年末の大晦日。趣味としている映画鑑賞で2021年最後の映画に選んだのは『サイレント・トーキョー』であった。なぜこの映画だったのかについては深い意味はない。溜まったリストの中からランダムに選んだだけの話である。強いていえば、昨年話題になっていたのと、佐藤浩一、石田ゆり子、西島秀俊という豪華出演陣に惹かれたというところであろう。
ストーリーは、ある人物が右傾化していく日本の行く末を案じ、爆弾テロを通じて国政の変革を図ろうというもの。時の首相がテレビで演説し、周辺国の脅威に対し、自衛のために戦争のできる国になるという決意を述べている。我が国の現状もまだそこまで行っていないが、尖閣諸島を巡る中国からの圧力下にある中、荒唐無稽な話とも言い切れない。そんな中、テロリストはその首相とのテレビでの1対1の討論を要求する。身代金ではなく、「討論」の要求というところが面白い。
犯人は海外の紛争地帯での支援活動で命を落とした自衛官の身内の者。平和への思いから、日本の右傾化を憂いてストップをかけようとしている。ストーリーはフィクションなので文句を言うのも筋違いだが、犯人の考えのおかしさを真面目に考えてみた。まず、自らの要求(1対1のテレビ討論)を通すための手段として爆弾テロを選択したわけであるが、これは素人目にも逆効果である。要求に応じれば、「テロに屈した」という印象を与えてしまうゆえに首相としても要求を飲みたくても飲めない。こういう相手の飲めない要求を出すのは、交渉においては意味がない。
政府がテロに屈するわけにはいかないというのがなぜ悪いかと言えば、模倣犯を招くからだろう。欧米諸国がハイジャックなどの際に断固として要求を拒否するのもこの理屈。揺るぎない姿勢を示せば、犯人側も次は別の手段を講じなければならず、結果としてハイジャックを防止できる。また、爆弾テロで犠牲者が出れば、世論は犯人憎しで固まってしまう。当然、首相の支持率は上がり、結果として右傾化政策を後押しすることになる。相手を利する行為は意味がない。
さらに仮に要求が通ったとしても、討論で首相に右傾化をやめろと言ったところでこれも難しい話である。それは日本一国の判断では決められない問題でもあるからである。現在の状況に置き換えてみると、我が国は中国から尖閣諸島奪取の猛烈な圧力を受けている。頼みの綱は日米安保条約で、これに尖閣諸島が含まれるとアメリカに言ってもらって大喜びしている有様である。だからこそ中国も迂闊に手は出せないでいる。アメリカの力が弱まったら危ない。
ではこれで安心かと言えばそうではない。アメリカはこれに恩を着せて日本に様々な要求を出してくる。思いやり予算で駐留費の一部を負担させられ、べらぼうに高い兵器を買わされる。イラク戦争などへの共同出兵はなんとか憲法を盾に断れたが、台湾については「台湾における平和と安定というものが日本に直結をしていると考えている」と政治家がそう発言せざるを得ない状況に置かれている。アメリカのご機嫌を取らなければいけない状況下、「平和が一番」など言って軍事活動から身を引くことはできないだろう。
総理大臣が置かれているそういう立場を無視して、討論で右傾化をやめろと納得させることは難しい。もしもそう言いたいなら、そもそもの中国からの圧力という問題をどう解決するのかという代替案を示す必要がある。そうでなければ総理大臣も「うん」とは言いたくとも言えない。交渉には必ず相手に選択肢を残さないといけない。相手が飲めない要求を出しても無駄なだけである。ビジネスの現場では、事前に相手の状況(こちらの要求を飲めるか飲めないか)を把握しておくことが望ましいのはそういう理由である。
さらには相手に対して何が有効かも大事である。総理大臣であれば、それは一つには世論だろう。支持率が低迷すれば次の選挙が危ういし、党内での立場も然り。それを考えれば世論を味方につけなければ交渉は優位に進められない。映画の犯人は、それに対して爆弾テロの脅威を利用したのだろう。次にどこが爆破されるかわからないし、そうなって自分や家族が犠牲になるのは叶わないので早くなんとかしろという圧力でも働くと考えたのかもしれない。ただ、安易な妥協は次の批判に繋がるわけで、そのあたりも考えないといけないだろう。
映画は結局、テロによる交渉が成功することもなく終わる。犯人は金目当てではなく、見方によっては、自分のような被害者が出ないようにと我が国の将来のためを思っての行動だったのかもしれない。しかし、結局己の一方的な感情だけで、しかも爆弾による犠牲者まで出して犯行に及んでいるわけであるで同情には値しない。動機的にはともかく、方法論としては誠に拙いものであった。政治的な意見を持つのは大事であるが、ただ自分のことだけではなく、世の中のことも考えるのであれば、その手法も世の中の支持を得られるものでなければならない。
映画を観ながらそんなことを考えたのである・・・