2021年10月31日日曜日

論語雑感 雍也第六(その6)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感。
【原文】
子謂仲弓曰。犂牛之子。騂且角。雖欲勿用。山川其舎諸。
【読み下し】
子(し)、仲弓(ちゅうきゅう)を謂(い)いて曰(いわ)く、犂(り)牛(ぎゅう)の子(こ)も、騂(あか)くして且(か)つ角(つの)あらば、用(もち)うること勿(な)からんと欲(ほっ)すと雖(いえど)も、山川(さんせん)其(そ)れ諸(これ)を舎(す)てんや。
【訳】
先師は仲弓のことについて、こんなことをいわれた。
「まだら牛の生んだ子でも、毛が赤くて、角が見事でさえあれば、神前に供えられる資格は十分だ。人がそれを用いまいとしても、山川の神々が決して捨ててはおかれないだろう」
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 世の中は結局は自分の実力で生きていかないといけない。いくら親が子どもの幸せを願ったとしても、子どもの生涯を通じて面倒を見るわけにもいかない。子どもはどこかの時点で独り立ちして、自分の足で歩いて行かないといけない。そしてその時期は、遅くとも社会人になる時であろう。

 親が立派だと子どもも立派に育つというわけでは、もちろんない。以前、親が内科医で開業している医院の2階に子どもが歯科医を開業する例があった。親としては、当然自分の跡を継がせたいと思ったのだろうと思うが、親の心子知らずで、子どもはあまり熱心に勉強しなかったのだろう。それで歯科医にしかなれず、結果として内科医と歯科医のコラボが実現することになったのだろうと想像した。

 またある上場企業の創業者は、自分の息子を後継者として育てようとしたのだろう、大学卒業後は懇意にしていた同業社に預ける形で就職させ、30になって呼び戻して自分の会社の取締役にした。しかし、その後事情あって息子共々退社し、ともに別法人を立ち上げ、息子を社長にした。社員は父親が集めてきた。しかし、やがてその父も亡くなり、息子も後ろ盾がなくなるが、温室育ちの息子に会社経営などできず、その会社はたちまち傾いてしまった。

 トンビが鷹を産むという諺は、古くから親とは無関係に子どもは育ち、しばし子どもが親を超える存在になるということが当たり前のようにあったということを意味している。成功する者は、血筋とは無関係に本人の努力によるところは当たり前である。しかし、世の中は親を見て子どもを想像してしまうところがある。親が偉いから子どもも偉いのかというと、そんなことはもちろんないことを誰もが知っているのに、である。

 子どもの頃は、よく「金持ちの家に生まれたかった」と思ったものである(今でもそう思う)。欲しいモノはなんでも買ってもらえるし、好きなこともできる。社会人になっても、自分ではとても買えないような高額なマイホームを購入したりする人を見るにつけ、「親の援助があるんだろうな」と思ってしまう。俗に言う「シックスポケット」の現代では、その影響は孫にも及ぶ。

 しかし、一方、親が普通だったからこそ、自分は自立心が早くから身についたとも思う。(少なくとも金銭面で)親に頼るという選択肢を取ることを自分はしてこなかった。それで大成功というほどにはならなかったが、そこそこ社会で生きてこられたのは自立できていたからだと思う。少なくとも会社を傾けてしまったボンボン社長にはない実力が備わっていると思うが、その理由は自立してきたからに他ならない。

 社会で生きていくには、何よりも「考えること」、「熱意」、「創意工夫」という三種の神器が必要だと思う。それは孔子の言う赤い毛並みであり立派な角であるが、それは決して遺伝するものではない。世の中、決して公平ではないが、能力が遺伝しないのは世の中の公平なものの1つであると言える。つまりそれは自分でなんとかできるものであり、なんとか出来れば山川の神々に捨てては置かれぬものになれることであると言える。

 生まれ育つ環境はどうにもならないが、自分が歩く力は自分でなんとかできる。であれば、なんとかできるところをなんとかしたいものである。そういう考え方ができるのも、親が金持ちではなかったからかもしれない。そう考えると、それはそれで良かったのかもしれないと思う。今度生まれ変わったら金持ちの家に生まれたいだろうか。悩ましいところではあるが、歯を食いしばって「否」と答えたいと思うのである・・・


Mahmoud AhmedによるPixabayからの画像 

【今週の読書】

 



2021年10月28日木曜日

神と信仰と宗教

  日本人は、初詣やお宮参りや厄除けに神社へ行き、キリスト教の教会で結婚式を挙げ、クリスマスを祝い、死んだらお坊さんに御経をあげてもらうという事を何の違和感もなくやれる民族である。多くの人が、「あなたの宗教は何ですか」と聞かれたら、「無宗教」と答えるのではないだろうかと思う。少なくとも、クリスマスにケーキを食べながら、イエス・キリストの生誕を祝っている人はごく少数であろう。

 かく言う私の場合、「宗教は何か」と問われたら、「あえて言うなら神道」と答える。やはり毎年必ず初詣には行っているし、何かあれば神社へ行ってお賽銭を投げて手を合わせるだろうからである。なので「あなたは神様を信じますか」と聞かれたら、「信じる」と答える。信じていないのに神社に行って手を合わせるのもおかしな話であり、当然であろう。ではそこで「神様はいると思いますか」と聞かれたら、「いないと思う」と答えるだろう。矛盾しているように思われるかもしれないが、私の中ではきちんと整理されている。

どういうことか。

 神というものは人間の想像の賜物である。キリスト教で教えるように、人間の姿形をした神が天にましますなんて事はこの現代社会ではもはや信じられるものではない。神は、「人間がどこからきたのか」、「世界はどこまで広いのか」、「空の上はどうなっているのか」、全て想像するしかない空を飛ぶことのできなかった時代の空想の産物である。イエスの起こした数々の奇跡も後世の人のどこからか広まった話であろう。それなのに神を信じるというのはおかしいように思われるかもしれないが、「神は存在するかしないかではなく、信じることが重要」だという考えなのである。

 およそ人間は傲慢になりがちである。謙虚に生きていくには何か人知を超えたものがあったほうがいいと思う。それに「心の平安効果」というものがあるし、そういう意味で宗教の存在価値は大きいと思う。しかしながら一方で宗教の最大の問題は、人間による「都合の良い解釈」だろう。現代でも新興宗教と聞くといかがわしさの感情とセットになって聞こえてくるのは、教祖による「都合の良い解釈」で、信徒から資産を巻き上げたり、時として殺人までに及ぶ事例が枚挙にいとまがないからに他ならない。

 それは世界三大宗教も例外ではない。歴史を紐解けば神の名の下に行われた戦争は十字軍を筆頭に数限りなくある。神の御名の下に各地で虐殺が行われているのも然り。その理屈は「キリスト教徒にあらずんば人にあらず(だから人でない者には何をしても良い)」という「都合の良い解釈」である。「汝の敵を愛せ」と教えたイエス・キリストがこれを聞いたら何と言うだろうか。「汝の敵がキリスト教徒なら」という意味だったのかどうかは、ちょっと考えれば素人でもわかる。

 なぜ日本でキリスト教徒が弾圧されたのかと言うと、宣教師が侵略の尖兵になっていたからである。豊臣秀吉がキリシタン禁止令を出したのも徳川家康が鎖国政策を取ったのも、キリスト教国からの侵略を防ぐためである。それはキリスト教徒だけではない。イスラム教徒は、現代でも「ジハード(聖戦)」と言って神の名の下にテロ活動を行っている。仏教も例外ではなく、戦国時代は僧兵が力を持っていた。だから織田信長が弾圧したのである。そもそも仏教も、もともとは個人の解脱を目指したもので、今の仏教の姿を見たら始祖の仏陀もぶったまげる事だと思う。

 何事も都合よく解釈するのは人の常である。宗教も例外ではない。アメリカ合衆国はキリスト教国であり、大統領は聖書に手を置いて宣誓を行う。しかし、「汝の敵を愛せよ」という教えなど端から無視して、アメリカは世界中に基地を有して睨みをきかせ、ときに武力を行使して国益を追求している。「左の頬を打たれたら」なんて間違ってもやらない。それで合衆国大統領は堂々とキリスト教徒だと名乗っている。いろいろとやむを得ない事情はあるのだが、要は「神を信じてはいるが、教えは守っていない」という事である。

 ではそんな宗教などない方がいいのかと言うと、そうは思わない。真面目な信徒はやはりいるわけであり、イスラム教はよくわからないが、愛の宗教と言われるキリスト教の教えはやはり人の心を打つものがある。もしも、キリスト教徒がすべて教えをきちんと守るのであれば、世界は一気に平和になると思う。少なくとも世界に暴力をばらまいた白人がおとなしくなれば、世界は争いごとの少ないより一層住みやすいところになるであろう。せっかく優れた宗教があるのに、信仰が足りないのは誠に残念である。

 神社に参拝し、手を合わせて頭を垂れるのは気恥ずかしい気がするが、だからこそいいのかもしれない。心を落ち着けて静かに頭を垂れるという行為が誰に取っても必要であるように思う。私も傲慢にならないように、そして謙虚に生きられるように、毎年初詣は欠かさないようにしている。神道は信者に何かを求める事はなく、何かをせよと要求することもない。道端の草にも神が宿ると教えるから、自然に対しても敬虔な気持ちを持たなければと思わせてくれる。実に優れた宗教であると思う。

 日本人は、せっかくこんなに優れた宗教があるのであるからもっと宗教心と信仰を持ってもいいと思う。神様がいるとかいないとかは問題ではない。いると思えば良いわけである。そしてそういう気持ちこそが、社会の中でうまくやっていく事を可能にしてくれるように思う。これからも神を信じて、信仰を持って生きていきたいと思うのである・・・


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【本日の読書】

   




2021年10月24日日曜日

器用貧乏

 「器用貧乏」という言葉を聞くと、どうにも反応してしまう。「器用貧乏」とは、「なまじ器用であるために、あちこちに手を出し、どれも中途半端となって大成しないこと」というような意味として知られている言葉である。なぜそんな言葉に反応してしまうのかと言うと、なんとなく自分の事のように思えてしまうからである。私はかなり器用な方であると思う。比較的なんでもそれなりの程度ではあるがこなせてしまうところはある。だが、「突出してできる」というものがない。

 小中学校の頃は、勉強といえば、「オール3+α」と言う感じであった。どの教科もそれなりにできるが、学年一番とか、そこまでいかなくてもトップクラスというような尖ったものがない。スポーツも大概のものは何となく上手くできるが、トップレベルとまではいかない。少年野球のチームに所属していたが、ポジションはファーストで打順は2番。当時「ライパチくん(ライトで打順は8番)」と呼ばれた「おミソ」ほどではないが、「エースで4番」とも遠い。そんな感じである。

 高校に入ってラグビーを始めたが、弱小チーム内では中心にいたが、大学に入って競争が激しくなると3年になるまでレギュラーにはなれなかった。レギュラーになっても、ちょっと強いチームと対戦すると、自分より上かもしれないと思われる選手がゴロゴロいた。銀行に入った時はそれが顕著で、とうとうレギュラーにはなれなかった。ただ、社会人は出席率が悪く、フォワードからバックスまでどこのポジションでもそれなりにこなせた私は、いろいろなポジションで試合には出られたのである。

 ラグビーは16歳から初めてもう40年以上であるが、今だに自分がうまいとの確信が持てずにいる。ただでさえ、肉体的な衰えを感じ始めているから尚更である。うまいという確信が持てない理由は、「コーチができない」という事と、「プレーの解説ができない」という2点で特に感じる。両方とも煎じ詰めれば同じことかもしれないが、ラグビーに対する理解度が足りないから、プレーの解説ができず、人に教えることもできないのである。

 就職した銀行でも出世できなかったのは、1つには人付き合いが下手だったということもあるが、突出したものがなかったということもあるのではないかと思ってみたりする。されど、能力がないというわけではないので、転職した中小企業のような人材層の薄いフィールドでは活躍できるのである。チームレベルが下がれば(高校時代のチームのように)、そこそこ中心として活躍できるが、上がれば途端に埋もれてしまうといったところなのかもしれない。

 私の父は、かつて中学校時代、なぜかローマ字が得意だったそうである。そのレベルは学年一番のレベルで、学年で一番成績の良かった同級生がローマ字だけは父に聞きに来たそうである。今でも当時を懐かしみながら、そして得意げに語る父であるが、私にはそういうものがない。大学時代も1コマ90分の講義を週12コマ出席していたが、「A」は数えるほどしかなかった。週にせいぜい5コマくらいしか出席せず、あとは情報を駆使して出席率だけで評価してくれる優しい教授の講義を取り、「出席したことにして」、Aを集めていた同期からは今だに笑われる私である。

 いろいろなものをそつなくこなすが、突出した得意分野も持つ「器用富豪」には憧れを感じざるを得ない。ただ、それはなかなか叶わぬ夢的なところがある。だとすると、何がいいかと考えると、器用貧乏もそれなりに良いように思う。どこのポジションでもそつなくこなせたから、レギュラーメンバーが来られない試合では代わりに出場できたのである。それはそれで面白い経験である。人によっては「ここしかできない」という人もいるわけで、それはそれで良いのではないかと思う。

 「鶏口となるも牛後となるなかれ」ではないが、小さな組織ではどこでも卒なくこなせるのは1つの特技かもしれないと思う。今は財務兼人事兼総務部であるが、「財務のスペシャリストだが人事はダメ」よりも組織の役には立っていると思う。「そこそここなせる」というのも大きな持ち味だとも言える。何よりも自分はそうであるのであり、嘆くよりも慣れろで良いのではないかと思う。本当の貧乏になってはかなわないが、器用な自分をこれからも愛していこうと思うのである・・・


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【本日の読書】
  



2021年10月21日木曜日

老化か練習不足か

 この頃、「老い」というものを考える。と言ってもまだ50代。還暦には若干、間がある。昨今の高齢化社会でいけば、まだまだ「若い」と言われてしまう。週末に参加しているシニア・ラグビーのチームは60代が中心であり、そこでは「中堅」である。さすがに会社ではもう上から数えた方が早いが、それでも定年後に嘱託に転じた方からは「若い」と言われている。そういう環境だからか、「自分が歳をとった」という実感はほとんどない。気持ちの上では20代の頃とそれほど変わらない。

 しかし、写真を見ると確実に歳を取っているのがわかる。特に結婚したばかりの20年くらい前のものだと、髪は黒々としているし、肌艶も生き生きとしている。写真の中の自分と鏡の中の自分を比べれば、確実に老化現象が見て取れる。当たり前と言えば当たり前である。さらに先日、それをグラウンドで実感させられた。ボールを持って相手のディフェンスを抜いた後、何と後ろから走ってきた学生に捕まえられたのである。足の速さには自信がある私には、後ろから走ってきた相手に追いつかれるということは、記憶の限りない経験である。

 他の場面でもその学生の足の速さにはついていけなかった。ちょっとショックであった。実は、私はまだ息子と駆け足で競争しても勝てる自信がある。高校生の息子は中学の時には学年一番になった俊足であるにも関わらず、である。しかし、この経験でそれも心許ない気がしてきた。負けたところで16歳と57歳では恥ずかしくはない。それでも「まだまだ」と思うのである。毎週走っているし・・・

 追いつかれたのは、自分が歳を取って衰えたのか、そもそもその学生が私より早かったのかは定かではない。歳と言っても、みんな一律に衰えるわけではない。マスターズ陸上では、65歳で100mを12秒台で走る人がいる一方、20代でも12秒を切れない人はざらにいる。時速100キロで走る新車のポルシェ911と、時速110キロで走る中古の日産マーチとではどちらが早いかと言えば、マーチである。57歳であっても50mを6秒6で走れれば、50mを7秒かかる20代には勝てる。歳は関係ないとどうしても思う。

 しかし、100m走の90歳の世界記録は16秒86だというし、105歳の世界記録は42秒22だというから、確実に老化は人の身体能力を奪うことは間違いない。私もいつまでも50mを6秒台で走れるわけでもないだろう。それは自分が出場しているラグビーの試合のビデオを見れば実感する。自分では20代の頃と変わらぬ意識で動いているが、画面の中の自分の動きは明らかに遅い。ただ、周りもみんな遅いから特段遅さが目立たないだけで(むしろ中では早い方だと言える)、学生同士の試合と比べると、試合展開の遅さは格段のものがある。

 こうした客観的事実を突きつけられると、鏡の中の自分は、確実に写真の中の自分よりも肉体的にも衰えているのだろう。当たり前ではあるが、そう思う一方で、「それは単なる練習不足だろう」という別の自分の声も聞こえる。昔は1週間で4日練習し、1日試合というペースでラグビーをやっていた。それが社会人になってから週2日になり、シニアの今は1日である。この練習量の差に他ならないというのも真実である。果たして年齢と練習量との要素のうち、どちらが主であろうか。

 社会人の今は、週4日の練習などとても無理である。仕事があるし、仕事から帰ってきて寮で筋トレをやったり走ったりしていた20代の頃のような気力は確実にない。となれば、たとえ練習量が主要因だとしても、取り返すのは難しいと言える。いずれ肉体的に老化の影響は避けられず、どう頑張っても20代どころか40代の相手にも追いつけなくなる日が来るのだろう。それは仕方のないことではあるが、今はまだ追い抜く方が多いわけであり、風を切って走れる自分を楽しむゆとりがある。

 いつまでも若ぶるつもりはないが、それでもまだまだ体を動かしたいと思う。いずれ満足に動けなくなる日まで、グラウンドでボールを追いかけたいと思うのである・・・


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【本日の読書】
  



2021年10月18日月曜日

論語雑感 雍也第六(その4〜5)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感。
【原文】
子華使於齊。冉子爲其母請粟。子曰。與之釜。請益。曰。與之廋。冉子與之粟五秉。子曰。赤之適齊也。乗肥馬。衣輕裘。吾聞之也。君子周急不繼富。原思爲之宰。與之粟九百。辭。子曰。毋。以與爾鄰里郷黨乎。
【読み下し】
子華(しか)、斉(せい)に使(つか)いす。冉(ぜん)子(し)其(そ)の母(はは)の為(ため)に粟(ぞく)を請(こ)う。子(し)曰(いわ)く、之(これ)に釜(ふ)を与(あた)えよ。益(ま)さんことを請(こ)う。曰(いわ)く、之(これ)に廋(ゆ)を与(あた)えよ。冉(ぜん)子(し)之(これ)に粟(ぞく)五(ご)秉(へい)を与(あた)う。子(し)曰(いわ)く、赤(せき)の斉(せい)に適(ゆ)くや、肥馬(ひば)に乗(の)り、軽裘(けいきゅう)を衣(き)る。吾(われ)之(これ)を聞(き)く。君(くん)子(し)は急(きゅう)なるを周(すく)いて富(と)めるに継(つ)がず。原思(げんし)、之(これ)が宰(さい)たり。之(これ)に粟(ぞく)九百(きゅうひゃく)を与(あた)う。辞(じ)す。子(し)曰(いわ)く、毋(なか)れ。以(もっ)て爾(なんじ)の隣里(りんり)郷(きょう)党(とう)に与(あた)えんか。
【訳】
子華が先師の使者として斉に行った。彼の友人の冉先生が、留守居の母のために飯米を先師に乞うた。先師はいわれた。
「五、六升もやれば結構だ」
冉先生はそれではあんまりだと思ったので、もう少し増してもらうようにお願いした。すると、先師はいわれた。
「では、一斗四、五升もやったらいいだろう」
冉先生は、それでも少ないと思ったのか、自分のはからいで七石あまりもやってしまった。先師はそれを知るといわれた。
「赤は斉に行くのに、肥馬に乗り軽い毛衣を着ていたくらいだ。まさか留守宅が飯米にこまることもあるまい。私のきいているところでは、君子は貧しい者にはその不足を補ってやるが、富める者にその富のつぎ足しをしてやるようなことはしないものだそうだ。少し考えるがいい」
原思が先師の領地の代官になった時に、先師は彼に俸禄米九百を与えられた。原思は多過ぎるといって辞退した。すると先師はいわれた。
「遠慮しないがいい。もし多過ぎるようだったら、近所の人たちにわけてやってもいいのだから」
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 東北の震災時、被災地に救援物資を運んだ米軍ヘリパイロットの話を何かで読んだ記憶がある。着陸の時、そのパイロット(女性パイロットだったと記憶している)は、非常に緊張したらしい。というのも、多くの場合、着陸後に救援物資に人々が殺到して大混乱になるからである。ところが、パイロットの予想に反し、被災地の人々は礼儀正しく列を作り、必要な分だけ受け取ると次の人と変わり、混乱はかけらも生じることなく物資の配布を終えたと言う。その女性パイロットは非常に感銘を受けたらしいが、日本人的には特に不思議なエピソードではない。

 「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる」とは相田みつをの名言であるが、まさにその通り。我々日本人の持つ美徳を世界に自慢したくなるエピソードであるが、現実には醜い事例もある。私の前勤務先の社長は、M&Aで会社を売却した。水面下で単独で話を進め、社員には突然「2ヶ月後に解雇」が通知された。退職金規定はなく、せめて支給しろと交渉し、何とか1人50万円の退職金を確保した。M&Aによって社長が手にした資産は数億円。大半の社員が勤続10年超であったが、そんな事情は一切考慮されなかった。もちろん、違法ではなくモラルの問題であるが、人目につかないところではそんなものである。

 他人のことよりも自分のことの方が大事なのは、ある意味当たり前である。そして人間は「もっともっと」という動物である。国際的なNGOオックスファムが2020年1月20日、ダボス会議に合わせて発表した最新の報告書では、「世界の富裕層の上位2,100人の資産が世界の総人口の6割にあたる46億人分の資産を上回る」とされたそうである。富める者が、「もう十分」と言うことなく、「もっともっと」と追求した結果であろうが、それが人間の本性なのだろう。むしろ、持たざる者の方が他人の不足を補おうとするところがあるのかもしれない。

 人間はもらう時にはおおらかになり、渡す時には渋くなる。「そんなにたくさんいただかなくても結構です」と言いつつ、「ではいらないものは他の人に」と言われて受け取ったとしても、一旦受け取ると今度はそれを手放すのが惜しくなる。かく言う私も、先輩にはよく奢ってもらうが、次の機会に友人との飲み会で割り勘負けすると何となく損した気分が抜けきれない。「奢ってもらった分を返したと思えばいいじゃないか」と無理やり自分を納得させるのだが、その都度、自分自身を「小さいな」と思ってしまう。

 地獄では亡者たちが鍋を囲んで食べ物を食べようとするが、箸が長すぎてなかなか食べられないのだと言う。天国でも同じように鍋を囲んで長い箸を与えられているが、人々は皆満腹だと言う。それは、天国ではお互いに食べさせ合っているからで、自分で食べようとする地獄との違いはそれだけなのであるが、それができずに食べ物を前にして飢えに苦しんでいるのだと言う。なるほど、よく考えたものであるが、こういうことは現実世界ではよくあるのだろうと思う。

 商売では「利他」の心と言われるが、まずはお客様を喜ばせ、そうすると利益は後からついてくるとされる。それで大成功をしているところがあるのであるが、現実的には目先の利益に走ってしまうことが多い。「利益が得られるなら奉仕しましょう」というわけである。「背に腹は変えられない」という事情もある。足元赤字で火を吹いていたら、とてもそんな余裕などないかもしれない。余裕のあるところはいいが、そうでないところが同じようにできるかは難しい。

 岸田新総理は、「成長と分配の好循環」を経済政策の柱に掲げて船出した。「社員の給与引き上げなどに取り組んだ企業への税制優遇」という話が伝わってきたが、はっきり言って我が社ではとてもそんなゆとりはない。そもそも税制優遇などと言われても、赤字企業には税負担はないので意味がない。「わけ合えばあまる」のはわかっているが、そもそもわけ合うものがあって初めて成り立つ話である。社員が、「では、わけてもらえるように頑張ろう」と思ってくれればいいが、そうでなければ不満だけが残るだろう。

 自分あるいは自分の身内がハッピーになることを望むのは、人間の本能的なところであり、それ自体非難すべきことではないと思う。ただし、それが「自分たちだけ」となると話が変わる。周囲にも目を配り、「バランスのとれたハッピー」であることが必要であろう。そんなことはみんな頭ではわかっていると思うが、実践できるかが難しい。よほど日頃から意識していないと無理であろう。そこで支えとなるのが、「賞賛」であるように思う。

 先の例で挙げた被災地の人たちの行動が、米軍ヘリパイロットの感動を呼んだように、利他の心は人の賞賛を招く。それは浴びれば心地良いであろう。現金とは違ってそれでモノは買えないが、その心地良さに価値を見出したらいいと思う。現状の自分の才覚では、残りの人生で億単位の資産を残すのはかなり難しい。しかしながら「賞賛」はいくらでも集められる。お金の足りない分は、この「賞賛」で代用すればかなりハッピーな人生を送れると思う。

 多額の報酬を得た時に、「多過ぎる」と言って周りと分かち合うような心のあり方をこれからは意識したいと思うのである・・・


【今週の読書】

  




2021年10月15日金曜日

意識の差

能力の差は5倍、意識の差は100倍

日本電産 永守重信

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 何事につけ、どういう意識で取り組むかというのは、その結果を左右する需要なファクターであると思う。スポーツや趣味などにおいては、そもそもやる気があってやっているから問題はないが、仕事や学校の勉強のように(人によっては)「やりたくなくてもやらざるを得ない」ものになると、意識の差によって途端に大きな差がつくものである。つまり、「どういう気持ちでそれをやるか」ということである。

 人は社会に出れば生活していくために仕事をしなければならない。それをどうのようにやるかということについては、人によって大きな差が出る。その差は、能力の差もあるが、主として「意識の差」が大半を占める。実際、我が社にも残念な人がいる。仕事に対しては、嫌々ながらということはなく、それなりに真面目にやっている。しかし、どうしても周りに評価されない。観察していると、その理由は「責任転嫁」である。

 その人がやっているのは、会社でも地味な仕事。裏方の仕事であるが、内容を問われるとどうしても不十分なところがある。それはそれで仕方ないところもある。その漏れを重箱の隅をつつくように指摘するつもりはなくても、その人からはすぐに言い訳がでてくる。「これは私の責任ではない」という内容である。たとえば、その人が担当になる前のものだとかである。だが、例えそうだとしても今はその人が担当なわけである。本来はその仕事を引き受けた時点ですべて精査して漏れがないかチェックしておくべきなのである。

 仕事というのは人が変わっても続けて誰かがやらなければならない。だとすれば、「私以前の人の責任」という言い訳はいかがなものかである。仮にその通りであるとしても、「すみません」と一こと言っておけばそこで終わる話である。しかし、その人にとっては、自分の責任にされるのが嫌なのであろうか、常にいろいろと言い訳をする。それを繰り返すとどうなるか。答えは簡単で、「信用を失う」のである。「あの人の仕事はどうも信用がならない」と。そうなると、あらゆる場面で疑惑の目で見られるから、アラも見つかりやすくなる。そしてまた言い訳となると、もう悪循環である。

 私は、仕事をやる以上は常に「給料以上の仕事」をしようという意識でいる。「これで十分」ということはない。指摘されれば、その時点で自分が至らなかったわけであり、素直に認めて次から指摘されないようにすればいい。言い訳などしている暇はない。その繰り返しが信頼を生み、そうすると少々アラがあってもサラリと流してもらえることになる。「あの人のやっていることは大丈夫」と思われたらそういう風になる。

 また、部下に相談を受けたら必ず自分の責任で決定を下す。社長や役員に許可を取らなければならないことであれば、自分が動いてとる。自分で解決できなければ、誰を動かせばいいのかを考えて動く。相談してくれた部下はその姿を見れば、たとえ結果的にできなかったとしても、少なくとも「頼りない上司」とは思わないであろう。同僚からの相談にしても社長からの相談にしても、必ず動いて自分なりの何らかの成果を示す。そういう心掛けでいる。

 そうしていくうちに、何となく周囲の信頼を得られているような実感を得られるようになる。面倒なことでも敢えて火中の栗を拾うことにしているが、そうするとやることが増えていく。今までより良くなったり、今まで誰もやっていなかった仕事が増えていくことは、すなわちそれが自分の存在意義であると思う。そうして「いないと困る人」になれれば、組織で存在感のある人間になれると思うし、仕事も楽しいものになるだろう。

 私の先輩の中には、80を超えてもまだ現役でいろいろな肩書きを持って請われて仕事を続けている人がいる。自分には遠い存在ではあるが、今の仕事に対する意識を維持し続ければ、定年になって嘱託になり、65歳でご苦労さんということにはならないだろう。70歳まで住宅ローンは続くし、まだまだ長く働きたいし、いつまでも必要とされていればそれも可能だろう。そうすれば大先輩の足元くらいには及ぶかもしれない。どうせやるなら楽しく働きたい。嫌々ながら働くよりも、その過ぎ行く時は幸いであると思う。

 「仕事は仕方なく嫌々ながらやらざるを得ないものである」と言う人がやっぱりいるが、そう言う人の気持ちはまったく理解できない。常に怒られていたら仕事が楽しいなんてことにはならないであろう。楽しく働くには何よりもやはり「意識の差」が重要なのではないかとつくづく思うのである・・・


Colin BehrensによるPixabayからの画像 

【本日の読書】
  


2021年10月10日日曜日

親と子

 親と子は、時として対立する。その理由は、根底に「親の心子知らず」ということがあると思う。よく親の決めた路線を子が反発して拒否するというのは、ドラマなどでも当たり前のように出てくるシーンである。親の決めた進路に反発し、結婚を反対されて駆け落ちするなどもよくあるパターンである。なぜそんな対立が生じるかと言うと、逆説的ではあるが、それは親の子に対する深い愛情である。愛情があるゆえなのにも関わらず、それが親子の対立へとつながり、親子関係の断絶などという事態になるのは、大きな悲劇であると思う。

 子の幸せを願う親の気持ちとしては、何よりもまず自分の人生経験から得た(あるいは得ることができたかもしれない)「成功の方程式」を子にも与えようと思う。医師になって成功した者は、当然それが「成功の方程式」であるから子も医者にしようとする。それにはある程度勉強もできないといけないから、塾へ行かせ、進学校に進ませようとする。思い入れがある人は、自分の母校に進ませるかもしれない。成功した自分の医院を継がせれば子どもの人生も安泰だろう。子供の幸せを確保できれば、後顧の憂いなく自分の人生を終えられるわけである。

 学歴がなくて苦労した人は、子供に大学まで進学させようとするだろう。給料が安くて苦労した人は、大企業に就職するように勧めるかもしれないし、失業経験があったりすると公務員を勧めるかもしれない。子供に公務員になるように勧める親は、明確な「成功の方程式」を持っていない人で、何がいいかわからないからとにかく安定をと考えてかもしれない。娘が売れないミュージシャンと結婚したいと言ってきたら、当然親は反対するだろう。恋愛はとにかく周りが見えなくなる。生活の苦労を知っている親としては、当然娘の不幸を見たくはないから反対する。

 それなのに子供が反発して親子の対立になるのはどういうわけなのかと言えば、それこそが「親の心子知らず」であろう。それと、「子供には子供の考えがある」ということであると思う。親はなぜ自分に進路を示すのか。その理由をきちんと語っていれば、あるいは子供の理解を得られたかもしれない。それでもなお、「子どもの考え」として、その進路を拒否することだってあるだろう。そもそも親と子供は、育ってきた時代や環境がまるで違うわけである。親と同じ考え方に育つわけがない。親とは違って、医者にはなりたくないと思っても不思議ではない。

 そんな考え方があるせいか、私はあまり我が子に道を強要しようと思ったことはない。私は高校からラグビーを続けているが、子供をラグビースクールに入れるようなことはなかった。もちろん、何もわからないうちにラグビーをやらせて「洗脳してしまう」というのも一つの考え方だったが、野球の方が身近な友達と一緒にできるだろうと思って近所の少年野球チームに入るのに反対派しなかったし、むしろ一緒にキャッチボールをしたりして後押しをした。高校に入った息子は、私の一縷の願い虚しく、部活動ではラグビーではなく野球を選んだ。残念だが、仕方がない。

 今は大学生の娘も、いずれ卒業し(卒業してもらわないと困る)、就職し(就職してもらわないとやはり困る)、そして誰かと結婚するかもしれない。そしてその時、私の前に連れてくるのは売れないミュージシャンかもしれないし、売れない役者かもしれない。その時は、反対の言葉が喉まで出かかるだろうが、それでもたぶん反対しないだろうなと思う。恋は盲目だから反対しても一層意固地になるだけだろうし、それよりも「ダメだと思ったらいつでも戻ってきなさい」と言って送り出す方を選ぶだろう。

 親は子供に対してある程度の影響力を持っているのも事実。警察官の子は警察官になるケースが多いと聞いたことがあるが、それもその一つ。もちろん、すべての子供が親に反発するわけではなく、素直に従う子供もいるだろう。政治家や芸能人に二世が多いのは、職業としての魅力があるのかもしれない。歌舞伎などの伝統芸能などでは、嫌が応にも幼少期から「洗脳」してしまって、疑問にすら思わせないという方法を取っているが、それも一つの方法であると思う。

 我が家では、すでに「洗脳」方法は取らないことにし、子供たちに過度な干渉はしない方針である。高校一年の息子に言っているのは、「文武両道」。すなわち野球で構わないからしっかり3年間全力を尽くすことと、勉強もしっかりやることである。ただ、放任する気はなく、やはり自分の知識や経験から子供たちに適切だと思えるアドバイスはしたいと思う。大学2年で特にサークル活動もやっていない娘に対しては、将来のために簿記のような資格を取ったらと勧めている。こういうアドバイスは、しっかりと続けていくつもりである。

 振り返ってみれば、私は親の意見はあまり聞かない方だったと思う。よく言えば、「自分の道を歩んできた」と言えるし、自由にさせてもらったという意味ではむしろありがたかったと思う。子供たちにも同じように自由に生きていって欲しいと思うが、それでもやはり放任よりは有益なアドバイスは伝えたいと思う。有益かどうかは本人の感じ方次第であるが、選択肢を与えるという意味では、うるさがられない程度に、自分の経験から得た考えを伝えたいと思うのである・・・


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【今週の読書】
  



2021年10月7日木曜日

仕事は楽しいかね

「今日の仕事は、楽しみですか」品川駅の大量広告、「出勤時に見ると傷つく」と批判→1日で取り下げ 
NewsPicks関連企業10/6(水) 7:03配信

4日に掲示されていた広告(アルファドライブ麻生要一社長のTwitterより)「今日の仕事は、楽しみですか。」――品川駅コンコースにある数十台のディスプレイに10月4日、一斉にこんなメッセージが掲げられた。その写真がTwitterで広がると、「見た人を傷つける」「楽しみでなくても、しなくてはならない仕事はあるのに」などとTwitterで批判が集まった。この広告を掲示したのは、ユーザーベース傘下で人材育成やNewsPicks法人事業などを展開するアルファドライブ。同社は批判を受けて1日で広告を取り下げ。「利用者の方々への配慮に欠く表現だった」と謝罪している。
Yahoo!Japanニュース
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 朝のニュースで目にしたものであるが、読んだ瞬間写真を二度見してしまった。何が問題なのか理解できなかったからである。もちろん、人それぞれ考え方は違うから批判もいいと思うが、そもそもみんなそんなに仕事が嫌なのだろうかと疑問に思う。そういう自分は、仕事に楽しみを見出すタイプであり、嫌だなどと思うことなく毎日通勤している。そして仕事が好きか嫌いかと二者択一で問われたならば、迷うことなく「好き」だと答えるだろう。

 「仕事は好きでやっているわけではない」という言い分もよくわかる。仕事は第一に「生活のため」すなわち「金のため」である。かく言う私もそこは同じである。ただ、当然ながら「それだけではない」。仕事をする中でも楽しみというのはある。8月に転職し、すっかり今の仕事にも慣れたが、日々仕事の中に楽しみを見出している。「今日の仕事は楽しみですか」と問われたのなら、「楽しみです」と答えるだろう。もちろん、すべての人がそうだとか、そうあるべきだとは思わないが、そうでないなら気の毒だなと思うだけである。

 考えてみると、このディスプレイを見て傷つく人というのは、仕事が嫌いな人なのだろう。「仕事が嫌い」にも「仕事そのものが嫌い」というのと、「一緒に働く同僚が嫌い」というのに分かれるのではないかと思う。私も社会へ出て早や33年、銀行業界、不動産業界でそれぞれ仕事をしてきて、「仕事そのものが嫌い」だという経験はあまりない。むしろ、大概の仕事は面白かったと思っている。ただ、上司や同僚が嫌だというのは多々あった。昇進や昇格などで差がついたりするのも嫌な経験である。私にとっては、仕事の嫌な部分というのは「人間関係」であると言える。

今の仕事も面白いと思う。小さな会社の総務部であるが、小さいがゆえに、総務部と言っても、経理部も人事部も兼ねている。やることは多い。今まではむしろやり切れていない方なので、自分がやり切れていない部分を開拓していこうと思っている。そもそもであるが、自分は常に「存在感」を出したいと思っている。
「自分が来る前と来た後で何が違うのか」。
それがすなわち自分の存在感であり、違いが大きければ大きいほど、なくてはならない人財になっていると思う。

 それを教えてくれたのは、新人の頃の先輩。その先輩は、新人の頃、自分の足跡をその支店に残したいと考え、書庫を徹底的に整理したと言う。新人だから大きな仕事ができるわけではない。だが、書庫の整理ならできる。そこで誰もやらずに乱雑になっていた書庫を整理して褒められたと言う。たかが書庫の整理であるが、その発想がすべてだと思う。以来、私も自分の存在感にこだわっている。そういうことをあれこれと考えると、やるべきことは次々に目の前に出てくる。「前任者とは違うな」と思わせるのは簡単である。

 今は総務部の部長という立場であるが、経理部門の責任者でもあり、そうすると会社全体の収支計画に携わるので、当然営業や現場の各部署にも首を突っ込む機会ができる。そうすると、そちらの方面にも意見を言えるし、人事の立場からも社員教育などについて意見を言うようになる。あっという間にそれなりの存在感は出せていると思う。当然、日々の仕事は楽しい。33年のキャリアで人間関係もそつなくこなせるし、「仕事は楽しい」と胸を張れる。

 物事は何でも「考え方」であるように思う。「我がものと思えば軽し傘の雪」なのである。「嫌だ」と思う原因は何なのか。仕事であれば、仕事のどの部分なのか。それを楽しくやる工夫はできないのか。不平不満も当然出てくると思うが、それを解消する術はないのか。そしてどうしてもダメなら他の仕事に道を求めるという手もあるだろう。自分はそんなふうに考えてきたから、今も仕事が楽しいと思えるのだろうと思う。社会人になれば人生の大半を仕事をして過ごすわけであり、その時間をストレスと共に過ごすよりも、楽しく過ごしたいと思う。

 更に言えば、そうした批判を浴びてすぐに広告を撤回した対応にも如何なものかという思いがある。少なくともこれは良いと思ったからこそ広告として採用したのであろう。それに対し、異論反論があったとしても、きちんと広告を出した意図を説明すればよかったのではないかと思う。ちょっとばかりの炎上にすごすごと自分たちの考えを取り下げるのは、「事なかれ主義」の現れでしかないと思う。もっと堂々と、意見を主張してもらいたいと思う。そしてそれでこそ、仕事が楽しくなるのではないだろうか。

 失業経験者の私としては、仕事があって、そこそこの収入があるというのはありがたいこと。そういう仕事があることに感謝しつつ、これからも楽しく働きたいと思うのである・・・



【本日の読書】
  



2021年10月3日日曜日

論語雑感 雍也第六(その3)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感。
【原文】
哀公問。弟子孰爲好學。孔子對曰。有顔回者好學。不遷怒。不貳過。不幸短命死矣。今也則亡。未聞好學者也。
【読み下し】
哀公(あいこう)問(と)う、弟子(ていし)、孰(たれ)か学(がく)を好(この)むと為(な)す。孔(こう)子(し)対(こた)えて曰(いわ)く、顔回(がんかい)なる者(もの)有(あ)りて、学(がく)を好(この)みたり。怒(いか)りを遷(うつ)さず、過(あやま)ちを弐(ふたた)びせず。不(ふ)幸(こう)短命(たんめい)にして死(し)せり。今(いま)や則(すなわ)ち亡(な)し。未(いま)だ学(がく)を好(この)む者(もの)を聞(き)かざるなり。
【訳】
哀公が先師にたずねられた。
「門人中で誰が一番学問が好きかな」
先師がこたえられた。
「顔回と申すものがおりまして、たいへん学問が好きでありました。怒りをうつさない、過ちをくりかえさない、ということは、なかなかできることではありませんが、それが顔回にはできたのでございます。しかし、不幸にして短命でなくなりました。もうこの世にはおりません。顔回なきあとには、残念ながら、ほんとうに学問が好きだといえるほどの者はいないようでございます」

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 勉強は好きかと問われたのならば、「好きだ」と迷わず答える。いつの頃からかは覚えていないが、これまで勉強が嫌いだと思ったことはない。そう言うと何やら優等生的であるが、嘘偽らざる気持ちである。それは「良い子しよう」というあざとい考えではなく、「純粋に学ぶことが好きだ」ということである。ここで勉強とは何かと定義するならば、それは学校の教科に限らず、広く「自分の知らないもの一般」ということになる。とどのつまり、勉強好きとは、「知らないものを知りたいという好奇心」と言える。

 学校の勉強もすべてが好きというわけではなかった。音楽は苦手だったし(いまだに音符は読めない♪)、高校時代は唯一化学で赤点を取った。しかし、それ以外は概ね好奇心を元に抵抗感なく取り組めていた。もっとも、受験勉強だけは苦痛で、1日10時間のノルマを己に課した宅浪時代は、終わった瞬間「もう二度と浪人は無理」だと思ったほどである。受験というのは(資格試験も含めて)、勉強の本質とはちょっと違うような気がする。純粋に学びたいという気持ちをそれは満たすものではない。

 娘が高校を卒業した時、いらなくなった教科書を譲り受けた。もう一度高校の勉強をやり直してみたいと思ったからである。譲り受けた教科書は、「国語(古典を含む)」「数学(A・B、I〜III)」「物理」である。歴史や地理など社会科系はもう十分という感じだし、それ以外はあまり触手が動かなかったのである。以来、暇を見つけては(なかなかその暇がないのであるが)少しずつ読んだり問題を解いたりしているが、面白いなと改めて思う。この「面白い」というのが学びたいという気持ちと裏表なのだと思う。

 大学は法学部に進んだが、専門教科の法律以外にもいろいろと講義に顔を出した。教養課程では他学部の科目も取らなくてはならなかったこともあって、変わったところでは「文化人類学」などという講義も取っていた。内容は忘れてしまったが、もう一度取ってみたいという気持ちは今でもある。今、もう一度大学に入ることができるのであれば、迷うことなく「哲学」を選択すると思う。これは今でも好きでよく本を読んでいるが、やはり本格的に理解するには、独学では無理があり、専門的に教えてもらう必要があると思うのである。

 哲学は難しいが、その難しさの向こう側にちらほら見えているものに非常に興味をそそられるのである。先日『善の研究』を読んだが、やはり通り一遍だとよくわからない。解説書などを片手に持ちながら読む必要があると感じている。さらに今は『意志と表彰としての世界』に挑戦中であるが、読みこなせるかはちょっと不安である。日本語だから表面上書いてあることはわかるのであるが、そこに込められた本当の意味を理解しているかと問われると心もとないのである。これも「面白い」という気持ちがすべてである。

 学生時代、勉強するのはそれが義務だからという点を除いては、卒業資格を得るためだけに、突き詰めると試験のために勉強しているようなものである。中間、期末と試験があり、小中学はともかく、高校では一定の成績を収めないと進級または卒業ができない。入試に受からなければ高校にも大学にも入学ができない。その後も社内資格や国家資格などのために人は勉強する。およそ勉強とは「試験のため」であると言える。だが、それでは(それだからこそ)勉強なんて楽しくはないと思う。勉強とは己の知的好奇心を満たす遊びだと思う。

 学生時代は、試験のために勉強せざるを得ない。そこでは好きなことだけやっていればいいというわけではない。つまらない授業にも出ないといけないし、一定の成績を取らなければいけない。卒業しても、昇格のためにあるいは仕事を有利に進めるべく、社内外の資格を取るために勉強する。それは純粋なる好奇心とは程遠く、義務感に狩られたものである。だから面白くない。「勉強が好き」などと言うと、好奇な目で見られたりする。だが、本来勉強というものは、己の知的好奇心を満たすためにやるものだと思う。車の速度を算出するのに微分積分が利用されていると知った時の感動は、映画や小説を読んで感動するのと変わらない。

 今、何か資格を取る必要に追われているわけでもなく、時間さえあれば(これがネックである)好きなことを学ぶことができる。これは実に幸せなことである。「しなければならない」ものはなく、「することができる」幸せ。数学も娘からもらった教科書(なぜかどれもきれいなのが良いのか悪いのか複雑な気持ちではある)を終えたら、その上の純粋数学を学んでみたい気もするし、『スミルノフ高等数学教程』シリーズにも手を出してみたい気もする。朝からスタバに行ってコーヒーを飲みながら、数学の世界に没頭するなんて贅沢な日々を送れたらこの上なく幸せ感に浸れると思う。

 勉強とは、本来かくあるべきものだと思う。それを義務化するから苦痛に感じる。勉強と言うと大半の人は反射的に顔を背けたくなると思うが、それはとても残念なことだと思う。おそらく、顔回という人は、そういう学問好きだったのではないかと思う。自分も顔回ほどとはいわないが、そこそこの勉強好きである。社会人として自分と家族の生活を支えていくために仕事を優先しなければならないのは当然であるが、余った時間を映画や読書やスポーツやその他諸々の「やりたいこと」に振り分け、少しでも勉強に割きたいと思う。「勉強できる幸せ」を味わいたいと思うのである・・・


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【今週の読書】