2020年1月29日水曜日

学生時代はロシア語を学んでいた

先日のこと、ふとした会話の流れで、「大学では第二外国語は何を選択していたか」という話になった。ドイツ語やフランス語という回答が多かったが、私の回答はロシア語であった。「なんでまたロシア語?」とちょっと驚かれたが、私としてはごく自然な選択としてロシア語を選んだのである。そもそもは二次試験の願書を出願するときに選ぶようになっていたのであるが、そこには「ドイツ語」、「フランス語」、「中国語」、そして「ロシア語」となっていたのである。

大学の学部は法学部であったが、学部生として法律の勉強も楽しみな一方、もう1つ楽しみだったのが「第二外国語」である。それまで英語の授業はあったが、それ以外の言語についてはほとんど知らず(「ジュテーム」“Je t'aime”くらい程度だっただろうか)、英語以外の言語はどんなものだろうかと、それだけでも興味津々であったのである。選択肢は4つしかなかったから「ロシア語」を選択したのであるが、もしなんでもいいとなっていたら、たぶんアラビア語を選んでいたと思う。それはやっぱり映画『アラビアのロレンス』の影響である。

それでもなぜ4つの中からロシア語だったのか。深い意味はなかったが、当時は英語以外というと、ドイツ語かフランス語がメジャーで、中国語とロシア語がマイナーという感じであった(今であれば中国語を選択する学生も結構増えているかもしれない)。そんな雰囲気の中でロシア語を選択したのは、やっぱりアマノジャッキーな性格から「人の行かない道」を選んだと言える。当時(1985)は、まだ東西冷戦下のソ連の時代。そんな中でロシア語を選ぶ学生は超マイナーな存在であった。

始まったロシア語の授業は二種類。一つは文法系で日本人の講師、もう一つは会話系でロシア人が講師であった。ロシア語は、文字がアルファベットと同じものを使うものもあるが、基本的には異なる。“Спасибо”(スパシーバ=ありがとう)のようにアルファベットではない文字を使うので、まずはその文字を覚えないといけない。さらには同じでも読み方が違ったりする。ロシア語のСは、アルファベットではSといった具合である。「おはよう」とか「こんにちは」とか基本的な挨拶があり、やっぱり語学はこんな感じで学び始めるんだなと新鮮に思えたものである。

日本人の講師の方には、一度ロシア料理の店に連れて行ってもらったことがある。ピロシキなんかを食べたが、語学を学ぶことは文化を学ぶことでもあり、文化を学ぶには食は一つの手段である。ドイツ語やフランス語だったら、多分学生数も多かっただろうから、こんなことはなかっただろう。また、ロシア人講師の時は、しばし喫茶店に場所を移したものである。ただでさえ少ないのに、授業に出てこない者も多かったのでそんなこともできたのだろうと思う。

ロシア人講師は年配の女性。どういう背景があるのか、授業ではほとんど日本語を話さず、したがって雑談もできなかったからよくわからなかったが、今でも興味がある。もう名前も忘れてしまったが、恰幅のいい女性だったのは覚えている。ちなみに誰かが言っていたが、ロシアの女性は若い頃はみんな細くて美人だが、年を取るとみんな関取のようになるとか。あの講師の女性も若い頃はどんなだったのか、とクラスメイトと想像していたものである。

そんなロシア語の授業は面白かったが、一般教養課程の2年間でおしまい。授業には真面目に出席していたから、3歳児くらいのレベルにはなったと思うが、いかんせんその後全くやっていないので、今となって1歳児くらいになってしまっていると思う。それでも聞けばそれがロシア語だというのはわかるし、映画を観ていればロシア訛りの英語だというくらいはわかる。語学は使えるようになるには、ある程度集中して覚え込まないとダメだと思うが、週1、2回のレッスンではそんなものかもしれない。

言葉は英語でもそうだが、わかれば楽しい。未知のものを学ぶにしても、言語はそれによって意思の疎通もできるわけであるし、ただ学んで終わりというものではなく、そこから始まるものと言える。そう考えてみると、なんだかもう一度学び直してみたくなった。まだ当時のテキストやなんかが物置の奥にあると思う。今度の休みにでも引っ張り出してみようか。でもその前に英語か。それもまだ中途半端である。資格試験の勉強も終わり、時間もできたことなので、改めて挑戦してみるのもいいかもしれないなどと思うのである・・・




【本日の読書】
 ウケる人、スベる人の話し方 - 渡辺龍太 逆説の世界史 3 ギリシア神話と多神教文明の衝突 - 井沢 元彦




2020年1月26日日曜日

論語雑感 里仁第四(その13)

〔 原文 〕
子曰。能以禮讓爲國乎。何有。不能以禮讓爲國。如禮何。
〔 読み下し 〕
(いわ)く、()礼譲(れいじょう)(もっ)(くに)(おさ)めんか、(なに)()らん。()礼譲(れいじょう)(もっ)(くに)(おさ)めずんば、(れい)如何(いかん)せん。
【訳】
先師がいわれた。
「礼の道にかなった懇切さで国を治めるならば、なんの困難があろう。もし国を治めるのに、そうした懇切さを欠くなら、いったい礼制はなんのためのものか」
************************************************************************************

 論語の言葉を考える上で、国家なんて大きなことを考えるとよくわからないが、もっと小さな組織、例えば会社とかスポーツのチームとかにたとえて考えるとイメージできることが多い。「礼譲」とは、現在の日本語の意味でいうと「礼儀をつくして謙虚な態度を示すこと」となるようである。組織には上下関係があり、そこにはリーダーがいる。そのリーダーがどのように組織をまとめるかで組織の結束は変わってくるだろう。

 最近の言葉で言うと「パワハラ」であるが、職場でも上司が「パワハラ」をしているようではメンバーの組織に対するロイヤリティなど望むべくもないだろう。組織は作るよりも維持する方が難しい。スポーツの場合、練習がキツイというのは当たり前にある。そこに合理性があればみんな頑張って耐えるかもしれないが、単なる根拠のないシゴキだったりすれば辞めてしまうかもしれない。

これが仕事となると、生活がかかっているから辞めるのは簡単ではないからそうはいかないかもしれない。ただ鬱になったりそれで休んだりするかもしれないし、そこまでいかなくても能率は落ちるだろう。やっぱり人は気持ちよく働いた方が能率も上がるだろうし、前向きに仕事に取り組むだろうから組織としてのパフォーマンスも上がるだろうと思う。組織のパフォーマンスの結果に責任を持つリーダーとしては、当然そういうことを考えないといけない。

最近は「セクハラ」や「パワハラ」という言葉が浸透してきていることからも分かる通り、随分上下関係は良くなってきているのではないかと想像できる。今思い返してみると、私が大学を卒業して社会人になった30年前は酷かったと思う。一年目は何時まで居残りしようと残業などつかないのは当たり前。当然、帰る時間はみんなと同じである。仕事もできない一年坊主が何を残業などすることがあるのかということである。でも出来ないなりに早く仕事ができるように勉強するべきで、当然「勉強」だから「残業ではない」わけである。

職場の先輩も上司に怒られ、隣で半日立たされていたことがあった。女の子はお尻を撫でられるのは当たり前。それはむしろ仕事を円滑に進める上で必要な「スキンシップ」だとうそぶく人もいた(当然私は今日に至るまでやったことがない)。土日も職場の行事があれば優先されるのは当然。私も「レクリエーション係」をやらされたが、何が悲しくて土日まで職場の人と会わなければいけないんだと反発を覚えていた。最初に配属された支店では特に酷くて、毎日不満を爆発させそうになりながら仕事に行っていたのである。

今はどうであろうか。立場的には「上司」の立場になったが、自分の意識としては「礼譲」を持って周りの人と接しているつもりではいる。職場の人は皆会社の仕事をやってもらう仲間であり、いかに効率よく、そしてより大きな収益をもたらす仕事をしてもらうかを考えないといけない。それなのに上司ヅラをして威張り、セクハラ・パワハラで辞められでもしたら大きな損害であり、辞めなくても仕事のパフォーマンスは劣るだろう。そうなれば困るのは自分である。

考えてみれば、昔の職場は「丁稚奉公」の感覚が強く残っていたのだろうと思う。部下はこき使って当たり前という雰囲気であった。「仕事」という大義名分が何にも増して優先されていた。飲み会に行くのですら「仕事」であった。今でも覚えているが、レクリエーション係の仕事がバカらしく、ある時、準備はするが当日は参加しないと宣言したことがあった。レクリエーション担当の人(当然職位は上である)から「仕事だぞ」と言われたが、「だったら休日出勤手当は出るんですね」と返してしまった。私もいい度胸していたのである。

その後、まともにぶつかり合うと精神的に疲弊するだけなので、休日の行事はすべて「友人の結婚式」と言って不参加にした。嘘であってもそれでわだかまりが生じないならそれこそ「方便」である。今は仕事の後の飲み会もほとんどなく、もちろん、休みの日の仕事はないし、あってもきちんと代休か手当が出る。同じ職場を離れても、集まって旧交を温めるのは、いい関係が築かれていた職場である。上司であっても、部下には丁寧に接するのは、もはや「イロハのイ」だろう。

孔子の上記の言葉は、今においても真実であり、組織を束ねるリーダーなら強く意識しておかないといけない原理だと改めて思うのである・・・



Peggy und Marco Lachmann-AnkeによるPixabayからの画像


【今週の読書】
 天才を殺す凡人 職場の人間関係に悩む、すべての人へ (日本経済新聞出版) - 北野唯我 逆説の世界史 3 ギリシア神話と多神教文明の衝突 - 井沢 元彦




2020年1月22日水曜日

全裸監督

 昨年、NETFLIXに加入して映画を楽しんでいるが、NETFLIXにはドラマもある。今は『ゴッサム』と『全裸監督』をそれぞれ交互に観て楽しんでいる。どちらも面白いのだが、特に『全裸監督』が面白い。これはかつてアダルトビデオで一世を風靡した村西とおる監督の自伝映画である。というと、エロ目線での興味かというとそうではなく、意外にもビジネスマン視点でのものである。当然ながら、それは村西とおる監督のアダルトビデオを観てもわかるものではなく、知られざる裏側の面白さである。

 村西監督であるが、勤めていた会社が倒産し、英語教材の営業マンに転職する。ところが訪問販売がうまくいかない。上司に叱咤され、できる営業マンに頭を下げて教えを乞う。その先輩にヤクザの親分の家に行けと言われ、それと知らずに訪問する。気付いた時には後の祭り。家に引っ張り込まれるが、腹を決めて親分に口八丁でセールスする。例の口調そのままである。そして見事親分に売り込むことに成功する。以降、一皮むけて才能が弾ける。そして他の追随を許さない成績を収める。

 不運にもこの会社も倒産し、ふとしたきっかけでビニ本(懐かしい響きである)の世界に入る。今よりもはるかにアダルト規制の強かった時代、人々の「見たい」という欲望を掴み、ギリギリの露出で販売攻勢に出る。たちまち販売店網を築き上げ、売りに売りまくる。既存勢力からするとこれは面白くない。買収を試みるが、失敗すると妨害工作に出る。当然、警察からもマークされる。既得権を守ろうとする勢力からすれば、ルールを無視した新興勢力は面白くない。一方、消費者のニーズを得た立場はやっぱり強い。

 目を光らせる警察の指導を守る既存勢力と、消費者ニーズを味方につけた新興勢力の争いである。法律問題が絡めば、それは消費者ニーズより優先されるのは当たり前。しかし、村西監督が必死に戦ったからこそ、規制の枠が広がったのも事実。今日のアダルトビデオは、表のものでも当時よりははるかに露出が多いと思う(たぶん)。そしていよいよ時代の流れもあり、戦場はビニ本からビデオへと移行する。仲間とともにビデオ制作会社を立ち上げる村西監督。そこからの行動も目を引く。

 ソフトな表現のビデオに物足りなさを覚えた村西監督は、何と大手の会社の契約女優を引っこ抜いて自分の作品に出演させる。あくまでもリアリティを追求する監督は、ついに女優に本番を持ち掛ける。当時は疑似行為であったわけであるが、よりリアルを追求するなら必然的に本番へと行く。周りのスタッフがまずいと制止するが、監督は情熱を込めて女優を口説いてしまう。結果は、ハイクオリティの作品が出来上がる。この作品で「駅弁」が登場したのかと感慨深い。

 そしていよいよあのわき毛の黒木香が登場する。監督自ら出演し、あの「笛」のアイテムも登場する。「ナイスですね」というあの独自の口調も勢いを増す。かつて観ていたビデオ製作の裏側が描かれるのはそれだけで興味深い。ビジネスマンとして成功するには、「考え方(マインド)」「情熱」「創意工夫」が三種の神器だと思っているが、監督はそれをすべて備えている。資金面を案じて制止する参謀を高い理想を掲げて説き伏せていく。この人はアダルト業界ゆえに白眼視されたかもしれないが、ビジネスマンとしても成功する素養を備えていると感じた。できる人間は何をやってもできるということである。

 村西監督が一世を風靡していたのは1980年代の後半。ちょうど私も20代前半の血気盛んな時代。ただし、ちょっと個人的な好みのストライクゾーンからは外れていたが、それでも随分とお世話になったところである。改めて振り返ってみると、現在では当たり前になった行為の数々が村西監督の作品発祥らしい。やっぱり「考え方」「情熱」「創意工夫」の三種の神器を備えている人は強い。改めてそのように思う。

 これからドラマの後半戦。ますます興味深く観ていきたいと思うのである・・・




【本日の読書】
 天才を殺す凡人 職場の人間関係に悩む、すべての人へ (日本経済新聞出版) - 北野唯我 良き社会のための経済学 (日本経済新聞出版) - ジャン・ティロール, 村井章子





2020年1月19日日曜日

ここだけの話は・・・

先日、友人Yから何気なく聞かれたことにちょっと驚いた。それは私と友人Sしか知らないことだったからである。Yが知っていたということは、当然Sが教えたということである。別に秘密にしていたことでもなんでもないので、Sが話したことについて特に文句があるというわけではない。しかし、そうベラベラ人に話すことでもないと思っていたので、話すこと自体、ちょっと引っ掛かっただけである。考えてみれば、Sはもともと口が軽いだけに、話したこと自体それほど驚くことでもない。

口が軽いかどうかとなると、私は固い方だと思う。もともとおしゃべりではないというところもあるが、「ここだけの話だけど」とか、「内緒にしてほしい」と言われたら絶対にしゃべらない。「ここだけの話」だったはずが、いつの間にか広まってみんなの知るところになっても、約束したのであれば、私は最後まで知らないフリをする。歯を食いしばって秘密を守るなんて大げさなものではないが、軽い約束であったとしても相手との信頼関係もあるし、そこはきちんと守るのである。

では、そんな自分からしたらSのような人間は許せないかというと、そんなことはない。そもそも人に秘密を守らせるなんて無理だと思っているし、それを強いることも無理だと思っている。本当に人に知られたくないのであれば、自分以外に漏らしてはダメだと考えている。どんなに口が固い人であろうと、そういう人に「秘密を漏らしている時点」で、人に秘密を守らせることはできないだろうと思うのである。自分でもできないのだから、人ができなくても当たり前だろう。

先の事も、そんなわけでSに口止めしていたわけではない。したところでSが黙っているかどうかはわからないし、もしも口止めしていてSがしゃべったのなら、もう友だちづきあいはできなくなる。そしてその時になってSを責めるのも酷だと思うからである。もしも本当に人に知られたくないのであれば、そもそも自分もSと付き合わなければいいのである。およそ人と何かを共有すれば、それは自ずとそれ以外に広まるものと考えておかないといけない。そう考えておけば、人を責めることにもならないだろう。

人はついつい得意になって話したくなるものだろうと思う。特に自慢してもいいようなことであればなおさらである。自分だけが知っているというのも、なんだか「特権」的で甘美なものである。ついつい話したくなる気持ちもよくわかるが、自分はあえて言わないでいる。「実はあの人過去にこんなことがあったらしい」と聞いても、自分は決して本人にそれを言うことはない。口止めされたわけではなくとも、本人が言わない以上は黙っている。

とは言うものの、私も秘密以外は口が軽いところもある。特に人と議論になった場合、言いたいことは全部言わないと気が済まないところがある。だからしばし言いすぎるところがあって、あとでよく反省している。議論になった場合など、相手に少し逃げ道を用意していた方があとあとシコリも残らなくていいものである。完全に論破するのは気持ちのいいものであるが、言い負かされた方は面白くないという気持ちが残る。そのさじ加減が私には難しい。

「人の口に戸は立てられない」とはよく言ったものだと思う。自慢話や自分だけが知っているあんな事こんな事をを人に話すのは気分がいいことである。それをぐっとこらえるのは逆にストレスになる。それでも自分がSとつきあう時は、「秘密を共有できない相手」として付き合うことになる。初めからそういう相手だと思っていれば、あとで恨む事もない。そういう相手は「そういう相手」なのである。自分が人からそう思われたくないから、自分は頑なに口を閉ざすのである。

「口は災いの元」という事もあるし、おしゃべりで得をするという事もないだろう。議論でも然り。秘密といかなくても、あまり人にペラペラ喋るべきではない事も含めて、「沈黙は金」をこれからも意識したいと思うのである・・・




【今週の読書】
 目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】 (ワニの本) - 中野剛志 良き社会のための経済学 (日本経済新聞出版) - ジャン・ティロール, 村井章子






2020年1月16日木曜日

ダイエットは簡単

 「ダイエット」と「英会話」、一見何の関係もなさそうな2つであるが、実はある。それは「みんなやりたいと思っているのになかなかできない」ということである。両者とも次から次へと、いろいろなメソッドが現れては消えていく。どうしてそうなのだろうかと考えれば、それは両者とも「一朝一夕ではできない」というところが大きい。なかなか「続かないの」である。できるまでやればいいが、そこまでの根気が続かず辞めてしまう。だからできない。

 英語はともかく、ダイエットなんか実に簡単である。通信販売でやっているような脚を開いたり、倒れても跳ね返るような腹筋をしたりする器具なんてまったく必要ない。そもそも体重なんて、入るエネルギーより出るエネルギーが多ければ減るのは当たり前。ならば入るのを減らし、出るのを増やすだけでいい。実に簡単である。具体的には食べるのを控えて、運動すればいいだけ(食べるのを控えなくてもそれ以上に運動すればいいだけ)である。

 ではなぜ次から次へといろいろなメソッドが出てくるのかと言えば、それはそれらが効果のないメソッドなどというわけではなく(むしろみんな効果はあると思う)、ただ「続かない」だけである。なにせ人間生きている限り食べ続けなければならないわけで、それに対して、運動なんてしなくても生きていけるわけである。最初は頑張っても、やがてやめてしまう。すると、元に戻り、しばらくするとまた別のメソッドに頼るということを繰り返すわけである。

 なぜ続かないかと言えば、それはもう「意志の力」としか言いようがない。意志があれば続けられるし、続ければ効果は得られる。なければどんな効果的なメソッドを試そうが無駄である。そう言ってしまえば身も蓋もないが、その通りなので仕方がない。そういう私は、自分で言うのもなんだが、何事であれ続けるのは得意である。強靭な意志があるというわけでもないが(まぁ意志は固い方だとは思う)、一度決めたらそれをやり抜くことはできる方である。だから、「続かない」なんて言う声を聞いても「なんで?」と思えてならない。もっとも、続けられる「工夫」は必要かもしれない。

 自分でもなぜ続けられるのかと言えば、続けられる工夫をしているからだと思う。それは「期間限定」と「無理なくやれる」という工夫である。まだ若かりし銀行員時代、3か月間現場を離れて大阪へ研修に行ったことがあった。5時に終わって仲間と飲みに行く日々ですっかり体がなまり、これではいけないと少しシェイプアップすることにした。具体的には朝早起きして30分くらい走り、朝食はリンゴ1個にした。3か月間の研修期間のうち、最後の1か月間そうした。毎日ずっとだととてもできないが、東京へ帰るまでの1か月と考えたから苦にならずにできたのである。

「無理なくやれる」は文字通り。たとえば今も家に帰ると腕立てやスクワット、腹筋という軽い運動を自らに課している。基本的に平日4日間であり、サッとできるのでもう10年以上ずっと続けている。仕事で必要なため取得した宅建やマンション管理士の勉強は、「週10時間(平日1時間、休日2.5時間)」と決めて行った。平日1時間なら無理なくできたのである。昔から一夜漬けは苦手な性分であることもあり、無理なくやれる範囲で長く続けるのはまったく苦にならない。意志だけではなく、そういう工夫もあると続けられる。
 
 ダイエットではライザップがCMで目につく。本当にあんなに痩せるのだろうかと思うも、内容を聞けば納得する。一番の決め手はパーソナルトレーナーが寄り添うことだろう。トレーニングや食事制限は普通だが、問題は「実行力」。それをトレーナーが細かくサポートしているようであり、だからこそ続けられると言える。「誰かと一緒にやる」というのも続ける工夫の一つだと思う。そのライザップがダイエットでの成功を糧に、「英語」に参入したのも当然の流れだろうと思う。1人でできれば誰かと一緒にやる必要もないが、できない人ならこういう仕組みを頼るのも一つの方法だろう。

 個人的には、ダイエットをしようとは思わないが、するとしたら簡単にできると思う。期間限定でキッチリ絞り、あとは無理なく増やさない工夫をすればいいだけ。だから通販で器具を買ったのに3日で放置している妻の行動は片腹痛いだけである。こんな簡単なことができないなんてと思うだけであるが、そういう人が多いからこそ市場も育つのだろうし、それで経済が成り立つのならそれもいいのだろうと思う。次はどんなダイエットメソッドが登場するのだろうか。これからも傍で見て楽しみたいと思うのである・・・


Michal JarmolukによるPixabayからの画像 


【本日の読書】
 目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】 (ワニの本) - 中野剛志 良き社会のための経済学 (日本経済新聞出版) - ジャン・ティロール, 村井章子




2020年1月13日月曜日

論語雑感 里仁第四(その12)

〔 原文 〕
子曰。放於利而行。多怨。
〔 読み下し 〕
()(いわ)く、()()りて(おこな)えば、(うら)(おお)し。
【訳】
先師がいわれた。
「利益本位で行動する人ほど怨恨の種をまくことが多い」
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 今年も正月は年賀状をそれなりにいただいた。なんとなくこういう習慣は面倒だとは思うものの、年に一回年賀状だけをやり取りしている人も多く、やめれば繋がりが切れてしまう気がしてなんとなく憚られる。すでに年賀状だけのやり取りになってしまっている人の名前を見ていくと、だいたい仕事関係が多い。昔の同僚や取引先といったところである。なんで年賀状をやり取りするようになったのか、よく覚えていない。

 ある取引先の方は、先方からわざわざ「年賀状を送りたい」と言ってこられた。その時は自分でもいい仕事ができたと満足しているが、おそらくその方もそう思っていただいたのであろう。それでも私に言うくらいだから他にもそうだろうと思う。多分、相当数の年賀状を毎年送っているに違いない。それは果たしてどういう意図なのであろうかと考えてみる。

 会社にも多数の年賀状が届いているが、それはだいたいにおいて社交辞令的なものである。親しい者同士の挨拶ではなく、仕事上の付き合いによる、つまりここで孔子の言う「利によりて行う」に当たるものである。会社同士ではなく、個人でも仕事を通じて知り合った場合には、「この人とプライベートでも親しくしたい」と思う場合と、「ビジネス上の人脈拡大」という意味があると思う。誰がどちらとはわからないが、ビジネス上の人脈拡大の場合が、「利による」と言えるのかもしれない。

 知人には親の代から長年家族づきあいをしてきた方がいたそうであるが、その方が実は事件を起こして逮捕されるという事態になったそうである(事件といっても経済上の法律違反である)。以来、連絡を絶ってしまったそうであるが、ということは、家族ぐるみのつきあいも親の代からの慣習みたいなもので、その知人にとっては「利による」ものだったのだろう。よく調子のいい時に集まってきていた人たちが、調子が悪くなった途端に一斉に引いていくというのはよく聞く話。自分は間違いなく堂々と残るタイプであるから、知人のようにあっさり引く気持ちは理解できない。

 知人には知人なりの理由はあると思うが、親の代からの家族ぐるみの付き合いが、結局は利益ベースだったということなのだろうと思う。それを批判するつもりはないが、そういう人物は、信頼はされないだろうと思う。怨恨を招くかどうかはわからないが、少なくとも信頼は得られないと思う。否、むしろ相手から見れば、あっさり距離を置いた知人に対して、恨み節の1つも持ったかもしれない。いざとなった時に自分の利益を優先に考えることが悪いとは言えないが、人と人の深いつながりは得られないと思う。

中学3年生の時、国語の最後の授業で先生に宿題を出された。もうすでに成績は確定していて、その宿題を出しても出さなくても内申書や成績表には何の関係もなかった。厳しい先生だったし、普段だったらみんな提出したであろうが、何の利害もないとなると周りの友人たちはみんな「やらないよ」と語っていた。しかし、私はあえて提出した。「成績に影響するから出す、影響しないなら出さない」という利的行動が嫌だったのである。先生からは力のこもったメッセージとともに宿題が返されたのを覚えている。

 またその昔、銀行員時代に関連会社に出向していた時のこと、大きなミスをして上司に叱られたことがあった。それはそれで仕方がないのであるが、残念だったのは、その時その上司が「俺が社長に何と言われると思っているんだ」と言われたのである(正確な表現は忘れてしまったが、そういう意味のことである)。部下を叱責するのはミスをしたケースなど当然であるが、それはあくまでも部下に同じようなミスを起こさせないための叱責であったりするべきであろう。それが何より真っ先に気にするのが自分の評価というのもがっかりである。その上司に恨みを持つことはなかったが、呆れたことだけは確かである。

 スポーツでも会社組織でも、人間関係の中において、人は皆それぞれの考え方があって行動している。その中で判断基準が常に自分の利益という人は、恨みを買うかどうかはわからないが、周りの信頼を得られないことは間違いない。私もやはりそういう利益中心の人とはあまり深いところで付き合いたいとは思わないし、いざとなったら裏切られることも当然想定しておくだろう。

 自分自身、人とどう付き合っているか。それほど広くない交友関係ではあるが、ある程度友達として親しく付き合う人に対しては、利害関係は無視して付き合いたいと思うのである・・・




【今週の読書】
 1兆ドルコーチ シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え - エリック・シュミット, ジョナサン・ローゼンバーグ, アラン・イーグル, 櫻井 祐子 邂逅(かいこう)の森 - 熊谷 達也





2020年1月8日水曜日

原発推進論に対する反論

16日の産経新聞に櫻井よしこさんの「八方塞がりのエネ政策」という意見が掲載されていた。主としてCOP25による環境対策で脱炭素が世界の主流となる中、日本が対応できていないというものである。その原因は、原発の利用について原子力規制委員会と電力業界の未来展望の見えない姿勢だとしている。過剰なまでの安全対策に時間とコストをかけ、なおも稼働に及び腰であると批判したものである。

櫻井よしこさんの意見は、きわめて保守的で総じて賛同できるものが多いが、こと原発についてはどうにも賛成できない。安倍総理の自民党についても、原発推進スタンスだけには賛成できないでいる。「日本に原発は必要か否か」という問題については、「必要か否か」なんて議論しても仕方のないことで、「コントロールできないものを扱うべきではない」というのが私の基本的な原発反対理由である。

櫻井よしこさんは、川内原発を取材したということで、「過剰ともいえる世界最高の安全対策を実施している」としている。その詳しい内容はわからないが、航空機テロでも大丈夫であり、それどころか隕石の落下や航空機事故などほとんどあり得ないリスクに過剰に備えることを疑問視している。それは確かにその通りかもしれない。ただ、どの程度のリスクを想定しているのだろうかという疑問はどうしても残る。

日頃の感覚から言うと、我々の場合、過去の事例を想定することは得意であるが、想像力を働かせて「前例のない」想定は苦手であるというイメージがある。特に「前例踏襲」はお役所の専売特許と言ってもいい。「9.11で航空機テロがあったから航空機テロ対策を取る」のではなく、「こんなことが起こるかもしれない」と想像してリスク対策を取るのである。実際にはそうなされているのかもしれないが、記事からそれは伺えない。たとえば、「リスク対策を熟知した職員による意図的な暴走行為」にはどう対処するのだろうか。是非知りたいところである。

それはそうと、櫻井よしこさんも自民党も経済的・環境的な理由から「原発が必要だ」と主張している。そして安全を声高に主張する。だが、その安全対策で語られている対象は「原子炉」で、私が原発で一番問題だと考えている「使用済み燃料棒」の問題にはなぜか触れていない。原発は稼働している時が危ないのではなく、実は停止した後も危ないということは福島で明らかになったのに、である。現在、使用済み燃料棒は、「プールに入れて」保管しているという極めて危なっかしい保管方法である。しかも、冷却後は地下に埋めるとしているが、その場所すら決まっていないらしい。

そんな状況で、環境や経済性を理由に再稼働を主張するなんてどうかと思う。福島の廃炉すらままならないのに、そういった「環境性」やそれに対する費用を含めた「経済性」でどうかという議論をしてもらいたいと思う。危険な放射能を何百年も発し続ける燃料棒を「プールに入れるだけ」で「最終埋め立て地のコンセンサスも取れていない」状態で、「福島の事後処理もできていない」のに、でも「原子炉は安全だから」という理由で再稼働すべきという考え方が理解できない。櫻井さんもそういうところをコメントしてもらいたいと思う。

現在の原発について、「トイレのないマンション」とたとえる例もある。言いえて妙だと思う。繰り返すが、「人類は原発を完全にコントロールできていない」のである。原発が必要云々を主張するなら、まず使用済み燃料棒の処理をきちんとできるようになった上でするべきだろう。ゴミの処理もできないのにゴミを出しても大丈夫というのは如何なものかと思う。ただ、その処理にしても、今の地中深く埋めるというのではなく、放射能除去までできるのが必要だと私は思う。COP25の必要性も理解できるが、それはあくまでも「使える技術」を前提にすべきだと思う。

櫻井よしこ氏は、舌鋒鋭く原子力規制委員長の安全重視スタンスを批判する。規制委員長に対し、「お前は神か」と辛辣である。原発が停止している間、どれだけ国民の税金が無駄に使われているかと批判するが、そんなことは福島を片付けてから言って欲しい。前例踏襲の安全対策で良しとして(福島の原発は事故前、過去最大級の津波でも大丈夫だと胸を張っていた↓)、世界最高の安全対策と言われても片腹痛い。

イスカンダルからの使者を待つのではなく、独自に放射能除去技術を確立してから原発の議論をすべきだと思うのである・・・


【参考】
〜原発事故後、慌てて削除された福島原発の津波対策〜
津波への対策
 原子力発電所では、敷地周辺で過去に発生した津波の記録を十分調査するとともに、過去最大の津波を上回る、地震学的に想定される最大級の津波を数値シミュレーションにより評価し、重要施設の安全性を確認しています。また、発電所敷地の高さに余裕を持たせるなどの様々な安全対策を講じています。





【本日の読書】
 1兆ドルコーチ シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え - エリック・シュミット, ジョナサン・ローゼンバーグ, アラン・イーグル, 櫻井 祐子 邂逅(かいこう)の森 - 熊谷 達也





2020年1月4日土曜日

2020年新春雑感

また新しい年を迎えた。元旦は、例年通り近所の北野神社へ。午前中の早い時間なら空いている。いつものように首を垂れるが、願うのは両親と家族の健康。自分のことは見守ってくれているだけでいいと思う。基本は「神仏は尊ぶが神仏に頼まず」の精神である。境内から出る時、どこかの若い夫婦が深々とお辞儀していた。実は私はこれができない。なんとなく気恥ずかしく思うのである。

そう言えば、ラグビーでもグラウンドの出入りの際、やはり一礼しているのを目にする。自分たちはこういう習慣がなかったから、今だになんとなく違和感を覚える。こういうことは日本的なんだろうと思う。神聖なる場所に出入りする際、一礼するのは考えてみれば謙虚に振る舞う印。人目を気にしてしまうところはまだまだなのかもしれない。朝の冷たい空気に触れながら、そんなことを考える。

元旦は両親の家に息子を連れて行く。大学受験の娘は居残りである。子ども的には「お年玉」という要素がなければ行っても面白くないと思う。まぁ、素直に付き合ってくれるところはありがたい。お年玉は「使っていいよ」と息子には伝えるが、「特に欲しいものがない」という理由で「貯めておいて欲しい」との答え。そう言えば自分もそんな風だった気がする。唯一、小学校6年の時にモデルガンを5,000円で買ったことくらいだろうか。小学生にしてみれば大金だったから、ドキドキしながら買ったのを覚えている。

娘はもうじきセンター試験。赤本を買い込んだりして、受験も追い込みである。どこへ行こうが好きにしたらいいと思っているが、ストイックに生活のすべてを受験に振り向けていた自分の浪人時代とはだいぶ違うなと感じている。ついついドラマを見てしまったりしているし、母親はヤキモキしているが、自分の経験をもとに「かくあるべし」と語るのも違うと思う。全部落ちたらどうしようかという心配はあるが、「どこかに受かればいい」と考えているので気楽に見守れるのかもしれない。あとちょっとだし、「頑張れよ」とエールを送っている。

かくいう自分は、今年は仕事でいろいろと試練がありそうである。しかし家族のことであれこれ悩むより自分のことの方がはるかにいい。避けられないものなら前を向いて立ち向かうしかないわけであり、嫌でもそうせざるを得ない。その昔、武士は背中を斬られることを恥としたそうである。つまり「逃げようとした」と取られるからである。武士の子孫ではないが、武士道精神の国の末裔としては、そんな意識を持っていたいと思う。ラグビーでも「前へ」という精神は重要であり、倒されても前へ倒れるのがラグビースピリットである。これを心に刻む一年にしたいと思う。

 一年後にどんな振り返りができるのかはわからないが、重荷はすべて引き受ける覚悟を持って臨みたいと思う。人をあてにするのではなく、自らの力で。ここでも「尊ぶが頼まず」の精神は持っていたいと思う。それでみんながハッピーになれば幸いである。自分にはできると信じて、今年は「一歩前へ」の気持ちで過ごす一年としたい。そんなことを思う新春の朝なのである・・・


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