2025年2月24日月曜日

論語雑感 泰伯第八 (その18)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感

【原文】
子曰、巍巍乎、舜禹之有天下也、而不與焉。
【読み下し】
子(し)曰(いわ)く、巍巍乎(ぎぎこ)たり、舜(しゅん)・禹(う)の天(てん)下(か)を有(たも)つや、而(しこう)して与(あずか)らず。
【訳】
先師がいわれた。「何という荘厳さだろう、舜帝と禹王が天下を治められたすがたは。しかも両者ともに政治にはなんのかかわりもないかのようにしていられたのだ」
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過去の統治者についての評価は難しいと思う。
「昔は良かった」とはしばしば聞かれる言葉であるが、私自身は実はこう思ったことがない。いろいろと問題はあるが、世の中は進歩していて、「今の方がいい」と考えているからである。孔子はしかし、古の政治を褒め称えている。「舜帝と禹王が天下を治められた」時代というのは、伝説の夏王朝の時代のようであるが、本当に孔子の言う通り優れた治世だったのかは極めて疑問であると思う。それは「世の中は常に進歩して良くなっていくもの」というのが、私の基本的な考え方でもあるからである。

たとえば、映画『三丁目の夕日』は非常に感動的ないい映画で、私のお気に入りの映画の一つでもある。この正月に一気に3作観て感動を新たにしたが、ここで描かれている昭和30年代と比べたらどうか。映画では貧しくとも人の人情あふれた時代として登場人物たちの様子が描かれる。テレビ一つでみんなが幸せな気持ちになれたのも事実だろう。しかし、時代としてはスマホ一つとってもいろいろなことが可能だし、海外旅行にも自由に気軽に行けるし、現代の方が比較にならないくらいいい時代である。

ちょっと前の時代を舞台にした映画では、登場人物たちは所構わずタバコに火をつける。非喫煙者にとっては煙たい時代だったと思うが、今は禁煙環境がスタンダードであり、喫煙者である私も今の環境の方がいい。セクハラ、パワハラといった事が問題になり、昔は我慢するしかなかった事が、今は我慢しなくてもいい。サービス残業も私の身の回りでは死後になりつつある。働くなら私が社会人デビューした昭和の終わりよりも、今の方が圧倒的にいい。

もっとも、現代と昔とでは時間の流れ、時代の変化が違うということもある。伝説の夏王朝の時代と孔子の時代とでは、ほとんど差はなかったのではないかと思う。現代では10年でも大きな差が出たりする。夏王朝もほとんど同時代の感覚だったかもしれない。それであれば、ただノスタルジーで古き良き時代の施政者を崇めているのではなく、同時代感覚で善政を評価していたのかもしれない。しかし、それでも両手を挙げて褒め称える前に意識すべき事もあると思う。

それはどんなに優れた統治者(政治家)であっても、いい部分と悪い部分があるという事。トランプ大統領にもプーチン大統領にも善政と悪政とがあるだろう。イメージだけでどちらか一方に決めてしまうのは、正しい評価スタイルとは言えまい。舜帝と禹王もそうであったと思うが、後世にはすべて伝わるものではないし、孔子には悪政の部分はわからなかったのだろうと思う。それゆえに、いい部分だけを見て舜帝と禹王の統治に荘厳さを感じたのかもしれない。

人には誰でもいい部分と悪い部分がある。お茶の間の人気者が実は不倫していましたとバッシングされるのは珍しいことではないし、爽やかなイメージの裏で実はそれに反した事をしていても不思議ではない。何よりも人間なのであるから、そういう部分を含めて人を判断しないといけない。もっとも、そうは言ってもその人のすべてがわかるわけではない。どうしても外からは窺い知れないその人の裏面はあるだろう。そこがわからなければ評価できないのか、とするとそれもまた窮屈であるし、それはそれとして「◯◯の部分だけは素晴らしい」とすればいいと思う。

きっと孔子もそんな事を踏まえた上で、舜帝と禹王の統治に荘厳さを感じたのかもしれない。「わからない部分があるから評価しない」とするのも味気ないし、「見えないところに尊敬できない部分があるとしても、それはそれとして」「◯◯は素晴らしい」と評価する方がいいと思う。そういう考え方で、人を評価したいと思うのである・・・


Gerd AltmannによるPixabayからの画像

【今週の読書】

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