2020年5月31日日曜日

論語雑感 里仁第四(その21)

論語を読んで感じたこと。あくまでも解釈ではなく雑感。

〔 原文 〕

子曰。父母之年。不可不知也。一則以喜。一則以懼。

〔 読み下し 〕

いわく、父母ふぼとしは、らざるべからざるなり。いつにはすなわもっよろこび、いつにはすなわもっおそる。

【訳】

先師がいわれた。――

「父母の年齢は忘れてはならない。一つにはその長命を喜ぶために、一つには老い先の短いのをおそれていよいよ孝養をはげむために」

Web漢文大系

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私は両親が27の時に生まれている。私が27の時は、まだ下っ端の銀行員で葛飾の下町を走り回っていた頃である。当たり前だが、私と両親の年の差は常に27であり、その時々の自分の年齢とよく比較してみる。小学校に入学した時は33、中学入学は39、高校は42、大学は4650の時に社会人になり家を出ている。結婚は56、初孫は63。その初孫も今年成人である。自分が結婚した時、両親は今の自分と同じ年だったのかと感慨に浸る。

 

同級生の中にはもう両親が亡くなっている者もいて、もちろん親の年齢もバラバラだからそれも不思議ではないのだが、まだ両親がなんとか健在なのはありがたいと思う。特に母親の無償の愛はいまだ健在で、何があっても自分の味方だという安心感は強い。ただ、もう病院通いは欠かせないし、否応なしに「残り時間」を意識させられる。あとどのくらいの時間こうして過ごせるだろうかと常に意識している。ここ数年、年に二、三回温泉に連れ出しているのもそんな意識からである。

 

「残り時間」には「親と過ごす時間」の他に「自分の人生」という意味もある。親の年齢まではなんとなく自分も生きられるのではないかという根拠のない思いがあって、「27年後」の自分も常に意識するところである。その時、娘は47、息子は42である。多分、2人ともなんとか自立しているだろうし、そうしてもらわないとさすがにいつまでも子供の支えにはなれない。自分がなんとかできるのはやはり両親と自分までだろう。

 

最近、その「残り時間」にも怖さを感じている。長ければ長いほどいいわけであるが、果たして自分は大丈夫なのだろうかと。金銭的な余裕、時間的な余裕、精神的な余裕という意味では、最近すべて少なくなってきている。「もう少しお金があったら」「もう少し時間のゆとりがあったら」、「精神的にもゆとり」が生じて、両親と心穏やかな時間を過ごせると思うが、事は思うに任せない。我が身のことすら不安が過ぎる日々である。

 

かつては二世帯住宅を建てて一緒に住んでと夢見たこともあったが、残念ながら離れて暮らす日々。せめて月に何度か実家に顔を出してと思っているが、そこに今回のコロナ禍。大丈夫だとは思うものの、やはり普段外に出ている身としては気軽に行くのも躊躇せざるを得ない。母親が観戦を楽しみにしていたオリンピックのバレーボールも、せっかくチケットが取れたのに延期である。果たして来年現地に行けるかは、大いなる不安である。

 

自分が何をすれば両親は喜ぶだろうかとよく考える。そのヒントとしては、27年後に子供達に何をしてもらえれば自分は嬉しいだろうかであろう。その答えとしては、やはりそれぞれ家庭を持って自立して暮らしていることだろう。「自分がいなくても大丈夫」だと安心したいのが一番である。そう考えると、両親もそう思うのではないかと思う。ならばせめてそういう姿は意識して見せたいところである。

 

有名人の訃報に接し、両親よりも若かったりすると、「細く長く」ということを考える。有名人はそれなりに稼いで豊かに暮らしていられるだろうが、それでも永遠に生きられるわけではない。格差はあっても死は平等。「短く太い」人生もいいと思うが、ここまでくると「細く長い」人生の方が良くなってくる。両親にもそうあってほしいと思う。ただ、それはあくまでも「日常生活を送れる」という前提条件があることになる。

 

 ラグビーでも前半戦は時間を気にすることなく思い切ったプレーができる。しかし、後半のさらに後半となると、残り時間を意識する。勝っていれば早く逃げ切りたいと思うし、負けていれば一か八かの勝負に出ないといけない。人生は勝ち負けではないから一か八かの勝負を仕掛ける必要はないが、「負けない」展開は意識したいと思うところである。両親と過ごす時間、そして自分の人生の残り時間をそんな意識でもって考えたいと思うのである・・・


Besno PileによるPixabayからの画像 

【今週の読書】

  





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