2009年9月30日水曜日

現代トイレ考

 さすがに期末となると忙しく、ブログの更新もなおざりとなってしまった。ようやく何とか仕事も終え、期末の打ち上げでほろ酔い気分で帰ってきた。期末恒例の挨拶で某役員が、「ゴールという名のテープの裏側にはスタートという文字が書いてある、明日から頑張って下さい」と言っていた。誠にその通りであり、明日からまた始まりなのである。その繰り返しなのであるなぁと改めて思うのである。
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 我が家の4歳の長男、オムツが外れて一人でトイレに行けるようになった時からちょっと気になっている事がある。我が家のトイレは他の家の多くがそうであるように洋式である。そのトイレで座って小用を足しているのである。

 もちろん最初は立つと微妙に背伸びが必要であり、また上手にできないという事情もあり止むを得ないところはあったのであるが、十分可能になった近頃でも三つ子の魂何とやら、である。男子たるもの座ってするとはいかがなものか、と私は思うのでどうも違和感が大きい。もっともママからすると掃除の都合を考えると誠に都合がいいという事らしい。しかし、掃除の都合で座って要を足すなど本末転倒と強く思う。

 そう憤ってみたものの、世の中を見回してみると、「男性の小用スタイル」に関して、TOTOの2004年の調査では「洋式便器に座って小用」の比率は23.7%だったが、今年5月の調査ではその比率が33.4%に上昇していることが明らかになっている。年代別に見ると、30代で30%、40代で36%、50代で41%と、年代が上がるとともに「座る」率が増えてくる。「尿が飛び散らない」「掃除が楽」「姿勢が楽」などがその理由で、この傾向は年々上昇しているというから驚きだ。

 掃除が楽という事については確かに無視できないものがある。男の立場からすると、掃除するのは大概が奥様であるわけで、人に掃除させておいて好き勝手言うというのはもちろん問題だ。我が家でも奥様が丁寧に掃除をしてくれているわけで、その姿を見るとさすがに自然と感謝の念が湧いてくる。だからせめて自分が使ったあとは軽く拭く程度の事はしなければならないと思っている。

 そうした気持ちが生きるのか、最近はトイレ掃除で業績を伸ばしている会社も多い。イエローハットを始めとして社長が率先してトイレ掃除を行って、それが業績好調の一因だとするところが目に付く。やっぱり人の嫌がる事をする姿は心を打つものがあり、そういう気持ちは我が子にもきちんと教えたいと思う。それはそれとして、やっぱり男は立ってするべきものであり、掃除を理由に座ってさせるのは間違っていると思う。掃除の事を考えるのであれば、使った後に拭くよう指導すべきだと思うのである。

 思い返してみれば私の子供の頃は和式が主流であったからこういう心配はなかった。水洗などない時代で、覗き込むと落ちそうな感じからなるべく跨ぎたくないという気持ちが強く、自然と立ってするのが当たり前であった。田舎に行った時などはトイレが離れたところにあり、特に夜などは一人では絶対に行けなかったものである。そう考えると洋式は良いのか悪いのか。

 そんな事を酔った頭で考えた次第である・・・
 

【本日の読書】
「ブラック・スワン上」ナシーム・ニコラス・タレブ
「裏ビジネス 闇の錬金術」鈴木晃
   
   

2009年9月27日日曜日

男の子にとって大切な事

 シルバーウィークが明けてすぐの事、幼稚園に通う長男が何やら顔に引っ掻き傷を作って帰ってきた。何でも友達に引っかかれたとの事。幼稚園の先生に聞いたところ、喧嘩の原因は不明らしい。相手の子は理由を聞いても答えない(まあそういうもんだろう)。長男はと言えば原因を聞いても首をかしげている。正直わからないらしい。

 おそらく、であるが長男の何かの言動が相手の気に触ったという事なのだろう。長男はそれが相手の気に触るなどとは想像もしていなかったのだと思う。だから相手が怒って掴みかかってきても、びっくりするだけだったのだろう。そういう事だとすれば、その気持ちはよくわかる。

 私も突然妻が不機嫌になる事があり、それがどうやら私の言った何気ない一言が原因だったりする事があるからである。どこをどう解釈したらそんなひねくれた解釈ができるのかといつも不思議でならない。コミュニケーションは難しいのである。 

 さて、そんな長男であるが、やられた後にやり返さなかったらしい。「偉いんだよね」とママに褒められていたが、私としてはどうも素直に褒める気になれない。「やり返さなかった」のなら偉いと思うが、「やり返せなかった」のなら話は別だ。たかだか4歳で理性を働かせて「やり返さなかった」という事はないだろうから、「やり返せなかった」のではないかと思ってしまう。そうだとすれば問題だ。

 何故なら女の子ならまだしも、男の子であればこういう場合はやり返さないといけない。「やり返せない」という事は「恐れ」の裏返しであり、要は怖くて出来なかったに他ならない。そういう恐怖は克服していかなければならない。かく言う私も中学生までは「やり返せない」タイプであった。つっぱりグループとは目を合わせないように逃げていた方だ。それを克服するのに随分と時間がかかった。

 何も暴力を礼賛するわけではない。そうした恐怖心を抱えていると、それがその他の物事に対しても現れてしまうと思うからだ。いざという時に勇気を持って意見を言ったり何かをしたりする時に、躊躇する気持ちを乗り越えるのに必要だと思うからだ。これからいろいろな事が起こるに違いない。時として殴りあいになったとしても怯まず向っていけるか、は男の子にとって重要なファクターであると思う。

 今回はどうやら思いもかけない相手の反応にびっくりして反撃の機会がなかったという事みたいだ。「やり返せなかった」と断じるのは早そうだ。いずれ「やり返さない」大切さも学んでほしいと思うが、まずは「やり返す」大切さだろう。「やり返さない」対応は、パパがママの理不尽な振る舞いに我慢している姿からいくらでも学べる。ただこれからしばらくの間、大きくなって理性によるコントロールを学ぶまでは、「やり返せる」男であるかどうかはきちんとみてあげたいと思う。

 男の子はしっかりと鍛えたいと父親として思うのである・・・
 

【昨日の読書】
「ブラック・スワン(上)不確実性とリスクの本質」ナシーム・ニコラス・タレブ
     

2009年9月25日金曜日

ブラック・ジャック

 
「古和医院」より

 娘が何やら熱心に読んでいると思って見てみたら、読んでいたのは「ブラック・ジャック」だった。娘も漫画を読むようになったのか、とちょっと嬉しく思う。読んでいたのはダイジェスト版のようなやつだった。ほとんど読んだ事のある話だったから、私の「読書経験」も大したものかもしれない。

 ところがどのお話が良かったかと訪ねたところ、ストーリーとは関係のない部分のギャグシーンを上げてきたのでがっかりした。そんなところにしか興味がいかないのか、と。そこでブラック・ジャックをテーマに話をした。

「無免許医って何だかわかるか?」
「どうして無免許だと悪いのか?」
「免許があることと人の命を救うこととどっちが大事?」
そうしてあらためて気がついたが、この漫画は実に奥が深い。

 ついでに読んで印象に残った「古和医院」というお話。ある山村を走るバスの中でブラックジャックはバセドー氏病の少女を見かける。気になって途中下車すると地元の古和医院へと入っていく。古和医師が治療するが症状がひどくなる。ブラックジャックの助言で古和医師は少女を手術し事なきを得る。

 ブラックジャックは古和医師との会話から、医師が無免許である事を見抜く。必死にその事実を隠そうとする古和医師にブラックジャックは敬意を表する。長年医者のいない山村で診療にあたり人々に尊敬されるあなたは立派だ、と。一年後、ブラックジャックは某医大で古和医師に再会する。古和医師は50歳を過ぎてあらためて医師になるべく勉強をしていたのである。

 ここで終わるのであるが、実に深いストーリーだ。何が正しくて、何が悪いのか、その問い掛けは簡単には打ち返せない重いボールだ。無免許の医療行為は確かに悪だが、無医村の村で医療行為を行い、地元民に愛されてきた古和医師は、果たして犯罪者なのか。また、そんな無免許での限界を感じてあらためて勉強しなおす事にしたその心意気。

 たぶん、晴れて免許を取ったら元の山村に戻るのだろう。無免許だからこそバレない山奥にいたのだろうが、そのままごまかすつもりなら免許など取ろうとは思わなかったはずだ。それに免許を取ったからといって都会で儲けようとも思わないはずだ。高額報酬を取るブラックジャックもわざわざ途中下車するところをみると、やっぱり病に苦しむ人が気になるのだ。悪役を演じながらも悪役になりきれない男の姿である。本を閉じた後もそんなところまで想像させてくれる。

 娘にはそこまで読み取るのはまだ難しそうだ。だが、一つ一つのストーリーを一緒に読んで感想を話すのはいい経験になるだろう。そうして感受性を磨いていってほしいと思う。他にも珠玉のストーリーがいくつもあった。たかが漫画とバカにする者はそこから得られる果実の甘みに気づく事はない。本も大事であるが、漫画だって同じくらい役に立つのである。

 子どもたちにそんな「漫画の効能」を語ってあげられたなら、かつて漫画少年として過ごした日々を役立てることができるなと思うのである・・・

【本日の読書】
「心眼力」野口嘉則
「裏ビジネス闇の錬金術」鈴木晃
   

     

2009年9月23日水曜日

ワンストップレジャー

「暑さ寒さも彼岸まで」
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秋の味覚狩りとしてぶどう狩りに行ってきた。行ったのは秩父にある小松沢レジャー農園。2年前に初めて行き、今回は2回目である。

 ここは「レジャー農園」という名の通りのところである。主目的はぶどう狩りであったが、時期によってはイチゴ狩りもできる。またそれ以外にも「マスつかみ」「マス釣り」「しいたけ狩り」「そば打ち」「芋ほり」といろいろなメニューが揃っている。お客さんはその中から適当にチョイスしてもいいし、セットで楽しむ事もできる。まさに「レジャー農園」である。

 味覚狩りの最大の欠点は、なんといっても「時間」である。食べ放題といっても制限時間があるし、なくても食べられる量には限りがある。いきおい午前中で終わってしまうのが普通であり、それが難点である。残りの時間をどう過ごすか、親としては悩ましい。

 その点、この小松沢レジャー農園ではその他の楽しみがある。実際我が家もぶどうで満腹になったあとはそば打ちをした。そば粉を練って伸ばして切ってという作業は子供たちには新鮮な「遊び」であったようで嬉々としてやっていた。昼食はもちろんそのそばである。

 マスつかみでは川の一部を囲った中でマスを放してそれを追いかける。始めはマスの素早い泳ぎについていけない子供たちも30分も格闘するうちになんとか捕まえるのに成功する。それをすぐに塩焼きにして食べられる。全部終わると夕方のちょうどいい帰り時間。
一日過ごせるので親としてもありがたい。

 そういえばラウンドワンというレジャー施設が今あちこちにできている。ボーリング場を主としてバッテイングセンターやゲームセンターなどいろいろな施設が併設された施設である。ここもあれこれと盛りだくさんなメニューが受けているようである。

 ショッピングでも一箇所でいろいろ買い揃えられる「ワンストップショッピング」がもてはやされているが、レジャーでもこうした「ワンストップ」機能は確かに便利である。農家という非常に利幅の薄い商売もこうして組み合わせて、観光客を引き止められればそれなりに利益も確保できるのではないだろうか。商売は何でもアイディアと工夫次第だとやっぱり思うのである・・・

 
     
     

2009年9月21日月曜日

敬老の日

 本日は敬老の日。毎年恒例である義理の祖母との食事会があった。私の祖父母はすでにみな他界しており、義理の祖母二人が残っている。子供たちからすると曾婆さんとなるわけである。私には経験がないが、曾婆さんという存在が子供たちにどう映っているのかは興味深いところである。御年87才、多少の衰えはあるがまだまだ元気である。

 私自身にとっては一番最後に89歳でなくなった祖父が一番印象深い。二十歳を過ぎて、「祖父」という存在の貴重さに気付いていたし、昔話に興味を持ってもいた。
独身の気楽さから、晩年にはよく長野県は八ヶ岳の麓に住む祖父を一人で訪ねて行ったものである。そこで祖父と二人酒を飲みながらいろいろな話を聞いたのは良い思い出である。

 祖父はあの時代の多くの人がそうであるように、徴兵検査を受けて陸軍に入隊した。そして大正15年と昭和17年に召集されて、それぞれ朝鮮半島と中国に出征している。軍隊生活をこよなく愛し、私にも「軍隊は良かった」と語ってくれた。おそらく召集されても直接最前線で戦火を交える事もなく、2度目の応召の時は途中で病に倒れ傷病兵として除隊したがゆえに、過酷な経験をせずに済んだのもその理由なのだろう。

 世に悪名高い日本陸軍ではあるが、良い部分だけを経験できたのが大きかったのではないだろうか。戦後の自虐教育からくる一般の認識からすると、「軍隊は良かった」などという発言は、どこかの党首などに聞かれたらとんでもない人間と見なされてしまうだろう。だが、どんな組織であれ、長所短所はあるわけで、特に日本陸軍のように諸悪の根源としか思われていない組織の良さを語ってくれたのは私にとって祖父ただ一人であった。

 そんな祖父が、ご飯を食べる時にいつも使っていたのは銀色の不恰好な箸であった。だがそれは実は軍隊で支給され使っていた箸で、本当は除隊の時に返さないといけないのだが、軍隊に愛着のあった祖父はこっそりと持ち帰り、以来ずっと使い続けてきたそうである。それに軍隊手帳。達筆な筆で書き込まれた小さな軍隊手帳には、折々の天皇陛下の勅語があり、上記2回以外にも短期訓練等に参加した記録が記載されている。軍人としての心得などが書かれ、人々の範となるべき軍人の有り様が説かれる。子供たちが憧れた「兵隊さん」の姿がそこからは伺える。

 何度もせがんで話を聞かせてもらったせいか、祖父は死ぬ前にその二つをそっと私に譲ってくれた。教科書からも誰からも学ぶ事のできない生きた歴史の証である。また、義理の祖父はインパール作戦の生き残りであったそうだ。妻と結婚した時には既に故人となっており、会う事もなく苦労話を聞くこともできなかったのはとても残念だ。

 我が家の子供たちはまだまだ無邪気だ。生きた歴史の証人を前にしてもそのありがたみを感じられる年齢にはない。だがもう少し大きくなったら、曾婆さんは無理としてもせめて4人の祖父母からいろいろな話を聞いてもらいたいと思う。それまで両親には元気でいてもらいたいし、そういう交流の機会を親として作っていきたいとも思う。

 曾婆さんは昼間のデイケアでも美味しいものをもらえたと喜んでいた。食いしん坊の我が妻の元祖なだけに食い気だけは衰えていない。年に数回は敬老の日にしてほしいとのたまう姿は微笑ましいものだ。まだまだ元気でいてほしいと願いつつ帰路に着いたのである・・・



      

2009年9月19日土曜日

応援団長

 連休初日は家族にお休み宣言、ゆっくりと寝坊し髪を切りに行った。そこで担当の美容師さんに今日は近くの中学校の運動会だと聞いた。これまで近所でありながらまったく知らなかったのであるが、運動会がけっこう盛んらしい。そして応援団が一つの目玉らしい。

 そんな話を聞くと、やっぱり運動会が盛んであった我が出身高校を思い出す。やっぱりいわゆる「応援団」があって団長やその補佐らのグループが一種のステータスとなっていた。みんなそれなりに思いのある者は心密かに「応援団入り」を目指していたと思う。

 残念ながら、我々がその地位を占めるはずであった3年次の運動会は校舎改築の影響で中止となってしまった。しかし、もしやっていたら・・・
たぶん私は栄えある「応援団」の一員にはなっていなかっただろう。例えみんなに推薦されたとしても、だ。へそ曲がりでワンマンショーをやりたがる性格は当時すっかり確立されていたから、そういう注目ポジションは敢えて避けていたからだ。でも運動会はやりたかったなぁ・・・

 そんな事を思い出しながら話を聞いていた。応援団は全部で6クラス分、つまり6人の応援団長がいるらしい。ところが今年はその一人が女の子だという。「へぇぇ~」と思わず感心してしまった。

 女の子が積極的にあちこちに進出する昨今、別に珍しくもなさそうな気もするが、それでも応援団長はちょっと違う気がする。これが小学生なら別に不思議ではないし、娘の小学校の運動会でも紅白の応援団長の一人は女の子だった。しかし思春期ともなると女の子は応援団長などという勇ましいポジションに対しては一歩引く気がするし、何より男の子が黙って引っ込んではいないと思うのだ。どんな子なのだろうととっても興味が湧いたし、どういう経緯で決まったのかも興味深い。

 もともと我が国は卑弥呼の歴史もあるし、女性がリーダーとなっても何ら不思議ではない。だがやっぱりスポーツなどで、特に男女の体力格差がもろに響くような競技ではさすがに難しいだろう。応援団長は体力格差は関係ないが、やっぱり微妙なところだ。

 ちなみに応援団長をやると相当モテルらしい。我が母校もそうだったように思う。一つ年上のある応援団長は、中学が一緒だったのであるが、これが男の目から見ても実にカッコ良かった。整った顔立ちで運動神経もよく、中学でもかなりまぶしい存在であった。今ではすっかりおっさんになってしまったが・・・

 かの女の子の場合もそうなのであろうか。その勇ましい姿に自分を引っ張ってくれるような気がして、男の子が殺到するのだろうか?それもちょっとなぁと思う。

 そんなことをあれこれと思った連休初日である・・・


【本日の読書】
なし
    
   

2009年9月18日金曜日

迷惑メール

 ネットやメールはもうすっかり生活の一部である。PCを立ち上げない日と娘がママに怒られない日はほとんどないといって間違いない。メールソフトを立ち上げるとかなりの数のメールが入ってくる。大半はコマーシャルメールである。楽天系が大半を占めているが、やっぱりネット企業だけあって宣伝もすごいものである。

 それはそれでたまに役立つのでいいのであるが、いただけないのは「アダルト系」か「お金貸します」系だ。これらは万に一つも見る価値はなく、削除する手間も惜しいのでメールソフトについている「迷惑メール」機能でもって自動的に削除している。

 この手のメールもよく考えている。同じアドレスだと簡単にシャットアウトできるからいつもアドレスは異なっている。だから「迷惑メール」機能も「件名」か「差出人」に特定用語が入っていたら削除するようにしている。最初はS○Xとか露骨なものであったが、敵もさる者、段々とその手の露骨な単語は減ってきた。

 そこで一定量を溜めておいて、その傾向を掴み共通する単語を特定する事にした。その結果、「ティーン」とか「素人」とか「すぐ会える」などというものをはじくようにしている。すると今度は「先日の件ですが・・・」というものまで現れる始末。「差出人」も「鈴木」とか「高橋」となっているともう止めようがない。下手するときちんとしたメールまではじいてしまうからだ。ここまで来ると大したものだと感心してしまう。

 そもそも何でこうしたジャンクメールが来るかがよくわからない。資料請求したりした時に登録したメールアドレスが漏れたりするのかもしれない。ちなみに怪しげなサイトにアドレスを登録するほど私は抜けていない。これは断言できる。そうした場合は、フリーアドレスでどうでもいいアドレスを取得して使うか、あるいは10分間だけ有効なアドレスを取得できるサービスを利用しているからだ!
「10 Minutes Mail 」

 究極的にはアドレスを変えるしかないのかもしれない。もっとも家のポストにだって毎日のようにチラシが投げ込まれるし、それらは大概ゴミになるだけなのだが防ぎようはない。まあ今の状況であれば、かなりのジャンクメールをカットできているからいいのであるが、恐ろしいのはPCを買い換えた時だろう。それまでの削除機能がリセットされるから、大量のジャンクメールが押し寄せてくるのかもしれない。その時はその時でまた対応するしかないのだろうなと、将来に問題を先送りにするのである・・・

【本日の読書】
「ああ監督」野村克也
「重力ピエロ」伊坂幸太郎

     

2009年9月15日火曜日

リーダー

 ここのところ毎年8月の終わりから半年間、社会人向けの講座に主催者の一員として参加している。今年4期目となるが、その第1回講座が開講した。月に一回、テーマごとに講師を向え、そのテーマについてディスカッションをするのである。受講生は30~40代の社会人。自分で会社を経営していたり、サラリーマンだったりといろいろである。準備もそれなりに大変であるが、刺激もあるので良い機会だと思っている。

 初回の今回は「リーダーシップ論」。古今東西のリーダーの姿や学者の意見などから、あるべきリーダー像を論じる、というものである。普段こんな議論など真面目にする事もないのでいい経験ではある。

 さてみんなの真面目な議論を聞いていてふと考えた。「自分はリーダーたりえるのだろうか」と。結論としては、「否」であった。別に謙遜しているわけではない。ただ、「リーダーになりたいか」と問われれば、「否」と答えるのみである。積極的にやりたいとも思わないし、それゆえにリーダーたりえるとも思えないのである。

 過去には、例えば高校時代にはラグビー部のキャプテンをしていたり、その後大学時代もキャプテンの出ない練習試合などではゲーム・キャプテンを務めたり、仕事なんかでも否応なしにリーダーとなったりした事はあるし、たぶんやればそれなりにこなせるとは思う。ただ、そうしたいとは思わないのである。かといって大勢のフォロワーに埋没するのも嫌だし、独自の世界を作って一人楽しむ事に居心地の良さを感じるのである。

 リーダーに必要な要件は?「影響力」、「人間力」、「結果を出す力」・・・そんな議論が続く。確かに集団を纏め上げていくのにはそんなものが必要になるだろう。いつもどこかで楽をしたいと考えてしまう私にとって、そんなエネルギーを要求されるのはたまらないと考えてしまう。

 世の中にはそんなリーダーに進んでなりたいと思う人もいる。そういう役割が苦にならないのだろう。それはそれで素晴らしい事だ。だが私にはあわないなと思うのである。主催者側であるのにそんな事を思いながらみんなの議論を聞いていた。

 こればっかりは性格だからしょうがないだろうと思うのである・・・


【本日の読書】
「野村主義」野村克也
「重力ピエロ」伊坂幸太郎

     
    

2009年9月14日月曜日

祭りにて

 薄着となる夏。我々男性の目は女性に向きがちだが、英眼鏡店チェーンが英国人の男女3千人を対象に行った調査によると、男性は1日に43分、約10人の女性を眺めているそうである・・・

 日本人はどうなのだろうか?女性ばかりではないが、年齢層の高い職場にいるとちょっと寂しい気がするこの日この頃である・・・
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 先週末は実家に行き、近所の秋祭りに参加してきた。毎年の恒例行事である。子供たちは山車をひっぱり、途中でアイスやジュースをもらい、最後にお菓子をもらう。お祭りを楽しむというより「お菓子をもらえる」事の方が嬉しいようである。

 山車を引っ張るのはせいぜいが小学校の低学年児まで。大きくなると関心は御輿に移る。私にも経験がある。学校帰りに御輿に手ぬぐいを巻きつけて「予約」して、担いだものである。ちょうど子供用の御輿もあって子供たちが何だかみんな得意そうな顔をして担いでいた。

 ふと気がつくと随分と女の子が混じっている。私たちの頃は御輿を担ごうなんて女の子はいなかったと思う。これも時代なのだろう。大人用も言わずもがなであるし、隣の町会の御輿は女性ばかりで、一瞬レディースかと思ったらおっちゃんがちらほら混じっていたから、ひょっとしたら人手不足なのかもしれない。実家の近所のおばちゃんに、「来年は担ぎなよ」と誘われたが、そんな情熱はもうない。

 そういえば関東は御輿文化であり、お祭りといえば「御輿」であるが、関西では「だんじり」文化。山車のようなものらしいが、これを引っ張りまわして「粋」を競うらしいのである。関西人の妻が御輿に熱中する人達を不思議そうに眺めていて、気がついた東西文化の相違である。

 どっちがいいと言う気はないが、やっぱり見慣れた御輿の方に親近感は感じる。と言っても担ぎたいとは思わない。どちらかと言えば夜店を見ている方が好きである。これも恒例であるが、戸越神社の境内の夜店に家族で出かけた。子供たちは金魚すくいや射的などを楽しんでいたが、私はと言えば何をするでもなく、言ってみれば雰囲気を楽しむのが好きなタチである。

 子供の頃は何だか夜子供たちだけで外出できるのがちょっとワクワクして、友達と連れ立って見て回ったものである。小遣い握り締めてあれこれと楽しんだ気がする。ひよこを買ってきてしばらく飼っていた事もある(けっこう大きくなったのだが、近所のネコの餌になってしまった)。

 普段は静かな町並みであるが、近所の人達もみんな出てきて全体的に高揚感が漂う。こうしたお祭りというものは近所の人達を結びつける良い機会のような気もする。我が家の近所でも秋祭りはあるが、こんな盛り上がりは見られない。きっと歴史が浅く、古くからの人達が少ないから積極的に祭りに参加しようという意識が薄いのかもしれない。お神輿もないみたいだし・・・だからよけい実家の祭りには毎年参加しているのだ。

 いつか子供も大きくなったら一緒に行かなくなるかもしれない。そうしたらどうするだろう。でもあの笛や太鼓の音色が響き、夜店の賑わいが恋しくなって一人で出かけてくるかもしれない。武蔵小山商店街も飲食店が増えたし、食いしん坊の妻はそれで誘い出せるだろう。年に一回の事だし、いつまでも楽しみたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「野村主義」野村克也
「重力ピエロ」伊坂幸太郎
    
 

2009年9月11日金曜日

同期の彼に会った・・・

イスラム教と言えばアラブ世界(中東)の宗教というイメージがあるが、実際にはインドネシアが約1億9千万人という最大のイスラム教徒を抱え、次いでパキスタンの1億4千数百万人、中国の約1億4千万人、インドの約1億2千万人の順となっている。マホメットもきっとびっくりしているかもしれない・・・・
今日はあの9.11。もう8年もたったのだ・・・  
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丸の内の街中でばったりと同期に会った。
お互いにびっくりして、そしてがっちりと握手した。
実に10数年ぶりの再会だった。

彼は同じ銀行に入った同期でもあるが、やっぱりラグビーをやっていて、同じ銀行のラグビー部でずっと一緒にプレーした仲だ。
だから同じ同期でも親密感はずっと強い。

突然で驚いたが、驚いたのはそればかりではない。
ちょっと日焼けした肌、Yシャツの上からでもわかる締まったボディ、さわやかな笑顔・・・
とても40代中盤には見えない。
特別にトレーニングはしていない、と語っていたが、私との肉体的な違いは明らかだった。
軽いジェラシーを感じた。

実は彼には昔からジェラシーを感じている。
同じラグビー部とはいっても彼は天下のW大ラグビー部で一本目(要は一軍のこと)だった選手だ。
全国から選手が集まり、7~8本目くらいまでチームがあるところでトップだった男だ。
かたやこちらはラグビー2流大学(それでも3流ではないのだ!)。
はっきりいって格が違う。

ちなみに3年の時、彼のいるW大学と一度だけ試合をしてもらった(「もらった」というところがいじらしいだろう)。
お互い1本目同士のガチンコの試合だ。
気合が入ったが、結果は0-114の記録的大敗。
生涯唯一の「有料試合」だった。

そんな彼と一緒にプレーするのは誇らしかった。
しかし、一方で一生懸命背伸びしていた。
何せポジションは違うとはいえ、彼は一流プレーヤーたちと試合をしてきたのだ。
仲間も一流だった。
そんな彼の「仲間」から比べれば、私は見劣りするはずだ。
だから、見劣りしないように必死だった。
テクニックでは劣っても、ハートでは負けないつもりだった・・・

そんなあの頃、一生懸命彼と肩を並べようとしていた。
顎を上げて胸を張っていた。
今はどうだろう。
彼と再会した時に、彼の変わらぬエネルギーに、いつの間にか背中を丸めていた自分を感じた。
目の前の日常生活の諸々に、いつの間にかうな垂れていたのではないか。
そんな風に感じた。

いつのまにか心のどこかで「もう若くないから」というセリフが飛び交っていたようだ。
まだまだ笛は鳴っていない。
膝に手をついて、下を向いてゼイゼイ言っている場合ではない。
顔を上げて、目の前の敵をなぎ倒してゴールに向わないといけない。
例え彼を抜く事はできなくても、常に横に並んでいられるようしたい、あの頃のように。

わずか5分程度の短い会話のあと、再び握手して分かれた。
力強い握手だった。
今度会った時にはもっと力強い握手をしたいな。
そんな事を思わせられる彼との刺激的な再会だった。

家に帰ってさっそく腕立て伏せを始めた・・・


【本日の読書】
「リーダー・パワー」ジョセフ・S・ナイ(終)
「重力ピエロ」伊坂幸太郎
    
    

2009年9月10日木曜日

味覚の秋

日中外に出てもめっきり日差しに力強さがなくなってきた。
多少汗ばむ事はあったとしても、朝晩は涼しいし、季節は完全に秋だ。
そういえばこの夏はよく蝉を見かけた。
今日も電信柱に止まって泣いているのを見かけた。
季節は秋になってしまったのに、出遅れて焦って鳴いているのだろうか、などと想像してしまった。

毎朝食べる幸水もそろそろ豊水へと変わる頃であろうか。
我が国では豊水は幸水の次に生産量が多いそうである。
幸水ほどではないが、同じ梨だから豊水もそれなりに好きである。
すっかりと味覚の秋、食欲の秋である。

果物ばかりではない。この時期食卓にサンマが出ると思わず幸せな気分になる。そんな私は大のサンマ好き。相変わらず庶民の味覚代表である。サンマはやっぱり塩焼きが一番である。大根おろしを加えて醤油をかけて、ご飯とともに食べるサンマの味は、もう何とも表現のしようがない。日本人で良かったとつくづく思う。

そんなサンマでも結構当たりはずれがあると聞く。
だがいつもサンマを見るとパブロフの犬の如く喜んでいるからか(たぶん尻尾があったら振っていると思う)、はずれたという記憶があんまりない。
いろいろと見分け方を聞いたりするが、自分で買うわけではないのであまり興味はない。
そうか、いつもおいしそうなものを選んでもらっているのか。
そう思うと色気よりも食い気の奥様には感謝しないといけない。

ちなみにサンマの尻尾を持って頭を下にして持った時にピンと立つ方が鮮度が高いらしい。
秋の刀と言われる所以であろうか。
この秋何匹食べられるだろうか。

そういえば昨日ビートルズのオリジナルアルバムのリマスター版が発売された。
いまだ熱狂的に買い求める人が多いようである。
いくつか買おうかなと思っている。
この秋も季節を存分に楽しみたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「リーダー・パワー」ジョセフ・S・ナイ
「重力ピエロ」伊坂幸太郎
    

2009年9月8日火曜日

クラブ活動

同僚のご子息は来年高校進学を控えた受験生。この夏は一生懸命勉強するのかと思いきや、遊んでいるようなところばかりが目に付いたと同僚氏はぼやいていた。受かる前に早くも何のクラブをやるかなんて話をしているらしい。気楽な第三者的な立場からすれば、余裕の証拠にも思えるし、不安な時期に前向きでいいじゃないかと思う。受験は大変だが、高校生活は楽しいだろうからこれからの人は羨ましくもある。

さて入学後のクラブ活動といえば私も思い出す。
運動部に入ろうとは思っていたが、あれかこれかで悩んだものである。
筆頭は以前も書いた通り野球。
続いて中学で部活動に参加していたバスケット。
単純に足が速かったから陸上。
比較的得意だったから水泳。

どれもいいのだが、どれもネックがあった。
野球は坊主頭。
バスケットは身長。
陸上は何より単調だし、水泳は夏は良いけど冬はね、といった具合だ。

バスケットについてはけっこう悩んだ。ジャンプ力には当時から自信があった。たぶん学年でもベスト5には入っていたと思う(根拠はまったくない)。ただバスケットは高さが命だ。同じジャンプ力でも身長差があれば負けてしまう。174cmはバスケットにはちょっと小さい。

競争するなら同じラインから始めたいと思った。中学ではバスケットは2年から始めたので、レギュラーにはなれなかった。素人にとって1年の差は大きいのだ。身長差はタイミングと更なるジャンプ力でカバーすればいいじゃないかという考え方もある。だが、初めから身長差というハンディを負ってその差に追いつく努力よりも、同じスタートラインから始めて引き離す努力の方がいい。

結局、野球もバスケットも陸上や水泳も、どれもが決定打に欠け、どれにも決めかねていた。そしてそんな時、新入生を対象としたクラブ紹介があったのである。見ると顔見知りの先輩が壇上に上って話し始めた。
「みなさん、ラグビーは紳士のスポーツって知っていますか?」
あんまりみんながやりそうもないし、面白いかもしれない。新しい世界の扉の前に立った瞬間であった。

さて同僚氏の子息をはじめとして、来年新しく学校へ入る人達はどんな選択をするのだろうか。いいなぁ、と思うようになってしまった私である・・・


【本日の読書】
「世界は感情で動く」マッテオ・モッテルリーニ
「聖女の救済」東野圭吾(終)

    

2009年9月5日土曜日

文化の違い

ランチタイムの社員食堂。
食べ終わると各自で食器を片付ける。
決められた場所には並ぶ順路が床に表示されていて、みんなきちんと並んで片付ける。
同僚がぽつりと呟く、「日本人はきちんと並びますよね・・・」。

かつて中国に赴任していたその同僚が語ってくれた中国人の姿は、現地ならではで興味深かった。中国人はまずきちんと列に並ばないそうである。マクドナルドなんかでも我も我もと押しかけ、受け付ける方も声のでかい人から注文を聞くらしい。私なんか、なかなか注文できそうもない。

かつてどこかのデパートが現地スタッフの忠告を無視して、トイレを誰でも使えるように開放したところ、あっという間に近所の人達が殺到し、トイレは故障しトイレットペーパーは根こそぎ持っていかれたという話を聞いたことがある。同僚に話したところ、「そんなのは当たり前」と語尾を強めた。彼も中国赴任中はトイレにバナナの皮を流され、もともと作りが悪いこともあって故障して大変だったと語ってくれた。それは女子トイレの話である。

ボーナス時には必ずひと騒動。みんなで比べあうから、必ず「何で私が○○より△元少ないのだ!」と半狂乱になって詰め寄られるらしい。隣の席の者が忙しくて髪の毛を振り乱して仕事していても、暇な隣人は自分の仕事ではないからと言って手伝おうともしない。朝からにんにく臭をたぎらせている。「かぁ~っ、ぺっ!」と勢いよく痰を吐く。
みんな女性の話である。

会社でシャワーに行く習慣のある中国では、仕事が終わったあとにすればいいものをわざわざランチタイムに行く。湯上りで髪も濡れたまますっぴんで窓口に平気で座る・・・

文化の違いと言えばそれまでなのだろうが、我々日本人にはなかなか受け入れにくいところがある。道端でまたを広げて座り込んでいる女子高生など実は可愛いものなのかもしれない。しかし、中国通のその同僚に言わせれば、仕方がないのだという。何せ13億という人口(しかも戸籍がない人達もかなりいるから実際には14~15億人と囁かれているらしい)。人が多すぎて、他人を押しよけないと生きていけないのだと言う。

確かにそうなのかもしれない。自分たちの尺度で相手を図る事は適切ではないのだろう。我々自身、中国に生まれていたら間違いなくそんな一人になっていたはずである。今はアメリカと並んでG2と言われるようになった中国。富裕層は日本人よりも多いらしい。そんな中国でも庶民レベルではまだまだ日本が憧れの社会だとの話も聞く。

我々の社会は、いろいろと批判されてはいてもまだまだ幸せな社会である。この国に生まれた幸福をもっと味わってもいいのではないかと思う。もちろん、更なる幸せを求める事は悪い事ではない。だが「もっともっと」と言う前に、足元をもう少し見つめてみる必要があると思う。少なくとも世をはかなんで自殺しなければならないほどではない。年間30,000人を越える自殺者の人達には見えない幸福に、もっとみんなが気付くべきだと思うのである・・・


【本日の読書】
「聖女の救済」 東野圭吾

     

2009年9月2日水曜日

究極の果物

 
秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 
  風の音にぞ 驚かれぬる
****************************************
 何だか9月に入ったらすっかりと秋の空気だ。これからまだ残暑はあるのだろうが、今年は今ひとつパンチ力のない夏であった。来年はもっと暑くなってもらって、そして夏休みには海外なんぞに行きたいと思う。

 まだ秋といってもそれはそれでピンと来ないところはあるのだが、唯一秋を感じる時がある。それは「幸水」を食べる時だ。子供の頃、一番好きな果物はと問われると、迷う間もなく「スイカ!」と答えていた。実際、大好きで夏は何よりスイカを食べるのが楽しみであった。「カブト虫にあげるため」と言いながらスイカを食べては、カブト虫が食べるところが残らないくらい食べつくして親に呆れられた事もあった。今でももちろんスイカは好きであるが、いつの間にかその不動の地位を「幸水」に譲っている。

 「幸水」とは梨の事であることは言わずもがななのであるが、同じ梨でもいろいろあって、その中でも他でもない、「幸水」なのである。毎朝これを食べているが、本当に至福の一時である。つくづく、自分は何て庶民なんだろうと実感してしまう。

 梨は古来から「百果の宗」と呼ばれ、「大小便を利し、熱を去り、渇を止め、痰を開き、酒毒を解す」とされ、漢方薬などにも広く利用されてきた果実である。また、有機酸やビタミン、ミネラル類などをバランスよく含んでいるため、夏バテ時の食欲増進や疲労回復にも効果があると言われている。つまり体に良いのである。尚、「梨尻柿頭」とのことわざは、梨は軸と反対の尻の部分が味が良く、皮の近くが最も甘くなっているという意味であるが、「どこを食べてもうまい」というのが私の意見である。

 フルーツ狩りによく行く我が家であるが、残念ながら梨狩りには行かない。何故なら食べ放題と言っても梨の場合はすぐに限界が来るからだ。だから「いちご」「さくらんぼ」「桃」「ふどう」「みかん」と続くフルーツ狩りシリーズに梨が入る事はない。残念だが致し方ない。

 「幸水」はやがて「豊水」へと変わる。その寂寥感といったらたまらない。「究極のメニュー」のデザートには是非とも「幸水」を加えたいと思っている。一日一日と経つごとに「幸水」の季節は終わり行く。毎朝のそのささやかな至福の一時を焦らず楽しみたいものである。

 「幸水」が終わる頃には「味覚の秋」も本格化。その他の味覚を今年も存分に楽しみたいものである・・・


【本日の読書】
「世界は感情で動く」マッテオ・モッテルリーニ
「聖女の救済」東野圭吾

     

2009年8月31日月曜日

選挙雑感

 昨日の衆議院議員選挙は事前の予想通り民主党の圧勝で終わった。いや、正確に言うなれば「自民党の大敗」なのだろう。有権者のほとんどがこれ以上自民党に政権は預けられないと考え、そこに政権を担う事のできる唯一の政党として民主党があった。二者択一の中で一方に×がついたから、必然的にもう一方に○がついた、それだけの事だ。

 私自身は小選挙区ではいつも票を入れている自民党議員に一票、比例代表ではいつもの民主党ではなく、その他の小政党に入れた。今回は自民党に入れるわけにはいかないと思ったが、いつも票を入れている人はなかなか頑張っているから、自民党というよりもその人個人に対して投票した、というのが正直なところだ。

 民主党に対してはこれまでずっと票を入れてきた。それは政権交代可能な政党になってほしいと思っていたからで、民主党支持というわけではない。今回は私なんぞが応援しなくても良さそうだったから、その他にしたのだ。たかだか小さな一票であるが、自分の票だけにあれこれ考えて有効に使ったつもりだ。応援していた議員さんは小選挙区では次点となり、比例代表で復活した。複雑な心境であるが、まあ良しとしよう。

 それにしてもこの大逆風下、大物議員も次々落選していったが、それでも小選挙区を制した自民党議員は本当に強い支持基盤をもっていると思う。政党名ではなく、「個人名」で勝っているわけであるから、その意味は大きい。こういう逆風下でこそ、本当の強さが現れると思う。それに引きかえ、今回「民主党だから」という理由だけで当選したような議員は、風向きが変われば真っ先に吹っ飛ぶだろう。

 政党政治とは言われるものの、その前に一人一人が小選挙区できっちりと「個人名」で勝ち上がれる政治家であるべきだと思う。私が「個人名」で選んだ議員さんも今回は残念であったが、もっと実績を積んで「個人名」で勝てるようになっていただきたいものである。そして地元のためではなく、東京のためでもなく、この国の為に頑張ってほしいと思う。

 それにしても投票日に何の混乱もなくきっちりと開票作業を終え、翌朝の朝刊に結果が載る我が国の選挙システムも、実は凄いと思う。海外ではイランやアフガニスタンをはじめとして不正選挙で混乱が生じているが、そんな心配は微塵もない。アメリカだってブッシュ再選の時は混乱して、結果が判明するのに何日もかかった。あまり取り上げられる事はないが、これだけ正確かつ迅速に民意が反映できるシステムは凄いと思う。

 投票率も69%台と報じられていたが、「最低70%」という私の考えに、あとちょっとのところまできた。みんなが感心を持てばそれだけ政治家も緊張する。だめだと言う前に、自分自身の責任を果たす事が必要だ。「たった一票で何が変わる」という意見もあるかもしれないが、その一票は確実かつ正確にカウントされる。我が国はそういう国なのであるから、「一票の務め」を果たすべきであろう。

 さて、これからどうなるのであろうか。
民主党のお手並み拝見といったところである・・・


【本日の読書】
「世界は感情で動く」マッテオ・モッテルリーニ
「ゴールデンスランバー」伊坂幸太郎 (終)

        

2009年8月29日土曜日

宝くじは買えば当たるのか

 海の向こうでは200億円の宝くじが当たったと話題になった。1~3億円で騒いでいる我が国とはスケールが違うと思わされる。そんな話をランチタイムの時に同僚とした。
「200億どころか1億だって当たらない。今年もサマージャンボ当たらなかったなぁ・・・」とぼやく同僚。そして私にサマージャンボは買いましたかと訊ねてきた。

私はといえば、以前もご紹介したが、もともとくじ運が悪い
別にそれを悲観しているわけではないが、それもあって宝くじは買わない主義である。
そんな私だから宝くじとなると勢い、会話は次のようになる。

「いや、僕は買わない主義だから」
「えっ、何でですか?」
「当たらないからさ」
「どうしてですか、買わないと当たらないじゃないですか!」
「買っても当たらないもん」
買わなかったら当たるわけないじゃないですか!」

そう確かに買わないと当たらない。
しかし、では買えば当たるのか?
それを考えるとしたら、やはりあれこれ感覚でモノを言うよりきっちり確率で考えるのが順当だろう。

宝くじの当たる確率は、正確なところはわからないが、ざっくりと推定するとだいたい1/10,000,000くらいらしい。1/10,000,000といってもピンとはこない。サイコロを振ってある目が出る確率は1/6。2回続けて同じ目が出る確率は1/6×1/6=1/36。同様に3回だと1/216。こうしていくと9回目で1/10,077,696となる。つまり、サイコロを振って9回続けて同じ目が出る確率と一緒ということになる。

ただでさえくじ運の悪い私にとって、9回続けて同じ目が出るなどという事はまずありえない。やっぱり「当たらない」と言い切っても大丈夫みたいである。

いや、夢を買うんだよという説はある。しばしの間、「当たったら何を買おう」という幸せな夢を見る事ができるではないか、と。夢を見られる人は良いだろう。たかだか3,000円である。パチンコやギャンブルに夢を求めるよりも健全だし遥かにいい。そのくらいの夢をくだらないと笑うほど私も醒めているわけではない。ただ、私はもともと素直な性格だから、夢を見る楽しさよりも実現しなかった時の落胆の方が大きいタチである。だから自分には合わないのである。

一方我が家の奥様は毎回律儀に夢を買っている。そうして律儀に私に夢を分けてくれる。毎回欠かさず買っている妻の口癖は、「当たったら100万円あげるわ」である(たった100万円と思うかもしれないが、妻を知っている人は100万円も、と絶句するかもしれない・・・)私は自分では絶対買わないのに、こう言われると期待だけはしてしまう。そして「買い損なった」などと言われれば、ついつい自分から「会社帰りに買ってきてあげるよ」などと言ってしまうのだ。妻は目立つところに宝くじを置いて、子供にも当たるように拝ませているが、残念ながらいつも願いは聞き届けられない・・・
私もこの程度の夢のおすそ分けならがっかりしなくても済む。

銀座の有名な宝くじ売り場。1番(だったかな)の窓口だけ長蛇の列で、お隣の窓口は閑古鳥。同じブースで出所は一緒だ。冷静に考えれば同じブースだから1番窓口だろうと2番窓口だろうと買う窓口によって当たりはずれには何の関係もない。それにどこで買おうと1枚当たりの当選確率は同じである。なのに1番窓口に列をなす人々・・・滑稽な行列を見てはいつも楽しませてもらっている。

宝くじを買う人のことをとやかく言うつもりはまったくないが、私自身はこれからも宝くじを買うつもりはない。負けるとわかった勝負はしないタチだし、負けるとわかっていても勝負しなければならない時があるとは思うが、宝くじはそんな勝負ではないと思っている。そのエネルギーと3,000円とは他に生かしたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「交渉術」佐藤優
「ゴールデンスランバー」伊坂幸太郎
    
    

2009年8月26日水曜日

自民党の選挙戦略

 さていよいよ衆議院選挙が今週末に迫ってきた。
やっぱり勢いは民主党にあるようだし、政権交代も現実味を帯びてきた。
ただ民主党政権が誕生しても手放しでは喜べないだろう。
ここにきて、支持と同じくらいいろいろと批判も出てきている。

 もともと元自民党や旧社会党の残党の寄せ集めだし、ここにきてその勢いに田中真紀子さんまで便乗してしまったし、小沢さんも過去の立派な発言をひっくり返しているし、何よりも日教組と組んでいるのがもっともいただけない・・・そもそも民主党が力をつけてきた、というよりは自民党が自滅したといった方が正しい状況が寂しいところだ。民主党に喜んで政権を担ってほしいとは思えないが、自民党に続けてもらう方がもっと問題だ。
だから今回は政権交代も仕方ないだろうと思う。民主党も一度政権を担って失敗して、そのあと本物の二大政党の一角になれるかが、焦点だと思う。

 さて負け戦の感のある自民党であるが、自民党としてはもはやじたばたせずに負け方を研究すべきであろう。私だったら、たぶん民主党政権もいずれ自滅するだろうから、なるべくダメージの少ない負け方を研究するだろう。比例代表のメンバーなんかは次の政権担当を見据えて若手のホープを並べたらどうかとも思う。

 それと今ネットで展開している民主党へのネガティブキャンペーンは傑作だ。もともと日本人は清々堂々を旨とする民族だから、ネガティブキャンペーンなどはどうも好ましくないと捕らえがちだ。ただこのネットCMはユーモアがあって露骨さがないのがいい。これならばご愛嬌で受け入れられるし、そもそもよく考えたなと感心する。

 YouTubeで「プロポーズ編」と「ラーメン編」と題して民主党を批判しているが、うまく民主党の欠点を捉えてユーモラスに作っている。民主党の場当たり的な人気取りマニュフェストの問題点がよくわかるし、見た人はいずれ民主党政権がボロを出した時にこれを思い出して、「ああやっぱりな」と思うだろう。今度の選挙ではなく、次の選挙を見据えているとしたら作った人は大した戦略家だと思う。

 選挙に大敗して自民党は崩壊するのではないか、という意見の人もいるが、次の次に満を持して「やっぱり自民党でなければダメだ」と再登場できるかが、自民党にとって大事な事だと思う。目先の事に囚われずに選挙を乗り越えられるか、ちょっと興味深い。

 さて、いよいよ投票日は今度の日曜日。また子供を連れて行きたいと考えているが、ガードをどう潜るか、個人的にはそれにチャレンジしてみたいと思う・・・


これがとっても面白い
【自民党ネットCM プロポーズ篇】

【自民党CM ラーメン篇】


【本日の読書】
「交渉術」佐藤優
「ゴールデンスランバー」伊坂幸太郎

2009年8月24日月曜日

熱闘甲子園の大きな声では言えない思い出


    
夏の風物詩とも言える全国高校野球。
毎年たくさんのドラマが生まれ、印象深いものも多い。
その中でも、1979年8月16日に行われた和歌山県代表・和歌山県立箕島高等学校対石川県代表・星稜高等学校の試合は球史に残る名勝負と言われている。
延長18回、3時間50分の試合。

延長戦で2回点を取られた箕島が、その裏の攻撃で2回とも2アウトからホームランで同点にし、最後18回裏にサヨナラ勝ちした試合である。
当時の視聴率も凄かったらしい。
この試合は実は私も観ていたが、別の意味でも熱狂して観ていた。
なのでとても思い出深い試合なのである。

この年の夏、私はいつものように長野県の御代田に遊びに行っていたのであるが、甲子園大会の前日、集まった親戚間で優勝校を当てる賭けをすることになった。
一人1校100円で3校まで。
中学生であった私には、優勝候補がどこだとか、大会ナンバーワンの選手は誰だとか、そういう事前の情報など皆無で、ただただ出場校の名前を眺めて、ビビッときた高校を選んだのだった。
私の選んだ高校は箕島と池田とあと一つは忘れてしまった。

忘れてしまった一つは早々に敗退したが、箕島と池田は残った。
そして箕島高校の冒頭の名勝負である。
その日は軽井沢のレイクニュータウンに遊びに行き、みんなでボートに乗ったりしていた。
(このレイクニュータウン、当時は賑やかだったが2年前に行った時は残念ながら寂れていた)
夕方試合が始まり、息詰まる投手戦をラジオで聞いていた。
そして帰ってさっそく結果を見ようとしたら、驚いた事に試合はまだ続いていた。
延長戦に突入したのである。

そこからの応援。
なにせ100円がかかっているわけである。
力も入ろうというもの。
そして延長戦で点を取られ、ダメかと思ったところで奇跡の同点ホームラン。
それも2回も、である。
最後は勝つべくして勝った。
歴史に残る名勝負などとは思わなかったが、自分には何か目に見えない何かがついているように感じた。

その試合に勝って勢いづいた。
ベスト8が出揃ったところで、親戚連中はもう一度賭けをやり直そうという事になった。
みんなその時までに、はずれてしまい面白くなくなっていたのだ。
一人2校がベスト8に残っていた私を除いて・・・

そしていよいよ迎えた決勝戦。
対戦するのは箕島対池田。
どっちが買っても勝利するのは私。
笑いが止まらなかった。

この時、私には何となく自分には未来を予想できる力があるような気がしていた。
事実、名前を見ていてビビっときたのである。
今でもその力はあるのだろうかとふと思う。
今度試してみようか。

甲子園と聞くといまでも思い出すエピソードである・・・


【本日の読書】
「交渉術」佐藤 優
「ゴールデンスランバー」伊坂 幸太郎

      

2009年8月22日土曜日

高校野球について思うこと

 夏の甲子園大会も佳境に入ってきた。
「野球は第2のスポーツ」と常々思っているが(第1はラグビーである)、プロ野球は観るものの、高校野球はあまり観ない。技術力という点でプロよりも見劣りするのは致し方ないとは言え、やっぱり限られた時間で観るとしたらプロとなるのである。

 小学校から中学卒業まで町内野球に親しんだ私は、高校入学の時に当然の事ながら野球をやるという事が頭にあった。それまでは軟式だったから、本格的に硬式で野球をやりたいという気持ちがあり、「野球部」はなんといっても入部希望の筆頭であった。だが、どうしても一つだけ踏ん切りがつかない事があった。
それは「坊主頭」である。

 高校野球といえば「坊主頭」。誰もそういうものだと思って疑問の声を聞くこともない。「日の丸」や「君が代」にいちゃもんをつける日教組も、旧日本軍さながらの全員坊主頭の野球部には文句はないらしい。だが、私にはどうしてもそれが馴染めなかったのだ。野球部のクラブ紹介でも「入部したら当然坊主」と説明があった。いろいろ迷ったが、どうしてもその違和感に馴染めずに入部を諦めたのだった。

 別に坊主にする事が恥ずかしくて嫌だったわけではない。それが証拠に、後に大学に入った後(一晩だけであるが)、モヒカン刈りにした事がある。次の日にすぐ丸坊主にしたが、普通の人はなかなかやれないだろうと密かに自負している。だからもしも坊主にしなければならないのだったら、引退してからにしようかと思ったくらいだ。だがそんな考えが通じるはずもなかったので、一人身を引いたのだ。

 嫌だったのは坊主頭そのものよりも、そういう「考え方」だ。疑問に思うことも許されず、一律坊主にすることによって個性を奪われる。あとは歯車としてチームのためにプレーするだけだ。「考える事は許されない無個性の世界」、そんなイメージがしたのだ。

 例えばよく教えられた話がある。ある時、監督からバントのサインが出されていたが、その選手は無視してホームランを打ってしまった。その選手はベンチに帰って来ても褒められるどころか怒られた、というものである。結果よりも監督の指示に従うという事が重視されるのだ。当時はそれを当然だと思っていたし、みんな目を輝かせて頷いていた。

 でもそもそもホームランとバント、どっちが「チームにとって良い」のだろうか。それは考えるまでもない。だとすると「チームのため」を考えたら、監督の指示は間違っていた事になる。大事なのは「チームのため」なのか「監督の指示」なのか?答えられるだろうか?

 ちなみに私が監督だったら、選手たちにはこう指導する。
「監督の指示は絶対だ、でも自信があったら破ってもいい、結果が出れば認める、そのかわり失敗したら3倍罰を与える」と。
そうして選手たちに考えさせてプレーさせるのだ。そんな中で、もしも監督のサインに従わない選手がいたとしたら、(失敗すれば当然3倍ペナルティだ)そういう「気概」をもった選手には目をかけるだろう。「無難に」指示に従うだけの選手よりも大成すると思うのだ。

 「チームプレーは個人プレーの蓄積」である。チームの歯車になるだけではだめなのだ。個性重視と言いながら、「不祥事があれば即出場辞退」という高野連の体質といい、没個性的な世界を感じてしまうのだ。

 結局、そう感じたのは私が「へそまがり」だったからに他ならない。そんな「へそまがり」がいいのか悪いのか。でもだからラグビーという新しい世界に向ったのだし、それが大正解だったわけだから判断は難しい。それでも野球は面白いし、楽しいスポーツである事には変わりない。長男にはまず野球をやらせたいと思う。

 何といっても高校野球はプロへの登竜門。将来のプロ野球の発展のためにも、高校野球も引き続き夏の風物詩としてあり続けてもらいたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「交渉術」佐藤優

     

2009年8月20日木曜日

明日に向って走れ

世界陸上でジャマイカのウサイン・ボルトが9秒58という驚異的な世界記録で優勝した。
我々の世代だとカール・ルイスの記憶が強く残っているが、当時びっくりした彼の9秒86という世界記録も今では歴代10位なのだという。
今回の世界陸上に全盛期の彼が出場しても3位にも入れなかったのだから驚きだ。
いくら「記録は破られるためにある」ものとはいえ、どこまで伸びていくのであろう。

私も足の速さにおいてはちょっとしたものであった。
小学校の頃からリレーの選手だったし、それからも走る事にかけては自信があった。
高校時代でもたぶん、学年でベスト5くらいには入っていたのではないかと心密かに思っている。

中でもお気に入りはリレーだった。
それもアンカーがお好みだった。
そしていつも思っていたものだ、「どうか2~3番目くらいでバトンを渡してほしい」と。
1番ではダメなのだ。
そのまま1番でゴールしても手柄は前の走者のものだ。
2~3番目でバトンを受け取って1番の走者を抜くのがいいのだ。
(もっともそう都合のよい機会に恵まれた経験はあまり記憶に残っていない)

同じ走るにしても長距離は苦手だった。
ただ黙々と走るのはあんまり好きではなかった。
高校の時に嫌々ながら走った10キロ走では50何位だったと記憶している。
途中でショートカットできないかとキョロキョロしてみたが、さすがにそこは読まれていて、ズルできない仕組みになっていた。
最近走る事が一部でブームになっていて、よく「ランナーズハイ」の恍惚感を語られる事もあるが、私には馬耳東風だ。

ラグビーでも足の速さはそれなりに有利に働いた。
だが、ラグビーでは正面を向いてひたすらまっすぐ走るという機会は、一つの試合にそれほどあるものでもない。
たいがいが、短いスタートダッシュの繰り返しで、走るにしても相手の動きを絶えず見てそれにあわせて動くのが主だ。
何よりスピードよりもぶつかり合いの方を好んだので、勢い全力疾走などという機会も少なかった。

それにしてもボルトの瞬間最高速度は秒速12.4秒だという。
誰の背中を見ることもなくただ早く走る9秒56の世界とはどんな世界なのだろうか。
そこは選ばれし者のみが到達できる神の領域なのだろうか。

今4歳の長男は、よく「よーいドン」のかけっこを喜んでやっている。
今から楽しみながらやらせていれば、自然と足も速くなるのではないかと思っている。
足が速いと子供の時代は楽しいものである。
少なくとも母親のように運動会の前の日に必死で雨乞いする事はないだろう。

「神の領域」とはいかなくても、楽しい世界がある事は間違いがない。
親としてその楽しみに導いてやりたいと思うのである・・・



【本日の読書】
「最後のパレード」中村克
「ジェネラル・ルージュの凱旋(下)」海堂尊
「戦略ファイナンス」高田直芳

    
   

2009年8月18日火曜日

先輩H2

一度GWに岩手県に住んでいたH先輩を訪ねた事がある。
すでに私は銀行に就職し、ごく普通の生活を始めていた。
H先輩は空家の元教員住宅を借りての晴耕雨読の生活を送っていた。
コンクリートの上ではない、まさに地に足をつけた生活である。
そんな生活は憧れはするが、とても真似できない。

話を聞いて、慣れない農機具を使い、例え米粒一つであろうとそれを作るのがどんなに大変かがよくわかった。部屋の隅にH先輩の作った米粒が落ちているのを見つけ、そっと袋に戻した。小さい頃よく親に「お百姓さんに怒られる」と言われたものであるが、H先輩の働く姿はどんな言葉よりも説得力があった。

その時の事であるが、近所の集まりで、自家製のしいたけを食べさせてもらった。
取りたてのをあぶって醤油をかけただけのものである。
しいたけなんて、と思っていたらあまりにもうまそうに先輩が食べるものだから、口に入れてみた。
これが最高にうまい。

凡そ子供はと言えば野菜嫌いが多い。
そしてそれは実は当たり前の事だと気がついた。
これだけうまければ都会の子供たちはみんなしいたけが好きになるに違いない。
セロリやニンジンだって推して知るべし、である。

しかしやっぱり農業だけでは食べていけないらしく、塾の講師などもやっているようだから現実は厳しいのだろう。やがて結婚されたが、奥様と二人で東南アジアを放浪して帰って来てから結婚式という具合だった。世の女性はすべからく「ちゃんと就職して安定している人がいい」と言うのかと思っていたら、そういう女性もいるものなのだと感心した。

ちなみにH先輩はルックスで女性を惹きつけるタイプではない。
もしもそうであれば、一番弟子を自称していた私も少しは恩恵に預かれたはずだ。
学生時代はとにかくH先輩について行ってもその先に女っ気を期待する事はできなかった。
よって奥様もタダモノではないと感じたのである。

今でも仙台近郊で農業をやっている。
家族で作物を育て、都会の人をホームステイさせたり、体験農業をやったりと精力的だ。
「私は都会人だから田舎の暮らしなんて合わないわ、将来田舎に行くなら一人で行ってね」と公言するどこかの奥様と比べるとつくづく羨ましいと思ってしまう。

今はブログという便利なものがあるから、H先輩の生活振りもよくわかる。
都会のセカセカした生活にふと疲れる時があって、そんな時は田舎で暮らす先輩がうらやましく思われる事がある。だが、どんなに夢想しても現実的に自分がそんな生活を送るのは不可能だし、いまさらやろうとも思わない。自分には今の生活スタイルが一番合っているし、逆に都会でないとできない事もあるからだ。

自分には自分なりの今のスタイルが合っていると思うし、たぶんこれからもそれを続けて行く。ただやっぱりH先輩の生き方は、地を這うようなタックルと正確なスローイングが真似できなかったように、真似できるものではない。せめて先輩からみて恥ずかしくない生き方だけはしたいと思う。そしてやっぱりいろいろな本を読んで、たまには会って文学談義をしたいものである。その時に恥をかかないように頑張っていたいと思うのである・・・

     
【本日の読書】
「教えることの復権」大村はま
「ジェネラル・ルージュの凱旋(下)」海堂尊

     

2009年8月16日日曜日

先輩H

   この道を行けば どうなるものか 危ぶむなかれ 
   危ぶめば道はなし
   踏み出せば その一足が道となり その一足が道となる
   迷わず行けよ 行けば分かるさ
                              一休 宗純
********************************************************************************
H先輩と出会ったのは、最初の大学受験に失敗した時の事であった。
小学校時代からの友人と一緒に合格発表を見に行き、合格を喜ぶその友人が入学の書類をもらうのに付き合って校内をうろついていたら、H先輩に声をかけられたのだ。
ラグビージャージを着たH先輩に、「俺の後輩になれよ」と言われたのが悔しい思いと共に印象に残ったのである。

1年後にリベンジを果たしてラグビー部の門を叩いたが、怪我で休部中のH先輩と再会したのは、それからさらに半年以上後の、確か年末の頃だった。2つ上のH先輩とは同じポジションでもあり、また甲子園出場経験者という異色のキャリア、文学好き、そして人柄とが相俟ってすぐに親しみを感じたのである。女の話かラグビーの話が圧倒的な話題を占めるラグビー部で、静かに本を読むH先輩に同類の匂いを嗅ぎ取ったのだと思う。

もともと哲学には興味があったが、それでもニーチェやキルケゴールなどを読み始めたのはH先輩の影響だ。後に奥様になる人に「どうしてすぐに就職しなかったのか」と問われて、先輩は「本を読むためさ」と答えてフッと笑ったと言う。
フッと笑ったのかニヤケタのかはともかく、「本を読むため」というのは事実だと思う。
「H先輩がどんな本を読んでいるのか」は今でも常に私の感心事だ。

そんなH先輩は、卒業したあと企業に就職する事なく、やがて東北で農業を始めた。サラリーマンの息子であったH先輩に農家のコネなどあるはずもなく、役所に手紙を書いて乗り込んで行くという有り様であった。「この道を行けばどうなるものか」まったくわからない道を、すべてをかけて進む姿は私にはとうてい真似できない。その姿勢を学生時代に合コンで発揮していたら、かなり楽しい学生生活を送れたに違いない。

他の先輩達はみな一流企業に就職していった。当時は今と違って売り手市場だったし、「体育会ラグビー部」の看板を掲げていれば、いくらでもそれなりの企業に楽に就職できたのだ。H先輩はそんな楽な道を選ばずフリーターとなった。我が大学から司法試験などの理由を別として、そういう進路に進むのは極めて珍しい事である。

そんなH先輩の事をもう少し語ってみたい・・・


【本日の読書】
「戦略ファイナンス」高田直芳

    

       

2009年8月15日土曜日

8月15日

 本日は終戦記念日。毎年行われている全国戦没者追悼式の様子がテレビに映し出されていた。「先の大戦」といっても、もう64年も前。心なしか「終戦ムード」も毎年色褪せてきているような気がする。

 こういう事はきちんと受け継いでいかなければならないとは思うものの、自分たちが肝心の語り継ぐ世代となりつつある今、実体験がないだけに何となくインパクトにかけるような気がしてしまう。子供たちがもう少し大きくなった時にどんな話ができるのだろうか、とふと考えてしまうのである。

 それはさておき、追悼式では麻生首相の言葉をちょっと聞いた。「大戦の反省」とはよく言われているが、口先だけでない本当の反省というものが果たしてできているのだろうか。世の中の風潮からするとどうもそうは思えない。「反省」と口にしていれば間違いはない、と思ってやっているような気がするのである。

 物事には原因があって結果がある。結果を反省する事はもちろんであるが、では「どうしてそうなったか」という原因分析はまったくできていない。すべてを巨悪の塊「日本軍」の責任にしておしまいである。歴史の教科書をみても事実の羅列に終わり、「どうしてそうなったのか」という視点がかけている。トヨタの改善運動ではないが、「なぜ」を5回繰り返せば歴史だって真実が見えてくる。
「鎖国で平和を満喫していた日本人が、なぜわざわざ大陸に侵略などして行ったのか?」
そこから始めるといいのではないだろうか。

 開国以来、「先進国」に追いつけ追い越せを旗印に頑張っていた明治日本。坂の上の雲を目指していた日本軍がどこでどう道を間違え、フォースのダークサイドに堕ちて行ったのか、きちんと教えてはくれない。そもそも開国から大戦までが、現代日本ではもっとも重要な歴史なのに授業ではそこまでいかずに終わる。弥生時代の土器の話をするなら、明治維新から大戦までの歴史をもっとやるべきだと常々思っているが、学校はそうは考えないらしい。

 明治維新以来、日本のたどった道を(色眼鏡で見ることなく)正確に学べば、おそらく今世間で認識されているのとは違う歴史が見えてくると思う。そうした原因分析を飛ばして、ただ結果論だけで「反省」しておけば済むとするのは、真に責任ある態度とは言えない。
 歴史好きな人間としてはとても歯がゆいと思うのである・・・


【本日の読書】
なし
    
  

2009年8月14日金曜日

風邪が気合で治るわけ~実践編~

さて、前回風邪が気合で治るわけを解説した。
これから「風邪は気合で治す」と言った時、白い目で見られる事が少なくなるのではないかと期待している。私の場合、その効果は絶大である。

今回は具体的な方法を語ってみたいと思う。
まず初めに、風邪はひき始めが肝心である。
これは世間でも言われている通りである。
「かかったかな」と思ったら「即気合!」。
コンタック600などの出る幕ではない。

気合という言い方がひょっとしたら誤解を招く元なのかもしれないが、要は体の内部への意識を通じた働きかけである(よけい怪しいか・・・)。
人間の脳にはまだ理解されていないが、使うことのできる能力がある。車の運転みたいなものだ。次の日の朝いつもより数時間早起きして遊びに行く時の事を考えてみればいい。目覚ましの鳴る前に目が覚めたり、いつもは何度も鳴っては止めるを繰り返す目覚ましにも一発で起きる事があるだろう。我が家の長女もディズニーランドに行く時は、学校へ行く時よりも目覚めはいいし、起きた後の行動も迅速だ。

そんな脳ミソに病原体をやっつけるイメージを送り、ラグビーの試合前に円陣を組んでみんなで叫ぶ時のように気合を体に入れるのである。そうして布団に入れば、潜在意識が体に備わっている防衛機能により強く働きかけて、体に侵入した病原体を退治するのである。眉唾に聞こえるかもしれないが、医学的にも「プラシーボ効果」というのが科学的に認められている。気合=プラシーボ効果と説明すれば納得してもらえるのかもしれない。

ちなみにこうした気合が効くのは風邪であって、インフルエンザはこの限りではない。
なぜならインフルエンザはウィルスが原因であって、そのウィルスに対しては(もちろん気合も効果はあるだろうが)タミフルなどのある種のワクチンが最も効果的だからだ。
繰り返すが風邪の特効薬はいまだに存在しないわけなので、矛盾はないのである。

私が医者に行く時は、「もしかしたらインフルエンザかもしれない」と思う時か、仕事の都合などでどうしても症状を抑えたい時などだ。だから前者では、風邪とわかれば薬はもらわずに帰ってくるし、後者の場合はその症状の薬だけもらって帰ってくる。しかも3日分もらっても必要がなくなれば、その時点で残りは捨ててしまう。

風邪をひいたらとにかく医者とばかりに医者に行く、そうやって医者を妄信するのは間違いだ。
機械的に医者に行って、もらった薬をもらった分だけ何にも疑わずに真面目にきちんと飲む。
そういうスタンスは、実は戒めるべきものなのだ。

自分の体とよく相談し、医者には必要な処置のためだけに手をかしてもらう。
そうした自立した意識こそが真に自分の体の為になる。
そう信じてやまない私である・・・


【本日の読書】
「教えることの復権」大村はま
「ジェネラル・ルージュの凱旋(下)」海堂尊

     

2009年8月13日木曜日

風邪が気合で治るわけ

風邪をひいた時、私は「気合で治す」事にしている。
こう言うと顔をしかめられる事が結構ある。
私は医者嫌いでもなく、薬嫌いでもない。
それが風邪を治す一番効果的な方法なのである。
正確に言えばこれに「適度な睡眠」がセットになる。

今日も同僚と議論をした。
「風邪をひいたらすぐに医者に行く」と彼は言う。
だが、考えてみてほしい。
医者に行く、症状を答える、そうすると医者は大抵薬を出してくれる。
だが、それは「風邪薬」ではない。

頭が痛いと言えば頭痛止め、咳が出ると言えば咳止め、熱があれば熱ざまし、吐き気があれば吐き気を抑える薬・・・
みんな症状を抑える薬だ。
風邪に対しては現在のところこうした「対症療法」しかできないのである。
あとは布団に入って大人しく寝ているようにと言われる。
風邪の症状が抑えられている間に、体の持っている自然治癒力で風邪を治すのである。

つまり、「風邪は薬で治るわけではない」のである。

これが現代医療である。

私の場合はといえば、症状にはすべて目を瞑り、気合を入れて寝る。
気合を入れる事によって、潜在能力に働きかけ、意識下で体の防衛本能を呼び起こし、自然治癒力を高めるわけである。
最初はどうあれ肝心な部分では治療方法は一緒である。
単に「心頭滅却すれば火もまた涼し」といった精神論を振りかざしているわけではないのである。

また、風邪の諸症状は体の防衛本能の現れである。
咳によって異物を排出し、病原体に対する免疫反応によって発熱するのである。
解熱剤はこの免疫力を弱める事によって熱を下げているのである。
つまり「病原体の敵=味方」をやっつけているわけである。
医者は体の防衛力を弱める薬を山のように出し、おまけに「全部飲むと胃が弱る」からと胃薬まで出すのである。
馬鹿にするにも程がある。

医者は沢山薬を出せば診療報酬が増える。
「お大事に」と言いながら「毎度あり」と言っているのである。
それをありがたがっているのだから始末が悪い。

まあ、どうしても辛くて症状を抑えたいというような理由からであれば、それは一つの解決策だ。
それを否定するつもりはない。
だが、大概早く風邪を治したい私としては、体に薬というよけいな負担をかける事なく、体のもっている防衛力を高めるべく、「気」を送ってからそれらが働きやすいように寝るのだ。
それが私なりに実践で培ってきた極めて合理的な治療方法なのである。

ちなみにラグビーをやっていた私は、現役の時には怪我とはお友達だった。
そして整形外科にはちょくちょく通っていた。
怪我は医者に行くのが一番早く治る。
常に合理的に体のことを考えて最善の策を取るのが、私のポリシーなのである。


【今日の読書】
「教えることの復権」 大村はま
「ジェネラル・ルージュの凱旋(上)」海堂尊
     
      

2009年8月11日火曜日

夏は夜

今朝静岡で震度6の地震があったという。
東京も明け方揺れたのだと会社に着いた時に同僚から聞いた。
言われてみれば地震の夢を見たと思い出した。
ちょうど揺れている時に見たのだろうか?
そうだとしたら、人間の脳の夢を見るメカニズムは面白いものだと思う。

それほど深く寝入っていたわけであるが、今年の夏はいわゆる熱帯夜が少なくて、よく寝られるのもその原因かもしれない。
夏の夜、私は寝る時にエアコンは使わない派だ。
窓を開けて寝るのだ。もう昔からそうなのである。
エアコンをかけて寝ると起きた時にどことなく体調が悪くなるのだ。

寝る時にエアコンを入れて、タイマーで止まるようにセットするのもだめなのだ。
途中で暑くなって窓を開けたり、再びエアコンをセットしたりとするのは嫌なのだ。
だからよっぽど暑い時は、エアコンを入れて部屋を冷やしておいて、寝る時になったら窓を開けて寝る。開け放した窓からわずかに入ってくる夜風が微妙に心地良くて好きである。

妻などは窓を開けて寝る事には抵抗があるようだ。
やっぱり無用心だと考えるようである。
そこは男と女の違いなのかもしれない。
まあ今の日本は治安もいいし、やっぱりそれが一番寝やすいので当面はこのスタイルを維持したいものである。

お盆のこの時期、子供の頃は長野県の御代田にある従兄弟の家に遊びに行っていた。
なにせ日本の代表的な避暑地の一つ、軽井沢の近くだけあって東京よりも涼しい。
学校の夏休みも20日頃までだし、日中はともかく朝晩はひんやりと涼しくなる。
ゆえに従兄弟の家にはエアコンがない。
寝苦しい夜とも無縁であった。
暑苦しい時は妙に懐かしく思い出したりするが、今年はそんな事もない。

サラリーマンとしては大変助かる夏なのであるが、夏は暑く、冬は寒いのが四季のいいところ。
景気にも農作物にもきっとよくない。
「熱帯夜よ、来い」とはあまり言いたくはないが、もう少し夏らしくあってもいいと思う。
御代田に行ってた頃は、秋の気配に見送られて東京に帰ってくると、まだ夏休みは10日も残っていたし、残暑が手荒く出迎えてくれたものだ。
汗だくになって東京って暑いなとつくづく思ったが、それでこそ夏である。
夏はやっぱり夏らしくあってほしいと思うのである・・・



【今日の読書】
『水木サンの幸福論』水木しげる
『ジェネラル・ルージュの凱旋(上)』海堂尊
     
     

2009年8月8日土曜日

世襲議員

 各党のマニュフェストも出揃い、そろそろ選挙のムードも出てきそうである。
民主党などまるでもうすでに与党になったかのごとく、批判を浴びている。
今回ばかりは自民党も失政のあとだけに、一回退場もやむを得ないかもしれない。
といって民主党に期待しているかというと、手放しでは支持できないところがあるからジレンマだ。
(何といっても日教組と絡んでいるし・・・)

ところで今回は世襲議員が批判の的となっている。
世襲議員の定義は「親子に渡る議員で地盤もそのまま受け継いだ議員」を言うらしく、代々立派な議員である民主党の鳩山さんは父親と地盤が違うから「世襲」ではないらしい。

そもそも正直に言って何で世襲が問題なのかわからない。
なぜなら世襲とはいっても政治家はみんな選挙という関門を潜り抜けている。お隣のお国とは違うのである。いくら親議員が子供を同じ政治家にしたくて地盤を受け継がせたとしても、選挙で票が集まらなければそれまでだ。

組織票だって立派な票だ。親父さんの後援会が丸抱えで当選させたとしても、それが票という形で大勢の人の支持を得たのであれば、まったく問題はない。それが問題であるというのであれば、世襲か否かの前に選挙に出ている宗教団体こそ糾弾されるべきである。だから何が問題なのだかよくわからない。

「すべてお膳立てされて楽々当選したため、苦労知らず。」
「裕福な家庭で育って、苦労もせず政治家になったから庶民感覚に乏しい。」
そんな個人的な資質を批判する声もあるが、すべての責任はそんな政治家を選んだ国民にあるとしか言いようがない。投票率が低いから組織票のある政治家が強いという意見もあるが、それも同様だ。

そもそも我が国は歴史的にいって親の仕事を継ぐのが当たり前のカルチャーがあった。現代ではサラリーマンが多数派を占めるためそういった風潮は廃れたが、それでも家で商売をやっているところでは、子供たちは「親の仕事を継がないのか?」と当たり前のように聞かれるはずだ。政治家だって同じだ。

例えば医者の親父が子供を医者にさせようと、大枚叩いて子供を医大に行かせるのはよく聞く話だ。そして出来の悪いバカ息子が歯医者にしかなれない例も・・・
金を積んで無理やり医者に仕立て上げるよりも、選挙という関門があるだけ政治家の方がはるかにマシだ。議論を履き違えているのではないだろうか。

『警官の血』という佐々木譲の小説がある。親子三代にわたる警官の物語だ。その中で、息子が警官となった父親は仲間に一目置かれるのだというような内容があった。「息子の育て方を間違えなかったから」である。子供は父親の背中を見て育つ。その後を歩いて行きたいと思えば自ら同じ道を選ぶはず。もしも、純粋に親父のように国民に仕えたいと思って政治家を志す息子がいたら、「世襲だから」という理由でその道を閉ざすのはいかがなものか?(もっとも本当にそんな親父や息子がいるかどうかはわからないが・・・)

私はサラリーマンだから、子供たちが跡を継ぎたいと思っても無理な話だ。でもやっぱり背中で語りたいものはある。生きる姿勢、働く姿勢、社会に向けた姿勢。そんなものを背中で語れる親父でありたいと心から思う。そうしたものをできるのなら「世襲」してもらいたいと思うのである・・・

     

2009年8月6日木曜日

夏の日雑感2009

    
この夏はどうも例年のようなパワーがない。
照り付ける日差しに目を細める事がずっと少ない。
7月にとったせっかくの夏休みも、夏の日差しにはあまりお目にかかれなかった。
それでもプールでは子供たちと楽しく遊べた。

小学校3年生の長女はいつのまにか25メートルを楽に泳ぐようになっていたし、ママと競争して勝つまでになっていた。さすがにスピードではパパの足元にも及ばないが、それでも25メートルプールを往復したあと、すぐに「もう一回」と言われ、思わず「ちょっと待て」と肩で息しながら答えてしまった。いずれスピードで抜かれる日も近いのかもしれない。

家の周りでは比較的緑が多いせいか蝉がやかましく鳴いている。
最近蝉の種類を覚えた4歳の長男は「あれはミンミン蝉か、あれは何蝉か?」と興味深々。
しかし鳴き声はするが木に止まっているところが見えないのが残念。
そう思っていたら、近所の家の壁にとまって鳴いているやつを見つけ感動していた。
図鑑の中ではなく、目の前のやつはやっぱり説得力が違う。
この程度の自然ともいえない自然ではあるが、考えてみればこれも自然なのだろう。

家の近所を散歩するとトウモロコシ畑がある。
練馬区は23番目にできた区だけあって、まだまだこういう畑も多いような気がする。
日本では関東のトウモロコシが今まさに旬。
トウモロコシは小麦・米と並んで「世界三大穀物」の一つであるが、実は我が国は世界最大の輸入国であり、輸入量の9割をアメリカに依存しているという。
そして、国内で消費される75%は家畜の飼料用らしい。
そんな現実は目の前のトウモロコシ畑とはマッチしない。
あれがトウモロコシだよと子供たちに教えてあげるも、買うのはスーパーだ。

近所の白子川ではカモの親子が憩い、鯉が泳ぎ、亀が甲羅干しをしている。
そんな風景を大事に守ろうと近所の人達は時々清掃作業をしているが、いつも空き缶やビニールゴミが浮いていたりする。たぶん捨てるのは子供か若者かと想像していたが、なんといい年したおじいさんが空き缶をポイ捨てしているところを見つけてしまった。あとで注意すれば良かったと後悔しているが、防ぐ手立ては意識変革しかないのであろう。

この地域に住んで13年。次第に愛着も湧いてきている。
考えてみれば実家で暮らしたのは、(近所間での引越はあるものの)就職するまでの23年間。
あと10年も暮らせば人生で最も多くを過ごした地域になるわけである。
子供たちの「ふるさと」でもあるわけだし、地域に密着してこれからも暮らしていきたいものである。

立秋も過ぎて早や残暑お見舞いの時期となった。
夏も後半戦だ。
いろいろと悩める日々であるが、明るい未来を信じて気持ちだけは沈まぬ太陽でいたいと思うのである・・・

     
    

2009年8月3日月曜日

花火大会

   
 その昔、長野県の御代田に一人で遊びに行っていた頃、よく町内の花火大会に連れて行ってもらっていた。グラウンドの土手に横になって見上げた夜空に飛び散る打ち上げ花火は、夏の恒例行事であり、いい思い出になっている。

 さて昨日、板橋区の花火大会に行ってきた。直線距離だと我が家からそう遠くもなく、「ホタル見学」に行ったところからもすぐ先という位置なのである(実は電車とかバスで行こうとすると大変なのである)。昨年どんなものかと家族で見に行き、そこそこの水準にあると判断し、今年は満を持して有料チケット(@2,500円)を購入して見に行った次第である。

 実はこの花火大会、目玉としてナイアガラの滝というものがある。全長500メートルにわたってのそれはさぞかし壮観だろうと期待して、有料席のチケットを取ったわけである。打ち上げ花火と違って、ナイアガラの滝は空高く上がるわけではなく、したがって無料の見学席からだと遠目にしか見られないのである。

 巣鴨から乗り込んだ三田線はすでに満員。意外と浴衣のカップルが目に付く。女性の浴衣姿はわかるものの、最近では男もけっこう着るらしい。かっこいいなと思わせられるイケメンもいれば、演歌歌手かという雰囲気の男もいてなかなか楽しめる。女性も素敵な子もいれば、ガードレールに寄りかかってタバコを吸っていたりする子もいる。さすがにそんな姿は興醒めだ。浴衣が泣いている。

 50万人と言われる人出は壮観だ。ようやく席にたどり着いたのは始まる直前。ナイアガラの滝の端っこなのにちょっとがっかりする。しかしながら始まったら打ち上げ花火のその迫力には感激。途中で首が疲れたほど、ほとんど目の前で花火が上がる。大きく開くタイプは遠く飛ばすためか音も大きい。腹に響いてくる破裂音が子供たちにとっても驚きであったようである。

 全部で94種類であったが、単発のスターマインや単打などよりも連発モノがやはり迫力だ。冒頭で650発、中盤で850発、エンディングで1,015発とあった連発モノは、夜空が明るくなるほどで、観客席からも大きな歓声が上がった。夏の風物詩である花火もこれだけ目の前で楽しめると満足度も高い。ただ曇りに風とあって少々肌寒く、おまけに風の影響でナイアガラの滝は煙幕の中に姿を消してしまった。先週の夏休みといい、今年は天気にやられた感がある。

 家族には好評であり、来年また見に行く予定である。3度目の正直に期待したいところだ。
 「そういえばよく家族で花火大会に行ったよね」
将来子供たちがそんな思い出話を語ってくれるようになればと思うのである・・・
   
     
(本当はこんな光景が見られるはずだった・・・)

2009年8月1日土曜日

パズル

私は昔からパズル好きである。
ジグソーパズルやクロスワード、最近では絵クロスや数独などがお気に入りだ。パズルをやっている時間はあれこれ深く思い煩う事も忘れて集中できるのがいい。最近はネットでいろいろと検索できるので、わざわざ買いに行かなくてもいいという手軽さもある。

その昔独身の頃は1,000ピースくらいのジグソーパズルを買ってきて、夜な夜な枕元で寝る前の一時をパズルで楽しんだ事がある。しかし一つの問題は、「完成すると邪魔になる」ということである。最近妻がやっぱり1,000ピースのパズルを子供が寝た後にやっているが、これは極小サイズというものらしい。完成した大きさも昔私がやっていたものに比べるとはるかに小さい。

もっとも今は私はネット派だ。
よくやっているのがこれだ。

Click to Mix and Solve

いつも154ピースで楽しんでいる。
ネットだと好きなものを選べるのは当然として、終われば次に移れるし、完成したパズルを昔のように部屋でもてあます事もないのが大きい。それに何より無料だし・・・

ジグソーパズルは完成品を見ずにやるのがミソだ。
見れば簡単にできるが、見なければ手間取るので、その分楽しめる。
完成させる事自体よりも完成させるまでのプロセスを楽しむのなら、完成品を見ないでやるのが一番良い。

一方半年前に買い換えた携帯には数独が入っていた。
何気なく始めたが、これもなかなか面白い。
あれこれと数字を想定し、推理するのはいい頭の体操だ。
携帯だから、外出時のちょっとした空き時間に楽しめる。
(最もそのちょっとした空き時間にやめられなくなるのがネックなのだが・・・)

推理する楽しさを味わえるパズル各種。
これからも密かな楽しみであり続ける事は間違いないと思うのである・・・






2009年7月30日木曜日

ワールドカップ

   きのうの朝刊にビッグニュースが載っていた。なんとダブリンで開催された国際ラグビーボード(IRB)理事会において、2019年(平成31年)ラグビーワールドカップの開催地が日本に決定したとのこと。まあ日本の経済力からすれば不思議ではないのだろうが、それでも日本も世界のラグビー界で存在感を増してきた証と言えるだろう。

 とはいえ問題は実力だ。日本はIRBのランキングでは世界14位に位置している。95ヵ国中だからけっこう健闘しているのだ。ラグビーは何といっても体格がモノを言う。でかい外人相手に小さい東洋人はやっぱり不利だ。それでも「柔よく剛を制す」のお国柄、何とかかんとか頑張ってはいる。しかし、上位の壁は厚い。

 もうちょっと頑張れば、たぶん11位までは夢ではない。しかし、ベスト10となるとかなり難しい。これからどのくらい実力をあげられるのだろう。実はいまでも日本代表メンバーの中には外国人がかなり入っている。そうした助っ人がいないと苦しいのだが、そればかりに頼るわけにもいかない。やっぱり日本人選手を養成しないといけない。

 しかしながら少子化の影響でラグビー人口は減少している。我が母校の大学も人数的にはかなり厳しい。昔は50人近い部員がいたから、チームを二つに分けてそれぞれ試合に行く事も可能だった。今は30人ちょっとだから無理な話である(頭数からいけば15人×2チームできるが、補欠やポジションの重なり等によって2チームは困難なのだ)。我々OBの寄付で立派な人工芝グラウンドができたところだが、そんな恵まれた環境なのに誠に嘆かわしい。

 これからどうしたら競技人口が増えるだろうか。野球とサッカーを向こうにまわしては少々分が悪い。高校生の東京都大会の参加チームを見てみると、単独で1チーム作れなくて、何校かで合同チームを作って参加しているところが目に付く。普段はたぶん、満足に練習もできていないはずだ。それでも火を絶やさずにラグビーを続けている若者達にはエールを送りたい気分だ。

 日本で開催決定といってもまだ10年も先の話だ。その頃にはどんな状況になっているのだろう。合同チームの数は益々増えているのだろうか。ワールドカップは是非生で観戦したいと思っている。その時に日本中で話題になっていたらいいと思うのだが、どうだろう。自分でプレーはできないが、その盛り上がりの一助となるような何かができたらいいなと思うのである・・・

    

2009年7月28日火曜日

食育

我々がある人間を憎む場合、
我々は彼の姿を借りて
我々の内部にある何者かを憎んでいるのである。
                    ヘルマン・ヘッセ
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夏休み中でもあり、家族で旅行に行った。今年は少々経済状況も悪く、近場でのレジャーだ。見知らぬ土地で他人と多く接すると、どうしても考え方とか習慣の違いとかが目に付くようになる。他人は他人であり、あまり意識はしないようにしようとは思うのだが、堪えきれぬ部分はブログに綴る事にする。

夏のレジャーは何といってもプールだ。プールに入ると4歳の長男は頻繁にトイレに行く。自分が同じ年頃の頃は「真面目に」トイレに行ったかなぁと考えると、長男は「真面目」だ。そうして出てくる時はトイレのサンダルを揃えて出てくるようにさせている。しかし、トロトロとサンダルを揃えている長男の横を大人がサンダルを脱ぎ散らかして出て行く。何も感じないのだろうか・・・

唖然としたのは夕食時だ。我が家はバイキング好きだ。子供たちに注意している事は、「食べられる分だけ取りなさい」という事。バイキングは好きなものを好きなだけ食べられる。逆に言えば残さないで食べられるという事である。

我が家の隣のテーブルに座った一家。最初から視線を惹き付けられた。とにかくテーブルにお皿を山のように並べている。食べているお母さんも、体型はと言えば「蹲踞(そんきょ)」が似合いそうな体型だ。うっかりハグなぞしようものなら、横から見たら「がっぷり四つ」に組んでいるように見られる事必至だ。食欲も横綱級なのだろうなと見ていた。

さてそんな家族が帰ったあとのテーブルを見ると、山のようなお皿のそれぞれに食べ残しがあれこれと・・・取るだけ取って食べるだけ食べて、あとはいらない、そんな食べ方だったのだろうと思わせられた。子供なら勢い余って取り過ぎたという事もあるかもしれない。だが大人自らがそういう事を、たぶん意識もしていないのだろうが、やっているのを見るのはあまりいい気がしない。

日本には「もったいない」という文化がある(ハズ)。経済大国になって食べるものや着るものやその他諸々の事に不自由しなくなったのは確かだが、だからといってモノを粗末にしていいというものではないと思っている。特に食べ物についてはそう思う。

アメリカに行くととにかくそのスケールには圧倒される。レストランでも「こんなに食えるか」というくらい大盛りで出てくる。ロスに初めて行った時、夜食用に軽く「おつまみ」程度に頼んだシーザーサラダが山盛りで出てきて、夫婦で目をシロクロさせて食べた記憶がある。アメリカに肥満人が多いのも当然だ。

ステーキを頼んだ時も、出されたステーキをみて「全部食べられるだろうか」と焦った。
ふと見ると隣の白髪の老夫婦も同じものを頼んでいた。あんな爺さんでも食べるのか、と感心していたら何の事はない、しっかりと残していた。「残せばいい」という価値観は、飢えをしらない歴史と無関係ではないのだろうが、私には理解不能だ。

自分たちの価値観こそが正しいとは言わないが、食べ物に関してはいまだに地球上では餓死者が存在するだけに、もう少し意識変革が必要なのではないだろうか。
世の中を変える第一歩はまず我が家から。
そう思って子供たちに対する「食育」はしっかりやっていきたいと思うのである・・・
    
    

2009年7月25日土曜日

最近の男子

男の第3の価値は「言葉」であり、
第2の価値は「行動」であり、
第1の価値は何より「生きる姿勢」である
里中満智子
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 家族で三井アウトレットパークに行った時のこと(ちょうどコストコの会員更新手続きもあり、それも兼ねて行ったのである)。アウトレットと言っても、パパも子供たちも今回は特に何があるというわけでもない。買い物よりはどこで遊ぶかに関心がある子供たちはレゴの店を選び、パパはそのお供である。そんな家族を尻目にママはのんびりと一人でお買い物。こういうところで貢献度を高めておかないといけないので、文句を言っている場合ではない。
 
 さて、帰りの車中のこと。ご満悦の(ハズの)妻が「最近の男子はどうなんやろう」と語り始めた。曰く、下着売り場に行ったらカップルが二組ほどいたらしい。もちろん、一緒に選んでいたと言う。その彼氏であるが、ただその場に付き合っていただけではなく、彼女が「どうこれ?」とやるとあれこれ意見を言っていたらしい。とっても微笑ましい光景ではないかと個人的には思うのだが、どうも妻にとってはそうではないらしい。

 店の中に入るのはもとより、「早く行ってこいよ」と言って外で待つのが妻の「男子たるもの」の基準らしい。ましてや、「どうこれ?」何てやられても、「何でもいいから早くしろよ」というべきだとの事。意外と古風なんだなと思う反面、世間一般ではどうなんだろうとふと思う。

 学生時代の事、ラグビー部の仲間とゲームをした。罰ゲームは女性の下着専門店に入り、5分間中で過ごして出てくること(もちろん一人でだ)というものをやった。ひびった奴もいたが、私はこういうのは受けて立つ(そして見事負けちゃったりする)。受けた以上は男子たるもの逃げるのはもってのほか。堂々と入っていった。

 しかし、さすがに黙って店内をうろうろするのに耐え切れず、店員さんに話しかけた。
「実は彼女にプレゼントをしたくて・・・」と。
いろいろと説明を受け、商品を見せてもらい10分くらいは滞在した。サイズを聞かれ、「まだ教えてもらっていない」と答えたところ、それでは下だけにした方が無難というアドバイスまでもらった。規定の5分の2倍の滞在時間、しかも店員さんとお話までして堂々と罰ゲームをクリアしてみせた。
今ではどうっていう事はないと思うが、当時はかなり度胸のいる事だったのである(事実、ビビッて勝負しなかった奴もいたし・・・)。

 妻にもそんな感覚があるのだろうか?
でもやっぱり一緒に選んでと言われれば、堂々と行って件の若者たちと同じように振舞うと思う。
周りを気にするよりもむしろ、「別に見せるモンでもないし、穿きやすいのにしたら」という内心を悟られない方に緊張すると思うのだ・・・
男の沽券はそんなところで発揮すべきものではないと内心思う。

 そんなことよりトイレでせっせとオメカシしている男の方こそ気になってしまう。
家でやるならまだしも、外出先のトイレで何やら取り出し、あれこれ見る角度を変えてはせっせとやる姿はどうにも気になってしまう。デートの途中でトイレに長く入っていたら、それこそ勘違いされないかと心配になってしまう。もっと中味で勝負しろよ、と後から小突きたくなるのだ。

 古風なのかどうなのか、これがジェネレーション・ギャップというものなのだろうか。
などと思いを馳せた出来事なのである・・・
     
 
    
    

2009年7月22日水曜日

桃狩りにて

 我が家では味覚狩りは季節ごとの重要な行事である。春先のイチゴ狩り、初夏のさくらんぼ狩りに続いて、今年第3弾として桃狩りに行ってきた。行く場所はここ数年決まっていて、山梨県にあるイチフル農園というところ。一度行って満足したので、それ以来今回が3回目である。

 こういったフルーツ狩りの楽しさは、食べる事それ自体もそうであるが、何といっても「木からもぐ」という行為そのものにもある。子供たちにとってみれば、桃はいつもスーパーで箱に入って売っているものであり、食後のデザートにママがむいて切って出してくれるもの、である。それが目の前の木に成っているわけであるから、新鮮なのである。

 4歳の長男は梯子に登る事に楽しさを覚えたようである。普段とは違う遊びに熱中するのはどこの子供も一緒だろう。一人では怖くて登れないくせには、登りたくて仕方がない、そんなところが面白い。

 よくよく観察すると、桃の一つ一つに紙のカバーがかけられている。たぶん何かからの保護であると思うが、何せ膨大な桃の実である。その作業の労力たるや大変だろうと思う。もちろんそれなりの料金はとっているが、そうした作業は手作業である事を考えると、農業というものはやっぱり手のかかるものであると思わざるを得ない。諺通りであるならば、発芽から結実まで桃や栗は3年、柿は8年かかるわけである。

 桃はその昔、多くの実がなることから豊穣の象徴とされ、古くから魔よけや不老不死の仙果として重宝されていたそうである。という事は、一般庶民だと食べたくても食べられないものだったのだろう。戦後の日本ではバナナが高級品だったという話を聞いた事があるが、世が世なら我々庶民がこうして家族でもいで好きなだけ食べるなどという行為は、夢のまた夢であったのかもしれない。

 桃と言えば「桃源郷」。中国の漁師が迷い込んだ桃の花が咲き乱れる仙境(俗界を離れた清浄な土地)に由来する「桃源郷」は、もう一度行こうとして探しても、どこにも見つからない「どこにもない場所」を指す。そんな「桃源郷」は、貴重品であった桃に対する憧れなのかもしれない。

 山梨県はすぐお隣だし、渋滞が日常化している中央道とはいえ我が家から3時間程度で行けるところである。桃源郷とはほど遠いものの、農家の人はみなさん人が良く、のんびりとリラックスできる上にお腹一杯桃を食べられるのは幸せだ。子供ならずとも大人も毎年行くのを楽しみにしている。

 満足したあとは山の中腹のフルーツ公園へ移動。そこから甲府盆地を見渡す事ができる。武田信玄も同じ光景を見たのかもしれないなと考えたりする。子供たちの歓声を聞きながら、当時からすれば現代社会は過去の人が夢見た桃源郷と言えるのだろうかと考えてみた。そうだと言える部分と言えない部分がある。現代社会は問題はあるとは言え、過去から比べると幸せな社会だと言えるだろう。それでもやっぱり桃源郷とは言い難い部分が多い気がする。

 まだまだ理想に向って進歩していかなければならない、という事なのだろうと思うのである・・・

      

2009年7月20日月曜日

ホタル

 東京では野生のホタルにはお目にかかれない。もっとも23区外では、ところどころ見られるところもあるらしいと聞く。私は子供の頃、長野県にある祖父の家を訪ねた際、一度だけ野生のホタルを見た経験がある。祖父の家から歩いて数分の小川のほとりで、小さな光が浮かび上がっては消え、揺れるように飛ぶホタルを生まれて初めて見たのである。たぶん、小学校低学年の頃だったと思うが、その時の記憶は今でも強烈に残っている。それ以来、野生のホタルにはお目にかかっていない。

 高島平にあるホタル飼育施設が、この時期飼育しているホタルを夜間に一般公開している。東京12チャンネルの「出没!アド街ック天国」という番組で放送されていたのを、昨年偶然見つけ、「近くだし行って見るか」と昨年初めて家族で見に行ったのだ。繊細な生き物であるせいか、見学時間も一瞬であった。「立ち止まらないで」と言われ、さっと見学しただけであった。それでも子供たちにとってはいい経験だったみたいなので、今年も再度行ってきた。

 並んで整理券をもらわないといけないほどで、地元ではそれなりに知名度のあるイベントのようである。飼育ハウスに入ると、ほとんど明かりのない中で無数のホタル(ヘイケボタル)が飛び交っている。たいがいの人は入った瞬間に歓声を上げる。かすかに明るいハウス内で、かなりの数のホタルが飛び交う様は幻想的である。

 中では人工の川が流れている。ひんやりとした室内にしっとりとした水の香が漂う。あちこちでホタルが光る。あるものは飛び、あるものは止まったまま。私が子供の頃見たのは自然のままのホタルであったが、数でいけばここの方が圧倒的に多い。自分の子供の頃の体験が今も強烈に残っている以上、子供たちにとってもここで見たホタルはずっと後々までも印象に残るかもしれないと思うが、たぶんそれは間違いないだろう。

 身の回りにホタルが自然とたくさんいた時代はどうだったのだろう。あんまり物珍しくは思わなかったのだろうか。日々の暮らしが大変で、ホタルを愛でる余裕なんかなかったのだろうか。きれいな水辺にしか住まないというホタル。社会の発展はそんな水辺をホタルたちから奪っていった。

 こんな形でしかホタルに接する事のできない我々ははたして不幸なのか、幸福なのか。ホタルの儚い光は、現代の忙しい日常生活から、しばし異なる世界に誘ってくれる事だけは確かである・・・


    
     

2009年7月18日土曜日

お笑いタレントの戦略

最も強いものが生き残るのではなく、
 最も賢いものが生き延びるでもない。
  唯一生き延びるものは、変化できるものである
    ダーウィン
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 自分ひとりでは観る事はないが、家族が観ているとついつい観てしまうテレビ番組というものがある。そのひとつが土曜日にやっている「エンタの神様」というお笑い番組である。ここでは比較的芸歴の浅いお笑い芸人さんが多数登場し、毎回毎回お笑いを提供してくれる。子供たちが大好きでよく観ているため、観るとはなしに観る機会が多い。

 もう20年以上前であったが、漫才ブームなるものが世の中を席巻した。
あの時は様々な漫才師たちが登場し、あちらこちらのメディアを随分とにぎわせたものである。「エンタの神様」は、もちろん漫才もあるが、いろいろな芸人が漫才に限らず思い思いの芸を披露してくれる。

 けっこう面白いものも多いのであるが、ふと気がついた事がある。
それは「一発芸的なもので売り出している若手が目に付く」という事である。
面白い事は面白いのであるが、所詮「一発芸」である。
お笑いの世界で生きていこうとしたら、当然「一発芸」で生き残れるわけがない。
そういう事を意識して考えてやっているのだろうか、と疑問に思うのである。

 例えばヒライケンジという芸人。その名の通り「平井堅」の真似で売っている。しかし、「いつまでも平井堅でいいのか?」と問わずにはいられない。確かに面白いが、いずれ飽きる。
 物まねといえばその昔、コロッケのデビューは衝撃的であった。男だろうが女だろうが見事な物まねだった。そんなコロッケが今でも生き残っているのは、その物まねを進化させ続けてきたからだ。
「平井堅」だけでいつまで食えるのだ?

 子供たちは一発芸が大好きだ。「そんなの関係ねぇ~」とかよくやっていた。
面白いからいいとは思うが、今は誰もそんな事はやっていない。
その次のネタがあるのかどうか、芸能界に疎い私だからか聞えてこない。
妙な踊りや掛け声を売りにしている芸人たち。
一発芸としては面白いが、10年後、いや1年後にその踊りや掛け声でお客さんを笑わせられるのか?

 ビートたけしや島田紳助は、漫才から見事転進し今でもトップを維持している。島田紳助の『ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する―絶対に失敗しないビジネス経営哲学』を読むと、彼は実に考えに考えて自らの身を処している事がわかる。その場その場で行き当たりばったりで今の地位を築いたわけではないのである。そんな哲学ないし戦略が彼ら彼女らにあるのだろうか、と思ってしまうのである。

 お笑いの世界は実力オンリーの厳しい世界。安易な一発芸だけで目先のウケを狙った芸は線香花火のごとく消えていく。世の注目を取りあえず集めるのだというだけだと、次に出るのは「あの人は今」のコーナーだ。せっかく人生を賭けたチャレンジをするのだ。他人事ながらよく戦略を練り、哲学を持ってチャレンジすべきだ、と遠いところから思うのである・・・
                  
                      

2009年7月16日木曜日

やぶ入り

幸せな子を育てるのではなく、
どんな境遇に置かれても幸せになれる子を育てたい   
                   皇后陛下美智子
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本日7月16日は「地獄の釜の蓋も開く」といわれた日、「やぶ入り」である。
今は、「やぶ入り」といってもピンとこないが、お正月とお盆の16日ごろを指し、いわば昔の夏休みと冬休みといったものだったようである。

その昔、新嫁さんや奉公人は日頃の苦労の慰安のため一泊の休みを貰えた。
なので、この日が来るのを待ち焦がれていたという。
親元では里帰りした子をあたたかく迎え、子は食べて寝て、縦の物を横にもせず一泊し、また、帰りに親は沢山の土産物を持たせて帰らせたそうだ。
わが娘が婚家に帰って恥をかかないようにとの配慮からだったという。

奉公人は、丁稚、手代、番頭とたたき上げて何十年も働き、運が良ければのれん分けしてもらい、店が持てた。しかし、早ければ10歳に満たない幼子が奉公に出て、貧しさ故につらくとも帰ることも出来ず、日々の労働に耐えたという。貧しい家では子供はよけいな口であり、早く働きに出して養う口を減らす必要があったのである。

それは戦後の高度成長期に、「金の卵」ともてはやされた中卒者が集団就職で上京する形へと姿を変えた。私の父も16歳で働くために東京に出てきたという。最初に努めた町工場では、朝6時に起きて夜12時まで働いたそうである。今そんな事をさせたらとんでもない事になる。

今は大学に行けば、卒業する20代前半までろくに働かなくても、のほほんと暮らしていける。
働くといってもせいぜいがアルバイトで、嫌なら辞められるし、働くといっても丁稚や金の卵たちに比べれば遊んでいるようなものに違いない。自分自身振り返ってみても実に温かく庇護されていたと思う。社会人になればそれなりに大変であった事も確かだが、それでも半年にたった一泊のやぶ入りを楽しみにしていた昔の人達から比べれば天国だろう。

それが悪いとは思わない。むしろそうした社会の発展は喜ばしい事である。だがそれが当たり前になってしまうと、ありがたみというものは感じられなくなる。そしてそれこそが問題だ。そればかりか、さらには現状に不満を訴え、もっともっと楽しようとするのだ。知恵を働かせて、脳ミソに汗をかいて楽をする方法を考えるのなら悪くもないが、何もせずに楽する事ばかり考えるのは許されざる事だ。先代の苦労は子孫を遊んでだらけさせるためのものではなかったはずである。

自分自身もそうであるが、自分の子供を10歳から丁稚奉公に出さなくてもいい事はこの上なく幸せな事である。息子が高校生になった時に18時間も働かせなくてすむ事も同様である。そんな事を考えると、もうちょっと親孝行しないとバチがあたるだろうと思う。

「やぶ入り」という言葉もだんだんと死語になりつつある。
だがそれが意味する事は子供たちにもしっかりと伝えたいと思う。
「当然の事」が「当然でなかった」時代があったこと。
「当然の事」が「当然である」悦び。
しっかりと身に沁み込ませたいと思うのである・・・
    
    

2009年7月14日火曜日

7月14日に思う・・・

 7月14日になるといつも「ああフランス革命の日だな」と思わずにはいられない。
別にフランス革命に思い入れがあるわけではない。なんでそうなったかというと「ベルばら」の影響である。

 「ベルサイユのばら」の存在を知って、漫画を夢中になって読んだのは、たぶん中学生くらいの頃の事だったと思う。当時すでに「マンガ小僧」であった私は、こずかいであれこれといろいろなマンガを買い込んでいたものであるが、一方で少女マンガには目もくれていなかった。顔の半分もある目をキラキラさせて、愛だの恋だのとハートマークが飛び交うマンガには興味のかけらも持てなかったのである。

 そんな私が「ベルサイユのばら」に惹かれたのは、それが歴史上の史実をベースにしたものであったからだった。当時すでに歴史好きであったから、18世紀のヨーロッパを舞台にしていただけで興味をそそられたのである。史実の中に架空の登場人物をあてはめて活躍させるというやり方は、映画『タイタニック』でも使われたが、一つの手法として面白いと思う。そんなコミックにハマってしまい、熱心に読んだのである。

 ただ今からだと笑ってしまうのだが、当時の私には少女マンガを買う勇気がなく、かといって持っている友達もいないし(もちろん女の子の友達に「貸して」なんて言えるわけない)、現代のようにマンガ喫茶もない状況で、苦肉の策として選んだ手段が「立ち読み」であった。自転車でちょっと遠くの本屋へ行き(少女マンガを読んでいるところを友達に見られたくなかったのだ)、毎回1冊と決めて熱心に通って読破したのだ(本屋さんごめんなさい)。

 それはそれで満足したのだが、思わぬ効果をその後実感した。何とフランス革命についてはすっかり詳しくなってしまったのだ。それは受験でも威力を発揮。共通一次試験の選択科目は世界史であったが、フランス革命についてはあらためて勉強する必要などないくらい覚えてしまったのである。

 ハプスブルグ家(マリー・アントワネット)とブルボン家(ルイ16世)の政略結婚から始まり、1789年7月14日のバスティーユ牢獄の襲撃、三部会の召集からテニスコートの誓い、ナポレオンの登場まですっかり頭に入ってしまったのである。受験ではここの部分に本来割くべき労力を他に振り向けられた。極めて為になる「受験対策本」であったのである。

 後年、会社の同僚が「娘がマンガばっかり読んでいて勉強をしなくて困る」と嘆くのを聞いた。何気なく取り上げたというそのマンガのタイトルを聞いたら「ベルばら」が入っていた。その娘さんの趣味に感心しつつ、お父さんにその場で説教をした。自らの体験を語って聞かせ、マンガを一律目の敵にするのは間違っていると諭した。モノによっては親が買い与えてでも読ませるべきものがある、と。

 特に歴史の場合、教科書の文字を追うのはあまりにも無味乾燥過ぎるきらいがある。歴史は生きた人間の営みの結果であり、その一つ一つにドラマがある。1492年コロンブスはアメリカ大陸を発見したが、そこに至るスペイン・ポルトガルの関係等の時代背景、発見までの出来事などのドラマは深い味わいがある。「1492年コロンブス、アメリカ大陸を発見」とだけ暗記してもまったく意味はない。そんな歴史の深い味わいを「ベルばら」では体験できたのである。

 オスカルとアンドレのフィクションももちろん感動的であった(身分制というものを実感をもって理解できるという効果もある)。30年たってもしっかり覚えているから、その効果は絶大だ。一時期「マンガでわかる~」といった何でもかんでもマンガ化して簡単にわかりやすくしようとしたブームがあった。大人にとってはいかがなものかと反発してあまり見た記憶がないが、ある程度の年齢まではマンガも否定すべきものではない。むしろたくさん読んでもいいとさえ思う。

 マンガは間違いなく日本の代表的な文化である。そんな事を思わずにはいられない7月14日なのである・・・

     

2009年7月12日日曜日

都議会議員選挙

 都議会議員選挙に行ってきた。開票はまだ途中であるが、どうやら民主党が予想通り圧勝しそうである。まあこれまでの状況からするとそれも当然なのかもしれない。ただ、これが民主党が実力で勝ち取ったものであるならば、大いに期待もできるところであるが、自民党の体たらくで転がり込んできたものとしか言えないだけに、何とも言いようもない。

 「今日は選挙だ」と家族に宣言し、出かけるついでに投票所に寄った。ちょうど小学校3年の娘にも選挙なるものを教えようと投票所に連れて入った。ところが、中に入るとすぐに「子供は連れて入らないでくれ」とストップされてしまった。「小さな子供であれば仕方がないが、しっかりしている子はダメ」なのだと言う。どうにも釈然としない。候補者の名前のリストを見せて、投票用紙に名前を書いて、投票箱に入れるところまで一緒に見せたかったのに・・・

 納得のいく説明を求めようと思ったが、近くに止めた車の中では妻が交替するのを待っていたし、相手は所詮ボランティアで規則を守る事以外の判断力はないとみて、それ以上の追求はやめた。何でダメなのか?たぶん、役人が決めたくだらない理由だ。子供を連れて投票してはいけないような理由など思い浮かばない。

 そういえば候補者を縛るルールもくだらないものが多い。今やネット時代だというのに、「選挙期間中はブログの更新をしてはいけない」というのもそうだ。時代錯誤も甚だしい。大きな組織になると意思決定が遅くなる。これまでの古いルールを変えようと思ったらなかなか大変だ。役人はみんな優秀だから、そんな時代にあわないルールは問題だと個人個人はわかっているはずだ。だが、変えるという膨大なエネルギーを費やせないだけなのだろうと思う。

 そんなアホくさい気分にさらされた投票だったが、さて満足いく投票ができたかというとそうでもない。最大の原因は「候補者の顔が見えない」事だ。
選挙となると急に街頭や駅前に現れられても戸惑うばかりである。普段から顔と名前を売る努力をしている事が大切だと思うのだが、政治家の立場からするとどうなのであろう。

 あれこれ迷ったが、「新銀行東京を潰す」「オリンピックに反対している」というキーワードで選ぶ事にした。適当に鉛筆を転がして選ぶよりも、それなりの理由があった方が少しでもマシに思えたからだ。その結果は明日のお楽しみといえよう。

 自民党も都議会選で手痛い敗北を喫すれば尻に火がつくだろう。共産党や宗教政党に比べればはるかにマシなので、この敗北とおそらく衆院選の敗北が加われば自浄作用も働いてよくなるかもしれない。近いうちに自民党がダメージから復活し、民主党も敵失ではなく実力で政権を奪える力をつけ、互いにがっぷり組み合って烈しい選挙戦を展開するようになってもらいたいものである。

 くだらない公職選挙法も時代にあったものにリニューアルしてほしい。
いろいろと不満はあるものの、自分たちのリーダーを決めるという事については、例え芥子粒のような一票であったとしても、国民の一人としてきちんと自分の責任は果たしていきたい。
 その上で、政治については文句や不満ではなく、明るい理想を語りたいと思うのである・・・


       

2009年7月10日金曜日

妻に何が起こったのか

家の玄関に置かれた大きな箱。
宅配便で届いたまま何日間か放置されていたが、何だろうなと思っていた。妻の注文品ではあるが、いろいろと整理用のものを仕入れるのが好きなだけに、その類かと思っていた。
そしてそれがついに姿を現した。

何とそれは「レッグ・マジック」という名の健康器具であった。
「明日からダイエット」が口癖の我が妻。そういうものはたとえ気になっても買わない人種だと思っていただけに、かなりの衝撃を受けた。心の中の笑いを悟られないようにするのは結構大変だった。何か気に食わない事を言おうものなら、どこでどう弾が跳ね返ってくるかはわからない。ここは無関心を装うのが正解だ、というのが長年の結婚生活で身につけた危機回避のテクニックだ。

こういう器具をバカにするつもりはないが、私個人は絶対に買わない。
正直に言うと高校に入学した時に「ブルワーカー」というトレーニング器具を買った事がある。
ラグビーを始めたため、何か家でトレーニングができないかと思っていた時に見つけて買ったのだ。

こういう器具が効くかどうか、それを議論するのは愚の骨頂だ。
「効くか効かないか」ではない。
「やるかやらないか」だ。
それがすべてだ。

親父から受け継いだ「コツコツ派」の血が、この身には流れている。
ブルワーカーも毎日ずっとやっていた。元は取ったはずだ。
それでマッチョになるほどには至らなかったが、大学で本格的にトレーニングを始める前の肩慣らしにはなった。

果たして妻は、というと絶対コツコツ毎日やるタイプではない。
最初だけはある程度やるだろうけど、そのうち埃を被るか、雨の日の物干し代わりになるか・・・
大事なのは「やる意思」だ。それがあれば器具など不要だ。
畳一畳のスペースがあれば、腕立てでも腹筋でもスクワットでも何でもできる。
プロレスラーは、遠征先では狭いホテルの一室でタオル一本でトレーニングをするという。
必要なのは、ただただ実行力たる意思の力だけだ。

まあ「大枚はたいて買った」、「目の前に器具がある」という事実のみが毎日続けるモチベーションになる人もいるから、一概に否定はしない。どういう心境の変化か知らないが、せっかくその気になって買ったのだから温かく見守ろうと思う(君子危うきに近寄らずとも言う)。

はたして、妻がその謳い文句の通りの美脚を手に入れられるだろうか?
いろいろな意味で楽しみに思えて仕方ないのである・・・


これがブルワーカーの最新バージョンだ


2009年7月9日木曜日

春のめざめ

久しぶりにミュージカルを観に行った。
劇団四季の「春のめざめ」である。

劇場内に入ると舞台の上両端に観客席。
出演者かと思いきや、なんと観客だという。
変わった試みである。
プレミアムシートなのかと思ったが、通常の席が8,000円なのに対して7,000円だという。
安い理由は何なのであろう?
ちょっと疑問が残る。

あらかじめ予備知識など何も持たないでいった。ミュージカルを観に行く時はいつもそうである。ただ、本場のそれはトニー賞8部門受賞というから、まあハズレはないのだろうと思っていただけである。

舞台が始まる。
いきなり、「赤ちゃんはどうやってできるの?」というセリフ。
始まってみるとどうやらセックスに興味を持ち始めた若者達のストーリーだとわかる。
「春」とはその「春」なのか、「めざめ」とはその「めざめ」なのか、と納得。
自分自身、身に覚えがないわけではないような話が続くが、あまりにも昔の事なので、記憶も曖昧だ。

そういえば、中学・高校あたりでは、やっぱり他愛ないものを想像していては興奮していたかもしれない。今なら見てもなんとも思わないような雑誌を隠れて読んで興奮していた時代があったなあ、と思い起こされる。迫真の演技とでもいうのか、露骨な演技とでも言うのか、ちょっと生々しすぎる表現が目に付くところもあったが、それを大真面目にやっているのだからさすがプロだ。

小説と同じように、ミュージカルも強烈なストーリーで展開されるものと、そこそこのストーリーに歌や踊りをブレンドして香りたてるものとがある。
「オペラ座の怪人」や「ウィキッド」などのようにストーリー自体が面白く、映画化しても通用するようなものは前者だ。

そしてこの「春のめざめ」は後者だ。
ちょっと子供には見せられないようなドキッとするシーンもあるが、全体的にストーリーはそんなに大したものではない。ただ、俳優たちの迫真の演技と歌と踊りとが、ストーリーを肉づけして行く。正面の主役だけでなく、隅にいる一人一人に至るまで、まるで全員が主役のスポットライトを浴びているが如くに演技するさまは、例によって感心させられる。

映画のようにCGがあるわけでもないから、すべて生身の演技である。
足りない部分は観客の想像力で補わせる。
大人の役は男女2名の俳優さんが何役もこなすのも、その一つだ。
カーテンコールもしつこくなくてすっきりしていて良かった。
ただ、観客が珍しく少なかった。
四季のファンにはあまり受けないのだろうか。
個人的にはいつもと変わらず十分堪能できたのだが・・・

映画では味わう事のできない演技・演出の世界。
人生のより深い味わいを感じられるように思うのである。

次は「アイーダ」かな・・・

     

2009年7月7日火曜日

餃子の王将

 不景気になれば庶民の財布の紐は固くなる。そうした影響はあちこちに及ぶが、その中のひとつが外食である。

 外食産業が軒並み減収となる中、増収を維持しているのが「餃子の王将」だ。しかも「全体では増収だが、既存店は減収、増収は店舗増加が寄与したため」、といった見せかけの増収ではなく、既存店ベースで増収というのだから大したものである。

 もともとは関西系のチェーン店であり、東京人の私にとって「存在こそ知ってはいるものの、馴染みがない」存在であったが、関西人からすると馴染み深い庶民の食堂のようである。

 「学生時代によく行っとったわ、ランチタイムなんか働くおっちゃんばっかりだったけど賑わってたでぇ~、でも女の子はあんまり行かんかったかなぁ~、だからあたしらが行くと目立ったでぇ~、おっちゃんばかりの中にボディコン4人組(*注)やからなぁ~」とは我が家の関西人の弁である。
 当時から安くておいしかったらしい。

 そんなわけで興味を持ってさっそく家族で行く事にした。何事も実践家族である。いきなり店舗前の人だかり。なんと「お待ち」で溢れていたのである。しかし、そんな事でめげる我が家ではなく、辛抱強く待つ。

 中に入ると、とにかくの活気。
かつて業績低迷期に今の社長が厨房の活気を伝えるようにしたという。
食器がガチャガチャいう音にフライパンでジュージューいう音、飛び交う店員さんの声・・・
なるほど、中華料理はまさにこういう雰囲気であるべきという雰囲気である。

 頼んだのはもちろん餃子にチャーハン(関西風にいえば焼き飯)に天津飯にetc・・・
天津飯は関東と関西では味付けが異なる。関東では甘酢ダレがお馴染みであるが、関西では塩ダレといって上にかかっているタレが関東よりも色が薄い。関東の店舗では両方メニューにあって選択できるが、関西では塩ダレのみらしい。塩ダレを試してみたが、なかなかイケル味であった。

 家族でけっこう食べたが、何といっても嬉しかったのは会計時だ。予想していた以上に安かった。流行るわけだ。やっぱり今の時期は値段が安いというのが大きいだろう。外食を控えると言ってもなくなるわけではない。どこを削るかの問題である。その時いかにしたら家計のリストに残るか。餃子の王将の戦略はその一つの答えだ。

 見回せば店内は意外なほどファミリー層が多い。
もちろん、出店地域の状況にもよるだろうが、テイクアウトも行列が絶えなかった。
また行きたいものであるが、我が家の近所にないのが玉に瑕である・・・
     

*注:ボディ・コンプレックスの略ではないかと思っているが、我が家の関西人妻がいつもつるんでいたメンバーである
    

    
         

2009年7月3日金曜日

椿山課長の七日間

Dream as if you’ll live forever,
    live as if you’ll die today!
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浅田次郎の小説を久しぶりに読んだ。
「鉄道員(ぽっぽや)」で衝撃を受けて以来、浅田次郎の作品は機会があれば読んできたつもりであったが、まだまだ読んでいないものも多い。この本は映画化もされているが、映画の方はまだ観ていない。期待しながら手に取った一冊である。

「鉄道員」は死んだ娘が父に会いにくる話であった。
「地下鉄に乗って」も父親の過去を見る話であった。
そういう一見荒唐無稽な設定が心を打つストーリーの伏線となったりする。この物語は突然死んでしまった一人のサラリーマンが、やり残した事をすべく現世に戻ってくる話である。考えてみれば我々とていつ死ぬかわからない。それがいつだろうと、たぶんやり残した事は椿山課長ならずともたくさんありそうな気がする。

 椿山課長の心残りは非常に現実的だ。妻とまだ小学生の息子の行く末。ローンの残った家。まさにかき入れ時の仕事。ボケて老人ホームにいる父。さらに体の付き合いのあった女性。自分の身に置き換えてみれば実に身につまされる話である。

あの世とこの世の中間で死者を導く役割を担う役所が冒頭に出てくる。
登場人物たちが現世に戻る手伝いをする様をユーモラスに展開してくれる。
しかも生前はデブでハゲの中年サラリーマンだった椿山課長が、美女として蘇るのだから、なんとなくそのままコメディーになってもいいような展開となる。
こうした遊び心も物語に幅を持たせてくれるものである。

人間は誰でも自分がすべてわかったような気でいるものである。
しかし、当然の事ながら相手の胸の内まではわからないもの。
目の前に見えている事実だけがすべてではない。
死んで他人として蘇る事で、椿山課長も今まで気がつかなかった事実を一つ一つ知る事になる。
やっぱり自分もいろいろ気付かない事を抱えて生きているのだろう。
そんな思いが脳裏をよぎる。

椿山課長とたまたま一緒に蘇るヤクザの親分と7歳の少年。
3人が蘇りを希望した理由は、みな家族や身近な者への愛情ゆえだ。
そうした愛情を描き出すのは浅田次郎は得意である。
登場人物たちはみなそれぞれに他者への愛情を胸に秘めている。
そしてみんな自分の事よりもそれらの愛情を優先する。
そんな愛情の一つ一つが静かに心に染み入る・・・

自分もそんな愛情を身近な者に送りたい。
そして知らないうちに自分に向けられている愛情にも気付くようにしたい。
涙腺の弱い人は通勤電車の中でなんて間違っても読まない方がいい。

映画の方も観てみたいと思う。
まだ読んでいない方にはお勧めの一冊である・・・
   

2009年7月1日水曜日

選挙権

 だいぶ選挙の事が話題になってきた。自民党も今回はそうとう危ないだろう。個人的には2大政党時代の到来を期待していたし、民主党の躍進は期待すべきところなのであるが、肝心の民主党はというとどうもやる事なすこと心もとない。政権取ってもすぐ失速、そんな気さえする。ではと言って他を見回してみると、それ以外の政党はというと、宗教政党は趣旨に合わないし、共産党や民社党は論外中の論外だし、消去法でいくと何も残らない・・・
実に絶望的な状況である。

 それはさておき、選挙となるといつも気になる事がある。それは投票率の低さだ。私は選挙権を得て以来、ほとんどすべての選挙に行っている。旅行と重なった時は不在者投票までした事もある。だが、はたしてどれほどの人が毎回きちんと投票に行っているのだろう。最近では投票率が50%を下回る事も珍しくもない。非常に嘆かわしい。

 なぜ投票率が低いのか?
確かにアメリカの大統領選挙みたいに国を挙げて盛り上がる事もないし、入れたくなるような政治家も政党も少ない。入れたって入れなくたって何も変わらない。選挙に行く気がしないというのもわかる。しかし投票率が少ない根本的な理由は、そうした「選ばれる側」の問題ではなく、むしろ実は「選ぶ側」の問題だと思う。簡単に言えば「当然に与えられたものは大切にしない」という精神だ。

 父が小学生の頃、実家はかなり貧しかったそうである。いつもぞうり履きで学校に通っていたらしいが、ある時教室のゴミ箱に使い古した鉛筆が捨てられていたそうである。たぶん裕福な家の子が使い終わって捨てたのだろうが、その長さは父にすると十分使える長さであったそうである。拾いたくてたまらなかったが、周りの目を気にして拾うのにかなり時間がかかったそうである。

 父の実家の近所の住職さんは同じノートを端から端まで上下変えて3度使ったそうである。最後にはそのノートはまっくろになったという。物がなかった時代、手に入らない時代だからこそ徹底的にあるものを大事にした。今は物が溢れかえり、何でも簡単に手に入り、簡単に捨てられる。セブンイレブンが話題になっていたが、コンビニは時間が過ぎればまだ食べられる弁当を廃棄処分にする・・・

 選挙権だって今の完全な普通選挙の歴史は100年もない(日本では1945年から)。選挙権を巡って血を流した時代もそんなに古い時代の事ではない。そんな代償である選挙権も当たり前のように与えられれば、やがて見向きもしなくなる。20歳になって初めて選挙権を手にした時の感動もすぐに忘れ去る。「入れたい政党や政治家がいない」というのはただの言い訳で、これこそが投票率が低い真の理由だと思う。

 だから投票率を上げようと思ったら、実は簡単だと思う。例えば3度続けて棄権したら選挙権停止とでもすればいいのだ。そして復権するには、講習を受けて誓約書を提出するといった障壁をつくれば、たぶんみんな選挙に行くはずだ。失うとなれば、大事にしないものでも惜しくなるのが人の常だからだ。

 日本人はみな贅沢に慣れ、ブクブクと太ったブタの如きである。飢えていた時代から学ぶことに目を背け、身の回りに溢れるものの一つ一つがいかに大切なものかを忘れ去ってしまっている。失って初めてその大切さに気付くなどという事は嘆かわしい事だ。今の時代に生きられる幸せは当たり前の事ではない。それを築き上げてくれた先代に感謝すべき事なのだ。

 考えれば考えるほど絶望的な選択肢ではあるものの、今度の選挙もきちんと己の権利であり義務である一票を投じたいと思うのである・・・
    
    


2009年6月29日月曜日

オバマ演説

「その一言」 
 その一言で、励まされ
 その一言で、夢を持ち
 その一言で、腹が立ち
 その一言で、がっかりし
 その一言で、泣かされる
  ほんのわずかな 一言が
  不思議に大きな 力持つ
   ほんのちょっとの一言で         
          道灌山幼稚園 高橋系吾
********************************************************************************

オバマ大統領が誕生して半年が過ぎた。
オバマ大統領と言えば、かねてからその演説が名演説として評価が高かった。
まじまじと聞いた事はなかったが、このたび「オバマ演説集」(CD付き)を聞いてみた。
対訳付きの英語なので、ヒアリングの練習にもなる。

意味は別として声の質といい、雰囲気といい、さすがだと感じる。
内容がわからない人でもその迫力は十分感じ取れるはずだ。
アメリカはディベートがさかんな国であるから、こうした演説もトレーニングするのだろう。
とにかくパワフルで引き込まれていく。
日本の政治家と比べると圧倒的な差がある。

人を惹きつける演説というのは、そうした外側の要素もあるが、やはり内容だ。
一言で言えば聞く者の心を震わせるものだ。

『リベラルなアメリカも保守的なアメリカもありはしない。
あるのはアメリカ合衆国だ。
黒人のアメリカも白人のアメリカもラテン系のアメリカもアジア系のアメリカもない。
あるのはアメリカ合衆国だ。
~~~~~
イラクにおける戦争に反対した愛国者もいれば、それに賛成した愛国者もいる。
我々は一つの国民であり、我々みなが星条旗に忠誠を誓い、我々みながアメリカ合衆国を守っているのだ!』

仲間に団結意識を持たせる言葉はやっぱり心が打ち震える。
学生時代、ラグビーで重要な一戦の前にはみんなで円陣を組んだ。
そしてキャプテンが仲間に語りかけるのだ。
名演説とはほど遠いが、それでも「やる事はやった、みんなを信じるから最後まで死ぬ気でやろう!」という内容の言葉に涙が溢れるほど気合が漲ったものである。
言葉にはそれだけの力があるのである。

そしてやはり高い理想。
自分たちが果たすべき高い理想を目指そうという内容も然りだ。

『世界中が我々に注目している。
我々がどう振舞うのか、何を語るのか、お互いにどう接するのか・・・
~~~~~
我々は、国際社会を先導して、21世紀の共通の脅威であるテロ、気候変動、大虐殺や病気に立ち向かう事ができるのか?
恐怖や貧困から逃れたいと望む海の向こうの疲れ果てた旅行者たちに対して、我々はメッセージを送る事ができるのか、アメリカ合衆国こそが現在も、そしてこれからもずっと、最後にして最良な地上の希望だと。
我々はこう言う、こう願う、こう信じる、
Yes,we can!』

ジョン・F・ケネディの有名な『国家が我々に何をしてくれるかを問うのではなく、我々が国家に対して何ができるのかを問おう!』という言葉も人々の心を動かした。
ケネディの再来と言われるほどのスピーチという評判もなかなか頷けるものがある。
願わくばこうして呼び起こした熱狂を覚まさないように、アメリカを導いてほしいものである。
そして願わくば我が国にもこうやって大衆の心をがっちりとリードするような政治家が現れてほしいと思うのである・・・
   
   

2009年6月27日土曜日

マスコミ

 目にしたニュースにちょっと驚いた。
『日本の台湾統治を取り上げた番組に偏向・歪曲があったとして、視聴者らがNHKを相手取り、損害賠償請求の訴訟を起こした。』
というものだ。 実はこの問題の番組は4月5日に放映されたNHKスペシャル「アジアの一等国」である。この手のテーマには感心があったため、見ていたのだ。そしてその内容に驚いてもいた。

 戦時中の台湾は日本の統治下にあった。同じ統治下の朝鮮半島や一部の中国とは違い、比較的うまく統治され、台湾には李登輝元総統をはじめとして親日家も多いと認識していたから、それと真っ向から対立する内容に驚いたのだ。それとともに「日本の占領政策にはやっぱり恨みつらみしかなかったのだな」と思い直したのだ。
 
 日本の占領政策は当時の欧米勢の植民地政策とは異なるものであった。欧米のそれが、「略奪式」であるのに対し、日本のそれは「国土延長式」とでもいうべきもので、国内と同様の発展・整備を促したものであった。事実、当時のダムは今でも立派に役立ち、日本の統治下に農業も飛躍的に発展し、国民生活も豊かになったのも事実だ。

 ただ、それは言ってみれば植民地経営方式の違いであって、だから日本は正しかったというものではない。ただ、そういうやり方だったからこそ台湾も日本統治下で大きく発展したのであり、それゆえに親日的な人も多いと認識していたのだ。ところが、番組はそんな認識をひっくり返すものであった。

 今回訴訟のニュースを見ると、『原告には台湾人も含まれている。取材に応じた台湾人の話を一方的に都合良く編集していると指摘し、日本の良い面も悪い面も話したのに、悪い面だけが放送された、NHKにだまされた、などと訴えている』という。さらに台湾統治下の暴動を「日台戦争」と表現したり、先住民族を日英博覧会(1910年)に出演させた企画を「人間動物園」と表現したりしたことを例として挙げている。

 異なる意見の対立があれば、両方公平に報じるのがマスコミの義務であるべきだ。
事実だとしたら由々しき問題だ。
私はすっかり番組の「日本悪役論」を信じてしまった。
悪い面だけ放送する、悪いイメージの造語を流すといった行為は公平性とはほど遠い。
 
 こうした情報操作の恐ろしさは言わずもがな、である。
知識の乏しい者は捻じ曲げられた事実をそのまま信じてしまう。
パールハーバーだってアメリカは自国にとって都合の悪い事実を国民に伏せたまま、「卑怯な日本人」の部分だけ国民に知らせたのは、今や公然たる事実だ。

 事実は動かせなくとも、光の当て方によってその見え方は大きく異なる。マスコミの言う事は信用できないとわかっていても、すべて見破れるわけでもない。事件発生から15年を記念して松本サリン事件が何かと取り上げられているが、あれも偏向報道の良い例だ。

 いったい我々はどうやったら常に正しい事実を知る事ができるのだろう。ちなみに冒頭のニュースは産経新聞である。産経新聞は真っ先に報道するが、朝日新聞は絶対に報道しない。両極端にある2紙ならではであるが、どちらをとるかで触れるニュースも異なるわけである。

 これが今の世の中である、という事だけはしっかり心に刻んでおきたいし、それぐらいしかやれる事はない。そういう事なのである・・・

     

2009年6月26日金曜日

ファラ・フォーセット

 なんだかマイケル・ジャクソンのニュースに隠れてしまった感があるが、ファラ・フォーセットの死亡のニュースを目にした。ついおとといぐらいにライアン・オニールにプロポーズされたとかのニュースが出ていたのに、立て続けでちょっと驚いた。
 
 ファラ・フォーセットと言えば、チャーリーズ・エンジェルで一世を風靡した美女である(当時はファラ・フォーセット・メジャーズだった)
その昔は大好きで、ポスターなど持っていた記憶がある。
享年62歳だと聞いて驚いたが、夢中になっていた頃はもう30年以上前なので、よくよく考えてみれば不思議ではない。
スクリーンアイドルは年を取らないので、そんな印象を受けるのだ。

 チャーリーズ・エンジェル以降はぱっとしなかったためか、そのうち熱も醒めてしまった。「サンバーン」「シャレード79」という出演映画も観に行ったが、内容の薄い映画だった気がする。どちらもにっこり微笑んでいればいいような映画だったからかもしれない。

 本場CNNのニュースタイトルもFarrah Fawcett, sex symbol and actress, dies であった。
Actressの前にsex symbolと見なされていたわけである。
はじめからそれだけの才能しかなかったのか、それとも世間がそれだけしか見てくれなかったのか。
個人的には後者だったと思いたい。

 夢中になっていた頃は(たぶん中学生くらいだ)、まだ裏も表もわかるわけもなく、ただただ容姿の異様なまでの美しさに惹かれていたのだ。
私にとっては、引退したキャンディーズに代わる「憧れの的」だった気もする。
あの頃のコレクションのいくつかは、まだ実家の押入れの奥底に眠っていると思う。

 でもチャーリーズ・エンジェルは面白かったなぁ。
今観たら違う印象を持つのだろうか。
CNNのサイトはマイケル・ジャクソン一色だ。
知名度からして仕方がないのかもしれないが、個人的にはその扱いの違いに寂しいものを感じる。

 今アメリカではドラマ全盛の感がある。
いろいろなシリーズが矢継ぎ早に輸入されている。
ファラももう少し遅く生まれて、現代のテレビドラマシリーズに出演していたら、あるいはもっと違う魅力を見せていてくれたかもしれないのではないだろうか。
一つの時代の終わりをまたもや感じさせるニュースである・・・
    
    

2009年6月24日水曜日

父の日に思う

自分自身に欠けていたものが息子に実現されるのを見ようとするのは、すべての父親の敬虔な願いである                             
                                     ゲーテ
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先日の日曜日は父の日であった。
我が家の恒例行事として、この日は家族全員で実家に行く事にしている。
父の日だからこそ、孫の顔を見せようと考えての事である。

一説によると自分と子供との関係が将来どうなっていくのかという事は、自分と親との関係を見ればわかるらしい。同じようになっていくのだそうである。言われてみればなるほどという気もする。だとすれば自分と今の親との関係は理想的であろうか?
残念ながら答えは否だ。親の希望している事はなんとなくわかるのだが、それはなかなか難しい事なのである。自分だけの考えでできるのなら簡単であるが、妻の考えも組み入れるとなるとどうしてもかみ合わない。申し訳ないと思いつつ、離れて暮らしている。

いずれ自分たちも子供たちとそんな関係になっていくのであろうか、と考えてみる。
子供たちに願う事は、「自立した人間であれ」という事である。
だから自分たちと少し距離を置いた関係でもいいような気がする。
ただ、今現在そう考えていても、あと20~30年してもそう考えているかはわからない。
ある程度年を取ってみないとわからない部分もあるからである。

子供の頃の事を振り返ってみると、父親とはあまり遊んだ記憶がない。
もっとも高度成長期時代の父親はみな仕事に追われ、それどころではなかったのだからそれもしかたない。父親自身、内心「もっと遊んでやればよかった」と思っているかもしれない。それが孫と遊ぶ姿に反映されているような気がする。

長男の誕生日に、最近好きだと聞いたパトカーを買おうと思ったらしい。そして実際買ってきたのであるが、そのあとたまたま寄ったところでもっと良いのを見つけてそれも買ったという。思いがけず2台もパトカーをもらってご機嫌な長男。
それを目を細めて見ている父親。
何だか彼女にでもプレゼントするかのような気の使いようだ。

父の日にと、いつものごとくプレゼントを買って持って行った。
だが、そんなものは孫の前では霞んでしまうらしい。
おざなりにしか受け取ってもらえなかったが、それも愛嬌だ。
申し訳ないなと思う日頃の諸々を、せめて孫と接する時間を多くする事で補おうと思っているが、ついついそれもおっくうになりがちである。

せめて月1回はなんとかしたい。
今年後半の目標にしようと思うのである・・・





     

2009年6月21日日曜日

ええかっこしい

 まったくの偶然であるが、ただいま私の実家と妻の実家はそれぞれ自宅のリフォームをやっている。大阪での様子を聞いていると、商人の町と言われた伝統が生きているなとつくづくと感じてしまう。

  何といっても「値切り」が凄い。
はじめの段階で挨拶代わりに「いくらまけられるの?」と入る。
そして工務店が決まったあとも、機をみてはそれが続く。
そういえば関西を拠点とする「引越しのサカイ」。
以前CMで「♪勉強しまっせ、引越しのサカイ♪」とやっていた。
そういう商人文化の伝統が脈々と生きている。

さらに妻の実家では何らかのトラブルがあって工期が遅れたらしいのだが、それ待ってましたとばかりに値切り始める。「当然や!」と姉妹でいきり立つ様子を見ていると、つくづく関西人に生まれなくてよかったと思ってしまう・・・
(妻の実家は義妹が業者との交渉を仕切っているのだが、それを姉である妻に報告してくるのである)

私はそういう値切り交渉ができないタチである。
妻から言わせると「ええかっこしい」なのだそうである。
と言っても私も業者の言いなりというわけではない。
私流の値切り方法はちゃんとある。

まずは競合させるのである。
「相見積もり」というやつである。
同じ条件でいくらでできるのか比較し、それを公開する。
業者は自分のところで採算を検討し、できるところまで下げてくる。
それで判断しているのである。
無理強いはしないし、それで十分だと思っている。

もちろん、もっとまけられるかもしれないが、相手だって商売である。
利益の取れない仕事など力も入らないだろう。
気分良くやってもらうためには相手にも利益を与えないといけない。
そう思うから関西風の徹底した値切り交渉はできないのである。
「ええかっこしい」と言われても、そこは甘んじたいと思うのだ。

私の両親も言えないタイプだ。
私に言われてようやく相見積もりのような事をちょっとやった程度だ。
だから妻から言わせるとそんな様子がもどかしくもあるようである。

どっちが良いという事はない(私も我が家で関西の悪口を言えるほどの度胸はない)。
スタイルの違いとでも言うべきものだろう。
だけど「おっちゃん、まけてぇな」というやり取りを想像すると、「ええかっこしい」と言われようと何と言われようと、自分のスタイルは変えたくないと切に思う。
自分は関西人にはなれない。
誇り高き「ええかっこしい」でありたいとつくづく思うのである・・・
     
   

2009年6月20日土曜日

お好み焼き

お好み焼きといえば関西を代表する食べ物の一つである。
初めて本場のお好み焼きを食べたのは、学生時代のラグビー部の関西遠征の時だったか、それとも銀行に入ってからの関西での研修時であったかは、記憶が曖昧である。それまでも東京で食べた事はあったが、本場の「本物」はやはり違った。

東京ではただ器に入れられて出てきた具を鉄板にあけて自分で焼くスタイルだ。しかし、本場大阪では客は何もしない。「素人さんには任せられません」というプロのこだわりがあるそうである。目の前に出された「本物」の迫力を知ってしまうと、東京の「まがい物」はとてもではないが、食べられたものではない。妻と付き合うようになってから(遠距離恋愛だったのだ)というもの、東京の「まがい物」にはお目にかかっていない。まだ存在しているのだろうか?

初めて触れた「本物」は、確か「千房」であった。
「千房」は大手のチェーン店であるが、その他小さな名店はいろいろある。
「千房」は東京にも進出してきていて、かなり経つ。
またつい最近丸の内のTOKIAビルに「きじ」があるのを発見した。
これもなかなかの名店だ。

大阪ではお好み焼きに限らずであるが、食べるには並ばないといけない。
梅田にある「きじ」に初めて行った時も1時間ほど並んだ。
狭い店内に、けっしてわかりやすいとはいえない立地。
「形」から入ろうとする者であれば、とてもではないが出店など考えないであろう。
しかし、味がいいからこそ、すべての不利な条件を覆してお客さんが押し寄せる。
今や東京にも出店するほどになり、東京の店も連日の行列である。

東京ではお好み焼きといえば「おやつ感覚」に近いかもしれない。
すくなくとも「夕食」という感覚は薄い。
ところが関西では立派な夕食である。
(今はどうであろうか、すっかり馴染んでしまった私にわからない)
我が家の台所は関西文化の治外法権地帯であるから(台所に限った話ではないが・・・)、当然の事ながらお好み焼きは夕食の定番メニューの一つである。
さすがに名店の味には程遠いが、「まがい物」よりははるかに良い。

月島のもんじゃは関西人の妻も認めた味であるが、残念ながら我が家の台所は関西文化圏であるため、食卓に並ぶ事はない。広島風のお好み焼きも関西風と優劣がつけ難いものである。どちらも名店となるとなかなか子連れで行くのは難しいような店舗が多く、なかなか食べに行く機会がないのが実情である。とはいえ東京にそろっているのはありがたいことであり、いずれ機会を見つけて楽しみたいと思うのである・・・

      

2009年6月17日水曜日

世の中の疑問

 自営業を長らくやっていた父はその昔、「食いっぱぐれそうになったらタクシーの運転手をやればいいやと思っていた」と語ってくれた事がある。まだ日本に車が少なく、教習所の車も左ハンドルの外車を使っていた40数年前に免許を取った父。免許そのものが立派な資格だったためか、タクシーの運転手も「いざ路頭に迷った時」のセーフティーネットだったのだ。その影響で、私もしばらくはそんな考えを持っていた。

 今国会で、タクシー事業への規制(運賃規制)を強める特別措置法案が成立しそうだという。これが成立すると、現在決められている運賃の下限を下回る運賃は、認可されない可能性が高いという。国交省の匙加減なので「可能性が高い」という表現なのであるが、「下限を下回る運賃を認めない」というのは、それにしてもいかがなものかと考えてしまう。

 鉄道は独占事業だ。だから運賃に国が関与するのは当然かもしれない。だが、タクシーはそうではない。そうではない以上、自由競争にすればいいのだ。私企業の事業であれば、当然利益は意識する。赤字覚悟でやるはずもないし、不当に高ければ競争に負けるだけだ。国が運賃に口を挟む理由がよくわからない。

 しかも「適正な原価に適正な利潤を加えたもの」というが、国交省に「適正な原価」がわかるのだろうか?「利益」という言葉は役所の辞書にはない。当然、「原価」だってそうだ。

 規制緩和の結果、タクシー業界は過当競争でアップアップの状態らしい。運転手の条件も厳しいものだという。だから「格安タクシー」など、事業者が迷惑するような業者を排除しようというのだろうか。地域によっては料金の変わるタイミングを表示して、結果的に利用者に最適料金を提示できるメーターを開発した業者も出てきているらしい。そんな格安タクシーを排除する意図は何なのだろう?

 昔タクシーが独占事業に近かった時代なら規制もわかる。今は免許だけはしっかり管理し、悪徳業者が入らないことだけしっかり見ていれば、あとは自由競争でいいのではないだろうか。「既得権益を手放さない役人」と言われても仕方ないような制度に思えてならない。もっともタクシー業界の人は大喜びだろう。当然だと思っているかもしれない。国がどちらのサイドに立つべきか、は難しいところだ。

 はっきりしているのは、タクシーの運ちゃんも楽ではないという事だ。いざという時は、今だったらコンビ二でバイトだろうかと思うのである・・・




    
    

2009年6月16日火曜日

週末レジャー

 ここのところ週末に高校関連での所用が増えている。休みの日に「パパがいない」という事は、子供たちにとっても妻にとっても由々しき問題。といっても両者の意味合いは大きく違うのだが・・・
そんな私にとって、週末レジャーはポイント挽回のチャンスである。

 勝負は金曜日の夜から始まる。決して疲れた顔をして帰ってはいけない。「明日どこに行くんだっけ?」などと聞いてもいけない。「用意はできてるかぁ!」ぐらいの勢いはないといけない。十数年の結婚生活で身につけた生活の知恵である。

 そんな先週末の我が家は、山梨味覚狩りツァー。午前中はさくらんぼ狩り、午後はシャトレーゼの工場見学という内容。例によって鼻からさくらんぼが出てきそうなくらい食べた後、1,000円高速を利用して小淵沢のシャトレーゼ工場へ向う。

 全国展開するシャトレーゼの白州工場なのであるが、なんと入場無料。尚且つ、アイスの試食付きというありがたい催しをやってくれている。小学生の娘には社会科見学も兼ね、製造工程をパパ自ら説明して進んでいく。お目当ての試食コーナーはスーパーで100円以下で売っているようなアイスばかりだが、それでも自由に食べられるから子供たちは大喜びだ。

 何でこんな試みをしているのだろうか、と考えてみる。社会貢献というほどでもないから、たぶんPRなのだろう。ただで見学してアイスも食べられるとなれば、いやが上にも印象度はアップする。地元に帰った見学客が近所のシャトレーゼに足を運んでくれればそれで良し、なのだろう。従業員も慣れたもので、すれ違えば挨拶してくれるし、感じはよい。

 コストと言っても目検討で試算してみると、一日5時間の公開で、来場者が車1台平均3名として1分間に1台ずつくらいのイメージで入っていたから、3人×60台×5時間=900人。一人アイス2本、原価は30%くらいとして100円×30%×900人×2本=54,000円。月間で54,000×30=1,620,000円。来場者専門の受付が3名で、月給20万円×5/8時間としても全部で1ヶ月あたり2百万円くらいのものだろうか。グループの売上からすれば、まあ安いものではないだろうか。

 我が家では近所にないことからあまりシャトレーゼは利用しない。しかしながら、妻は地元大阪で、たまに利用するらしい。ママ同士の集まりでは、子供のおやつに安くて最適らしいのである。今度行ってみようかな、という気にもなるし、なかなか良い試みだと感心した。

 こういう食品の生産工場は、中国に持っていくというのも難しいだろう。八ヶ岳の麓、きれいな水と広大な敷地と都会より安価な人件費。そうした条件が、うまくかの地でマッチしたのだろう。モノづくりの工場は何であれ活気があって好きである。今回はなかなか良いレジャーであった。

 翌日高校関連で一人外出したが、嫌味もなく行けたのは言うまでもないのである・・・

     

2009年6月13日土曜日

T4

ターミネーターシリーズの最新作「ターミネーター4(T4)」が公開される。
映画好きの私であるが、何よりもこのシリーズは大好きである。
中でも「T2」はジェームズ・キャメロンが監督し、最高傑作となった。
私の映画ベストテンには必ず入れたい作品だ。

ここで内容について詳細に触れる事はしないが、単なるアクションだけの映画ではなく、教訓あり、感動ありの内容がシナリオとしても良くできていると思う。
特にラストの工場でのシーンがいい。
自分より圧倒的に性能の良いT1000にやられて機能停止寸前までいったシュワT800が、ボロボロの体を引きずり、通用するはずのない旧式の銃を手にコナー親子を守るというミッションを果たしに向う。

機械だから諦めるという事を知らないのであるが、体が動く限りミッションを果たそうとする様は、その後様々な機会で私の脳裏をよぎる事になる。
もうだめかなって思う時に、このシーンが脳裏に浮かぶのである。
いや、まだまだとその度に思ったものである(今でもそうだ)。

学び続ける機械という位置づけもまた卓越。
車のキーの隠し場所といったささやかな事から、ジョン・コナーが教えたスラングなんかも学び、そしてそれを巧みに応用して使う。
さらにラストではその成果を感動的に表す。
今日は民放で放映していたようであるが、こうして書いているとまた観たくなってしまう。

シリーズは「T3」へと続き、それで打ち止めかと思っていたが、「T4」の登場は何とも喜ばしい。もっとも圧倒的な存在感を誇っていたアーノルド・シュワルツェネッガーは今回から出演しない。ちょっと残念な気もするが、それはそれで楽しめそうな気もする。
さらに映画版は「T5」「T6」へと続く3部作となるようである。新しいシリーズも是非期待したいところである。

映画版もさる事ながら、同時にドラマ版「ターミネーター:サラ・コナー クロニクルズ」としてスタートするのも嬉しい事だ。こちらは17日からケーブルTVでオンエアーされる。すでにDVDのレンタルは始まっていたようであるが、私の場合はテレビ観戦だ。どちらも必見だ。

このまま力強いシリーズとなるか失速するかはわからない。
ただ、できる事なら「T2」のようにいろいろな要素を兼ね合わせた感動アクションになればと願わずにはいられない。いくつになっても楽しみたいと思うシリーズである・・・
     
    

2009年6月10日水曜日

ブログ

 早いものでこのブログを始めて半年が過ぎた。
ブログ自体はもういくつか他にもやっているが、私の場合すべてブログは「テーマ別」にしている。
「日記代わり」に毎日あれこれ綴っている友人もいるし、当然そういうのもありだと思う。

   私ももう随分昔から日記をつけている。私の場合は、日記には毎日の出来事を淡々と綴っている。主に「あの日あの時何をしていたか」を記録するためのもので、いわば「行動記録」といったものだ。人によってはその時々の感情を綴っていたりするのだろうが、私の場合は純粋な「行動記録」だ。とても人様にお見せするようなシロモノではない。

  「行動記録」の場合、「去年の今頃何をしていたか」を知るのにとても役に立っているから、それはそれでそのスタイルを変える気はない。たまに読み返してみると、その時々の行動が書かれているから、「ああ、そういえばそんな事もしていたっけな」と思い起こすのにはちょうど良い。ただ、それは「普段考えている事=思考記録」にはなり得ないのが欠点だ。このブログはそれを補うために始めたのだ。人様に見られるという緊張感も良い刺激になっている。

  始めてみて改めて気がついたが、「考えている事を文章にまとめる」というのは、とてもいいトレーニングだ。長すぎてもいけないし、読みにくくてもいけない。意味不明なのもいけない。普段でもふと気がつくと、「これをブログのテーマにすると・・・」と考えている事も多い。身の回りの出来事をそれとなくまとめるのは、けっこう面白い。

  本当は毎日1記事、としたいところだが、他のブログもあって、残念ながら手が回らない。
当面は2~3日に1回更新、といったペースで続けたいと思っている。
そのうち別の形に進化するかもしれない。
まだ始めていない人もやってみたら面白いと思う。
とりあえずはこのペースで次の半年間続くように頑張ってみるつもりである・・・ 
         
   
     

2009年6月8日月曜日

回転寿司考

我が家はみんな「寿司好き」である。
何かあればちょくちょく行っている。
と言っても、行くのはいわゆる回転寿司である。

回転寿司と一言でいっても、最近はいろいろなチェーンができていて、味も20数年前のような「安かろう、まずかろう」ではない。
房総や伊豆などに旅行に行った時など、地元でも評判の回転寿司に行ったりするが、味も美味しく、今や完全に寿司業界の主流と化している。

我が家では親のお気に入りは「がってん寿司」に「銚子丸」、それに大阪の「函館市場」がトップ3である。
値段はちょっとお高め(家族4人で8,000~10,000円)ではあるが、美味しいので気に入っている。
一方、子供たちの人気はなんと言っても「くら寿司」だ。

 「くら寿司」は格安系だ(家族4人で5,000円弱)。
何と親孝行な子供たちだと思われるかもしれないが、その人気には当然ながら理由がある。
それは「びっくらポン」というゲームである。
食べ終わった皿をテーブルに設置されている回収口に入れると、5皿ごとにルーレットが回る。
当たればガチャガチャのようなおもちゃが出てくるという仕組みだ。
子供たちはこれをやりたがる。

 そしてこれはとても優れたシステムでもある。
回転寿司では「食べ終わった皿を数える」という作業がある。
「がってん寿司」他トップ3では、皿ごとに値段が異なるため、数えるのも大変だ。
それをお客に楽しみながらやらせてしまうのだ。
一皿すべて100円にする事でそれを可能にしている。

 更に最後に4皿残ったとすると、子供たちはもう一回やりたがるので必然的に一皿よけいに食べる事になる。薄利多売型ビジネスでは、「ついで買い」の誘発は必須であるが、この「あと一皿」を食べさせるところがよくできている。オーダーもタッチパネルでスムーズである。この点でも同じ格安系の「あきんどスシロー」が、インターフォンのオーダー方式なのに比べると、繁忙時にインターフォンの応答が遅れるという客のストレスを回避するもので、やっぱり優れている。上場して集めた資金をうまく知恵を活かした設備投資に活用して、顧客の支持を集めているようである。

 週末ともなればどこの回転寿司も大混雑である。この回転寿司の登場ですしを頻繁に食べられるようになり、日本の寿司文化の発展に回転寿司の果たす役割は大きくなっていると言える。我が家も子供が小さいうちは銀座の寿司屋でにぎりを食べるなんて夢のまた夢(大きくなってついて来られたらよけいたまらないが・・・)。当分の間は回転寿司のお世話になる予定である。

 美味しいものをより安く提供していただけるよう、各チェーンには頑張ってもらいたいと思うのである・・・
     
     

2009年6月7日日曜日

同期会2

♪あのころの未来に僕らは立っているのかなぁ
すべてが思うほどうまくはいかないみたいだ

このままどこまでも日々はつづいていくのかなぁ
雲のない星空がマドの向こうに続いてる

あれから僕たちは何かを信じてこれたかなぁ
夜空の向こうには明日がもう待っている♪
                          夜空ノムコウ
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楽しみにしていた同期会が終わった。過ぎてしまえばあっという間。しかし150名という人数もやっぱりよく集まったと言えるのではないかと思う。来てくれた人達は本当にありがたい。それだけのニーズもあるという事だろうが、集まってもらえなければ何にもならないだけにやっぱりありがたい。一部の「熱意ある幹事」に支えられていたがゆえに、自称「熱意の薄い幹事」でもそこそこ達成感を得られたのであるが、こういった仲間の存在はありがたいものである。

高校を卒業して26年。
クラスメイトの一人がしみじみと呟いた。
「おれ達、平均寿命からいえばもう人生の半分過ぎたんだよな」
確かにそれは言えている。
だが、「もう」と考えるか「まだ」と考えるか、その差は大きい。

26年という月日はやっぱり長い。さっきまで昔のように不謹慎な話をしていた奴が、子供の教育になると途端真面目に悩める現実を語りだす。そこかしこでメタボリックボディが躍動する。わずかな面影を頼りに引き出しの奥底から記憶を取り出してきて埃を払う。
憧れの彼女と26年の時を経てようやく撮ったツーショットを自慢気に見せる友。
自分はみんなの目にどんな風に映っているのだろう。

一番の売り物は懐かしい高校時代のシーンを集めたスライドショーであった。
事前に見て感激していたが、初めて見たみんなが歓声を上げるたびにみんな同じ思いである事を知った。お土産にスライドを納めたDVDをもらった。この上なく貴重なお土産だ。こんなお土産はめったにもらえるものでもない。

帰りの電車では酔いの勢いで一駅乗り過ごしてしまった。
終電の時間を過ぎてしまい、戻る電車はもうない。
寝静まった深夜の住宅街は幸せなほろ酔い気分で歩くのには心地良い。
スライドショーの事を思い出した。
映し出された26年前の自分たちは、今から見ると純粋だ。

SMAPの「夜空ノムコウ」のフレーズが蘇る。
あの頃、45歳の自分など想像もしていなかった。
あの頃の自分が今の自分を見たら何て思うだろう。
「もうちょっと何とかしろよ」と言われそうな気もする。

自分の人生は「まだ」半分だ。
あの頃の自分に恥じないような人生をこれからも送りたい。
そしてそれは同期のみんなと関わりあうものでありたい。
また次回を楽しみにしたいと思うのである・・・



     

2009年6月5日金曜日

同期会1

 高校の時の同期会が明日に迫った。
3年半前に初めて卒業後同期が一堂に会した。
今回は2回目の開催となる。
大体150名ほど集まりそうである。
150という数字は分母の約390に比べて多いのか少ないのかは微妙だ。

 私も幹事の一人である。
もともとが幹事などという柄ではない。
だが、ひょんなことから幹事を引き受け、「頼まれれば断らない」「引き受けた以上はきっちりとやる」という信念に従ってやっているだけだ。
他のクラス幹事の中には万年幹事もいる。
それだけの奉仕精神には頭が下がるばかりで、どちらかと言えば熱意の薄い幹事としては引け目を感じるところである。

  ところで、今回の参加者の顔ぶれを見ると前回と同じような顔ぶれだ。
それは簡単な理屈で、こういった集まりに来る人は来るし、来ない人は来ないのだ。
もちろん、その時々で都合が悪かったり、遠方にいたりというケースもあるだろう。
だが、そういう不都合がなかったとしても、やっぱり来ない人は来ない。

 来ない理由は想像するしかない。乏しい想像力を駆使してみると、やはり高校の3年間をどう過ごしたかが大きいのではないかと思う。楽しい思い出が多ければ、それに触れたいと思うのは人情で、そういうつながりを求めて集まってくるのだと思う。来ない人にはそれがないのかもしれない。

 実際、私も大学の時のクラスの集まりには参加していない。
毎度誘われるたびに、適当に口実を設けて断っている。
大学時代はラクビーが中心で、加えるならばゼミであって、その集まりにならば参加するが、クラスメートとは当時からソリが合わず、どちらかと言えば上辺だけの付き合いであった。
だから、懐かしくて会いたいなどという感情は湧いてこない。
同じような理由で同期会に出てこないとしたならば、その気持ちは良くわかる。
ただ、3年間も過ごした結果がそれならば寂しい気もする。

 また、自分の境遇と同期のそれとを比べて引け目を感じる、という事もあるかもしれない。
高校の時はほとんどみんな横一線であるが、卒業して20年以上も経てば自ずと境遇は違ってくる。
その差を意識してしまうという事もあるかもしれない。
それも自分自身引け目として感じる事もあり、わからなくもない。

 来る者来ない者それぞれであるが、明日は司会も兼ねているし、みんなに楽しんでもらい、自らも楽しみたい。そんな思いの同期会前夜なのである・・・
    
    

2009年6月3日水曜日

誕生日に思う

あなたが生まれた時
 周りの人は笑って
  あなたは泣いていたでしょう
だからあなたが死ぬ時は
 あなたが笑って
  周りの人が泣くような人生を送りなさい  
村枝賢一
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一昨日誕生日を迎えた。
もういまさら誕生日だからといって特別な感慨もない。
ただ、自分のあり方をいろいろと見つめ直すにはいい機会なのかもしれない。

朝、鏡に向って髭を剃りながらふと考えた。
鏡に映っている男は、誰かの子供であり、誰かの夫であり、誰かの親であり、また誰かの友人であり、同僚であり、その他であるわけである。
果たして、そういう誰かにとって自分は何がしかの意味を持っているのだろうか、と。

親は自分が息子であって良かったと思っているのだろうか。
妻は自分と結婚して良かったと思っているのだろうか。
子供はこういう父親で良かったと思っているのだろうか。
友人や同僚やその他の人達は自分と知り合えて良かったと思っているのだろうか。

20代前半の頃はまさにこの世は我が世とでもいうべき心境であった。
自分の思う通りに生きていた。
あちこちで随分と対立もあった。
その対立の中で自分自身を貫く事が、むしろ心地良かった。
対立を苦に思わなかったのも事実である。

意識が変わったのは恋愛経験だろうか?
自分が好きなだけでは通用しない、相手に好きになってもらえるようになるためにはどうしたらいいのだろうか、と考えるようになった。
「あなたがすべてをかけて愛する人がいるならば、僕はその人のようになりたい」
そんな心境になった。

どのような人ならば、それに相応しいのだろうか?
初めてそんな風に考えるようになった。
そういう考えを持つに至ったきっかけとしてはいい経験だったが、あとに残った傷跡はあまりにも大きかった。

今は、「関わりあった人を少しでも幸せな気分にさせられるような存在でありたい」と考えている。
といっても人の顔色を伺って生きるのとは違う。
自分の思い通りに生きる快感と誰かが喜んでいるのを見る快感とを比較すると、後者の方が心地よく感じるようになってきたのだと言える。

マザー・テレサではないので、すべての人にというのは無理がある。
だけどほんの身の回りの人だけなら多少はできるに違いない。
もういい年だし、せめてそのくらいの人物ではありたいと思うのである・・・
   
   

2009年6月1日月曜日

幼稚園にて2

「お父さんに紙芝居読んでほしい人?」
という先生の問い掛けに元気良く、真っ先に答えた我が息子。
かくしてみんなの前で紙芝居を読むハメになってしまった。

何を隠そう、我が家では近所の図書館から紙芝居を借りてきては子供に読んでやっている。
まさか断るわけにもいかないし、ここは一つ腹を括るしかない。
全部で12枚の紙芝居。
最初のお父さんが前半6枚。
私が後半6枚の担当。
紙芝居は子供たちが大好きなアンパンマンである。

最初のお父さんはほとんど義務で読んでいる感じで、棒読みであった。無理もない。子供だけならまだしも、周りにはほとんど初対面に近い20数名のお父さんがずらりと視線を向けてきているのである。でも読み方にもあんまり抑揚がないと、ほら前の子は後を向いて自分のお父さんに手を振ったりしている。

そうして私の番になる。
家ではいろいろとアクションやアドリブをつけて読んでいる。
本当はいつも我が家でやっているようにやりたかった。
「みんな、この次どうなると思う?」とか、
「アンパンマンはこのままやられちゃうのかな?」とか、
「みんなでアンパンマンを応援しよう!」とか・・・

だが、如何せん、元が恥かしがり屋の私である。
あんまり力入れすぎて、「何あれ?」と思われるのもなぁ、と考えてしまう。
知り合いであればできるが、何分、知らない人ばかりだし・・・
そこで登場人物によってちょっと声音を変えたりとか、バイキンマンの得意のフレーズ、「はひふへほ~」だけは面白おかしくやったりとかに留めた。
その効果か、子供たちはみんなキラキラする目でこっちを向いていたし、後を向いて手を振る子もいなかった。まずまずの出来栄えだと自己採点。

幼稚園の世界ではお父さんに名前はない。
「○○ちゃんのお父さん」だし、○○ちゃんと言ってもわからなければ、何か特徴的な事で呼ばれる事になる。長女の幼稚園時代には、運動会で頑張りすぎてリレーでコケたお父さんがいた。そのお父さんはそれ以後ずっと「運動会でコケたおとうさん」と言われている。今回、あまり烈しくやると「紙芝居のお父さん」になってしまうと危惧していたのだが、それは避けられたのではないかと密かには思う。

それでも終わってみれば、せっかくの機会だし、本当はもっとちゃんといつものようにやりたかった、と思ったりする。ついついワンマンショーをやりたがる性格でもあって、今度は交代ではなく一人で全部やらせてほしいな、などと思ったりしているのである。
果たして次の機会はあるのだろうかと、ちょっと期待しながら思うのである・・・
    
    

2009年5月31日日曜日

幼稚園にて1

長男の幼稚園参観があった。
お父さんを意識してのものだと思うが、お母さんも1~2割程度いる。
兄弟がそろって園児だったり、日曜とはいえお父さんは仕事だったり、やっぱりいろいろ事情はあるのだろう。

最初に園庭で体操したり、親子ゲームをしたりとなかなか園も考えてくれている。
続いて室内に入り、みんなでご挨拶をし先生が出欠を取る。
声の小さい子もいるなかで、我が子は手をはっきりと上げて大きな声で返事をしていた。
親ばかではないがちょっとばかり頼もしく思う。

元気な歌も披露してくれた。
先生も伴奏を間違えたところを見ると緊張していたのかもしれない。
先生といっても20代前半の新卒の若い女性だ。
おじさんたちに囲まれていれば、それも無理はない。

親子で工作になると今度はこちらが緊張する番だ。
なにせ工作の類は大の苦手なのだ。
日曜大工なんて言葉は我が家の辞書には載っていない。
それでもさすがに幼稚園レベルであれば、なんとか様にはなるものである。
父親の面目を失うような事にはならず、ほっと一息である。

最後の紙芝居の頃は緊張も解けていた。
「ではお父さんに紙芝居を読んでもらいましょう!」と先生が言う。
子供たちは大賛成。
周りの大人たちは、みんな心なしかうつむいている。
それを観察する余裕が、自分にはあった。

「どなたか読んでいただける人?」と先生が尋ねる。
先ほどとは立場が逆転。
「誰に当てようかしら」と先生は、俯くお父さんたちを前に逆に楽しんでいるような感じもする。

女の子のお父さんがまず指名された。
「残りは男の子のお父さんにしましょう」と先生が言う。
「男の子の中で、お父さんに読んでほしい人?」と先生が言った。
その刹那、嫌な予感が体を走り抜ける。

「はあ~い!」
と一人元気よく、天にも届く勢いで手を上げた子がいた。

それはとっても微笑ましい姿だ。
その場に居合わせた者であれば、誰だってきっとその子を指名するであろう。
そして先生も当然の事ながらその子を指名した。
改めて確認するまでもない、それは紛れもなく我が子であった。
およそくじ引きの類やビンゴではほとんど当たったことなどないと言うのに、こういう時だけは当たるのである。

「はい、では○○君のお父さん、お願いします!」
先生の勝ち誇ったような、活き活きとした表情が何とも言えず恨めしかった・・・
    
      

2009年5月30日土曜日

ビートルズ

私はビートルズ世代からは一世代あとの世代である。ちょうど洋楽に感心を持って、ビートルズに触れた頃はすでに解散から5~6年経っていた。
いつも何かと影響を受けていた一つ年上の従兄弟が聴き始めたのに影響されたのである(ちなみに酒もタバコもこの従兄弟に教えてもらったのである)。

英語の歌詞の意味なんてろくにわからず、耳障りの良さだけに惹かれたところが大きい。
それに英語の歌を聴くなんて、何だか大人びた気分になれたところもある。
今でも耳にするとついつい聞き入ってしまう。
実際わりと耳にする機会も多い。

コムサの店舗に行くといつもBGMはビートルズである。社長が好きなのかなと思うのであるが、ここだと妻のいつ終わるともしれない買い物に付き合っていても苦にならない。逆に好きな曲のところで、「お待たせ」なんて言われると「ちょっと待て」と言ってしまうほどだ。そんな世代を意識しての選曲なのであろうか・・・

ビートルズの4人のメンバーでは何といってもジョン・レノンの人気が高いように思う。
それだけの魅力はあると思うのであるが、私はずっとポール・マッカートニー派である。
どこがと言われると難しいが、あえて言うのであればビートルズの曲のうち好きな曲はポールの歌うものが多かったから、と言える。私の感性に合うといってもいいかもしれない。

「エリナー・リグビー」、「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」、「ヘイ・ジュード」、「レット・イット・ビー」、「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」・・・
曲名を上げていったらきりがない。そして解散後も長くヒット曲を生み出していたし、大好きな007の主題歌(「死ぬのは奴らだ」)になったりもした。一番ビートルズらしかったと思うからだ。とにかく、そんな単純な理由だ。

そして好きな曲はとなるとこれはもう答えにくい。よくマイナーな曲を上げる人も多いが、私はオーソドックスに「レット・イット・ビー」などの大ヒット曲をあげたい。だが、アルバム「アビーロード」の後半のメドレーなんかは大好きであるから、これも実はきりがない。歌詞を知って好きになったのは「イン・マイ・ライフ」。ジョン・レノンの歌うものは歌詞が気に入ったりする。やっぱりカリスマ的存在になるのもわかる気がする。

音楽界には次々と新しいアーティストが登場する。
最近はあまり新しい音楽も聴かなくなってきた。
新しい音楽に触れる一番の機会だったカーラジオも今は「嵐」か童謡だ。
しばらくは仕方がないかもしれない。
それゆえにビートルズのサウンドが心地良いのであろう。
もう新曲を聴く事はできないが、いつまでも楽しみたいと思うのである・・・