2012年8月4日土曜日

MASTERキートン

 子供の頃から漫画少年だった私は、買い集めたコミックをほとんど実家に残してきた。たぶん3~400冊くらいはあったと思うが、今ではどうなっているのだろう。実家の倉庫の奥深くに、もしかしたらまだ眠っているのかもしれない。しかし、どうしても手放せなかったものがあり、それは今でも我が家の本棚に秘匿されている。

 その一つが「MASTERキートン」だ。主人公は、日本人を父にイギリス人を母に持つ平賀=キートン・太一。考古学者ではあるが教職には恵まれず、ロイズ保険組合のオプ(調査員)で生活の糧を得ている。妻はやはりイギリス人だが、今は一人娘を日本に残しイギリスに帰ってしまっている。

 そんなキートンだが、実はイギリスのSAS(特殊部隊)出身でサバイバルの達人という一面を持っている。人情味あふれるエピソード、繰り広げられる格闘とがミックスされて毎回ストーリーは展開されていく。

 キートンは、普段はおっとりしていて、娘の百合子にたしなめられる事もしばしばの優しい男だが、経歴が示す通り格闘においては部類の強さを発揮する。それも腕力を振り回すと言った類のものではなく、むしろ知恵を使ったものが中心。サバイバルも格闘も、身の周りにあるものを巧みに利用するという点で共通している。

 タイトルの由来は、研究者としては修士(MASTER)でいずれ論文を書いて博士号を取りたいと思っている部分と、かつてのSASの師匠から「戦闘のプロとしては甘すぎる。せいぜい達人(MASTER)どまりだ」と言うセリフから来ている。子供の頃には、「人生の達人(MASTER)」になれるよ」と言われた事もある。「ごく普通の人物がいざとなったら強い」というパターンは、水戸黄門から始って必殺仕事人等に至るまで日本人に人気のあるパターンだ(アメコミもスーパーマンなどのスーパーヒーローはそうかもしれない)。

 第1巻では「砂漠のカーリマン」という話が出てくる。ウイグルの砂漠地帯で地元民を怒らせてしまった日本の発掘隊。地元部族に砂漠に置き去りにされる。そこに巻き込まれたキートン。初めは砂漠にスーツで現れた彼をバカにしていた発掘隊の面々も、キートンのサバイバル技術で砂漠からの脱出を図る事になる。

 実はスーツには直射日光を避け通気性に優れているという利点があったのである。ウイグル語で「生きては帰れぬ」という意味を持つタクラマカン砂漠で、生き残ったキートンらを地元部族民は最後に讃えるというエピソードである。その他体格で遥かに上回るレスリング選手の学生をみんなの前でそれとわからせずに抑え込んでみせたり、人間は訓練された犬には勝てないと紹介した上で、その犬を巧みに素手でとらえてみせる。人質の交渉人になってみせたり、実力で救出してみせたりと、見せ場となるアクションシーンは数限りなく、男の子向けのエピソードには事欠かない。

されどそればかりではなく、人情味あふれるエピソードも数多い。特にIRAの女性活動家のエピソードはなかなか心を打つものがある。彼女は故郷に戻ったところを路上で射殺されるが、他紙は無残な死体で紙面を飾り紙数を伸ばす中、サンデーサン紙だけは彼女の普通の写真を載せる。やがて殺された女性活動家は、既に活動から手を引く事を決めていた事、反IRA勢力から無抵抗のまま射殺された事など事件の真相が明らかになる。

 その事実は、IRAの報復につながると案じるサンデーサンの編集長。しかし彼の元へ女性の母親が訪ねてくる。もう争いはやめようとみんなに訴えたいと。特ダネの大きさから他紙も交えての公表を提案する編集長に、女性の母親は唯一娘のきれいな写真を載せてくれたサンデーサン紙だけにしたいと答える・・・今にしてみれば時代を感じさせるエピソードだが、何度読んでもウルウルしてしまう。

 この漫画から得られるものは多い。男は強くありたいと思うものだが、その強さは必ずしも筋肉に比例しない。いつかドナウ文明の存在を証明したいという夢を追いつつ、学問を追及するキートンの姿を始めとして、ユーリー・スコット教授(娘の名前の元となった恩師)の逸話など学ぶ事の大切さを訴えるエピソードが散りばめられている。

 今また暇を見つけて読み返しているが、改めて名作だと強く思う。「漫画をバカにするなかれ」と言うのは私の子供の頃からのモットーであるが、漫画によって育まれるものは意外に多く、自分の子供にも読ませたい漫画は多い。さしずめこの漫画はその筆頭に置けるだろう。

 いつか子供たちに(娘は女の子だから無理かもしれないが)この漫画を読ませて、感想を語り合えたら良いだろうなと思うのである・・・
    


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