない。

 それにしてもなぜ病院というところはこんなに待ち時間が長いのだと、疑問に思う。本も読み疲れたこともあって、暇に任せてあれこれと考えてみる。いろいろと原因はあると思うが、今回のケースに限れば、最初のエコー検査までは予定通りなわけだし、となると原因は「医師の診察の遅れ」だ。見たところ、何人かの医師が予約患者と新規の患者とを順番に受け付けているようである。診察時間もせいぜい平均で5分程度ではないかと思うが、もちろん人にもよるだろう。当日の新規患者がどのくらいいたのかはわからないが、ある程度予約患者優先にしてもいいような気もするが、実務的にはやはり実際の現場を見せてもらわないとわからない。待合室はぎっしりだったから、やっぱり時間がかかるのはやむを得なかったのかもしれない。

 それにしても、待合室は高齢化社会の縮図。もう50を過ぎた我が身ながら、待合室の中では“若手”だ。国の医療費負担が大変だというのも納得だ。診察室もフル回転といったところだし、働いている人たちもなかなかストレスフルなのではないかと思われる。待ち時間ぐらいで、不満を持つのも悪い気がする。

 さて、検査の結果はシロ。どうやら検査の前夜酒を飲んだのがいけなかったようである。お付き合いでやむを得なかったとはいえ、時間と費用とで高くついたお酒だったことになる。来年は、万全の態勢で臨もうと思うのである・・・


【本日の読書】
ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか - ピーター・ティール, ブレイク・マスターズ, 関 美和, 瀧本 哲史 21世紀の資本 - トマ・ピケティ, 山形浩生, 守岡桜, 森本正史





2015年7月12日日曜日

夏の日雑感2015

 この週末は真夏の日差しで、「いよいよ来たか」と暑い夏の到来を実感させてくれた。しかしながら、梅雨明け宣言はまだだし、今週はまた天気も崩れるようだし、本番はあと1週間ぐらい先であろうか。

 昨年から少年野球チームに参加している息子は、今日も朝から終日の練習。この炎天下だと立っているだけでも大変だから、小学生の練習と言っても、本人たちにとってはそれなりにきついと思う。スポーツできつい練習をこなすことは、精神的にも肉体的にも良い効果をもたらしてくれる。そういう意味で(自分はもう嫌だけど)、息子にはまたとない経験だし、ずっと続けるよう見守りたいと思っている。

 受験生の娘は、塾のテストだとか言って、出掛けて行った。受験生だから、ではなく、娘はよく勉強をしている。その成果もあって、学校での成績は良いが、だから安心かというとこれがそうでもない。もともと私が学校の勉強にそれほど重きを置いていないこともある。良い会社に入るために良い大学を目指し、そのために良い高校に入るべく勉強ばかりするという昔からの風潮に反発を覚えているからだ。なので、勉強一色に見える娘の生活を危惧しているのである。しかし、ではどうすべきかという点で、妙案がないから困っているのである。難しいところだ。

 そろそろガソリンを入れないといけないとあって、行きつけのガソリンスタンドへ向かう。メール会員になっているのだが、8月3日まで「ガソリン3円引き」のキャンペーンの案内も来ていたし、でちょうど良かったのである。店頭の表示価格は140円。それが何だかんだの会員割引で132円であった。8円の値引きというと、何だかものすごく得した気分であるのだが、47リッターで376円と考えると、それほどでもない気もする。

 それより、店員さんが目ざとくワイパーのゴムの劣化を見抜き、交換を提案してきた。ここのスタンドは、洗車だとかワイパーだとかオイル交換だとか、いろいろと勧めてくる。ガソリンスタンドも薄利多売の商売。ガソリンだけでは到底経営も厳しいのだろう、こうした“サイドメニュー”で少しでも売り上げアップを図ろうとしているのだろう。ハンバーガーを頼んだお客さんに「ポテトはいかがですか?」と勧めるようなものである(まぁマクドナルドあたりはとっくに「セットメニュー販売」に移行しているから、そのうちガソリンスタンドにもこうした「セットメニュー」が登場するかもしれない・・・)。

 そろそろ換え時だという自覚はあり、イエローハットに買いに行かないといけないと思っていたこともあり、タイミングとしては絶妙であった。こういうところで買うより、イエローハットとかの方が安いだろうと思っているが、わざわざ行くのも面倒だ。「フロント用2本で2,600円です!」というお姉さん。こちらの逡巡を見てか、「明日から台風でまた天気崩れるみたいですよ!」というさらなる一押し。その熱意に、「じゃお願い」と答えていた。そのくらいの値段なら、対して違わないだろうし、わざわざ買いに行く手間を考えれば行きつけのガソリンスタンドに利益を落とすのも悪くないからだ。

 それにしても、おそらくバイトであろうお姉さんが声かけをしなければ確実に買わなかったわけで、その意味でこの声かけは大きいと思う。普段から経営者(あるいは店長さんか)が、意識して教育している成果だろうし、もしかしたらこうした“サイドメニュー”の売り上げがインセンティブとしてバイト代に反映されているのかもしれない。大銀行から中小企業に身を移して感じるのは、「収益を上げることがいかに大変か」ということである。こういう取り組みは、我が社でも何か参考にできないかと、ついつい考えてみたりする・・・

 さて、ガソリンスタンドのお姉さんに言われるまでもなく、今週は天気も崩れるようである。真夏の前の梅雨の最後の一足掻きなのだろう。雨もそのあとに続くであろう真夏の太陽も、サラリーマンにはきついことには変わりない。嘆いても始まらないし、今期は何としても黒字決算にしないといけない。暑さに流れる汗も、冷や汗よりははるかにマシというもの。楽しみながら頑張って働こうと、改めて思う次第である・・・

【今週の読書】
2018年までのマンション戦略バイブル - 沖 有人 マスカレード・イブ (集英社文庫) - 東野 圭吾







2015年7月9日木曜日

20○○年未来への旅

 アメリカに「アルコー・ライフ・エクステンション・ファウンデーション」という団体があるそうである。「Life Extension」(延命)とあるが、これが何と死体の冷凍保存だという。死んだ直後の遺体を防腐などの処置をして、マイナス196度で冷凍保存するらしい。その目的は、未来での「復活」である。

 不老不死は人類の太古からの願いであるが、人類史上最高度に科学が発達した現代でもそれはまだ夢のまた夢。だが、いずれ未来の世界では医療技術が進化し、人類はあらゆる病を克服しているかもしれない。その可能性に賭けて、死体を冷凍保存するのだろう。

 だが、果してうまくいくのだろうか。今の段階では何とも言えない。ただ1900年に報知新聞が報道した「100年後の世界の予言」では、「電話で海外の人と話す」なんて今では当たり前のことが、「夢の技術」として挙げられているから、100年とは言わず200年後くらいには、治療法と蘇生法が確立して復活できるようになるかもしれない。今の感覚で笑い飛ばすのはやめておいた方がいいだろう。

 しかし、その時、復活したご本人はどんな感想を持つのだろう。若返りが可能ならば、未来世界で再び人生を謳歌できるのかもしれないが、年を取ったままなら、そんなに楽しくもなさそうな気がする。ましてやボケていたりしたら目も当てられない。

 気になる費用は米ドルで20万ドルだそうである。そして運営会社は非上場で、かつお金はファンドの形になっているから、途中で株主の利益追求主義から、あるいは予期せぬ会社の倒産リスクから、途中で保存中止となることのないようにしてあるらしい。20万ドル(1ドル120円で2,400万円くらいか)が高いか安いかと問われれば、まぁ持ってる人からみたら大した金額ではないのだろう。

 遺体の保存形式の中には、「頭部だけ」というのもあるらしい。これは費用が8万ドルと安くなっているが、「そこでケチってどうする」という突っ込みは置いておいて、何とか「気持ちだけでも」復活に賭けるのだろう。とりあえず意識だけ復活して、体はどうするのだろうと思ってみたりする。もっともその頃なら、人口胴体が開発されてサイボーグみたいになれるのかもしれない。

 しかしながら、この遺体保存、よくよく考えてみれば古代エジプトのミイラと発想は同じだ。今はダメでも、来るべき未来の復活を信じて遺体を保存しようという発想は、したがって遺体保存がなされたと言われる5,000年前から、人類は「考えることは同じ」ということができる。世界各地で様々な形で発見されているミイラは、博物館に保存・展示されていたりする。もしかしたら、ライフ・エクステンション・ファウンデーションで“保存”されている方も、遠い未来でも復活は叶わず、博物館に“展示”されるということになるやもしれない。

 果して“保存”されている人たちはいくつなのか知らないが、「そこまでして長生き(長生きと言えるかどうかはわからないが)したいだろうか」という気が、個人的にはする。自分だったら、祖父より1年長生きの90歳までは人生を謳歌しようと思っているが(できるかどうかは別だ)、それでお迎えが来たら喜んで迎えられるだろう。そこまでして醜く生に執着したいとは思わない(そんなお金があるかという問題は当然置いておく)。ご本人たちはどんな思いで、"凍って"いるのだろう。

 ただ、1点、自分もその気持ちがわからなくもないというケースがある。それは生への執着というより、「未来への興味」だ。果してその時の未来はどんな世の中になっているのだろうか。100年後、200年後の世界を見ることは、今の人類には誰一人無理なこと。そんな世界を一目見てみたいという好奇心なら理解できる。それなら自分もやってみたいと共感する。

 だからもしも、何らかの成り行きで、私がライフ・エクステンションで“保存”されたとしたら、「そこまでして生きたいのか」とは思わないでほしいと思う。生への執着ではなく、未来への興味。理由はそれである。だからその時は、保存カプセルの名札の下に、「好奇心旺盛な老人、未来への旅の途中」と書いて“Do not Disturb”と下げておいてもらおうと思うのである・・・


【本日の読書】
2018年までのマンション戦略バイブル - 沖 有人 マスカレード・イブ (集英社文庫) - 東野 圭吾





  

2015年7月5日日曜日

ビジネスマンの生活時間

 先日のこと、シチズンが行った「時間に関する意識調査」なるものを目にした。時の記念日(6月10日)にちなみ、毎年行っているらしい。今年の調査では、「『ビジネスマンの生活時間』35年の推移」と題したものが紹介されていた。
 
たとえばこんな具合である。
 (1日あたり)       2015年   1990年      1980年
  睡眠時間       6時間9分  6時間26分   7時間1分
  勤務時間       8時間26分  9時間13分     8時間36分
 (1週間の合計)
  家族との会話    3時間58分   6時間1分  7時間44分 
  外での飲食     2時間6分   7時間52分      7時間42分
    子供と過ごす     5時間22分   5時間22分      4時間43分
TVを見る      6時間38分  11時間50分   13時間2分  
読書をする      1時間55分    7時間42分   8時間42分

 こういう統計結果を見ていて、いろいろと原因・現象を想像してみるのは楽しいことである。なるほどと改めて思うことも多いし、よくわからないこともある。たとえば「睡眠時間」は漸減しているが、「勤務時間」は90年に長くなったものの、80年の水準に戻っている。両者に因果関係があるかどうかは、この調査だけではわからない。

 ちなみに、自分は「勤務時間」だと10時間となり、何だか働き者のような気がするが、実はこれは「会社にいる時間」だから、「実働時間」となるともっと短い。ここにある「勤務時間」とは、「実働時間」なのだろうか、中味に違いはあるのだろうかと思ってみたりする。

 「家族との会話」が減ったのは、「勤務時間」や「外での飲食」が減っていることからすると、よくわからない。「ゲームをする」「インターネットをする」という項目が増えていることと関係があるかもしれない。また、もしかしたら独身割合が増えたのかもしれないし、このあたりは他の統計と比較してみないとわからない。

 「外での飲食」が減ったのは、絶対的に経済的な事情だろう。個人的にもそれは顕著で、給料が減り続ける中で、自然と飲みに行く回数も減ってきた経緯がある。そう言えば若い頃は、上司に誘われて説教混じりの酒をよく飲みに行ったものである。それを評価する考え方もあるだろうが、あくまでもケースバイケースだろうし、個人的には得るものは少なかったと思う。そう考えれば、これはいい傾向だと思うが、「家族との会話」につながっていればもっと良かっただろう。

 「TVを見る」時間が半分になっているが、「インターネット・メール」が約6時間新登場しているから、シフトしているのだろう。「読書をする」は、「電子書籍を読む1時間26分」、「朝活(読書)37分」とを合わせてもひどい状況である。個人的には、読書時間は約10時間だから、ちょっと誇れるかもしれない。

 総じて項目別に減っているものが多い。では何が増えているかと言うと、「ゲームをする3時間11分」、「介護3時間42分」、「音楽を聴く2時間6分」などぐらいしかなく、トータル時間も違うから厳密な比較は困難である。もしかしたら、「ぼおっとしている」時間が増えているのかもしれない。

 個人的には、この10年で考えると、やはり「家族との会話」が一番減っている。ただ、それは子供が大きくなって一緒に風呂に入ったり、休みの日にまとわりついてきたりすることがなくなってきたことが大きい(子供だけでなく「妻も」であるところが悲しい・・・)。子供も(妻も)それぞれ好きなことをして過ごしていて、パパとは遊んでくれなくなってしまったのである。「同じ屋根の下にいる」時間は変わっていないだけに、これをどう考えたらいいのかは、難しいところだ。

 あと10年したら、同じ調査でどういう結果が出るのだろうか。個人的にはどうかと考えてみる。「睡眠時間」は現状5時間でもう削る余地はない。「通勤時間」(≒「読書時間」)も「勤務時間」も変わらないだろう。TVはもともと見ていないし、あれこれ考えると、増えたり減ったりする時間はあまりないような気がする。となると、10年後も同じような時間の過ごし方をしているのだろうか。

 それはそれで何だかいいような悪いようなである。「運動をする時間」「通勤途中ではなく、喫茶店で本を読む時間」「映画館で映画を観る時間」「妻と二人で食事に行く時間」が増えていたら問題なしと思うが、最後のものはかなりハードルの高い願望であるような気がする。普段あまり考えてもみなかったが、「自分の時間を何に使うか、使いたいか」をもう少し意識していってもいいかもしれない。

 10年後にどうなっているか、その時これを読み返してがっかりしないようにしたいと思うのである・・・


【今週の読書】
未来予測の超プロが教える本質を見極める勉強法 - 中原 圭介 その女アレックス (文春文庫) - ピエール・ルメートル, 橘明美 ドキュメント パナソニック人事抗争史 (講談社+α文庫) - 岩瀬達哉




2015年7月1日水曜日

あと31年

 厚生労働省から簡易生命表というのが公表されている。これによると、現在51歳の自分の平均余命は31年となっている。つまり、平均すれば82歳まで生きるだろうということである。もちろん、平均だからそれより長くなるかもしれないし、短くなるかもしれないわけである。それはそれとして、あくまでも平均と考えたとしても、31年は短いような長いような感じだ。

 さて、その31年をどう生きるか。昨年、銀行を退職し、中小企業に転職した。一応役員だから定年はない。これが転職のメリットの一つであったが、「会社が潰れなければ」70歳まで働こうと思えば働ける。以前は「早期リタイア」というのがいいように考えていたが、仕事も楽しいし、リタイアもいいけど、楽しく仕事ができるなら、働く方がいいという考えに変わってきている。ならば、80歳まででも働けばいいじゃないかと思わなくもないが、そこは体力がどうなっているかわからない。通勤電車もしんどいかもしれないし、ひとまず70歳としておこうというところだ(住宅ローンも完済予定は70歳の時だし・・・)。

 そうすると、これから何をするべきだろうかと考える。まずはやっぱり健康と体力だろう。以前はあまり気にもしなかったが、この頃ラグビーのシニアチームの練習に行っても、はっきりと体力の衰えを感じるし、これから益々その傾向は強くなるだろう。「健全な精神は健全な肉体に宿る」ではないが、気力を支えるのは体力だ。体力が維持できれば、気力も維持できるし、元気に仕事も遊びもできるだろう。

 先日知り合った人は、銀行から50代後半で転籍し、60歳まで勤務(大体銀行はこういうパターンが多い)。そして定年となり、別の会社に移って5年間財務の仕事をし、65歳で再び定年となったあと、自ら起業したという方であった。「まだ67歳です」と自己紹介していたが、見習いたいものだとつくづく思う。

 こういうキャリアを積むには、普通のサラリーマン的に「やるべき仕事をやっているだけ」という仕事のスタイルでは当然ダメだ。+αのものが必要だろう。楽する事ばかり考えていては、定年が来て「はいご苦労さん」で終わりだろう。先々を見据えて、多少しんどくても手間でも、常に+αの仕事をこなす気概がないといけないと思っている。当面は、会社がつぶれないように土台を作り、欲を言えばもっと大きな会社にすべく尽力したいと考えている。

 ボランティアでやっている財団(小山台教育財団)の方はどうなるだろうか。仕事と家庭以外の『居場所』という意味では大事にしたいところだ。だが、こちらもいつまでもというわけにもいかない。「道を譲る」必要性もそのうち出てくるだろう。もともと地位に固執する性分ではないから、その時がくれば速やかに退くつもりである。そのあとどうするか、は頭の片隅にでも入れておこう。そのうちまた何か見つかるかもしれない。

 もともとそんなに社交的な性格でもないし、これから新たなつき合いを見つけたいとは思わない。今までの友人知人関係を末永く大事にしていくというところだろうか。これまでも人生設計などあまり考えてもこなかったから、「あと31年」と言われても、何か妙案が浮かぶというわけでもない。平凡な一日をより長く、できれば死ぬ直前までボケずにいたいというところだろうか。

 当面は、常に「残り時間」を意識しながらやりたいことをやるようにしていこうと、平凡に思うのである・・・


【本日の読書】
未来予測の超プロが教える本質を見極める勉強法 - 中原 圭介 その女アレックス (文春文庫) - ピエール・ルメートル, 橘明美