エスカレーターに乗ると、みんな左側(大阪ではなぜか右側)に立ち、右側(大阪ではなぜか左側)は歩く人に譲っている。ここ10年くらいの間に定着した慣習である。それを変えようというのは至難の業だと思うが、JRもなかなか思い切った事をやるなあと感じた。
では、このキャンペーンは成功するだろうかと考えると、それはまったくもって不可能だと思う。おおよそ社会の中で自然発生的に生まれた慣習を変えるのは並大抵の事ではなく、相当な力技が必要だ。それなのに、そもそも「エスカレーターでの歩行はやめましょう」と直接訴えるのではなく、「手すりにつかまろう」と遠回しな言い方になっている事からして無理だと思う。私のようなアマノジャッキーは、「歩く時手すりにつかまればいいんだろう」と思ってしまう。
この企画がJRの中でどのようにして生まれ、そしてどのようなプロセスを経て認められたのか、実に興味深い。トップダウンかボトムアップか。「何かキャンペーン企画はないか」と問われた若手が提案し、他に何もなくてスルスルと認められたのだろうか。
そもそもであるが、本気でやめさせようとしたら、かなりのエネルギーがいるだろう。少なくとも構内放送で呼び掛けるだけでは、効果などまったく期待できない。エスカレーターごと、とはいかないまでも、主要なエスカレーターのところで駅員さんが立って呼び掛け、注意を促し続ける必要があるだろう。それこそ、今キャンペーンでやっているように、「駅員が右側を立って利用する」事も当然必要だろう。
ただそれでも問題があって、それは「エスカレーターがあるのはJR駅構内だけではない」という事である。接続する私鉄沿線にもあるし、空港やデパートやショッピングモールなどありとあらゆるところにある。例えJRの駅構内だけ歩かないようにしようとしても、その他で変わらなければその慣習自体を変えるのは難しいだろう。そう考えると、この試みは効果なく終わるだろうと言う事がわかる。
しかしそれ以前に、なぜエスカレーターの歩行が危ないのだろうかと考えてみる。床が動いている以上不安定だという理屈はわからなくもない。ただある程度動きに合わせて歩けばそれほど危ないとは思えない。お年寄りや子供などは危険度は増すと思うが、それはそういう人は歩行を控えれば良いわけだし、そういう人たちには利用者も配慮するのは当然だ。
エスカレーターの歩行が危ないというが、例えば事故率とかの根拠があるのだろうか。いや、例えあったとして、そもそも階段でもコケる人はコケるわけで、それが「エスカレーターだったから」コケたのか、階段でもコケたのかはわからない。まあ「ただでさえ」階段は危ないから、エスカレーターならよけいに危ないという事は言えるかもしれない。
そうであるならば、やはり歩行はやめましょうではなく、まず「手すりにつかまりましょう」と言うべきだという事になる。その上で、「出来ることなら歩行はやめましょう」という事なのかもしれない。そう考えると、このキャンペーンも理屈にあってくるような気がする。だがなぁ、とも思う。
人がエスカレーターでコケる事まで心配してくれるというのも、ありがたいものなのだろうか。子供にはよくいろいろな場面で、「危ないよ」と注意するが、大人には言わない。子供並みと思われているのだろうか、それとも「自分が転んだのは、路上の石を放置していた道路管理者である国の責任」と言って訴えるような人もいるかもしれないと考えての事だろうか。
休みの日に少し酔った頭で、くだらない事をあれこれ考えてみるのも、くだらなくて面白いと思う自分である・・・