2016年11月13日日曜日

定年後の再雇用


 たまに読んでいる日経ビジネス・オンラインの記事に『社会的に容認???定年後再雇用「年収3割減」』という記事があった。日本の企業は大概60歳定年制を長らく採用してきたが、近年それを65歳まで延長する風潮がある。年金減額などの「大人の事情」もあるのだろうが、そのまま延長ではなく、一旦退職して再雇用というのが大方のパターンであろう。そしてその際、給与も大幅に減額されるのも一般的である。

 これを不当だとして訴えたのが、記事のベースにある。同じ仕事をしているのに、「定年・再雇用」を機に3割も給与が下がるのは不当だというのである。ベースとなる訴訟では一審ではその訴えが認められたものの、高裁で否決されたとのこと。裁判所が示したその理由は、
企業は賃金コストが無制限に増大することを避け、若年層を含めた安定的な雇用を実現する必要がある」というものであったという。さらに定年前と同じ仕事内容で賃金が一定程度減額されることについて、「一般的で、社会的にも容認されている」としたらしい

記事は、訴えたトラック運転手の立場に立って、その判決で示された内容の是非を問うている。読んでいて、これはこのトラック運転手のみのことにとどまらず、広く一般的に言えることだと考えた。当然ながら、今や企業としてはこの「再雇用制度」を採用することが当然の趨勢になりつつある。トラック業界に限らず当てはまることだからである。

私は今は社員10名の中小企業に勤めていて、一応「役員」である。だから意見はどうしても「企業側」になるところがある。「経営者目線で働く」を意識しているし・・・。だが、それを差し引いても、やはりこの問題はやむを得ないと思う。あえていうなら、「定年でサヨナラよりいいのではないか」ということである。

確かに、同じ仕事なのに、ある日突然給料が3割減というのは納得いかないのかもしれない。でもそもそも給与なんて常に保障されているわけではない。業績が悪くなれば、給与削減なんてこともあるわけで、それについて「おかしい」と言っても始まらない。歩合制で社長より給料をもらっている社員がいる会社だってあるが、大概の会社は給与は仕事ではなく役職に比例しているだろう。上司より働いていると言っても、それは通用しない。さらに経営者クラスに昇格したのに、それに伴い時間外査定がなくなり、昇格前の社員時代より給与が総額で下がるなんてケースも珍しくない。給与はそもそも不合理なのである。

訴訟を起こした運転手さんたちも記事を書いた方も、そこがわかっていない。さらにいえば、会社の定年制はわかっていたはずだし、再雇用ルールもしかり。嫌なら準備していて独立するなりよそへ移るなりの選択肢はあったはずである。何もせずにその時を迎えておいて、「おかしい」と言い出すのはそれこそ「おかしい」だろう。繰り返すが、そもそも定年で失職していたはずなのである。働きたければ自分でハローワークにでも行って職を探す必要がある。同じ仕事で同じ給料がもらえる仕事を探せば良いだけである。

おそらく、であるが、ハローワークに行っても同じ仕事で同じ給料の仕事なんてないだろう。良くて「同じ仕事で給料が下がる」仕事が見つかる程度であろう。それを3割減で提供してもらったと考えるしかない。それさえおかしいというのであれば、それは定年制そのものがおかしいと言うほかなくなる。そこまで否定するなら、起業して自分で仕事をするしかない。

そう言う意見を言うのは、自分が弱小なりといえども企業の役員だからかと言うとそうではない。昔からそう言う考え方をしてきたし、だから転職に当たっても自分で定年を決められそうだと言う魅力もあって今の中小企業に飛び込んだと言う経緯もある。「おかしい」と言う感覚では、いつまで働いても給料も定年も決められたことに従うしかないだろう。

また、世の中に働きかけてお金をもらうと言う行為は、勤め人であれ企業であれ同じである。世の中の中小企業は、取引先から値下げを要求されることはザラである。その時、今までと同じ製品なのに減額されるのはおかしいなんて訴えたりはしない(最も一定の法律の保護があるのは労働者と同じである)。自営業でもしかりであり、それが世の中というものだろう。「雇われている」という安住の身分に慣れすぎて、そのあたりの常識がなくなってしまっているのだろう。

知り合いの方は、65歳で再雇用も終了した後、まだまだ余力があるからと自分でコンサルタントを始めた。その心意気や良しである。訴える暇があったら頭を使うべきであり、同情的な記事を書く前にもっと世の中のことを学ぶべきだろう。
雇われてはいても、自分の腕で稼ぐという意識を常に持ち続けたいと思うのである・・・


【今週の読書】


 
     

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