2026年1月25日日曜日

論語雑感 子罕第九 (その21)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感
【原文】
子曰、苗而不秀者有矣夫。秀而不實者有矣夫。
【読み下し】
いわく、なえにしてひいでざるものるかな。ひいでてみのらざるものるかな。
【訳】
先師がいわれた。「苗にはなっても、花が咲かないものがある。花は咲いても実を結ばないものがある」
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 作物を育てるにあたり、種から目が出て苗になり、それをさらに育ててやがて花が咲き、実を結んで収穫となる。種類にもよるが、ざっと作物を育てるにあたり期待されている流れだろう。それがここでは順調に行くものだけではなく、うまくいかないものもあるとする。曰く、芽が出ないものもあるだろうし、芽が出て苗になっても花が咲かないものもあり、花が咲いても実を結ばないものもあると。おそらくこれは人に例えたものだろうと思う。そしてそれはその通りだと思う。

 世のママさんたちは、子供が生まれるとやがて教育に敏感になっていく。極端になると幼稚園からお受験コースまっしぐらで我が子を塾に通わせる。とにかく将来いい就職先に就くには、いい大学、いい高校、いい中学、いい小学校、そしていい幼稚園というわけで、こんなママに鞭打たれて塾通いする子は可哀想だなと思う。そして親はいい就職先に就いたらそれで満足して終わり。我が子が幸せな人生を歩めるものと思うのだろう。そして誰彼ともなく、我が子自慢をするのである。

 しかし、花が咲かないものもあれば、花は咲いても実を結ばないものもある。いい高校に行ったはいいが、それで心を病んでごく普通の大学に行くことになったりする。就職までは成功しても、会社の中で人間関係がうまくいかず、出世路線からは外れてしまう。それならまだいいが、鬱になって休職したり、最悪なのは不祥事を起こして解雇なんてこともある。顧客の貸金庫から金品を盗んだ銀行員や、顧客からお金を詐取した外資系保険会社の社員のようになったら最悪である。

 そうならないためには何よりも心の教育が必要だと思うが、残念ながら我が子には思うようにできなかった。妻の意見に勝てず、2人の子供はずっと塾通いであった。娘は高校までは順調であったが、途中で学校へ行く足が鈍り、不登校にはならなかったものの、卒業はスレスレ。大学は1年目は見送り、2年目でなんとか普通のレベルのところに潜り込んだ。就職は本人も頑張って地方公務員になった。一流ではなくとも元気に働いているので父親としては大満足である。ただ、今の就職先だったら小学校から塾になど通わなくても普通にしていれば就職できたと思う。

 高校でコースから外れたのが燃え尽き症候群なのか学校が合わなかったのか、父親には何も語ってくれないのでわからない。結果論だが、塾へなど通わずに、友達と遊んでいた方が良かったのではないかと思う。まぁ女の子は勉強に興味を持てないとオシャレの方に走ってオツムの軽やかな女性になる可能性もあるのでそこは難しい。何が花で何が実なのかは難しいが、妻が思い描いていた娘の人生でないことは確かだと思う。それでも私からすればなんの不満もない。

 息子は幸い一流コースを進んでいる。それはそれで良いが、だからといっていい就職先に入り、いい人生を歩める保証はない。私としてはむしろこれから息子と時間をとっていろいろな話をしてあげたいと思う。それは出世論などではなく(そんな話をしてくれと言われても困ってしまう)、どうしたら心を守り、勝てずとも負けない人生を歩めるかである。私が歩んできたような道であり、少なくとも負けなければ大きな不幸には陥らないと思う(私もまだこの先はどうなるかわからないから確実な話ではない)。

 花でなくとも、咲かなかったり実を結ばなかったりはあるもので、大事なのはそれはもうダメだではなく、その時はどうするかだろう。転んでも起きることができれば問題ない。花も咲かずに実も結ばない雑草でも逞しく生えて子孫繁栄している。それで十分だと思う。華やかな明るい人生ももちろんいいが、多少日が翳っていても太く長く続く道であれば十分である。一隅を照らす存在であればいいと思うのである・・・


ChristianeによるPixabayからの画像


【今週の読書】
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